あれからしばらく時間が経ち、雪が少しずつ溶け、ふきのとうが顔を出し、段々と春の訪れを感じる頃になってきた。キャンプ場の整地、電気水道等のインフラ施設の修繕が完了した事で、これからはドッグラン、キッズスペースの製作、その他もろもろの作業に取り掛かろうとしている。
だいぶ形が出来てきたところで、細かい作業が始まる前に一度みんなでキャンプをしておこうという案が出た。もちろんその場で即全員が同意し、スケジュールを空けてキャンプ場予定地に今日集まることになったのだ。
「今日のキャンプ楽しみだねぇ ♪ 」
「そうだな。ちくわも来られて良かったな」
「ワフン」
ということで、今はそのキャンプ場予定地に向かって車を走らせている所だ。今日は僕の運転で。
いつもバイクに乗っている事が多いため忘れられがちだがこれでもしっかり普通自動車の運転免許も取得している。今の仕事の都合上、社用車に乗ってギア等を運ぶこともしばしばあるため、使う機会はあまり無いものの中型免許という文字も僕の運転免許には記されている。
今日は職場から新作のキャンプギアをレンタル、もとい品評やレビューを兼ねて持ち出してきた。先に断っておくが、これは職権濫用では無い。メーカーから新作が出る度、鏑木さんに連れられてその品評会や、試作の段階で見に行ったりしていたため、このようなな依頼がちょくちょく来るのだ。
朝からそれらを車に詰めて、恵那の実家を経由しキャンプ場へと向かう。久しぶりにみんなとキャンプができるからか隣に座る彼女は上機嫌に鼻歌を歌っている。後ろに行儀良く座っているちくわもどこか楽しそうだ。犬年齢ではだいぶおじいちゃんになっているため、あの頃のようなはつらつとした元気を見せることは少なくなってしまったが、小型犬とは思えない穏やかさを持ち合わせた老犬になっていた。
「春になったけどやっぱりまだまだ寒いね」
「とか思ってると多分すぐ暑くなるぞ」
「だよねぇ! もう一年のうちに春とか秋って呼べる日にち一週間も無いんじゃないかなぁ」
「最近は特にそう感じるよ。だからこそ過ごしやすい気候の日が来ると、それだけで嬉しくなるんだよね」
「小さな幸せってやつだね ♪ 」
「ワンッ」
他愛も無い話をしながらハンドルを握っていると、目的地が見えてきた。駐車場には複数の車とバイクが停まっている。どうやら僕たちが最後みたいだ。あまり待たせていないといいけど。
駐車場に車を停め荷物を出していく。ちくわは後部座席のドアを開けた瞬間、我先にと飛び出して行ってしまった。もうおじいちゃんであるちくわを先に行かせてしまうのも心配なので恵那にも行ってもらった。さて、結構な大荷物だけどギリ一回で持てそうだな。
「おぉっすー、みんな揃ったな! 荷物もこんなもんだな」
もはや毎週会っているのでは無いかと思えるほど顔を合わせている面々が揃うと、大垣さんがいつものように音頭をとりはじめる。
「それじゃウチらのキャンプ場で初めてのテストキャンプ」
「「「「「やってみよー!!」」」」」
「ワオン」
ーーーー
「このテント、優太となでしこちゃんの所でレンタルしてるんだって」
「へぇ、そんなのもやってるんだ」
「これはレンタル品ですが、私の持ってきたこちらはなんとあの有名キャンプメーカーの新作ですよ」
「えぇ! もうあれ買ったんですか?」
「いえ、品評とレビューを兼ねた試用です」
「職権濫用だ……」
「失礼な、ちゃんと依頼があってのものですよ」
じっとりとした目でこちらを見てくる志摩さんに反論しながらテントを設営していく。大型のテントひとつと、中型のテントをひとつ。流石に女性と一緒に同じテントに泊まることは倫理的に、いや普通にダメなので僕は別のテントで寝ることにしたのだ。
「できたぁ!」
「優太さんはどうですか?」
「こちらも最後のペグを打ち終わったところです」
「よぅし、この調子で他の道具もサクッと組み立てようぜ!」
志摩さんは六人でも使える大型の焚き火台を組み立て、大垣さんは暗くなる前にランタンの設置、僕はテーブルや椅子を取り出し恵那は炊事場で水汲みをしている。その間ちくわはそこら辺を飛んでいるモンシロチョウを追いかけていた。恐らく彼が我々の中で一番重労働をしていることだろう。
「ただいまー!」
「買い出し終わったでぇ!」
「「おかえりー!」」
「おぉ! バッチリ準備出来てるやんっ!」
