「あかりから預かってきたでー」
「「おぉー!」」
オープンを明日に控えた僕らは、犬山さんの車から例のブツを降ろしていく。この日のためにあかりさんが用意してくれた珠玉の作品だ。運んでいる最中に傷がつかないように梱包用の毛布で簀巻きにされていて、今はまだ中身は確認できないが、これを設置するのがとても楽しみだ。万が一も無いように全員でゆっくりと運んでいく。
「みんな家族は呼んだのか?」
「うん」
「思ったより楽しみにしてくれてるみたい ♪ 」
「僕も職場の人に声掛けてきました」
ここまで来るのにお世話になった人や、その他関係者ほぼ全員が来て下さる事になったのだが、改めて考えると本当にたくさんの人に助けられて完成することができるのだと感じる。途中様々なハプニングもあったが、今思えばそれも本当に良い経験だったと思える。
感慨深さを感じながら歩いていると、キャンプ場の入口にたどり着く。そこには何も書かれていない、木材でできた大きな掲示板サイズの板が設置されている。
「さて、いよいよやなぁ」
「キャンプ場制作の最後の大仕事だ! 気合い入れろよ!」
「ラジャー!」
「あんまり気張りすぎるなよ」
巻き付けられていた毛布をゆっくりとめくり、中から出てきたそれを板にあてがい、脚立を使いながら慎重に位置を決めていく。
「もうちょっと右が上かな」
「こんなもんか?」
「それでいいと思う」
「よぅし!」
位置が決まったところで、各務原さんがインパクトドライバーでビス止めをする。最後にしっかりと固定されたか確かめて、ゆっくりと後ろに下がる。
それを前に横一列に並んだ僕らは、達成感に包まれていた。目の前には透明なガラス素材で作られた大きな看板が鎮座していた。ダイヤモンド富士のイラストをメインに置き、富士川松ぼっくりキャンプ場と書かれたシンプルなもので、無駄なものを削ぎ落としたデザインとなっている。ひと目でどんなキャンプ場か分かる素晴らしい作品だ。
画竜点睛、とはこのことだろうか。今まで作ってきたキャンプ場に、たった今、命が宿った。そんな気がした。
「せーのっ!」
できたー!!!!!!
ーーーーー
「あれ? 志摩さん今日はビーノなんですね」
オープン当日、朝から準備のために全員で集合すると、懐かしいビーノに乗った志摩さんがやってきた。ガス欠で助けに行ったのももう何年も前になる。となると、気になるのはトライアンフの状態だが、もしかして……
「おはようございます優太さん。それが家を出る前にエンジンの警告灯が出ちゃって、整備に出さないといけなくなっちゃいまして……」
「あぁやっぱりそうでしたか。確かにあのバイクはちょっと気分屋ですからね……。特に冬は損ねやすいです」
「私の乗り方が悪かったのかな」
「いえいえ、そういうもんだと思って気長に付き合って行きましょう」
そうして無事全員揃った我々は各々オープンに向けての最後の準備を整える。
受付票とボールペンをバインダーに挟み、申し込み用紙のセットをいくつか作る。釣り銭箱もしっかりと準備済み。
運良く我々の目から逃れ、サイトに転がっていた小石を軽く取り除きながら最終確認をする。
最後にトイレ掃除だ。水周りの清潔さは本当にそこの施設の評価と直結するので念入りに。
「トイレ掃除終わりました」
「ありがとうございます!」
完璧な仕事を終えた僕は、管理棟に居る皆さんに声をかける。そろそろオープン時間が迫っているので、心なしか皆そわそわしているように見える。
そんなことを言っている僕もそわそわしている。それはもう盛大にそわっている。まるでちくわが大好物のおやつを目の前にお預けをされているような気分だ。……思考がバグってきたな。
改めて現状を整理しよう。オープンまで残り五分。全ての準備が完了している。抜かりは無い、はず。
あとはお客さんをお迎えするだけだ。
「ちょっと外の様子見てきます」
「いってらっしゃ〜い」
駐車場を見てみよう。流石に一組二組は待ち切れずに時間より早めに来る人もいるだろう。そんなことを思いながらゆっくりと歩みを進める。
しかし、予想に反して早めに来ている人は居ないようだ。
(……なんか嫌な予感がしてきたな)
しばらく無人の駐車場を眺めていると、後ろから各務原さんが走ってきた。
「……あれ? 誰もいない」
無人の駐車場という事態に各務原さんも何か思うところがあるのだろうか、見るからに困惑している。
「キャンセルの連絡は来てないよ?」
「まぁオープン時間ぴったりには来ないんちゃう?」
「……だよなぁ」
プルルルルル
静まり返った管理棟に一本の電話がかかってきた。コール音を聞いた恵那が直ぐに受話器を取って対応する。
「はい、富士川松ぼっくりキャンプ場です……え? 場所が分からない……? はい、目印ですか……確認して直ぐ折り返しご連絡しますね」
電話の内容はどうやらキャンプ場の場所が分からないようだ。
