「何だか湿っぽくなって悪いねぇ」
「ほら優太、久々に料理するから着いてきなさい」
「わかったよおじいちゃん」
「彼女さんは私とお話しましょ」
「は、はい!」
祖父に誘われた僕は久々に厨房へと足を踏み入れる。清潔に保たれている調理場は、今も昔も変わらない。
「鍋の場所は覚えとるな」
「うん、覚えてるよ」
「なら水入れて火にかけとき、ワシは具材準備するわ」
「了解」
「もう身長も抜かれてしまったか、時が経つのは早いなぁ」
僕と祖父は思い出話に花を咲かせつつ手を動かし続ける。
子気味良い包丁の音と合わせて、会話を続ける。今まで話せなかった分を取り戻すかのように。
時間はゆっくりと過ぎていく。
「爺さんも喜んどるわ」
「そうみたいですね ♪ 」
「恵那ちゃん、やったか。何度も言うけど、本当にありがとうね」
「いえ、私が好きでやってる事なので」
「久々に帰ってくるって言うもんだからどうしようかと思っとったのに、こんなべっぴんさん連れてくるなんてびっくりしたわ」
「そんな、私も急に押しかけてしまってごめんなさい」
「ええんよそんなん。孫が一人増えたみたいで嬉しいわ ♪ 」
「そうや、一回おばあちゃんって呼んでみてくれん?」
「? おばあちゃん?」
「あぁ〜ええなぁ! もう一回、もう一回頼むわぁ!」
「……おばあちゃん ♪ 」
「かぁ〜! もう恵那ちゃんは私たちの孫やわ! 敬語も要らんから、好きに過ごしなさい」
「わかり……、わかったよおばあちゃん」
私の返事を聞くと、おばあちゃんは息を整えるように珈琲を啜った。
「はぁ、なんだか十年若返った気がするわ」
「それなら良かったよぉ」
「恵那ちゃんのこと、もっと聞かせてよ。優太との馴れ初めも聞きたいなぁ」
「いいよおばあちゃん ♪ どこから話そうかな……」
それから私は、優太との出会いから今に至るまで、全てをおばあちゃんに話してあげた。おばあちゃんはどんな話でも楽しそうに聞いていた。
電話越しの近況報告ではなく、他の人から見た優太という存在を確かめているようで、それを聴きながら安心した表情を浮かべている。
「こんな感じかな」
「……本当に、元気そうで良かったよ」
一息着いたおばあちゃんは改めて私に問いかけた。
「恵那ちゃんは優太と付き合っとるんよね」
「はい ♪ 」
「結婚とかは考えとるん?」
「……はい」
「……流石にまだ早かったかしらね」
「っ! いえ、私は当然そのつもりです! 優太以外の人なんて考えられません!……それに、私のハジメテも優太にあげたんだし…………あっ」
「……こりゃ曾孫の顔も近いうちに拝めそうやね」
「……///」
おばあちゃんの残念そうな顔にテンパってしまった私は、思わず余計なことまで口を滑らせてしまった。朗らかに笑うおばあちゃんを見ていると、恥ずかしさも若干緩和された気がした。
「……恵那、どうかした?」
「ううん! 何でもないよ! わぁ、美味しそうなパスタ!」
それでも愛する彼に話しかけられると、先程のことを思い出し声が上擦ってしまう。話の流れを知らない優太は、私の反応に首を傾げるしかない。
「婆さん、あんまり彼女さんをいじめてはいかんよ」
「そんなんじゃないわよ ♪ ねぇ、恵那ちゃん」
「もぅ、おばあちゃんのいぢわる」
「なに! おばあちゃんだと! 婆さん抜け駆けしおって!」
「あなたはゆっくり優太と話してたんだから、これくらいいいでしょ」
「まぁまぁ、おじいちゃんも落ち着いて ♪ 」
「…………」
「……あれ、おじいちゃん?! なんか凄い安らかな顔で目をつぶってるけど大丈夫?!」
「ありゃ爺さんがキャパオーバーしただけだよ、気にせんでええわ」
「ま、まぁ、とりあえず食べようか」
若干戸惑いながらも優太はパスタを配膳する。鉄板に乗せられた鮮やかな赤色のパスタは、周りを卵で囲まれておりとても美味しそうな見た目をしていた。やや太麺のパスタとウインナー、玉ねぎ、ピーマンというシンプルな具材で作られている。
ちらりとメニューを確認すると、それらしき名前を見つけた。どうやら鉄板ナポリタンというこの店の名物らしい。
「んんっ! 美味しい!」
「久しぶりに作ったけど、上手くできて良かったよ」
「ほら爺さん、いつまでそうしてるんよ」
「はぁぅっ! なんだ婆さんか、驚かさんでくれ」
「もうみんな食べ始めとるよ」
「おうそうか! どうだ、美味いか?」
「とっても美味しいです ♪ 」
「良かった良かった、沢山食べなさい」