そうこうしていると、近所のスーパーへ買い出しに出かけていた各務原さんと犬山さんが帰ってきた。キャンプサイトへ降りてきた二人は、買い出しで手に入れた食材たちをどっかりとテーブルの上に着地させた。置いた際の音からしてかなりの重量があると思われるのだが、各務原さんは涼しい顔でこれらを持ってきた。いや本当にパワフルだなこの子。
「材料はこれでおっけーだね!」
「せやね、あっお鍋持ってくんの忘れとった」
「僕も車に忘れ物したので一緒に行きますよ」
さぁこれから料理をしようと思った時、犬山さんが忘れ物をしたようで、ちょうど僕も同じように忘れ物をした事を思い出して二人で駐車場へと足を運ぶのだった。
目的のものを入手し、テントへ戻ろうと階段を降りている時だった。ふいに犬山さんがキッズスペースを見て立ち止まった。
「あのブランコ……」
「? 犬山さん、どうかしました?」
「あぁすんません、私の務めてる小学校が廃校になるので、そこで使っていた遊具を持って来れへんかなって思ったんですけど、流石に無理ですよね……」
「そうなんですか……それは大変ですね……。遊具の件は無理って事は無いですよ、せっかくですしみんなと相談して考えてみましょう。絶対その方が犬山さんのためにも皆のためにも良いです」
「ありがとうごさいます、ホンマに優しいなぁ優太さんは。そういうとこ全然変わってへんなぁ」
「そうでしょうか、変わったと言われる事の方が多いので僕はあまり分かりませんが……。あ、皆さんを待たせていますし、そろそろ戻りましょう」
「そうですね、行きましょか」
初詣でも鳥羽先生と話していたが、やはりそういう事だったのか。それにしても遊具か、案外悪くないのでは無いだろうか。新しく購入して設置するよりも、今まで使ってきた物がそのまま使えるならその方が良い。もちろん、安全のため点検などは必要になるだろうが、慣れ親しんだ遊具があった方が来てくれる子供たちも喜ぶだろう。地元の小学校ということもあり、懐かしんでくれる人も居るはずだ。本格的に考えて見ようか。
私の言葉を聞いたからか何かを考えながら、皆の元へ戻っていく優太さん。人のために全力になれるあの人を見ていると、やっぱりあの頃を思い出す。
「……ホンマに変わってへんなぁ」
優しげな彼の後ろ姿を見つめながら私もその後を歩く。
ーーーー
「今日の食材はぁ〜?」
「これやー!!」
「「サーモンだぁ!!!」」
「ってちょっと両手多くないか……?」
「……ですよね」
テーブルにどっかりと置かれ、その存在を主張する特売価格の巨大サーモン。これでサーモン祭りだと宣言する各務原さんがパックごとそれを持ち上げるが、彼女の顔が小さいとはいえその約三倍はあるサーモンに全員が軽く度肝を抜かれていた。だが、自信満々にそれを掲げる各務原さんを見ていると、彼女なら何とか出来そうな気がしているためそれほど心配はしていない。
〜サーモンスープの作り方〜
まずは沸騰したお湯に粒胡椒、ベイリーフ、みじん切りした玉ねぎと人参を入れひと煮立ちさせます。次にじゃがいもを入れて煮えるまで放置します。
野菜が煮えた所でメインのサーモンを投入。あとは生クリーム、塩を加え、最後にディルを加えたらサーモンスープの完成です。味が物足りないと思った方は、少量のコンソメを入れることで一気に味が締まりますのでお試しを。
「わぁ〜! 美味しい ♪ 」
「はぁあったまるぅ〜」
「シンプルなのにコクがあって美味しいわぁ〜」
「サーモンと野菜の旨みが、生クリームの入った優しいスープに溶け込んで……うまーー」
皆それぞれ出来上がったサーモンスープに舌鼓を打つ。ちくわも別で作られた犬用サーモンスープを食べてご満悦だ。
「なんかすげー良い匂いがするな」
「ディルの香りだよ!」
「ハーブの一種で、魚等の臭み消しで使われるものですね」
「そうなんです!」
「爽やかな香りがサーモンとびったりやわぁ」
「うんうん、フィンランドの森の中って感じの味だねぇ ♪ 」
「どんな味だよ」
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。あたりもすっかり暗くなり、空には満点の星空が浮かんでいる。あれだけ大量にあった大鍋のサーモンスープは、みるみるうちに無くなっていき、とうとう鍋のそこが顔を出す。
「あれ、もう終わりかぁ。六人も居ると一瞬だなぁ」
「フッフッフッ、アキちゃんまだ終わりでは無いですぞ」