「案内板って結構用意してたよな?」
「一緒に作ったよね?」
そう、山奥にあるこのキャンプ場は若干分かり辛い場所にあるのだ。そのため全員で協力して、キャンプ場までの道中に案内板を設置しようという話になったのだが。
「……ん? 設置って誰かやりました?」
「…………」
ガラララ
「ねぇねぇ……これのこと?」
固まった僕らに奥の扉を開いた恵那が声をかける。とても嫌な予感がするが、まだ予感でしかない。確定はしていない。そう、僕は信じないぞ、そんなことあっていいはずがない。
しかし、現実は非情であった。
声をかけた恵那の方に視線をやると、そこには完成して、あとは設置するだけであった案内板が大量に並んでいた。
「ギャァァーー!!」
「付けてなきゃ意味ねぇじゃねぇか!!」
「もしかして、お客さんみんな迷って来れんのとちゃう?」
次々と場所が分からないという旨の電話がかかってくる。やってしまったものは仕方がない、とりあえず行動しなければならない。
「「迎えにいこう(いきましよう)」」
思わず声が重なった志摩さんと目を合わせるが、僕は彼女に先を促す。
「なでしこと斉藤は、迷ってる人のところに私をナビして」
「了解!」
「パンフレットの地図やと説明しやすいと思うわ」
「近くに神社っぽいのが見えるって!」
先程まで止まっていた全員がテキパキと動き出す。これよりも大きなアクシデントを乗り越えてきた者たちだ。面構えが違う。
「お願いします! リンちゃん!」
「分かった」
「僕らはお客さんがいらっしゃった時の対応のために待機します、ですからくれぐれも気をつけて、事故の無いように」
「そっちは任せます」
ビーノに跨った志摩さんは土埃を上げながら、駐車場を猛スピード(安全運転MAX30km/h)で峠を降りていく。
道が分からず立ち往生していた車を、管理棟に残ったメンバーとの連携で次々と案内していく。どうやらお客さんも近くまでは来れていたようで、数十分もすると受付付近はキャンパーで大賑わいになっていた。
ファミリーキャンパーの子供たちもはしゃいで走り回り、スタッフの一員として任されたジンジャー君と楽しくジャンケンをしている。彼はいまニット帽とエプロンを付けて、管理棟の一角を任されている。
「戻りました」
「お疲れ様です」
最後のお客さんを案内し終えた志摩さんが帰ってくる。
「それでは、お客さんの案内しに行きますか」
「優太さんは斉藤のとこに行ってください」
「恵那のところ? 今は多分ドッグランでちくわを遊ばせてるけど……」
「だから行ってくださいって言ってるんです」
ゴゴゴゴ、という効果音が聞こえてくる程の剣幕で志摩さんに詰められる。有無を言わせぬ圧力に僕は耐えられるはずもなく屈したのだった。
「……分かりました」
「お客さんの案内はこっちでやっておきますので」
「了解」
きっと彼女なりに応援してくれているのだろう。だが、出来れば凄むのは辞めて欲しいな……。あの圧力はおじいさん譲りのものなのだろうか、確かに血統を感じたぞ。
そんなことを考えながらドッグランに向けて歩いていく。道中、遺跡の説明をしている各務原さんや、子供たちが遊具で遊んでいるのを見て満足気に笑顔を浮かべている犬山さんなどの様子を見ることが出来た。
「瑞浪くん」
「! 鏑木さん!」
キャンプサイトの横を通る際に声をかけられる。
「今回は本当にお世話になりました」
「なぁに、私はなんもしとらんよ」
「そんなことないですよ! 鏑木さんが宣伝をして下さったおかげで、当分はお客さんが途切れることは無いでしょう」
「そこまで大したことでは無い。ものが良ければ宣伝せずとも売れるものは売れるんだ」
一呼吸置いた彼はゆっくりとキャンプ場全体を見渡す。
「本当に……良いものを作ったな」
どこを見渡しても、全員が笑顔で各々の時間を楽しんでいる。この光景をいつまでも見ていたい、そしてこれからも続けていかなくては。
「そういえば瑞浪君はどこかに用事?」
しみじみと感動に浸っていたら、鏑木さんの奥さんが声をかけてくれた。
「そうでした、今からドッグランに用がありまして」
「そうなのね、ワンちゃん飼ってるの?」
「いえ、彼女がそこに居るので合流しろと友人にせっつかれまして……」
「まぁ! そうだったの! それじゃあこんなとこで時間使ってちゃダメじゃないの!」
「あ、え?」
おっとりとした雰囲気から一変し、どこか熱血な雰囲気を漂わせた奥さんが背中を押してくる。
「おいおい、やめんかみっともない」
「貴方もなに引き止めてるの! 男が女に会いに行くのを邪魔していい理由はこの世のどこにも無いのよ?!」
「あぁ、すまんかった、私が悪かったから落ち着いてくれ」
「これが落ち着いていられるもんですか! さぁさ、瑞浪君! 早く行っておやり!」
「わ、わかりました!」