その後夕飯もご馳走になり、お風呂も頂いて皆でゆっくりしていると、どうやら祖父母達はもう寝る時間らしい。布団は敷いてあるから好きに使いなさいと言い残し、二人は寝室へと消えていった。
「……なんだか楽しい人達だったね」
「うん、いい意味であんな人達だとは思わなかったよ」
「今日、来てよかったなぁ」
「……それなら、良かったよ」
「優太のお部屋ってあるの?」
「ん? あぁ、二階にあるはずだけど」
「行ってみたいなぁ」
「うん、良いよ」
隅に追いやられていた荷物を持って自分の部屋へと向かう。
ドアノブに手をかけ、中に入る。そこは僕が最後に出た時と何も変わらない空間が広がっていた。部屋の隅々まで掃除が行き届いており、長らく空けていたのにも関わらず埃っぽさは一切感じない。きっといつか帰った時のために日頃から掃除をしてくれていたのだろう。
唯一変わったところと言えば、来客用の布団が敷かれていた事くらいだろうか。
「ここが優太のお部屋かぁ」
「特に面白いものは無いけどね」
「ううん、私はとっても楽しいよ ♪ 」
そう言うと彼女は荷物を下ろしベッドに腰かけた。僕もつられて横に座ると、改めて部屋を見渡す。
教科書以外に何も置かれていない本棚、その横にある勉強机の上は小さな間接照明だけ置かれている。
娯楽の類が一切抜け落ちた部屋でも、隣に座る恵那は楽しそうに足をパタパタとさせていた。
「最初優太の家に行った時もこんな感じだったよね〜」
「今は……少しはマシになったかな」
「まだまだ物は少ないけど、最初に比べれば大きな進歩だよ」
そっと僕の肩に頭を乗せる彼女の声に耳を傾ける。
「これから、二人で色んな思い出作ろうね ♪ 」
「あぁ、よろしく頼むよ」
「ふあぁ……なんだか眠くなってきちゃった」
「良い時間だしそろそろ寝ようか」
「そうだねぇ」
僕はベッドから腰を上げ、布団へ向かうと恵那も着いてきた。布団の方が良かったのかなと思い、ベッドへ戻ると同じく恵那も着いてくる。
まるでカルガモの親子のように、袖をつまみながら後ろを歩く恵那。
「……えっと、恵那はどっちで寝る?」
「優太と一緒のとこ」
「そんな気はしてた」
こうなった彼女はもう意見を変えることはない。二人でシングルベッドに入ると些か手狭だが、密着すれば寝れないことは無いだろう。
ベッドに入り布団を被ると、部屋の電気を消す。
「おやすみぃ」
「……おやすみ」
胸の中から聞こえる小さな寝息と共に、僕は瞼を閉じた。
ーーーー
「あれ? おじいちゃん、朝のお客さんは?」
「優太が帰ってくるんやから、昨日と今日の午前中は休みにしたんよ」
「なんだか悪いね」
「何言っとるんよ、こんなこと当然でしょ」
喫茶店の朝だと言うのに、店内は僕らだけ。恐らくこの店がこんなに静かな朝を迎えるのは久しぶりだろう。
「いつ頃帰っちゃうん」
「朝ごはん食べたらもう出てこうと思ってるよ」
「もうちょっとゆっくりしてけばええのに」
「また帰ってくるから、さ」
「……それもそうやね」
珈琲とバターの塗られたトースト、それに添えられているのは小倉あん。名古屋ではどの喫茶店に行っても、朝はこのセットがついてくる。他県に引っ越した今の僕からすると、やはりこの文化はかなり変わっていると思う。
懐かしい味を感じながら、皆でトーストを頬張るという穏やかな朝だった。
朝食を終え、荷物を纏める。
停めてあったバイクを移動させていると、玄関の外まで祖父母は見送りに来てくれた。
「ご馳走様でした。また来るから、二人とも元気でね」
「また何時でも帰って来てええからな」
「うん、ありがとう」
「恵那ちゃんも、また来なさいな」
「ありがとう! おじいちゃん、おばあちゃん ♪ 」
最後の最後まで名残惜しそうにしていた祖父母と別れの挨拶を済ませ、また会いに来るという約束を交わす。
恵那の事を祖父母は大層気に入ったらしく、彼女の言葉にいちいち大きなリアクションを返していた。
あれだけ喜んで貰えたなら、恵那を連れてきて本当に良かった。
「おばあちゃん達、嬉しそうだったね ♪ 」
「……そうだね」
ヘルメットのインカム越しに聞こえる彼女の声は、祖父母の声よりも確実に嬉しそうに聞こえた。
ひとまず区切りです。優太をようやく帰らせる事ができました。次は大人編の続きになると思いますが、力が枯渇しています。自分でもどうにかなるかもしれませんが皆さんの元気を分けてくれると助かります。
ということで、皆様の感想、評価等お待ちしております!!