「そろそろあっちも煮えた頃やな」
恐らく全員が思っていたであろう言葉を代弁してくれた大垣さんに答える各務原さんと犬山さん。どうやら別でもうひとつ鍋を用意していたようで、さっきと同じくらい大きな鍋を焚き火台の上に置いた。
「サーモン祭りはこれからやでぇ! 湯葉入り石狩鍋や!」
「「「「おぉ〜!!」」」」
「美味しぃ!」
「こっちは味噌味がほっとする……」
「石狩鍋に湯葉って意外と合うんだな!」
「身延のちょっと良い湯葉もろてなぁ、味が馴染むよう牛乳とバターも入れたんよ」
「だからこんなにまろやかなんですね」
僕も自分の手元によそわれた鍋を食べ進めていく。優しい味が日本酒に良く合う。寒空の下焚き火台を囲みながら食べる食事はやはりとても楽しい。いつかの日を思い出して少し思い耽ってしまいそうになるが、せっかくだから今を精一杯楽しもう。
「ぷはぁー! やっぱ自分達で作ったキャンプ場で食べるキャンプ飯はさいっこうだなぁ!」
「まだ出来てへんけどな」
「でも、本当にこれってすっごく贅沢だよね ♪ 」
「そうですね……」
「大変は大変やけど、やればできるもんやねぇ」
「だねぃ ♪ 」
ーーーー
「恵那ちゃんと優太さんはブラックでええの?」
「うん ♪ ありがとー」
「ありがとうございます」
みんなで食後のコーヒーを飲んでいる(大垣さんは未だ日本酒を煽っているが、お酒に強いようなのでまぁ恐らく大丈夫だろう)と、キャンプ場の話へと話題はシフトしていく。
「そろそろ運営マニュアルとかも考えないとですね」
「私ちょっと考えてるよー」
「流石なでしこちゃん!」
「あと思ったんだけどよー、ここからトイレまで結構距離あるよなぁ」
「あぁ、確かに」
「道にでこぼこもあってさっき転びそうになっちゃったよ」
「階段も多いしね、荷車を貸し出して、スロープを使ってもらう方がいいのかも」
「まだまだ課題はありそうやねぇ」
実際に使ってみると、今まで見えてこなかった新たな問題点が浮き彫りになってくる。不便を楽しむとはよく言うが、やはり楽しくキャンプしてもらうためには一定の利便性は必須だろう。転んでケガをした日にはもうそのキャンプは楽しい思い出では無くなってしまう。夜がメインであるキャンプ場という性質上、気をつけなければならない事がまだたくさんありそうだ。
するとおもむろに志摩さんが立ち上がる。
「あのさ、あっち行ってみない?」
彼女が指さす先には例の鳥かごがあった。
「わぁ〜」
「思った通り、プラネタリウムみたいだ」
「不思議な感じやねぇ」
「課題はあっても、工夫次第では楽しめるのかもね」
「各務原さんの言う通り、課題を楽しめば今の苦難も後で笑えるようになりますよ」
「優太が言うと説得力がすごいね」
一方そのころ、大垣さんは日本酒を飲みすぎた結果、テント付近に設置したハンモックで爆睡していた。うん、まぁ先代グビ姉こと鳥羽先生の文化をしっかりと受け継いでいるようで安心した。いや何に安心したかは知らんが。
トテトテトテ
「ワフン」
「わぁ〜! ちくわ〜!」
「ん? 何か拾ったの?」
どこかに遊びに行っていたちくわが帰ってきたと思ったら、何やら咥えて戻ってきたようだ。手元のランタンでそれを照らしてみると、それは陶器のようなものだった。
「なんやろそれ」
「植木鉢……ですかね?」
「案外値打ちのあるものだったりして ♪ 」
「だったらお手柄だねぇ、ちくわ!」
「ワフン」
誇らしげな顔を浮かべるちくわをみんなで撫でてもみくちゃにする。その後、そろそろ夜も遅いということでみんなでテントへと戻った。恵那がそれとなく僕のテントに入ろうとしていたが、流石に皆の手前それをやるのははばかられたためやんわりと断っておいた。恵那も納得してくれたようなので良かった良かった。
だから翌朝起きた時、隣で恵那が静かな寝息を立てていたのは恐らく僕の幻覚だろう。
誤字報告本当にありがとうございます。マジで助かってます。
いよいよ物語も折り返し、ラストに向けて動き始めましたね。
皆様の感想、評価等お待ちしております!
今後の続きと小話の案としていくつか考えてはいるのですが、どれが需要あるのかわかんないのでアンケートやってみます。お気軽にご参加ください。なお、ほかにも希望がございましたら感想欄でお願いいたします。
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