まるで嵐のような奥さんに送り出された僕は、当初の目的地であったドッグランに向けて歩みを再開させる。
ピロン
メッセージの通知音が聞こえる。送り主はどうやら鏑木さんのようだ。
[さっきはうちの家内がすまんかった。今度飲みに行こう]
[勇気貰えました、ありがとうございます。是非よろしくお願いいたします]
短い返事をして、会話を終わらせる。その後、目的地に着いた僕は、既に合流していた斉藤家の皆さんと一緒にドッグランで時間を過ごした。
たくさんの犬が縦横無尽に駆け回り、楽しそうに遊んでいる。近頃なんだか元気が無いように見えたちくわも、他の犬と共にじゃれあっている。
「元気元気 ♪ 」
「だね」
楽しそうな恵那を見ているととても幸せな気持ちになるな。目が合った僕らはどちらからともなく微笑むのだった。
ーーーー
気付けばもう日が落ちていて、いまではキャンプ場全体がテントから零れる明かりで星空のように輝いていた。家族や職場の仲間、地元の人などがそれぞれ楽しそうに思い思いのキャンプをしている。
僕らは、眼下に広がる光景を管理棟付近から眺める。遂に完成したそれを見ると感動で胸がいっぱいになる。
「……みんな楽しそうだね」
「うん」
「やって良かったよなぁ」
大垣さんから思わず漏れたそんな言葉にみんな一様に頷く。
「ねぇ! 大晦日もまたここで年越しキャンプしよ!」
「お、いいなぁ! ダイヤモンド富士初日の出、狙っちゃおうぜ!」
「何食べよっか?」
「年越しやったら、みんなで蕎麦やない?」
どんどんと年末の計画が決められていく。本当に、この子らの楽しいことに対する行動力と計画力は半端ないな。
僕? 僕は恵那が居るなら何処にでも行くし、計画するから。
「リンちゃんも、ね?」
「……そうだな」
おぉ!!
珍しく大人数でのキャンプに前向きな姿勢を見せた志摩さんに全員が期待した眼差しを向ける。そんな視線を受けて彼女は微笑みこう返したのだった。
「……とりあえず、考えとく」
ーーーー
「そろそろ皆家族のところに戻りましょうか」
「せやな」
「みんな待ってるだろうしね」
「それじゃあ諸君、今日はここで一旦解散してまた明日集まろう!」
「おー!」
「またねー」
このままだとずっと話をしていそうなので、適当なところで切り上げて解散する。
僕と恵那は解散した後もしばらくその場に留まって、ゆっくりとした時間を過ごしていた。寒空の下、沈黙が続いたがそれは気まずいものでは決して無かった。
「それじゃ、私たちも行こっか」
「……それなんだけど、ちょっと歩かない?」
「……うん、いいよ ♪ 」
意を決した僕は彼女を散歩に誘った。ずっと考えていたことだったが、いざ行動に移すとなるとやはり緊張はする。右手を差し出し手を繋ぐと、自分の上着のポケットの中にしまい込む。すっかり冷えた指先が二人分の体温でゆっくり、じんわりと温まっていくのを感じる。
二人で同じ歩幅で歩く。そうすると、今までの記憶が昨日のことのように蘇ってくる。学生時代のことから今に至るまで、恵那にはずいぶんと支えてもらった。
そんなことを考えながらたどり着いたのは、今や立派な看板役としてこのキャンプ場に鎮座している鳥かごだ。何度もここには足を運んだが、いつもと違ってここには僕と恵那の二人きりだ。テントサイトから少し離れた所に位置するここは、昼間の賑やかさとは一変して静寂に包まれていた。
「恵那」
満点の星空の下、彼女に声をかける。月明かりに照らされた彼女の顔は僅かに赤いように見える。きっと寒さのせいだけではないだろうし、僕も同じようなものだろう。
「ずいぶん待たせてしまったけど」
名残惜しいがポケットから手を取り出し、ずっと絡めていた指を解く。
「改めて言わせて欲しい」
さっきとは別の、もう片方のポケットから手のひらサイズの箱を取り出す。
「これからも、僕の隣に居てください。」
それを開きながら、彼女の前で跪く。
「僕と、結婚してください」
「…………はい、喜んで ♪ 」
そう言って嬉しそうにはにかんだ彼女の顔を、僕は忘れないだろう。
ーーーー
「そういえば、まだあの時の約束残ってるよね」
「ああ、そうだな」
「それなら」
鳥かごから斉藤家のテントに戻ろうとした時に、不意に僕の方を向いて言った。
「二人で、いーっぱい、幸せになろうね ♪ 」
「……約束するよ」
彼女には一生敵わないなと思った瞬間だった。
お待たせしてしまい本当に申し訳ありませんでした。マジで死ぬほど難産でした。これにて本当に完結!ありがとうございました!
今後の続きと小話の案としていくつか考えてはいるのですが、どれが需要あるのかわかんないのでアンケートやってみます。お気軽にご参加ください。なお、ほかにも希望がございましたら感想欄でお願いいたします。
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