「お疲れ様〜」
「お疲れ」
キャンプ場が完成してからしばらく経った頃、僕は恵那と二人で行きつけの居酒屋に足を運んでいた。
僕らで建設したあのキャンプ場自体が、元々町おこしプロジェクトの一環として造られたものであるため、今後の経営や人材募集等はそちらに任せることになった。それでも今後も関係者として関わることもあるし、まだ先の話になるが増築やリニューアルの際には呼ばれることになる。
大きな仕事を終えた僕達は、それぞれの日常へと戻っていく。相変わらず僕らのショップは忙しいし、大垣さんも引き続き町おこしの為に尽力しているらしい。犬山さんは別の小学校に転任となり、志摩さんは編集部で新たな特集記事を任されることになった。恵那も持ち前の笑顔と人当たりの良さのおかげか、ペットトリマーとして固定客が着いてきたようで、最近いつにも増して忙しい日々を送っている。
そんな彼女のために、今日はゆっくり出来そうな居酒屋を選んだのだ。彼女からの誘いだったが、本当にここで良かったのかと少し迷った。もう少し高い店でも良かったのでは無いだろうか。それでも、目の前で楽しそうにしている恵那を見ていると、そんな心配は無用だと感じることが出来た。
レモンサワーの入ったグラスを合わせる。注文した食べ物が来るまでもう少しかかるだろうか。
「急に呼び出しちゃってごめんね? 会いたくなっちゃって」
「僕も会いたかったし、お互い様だよ」
「それなら良かった ♪ 」
もう少し酔っているのか、恵那の頬は既にほんのりと赤みを帯びていた。彼女はグラスを置き、左手の薬指に光るリングを撫でながら言葉を続ける。
「それでね? この前、優太プロポーズしてくれたじゃん」
「そうだね」
「そろそろ、さ。……同棲したいなぁって」
「……」
上目遣いでこちらを見つめる恵那。あまりの可愛さに胸が急激に締め付けられる。思わず固まってしまい、僕が難色を示していると勘違いした彼女は取り繕うように慌てて声を上げる。
「そうだよね! 今はやっぱりお互い忙しいし、そんな事考えてる余裕無いよね。ごめん、いきなりわがまま言っちゃって。それに、私ばっかりお願い聞いてもらって」
「恵那」
「……!」
慌てる彼女を見ているのも愛おしかったが、これ以上勘違いさせたままで居させるのは可哀想だ。わたわたと忙しなく動いていた恵那の手を握る。
「僕も、同じことを考えていたんだ」
「……そうなの?」
「最近恵那も忙しいって話聞いてたし、自分の仕事にやりがいを感じてるってのも理解してた。君の負担になってしまわないように、自分の気持ちを押さえ込んでた。それでも、僕も恵那と同棲したいってずっと考えてたんだよ」
「そっかぁ、私だけじゃなかったんだ……」
心底安心した表情を浮かべ、ゆっくりと僕の手を握り返す。細く綺麗な指から確かに彼女の体温が感じられる。何が楽しいのか分からないが、僕の指を弄って遊んでいる。多分自分の早とちりだったり、僕の言葉を聞いて少し恥ずかしさを感じているのだろう。誤魔化すように手遊びを続けるが、こちらとしても楽しいのでそのままにさせておく。
「仕事が始まる時間同じくらいだし、お互いの職場から同じくらい離れてる場所がいいよね」
「そうだね」
「私は車持ってるし、優太もバイク持ってるから大きめの駐車場も必要だよね」
「そうなるね」
「スーパーとか近くにあると便利だよね」
「間違いないね」
「そんな良いところあるかなぁ、週末にでも不動産屋さん行って探してみようよ」
「いや、もう目星はついてるよ?」
「え?」
時が止まったかのように彼女はこちらをみつめる。
「ずっと考えてたって言った通り、もう今恵那が言った条件の物件を探しておいたんだ。知り合いに不動産関係の人が居てさ、良さげなところを取り置いて貰ってるんだ」
「まさかもう見つけてあったなんて」
「それでそろそろ同棲しようって伝えようと思った、まさか恵那の方から言われるなんて思ってなかったから」
「……ふふ、二人とも考えてることは一緒なんだね ♪ 」
そんなやり取りが一段落ついたところで、料理が運ばれてくる。いつもより明らかに遅いタイミングでの到着だったため、恐らく店の大将が気を使ってくれたのだろう。ありがたさと申し訳なさを感じつつ、運ばれてきた出来たての料理に僕らは舌鼓をうつのだった。
ーーーー
キープしていた日本酒を開けきった所で、そこそこ時間が経った気がした。明日はお互いに休みとはいえ、終電が無くなる前に帰路につくべきだろう。あまり遅くなっても恵那を返す時に心配だ。
「そろそろ締めようか、終電も近いだろうし」
「ん〜、まだ大丈夫だよ。ほら」
そう言って恵那はスマホの時計を見せてくる。それが示すのは十時半の数字。意外と時間は経っていなかったらしい。いつもの感覚で過ごしていたが、色々話して濃い時間を体験したようで、いつもより時間の進みが遅く感じたようだ。
「ほらぁまだ時間あるし、もう一本飲もうよ」
「それもそうだな。大将!」
「あいよ」
「日本酒もう一本追加でお願いします」
「はい日本酒ね、冷酒でいいかい?」
「おねがいしまぁす ♪ 」
「嬢ちゃんも飲みすぎないようにね」
「わかってますよぉ」
既になかなか出来上がっている恵那を心配して、酒と共にお冷も注文する。今日はどこかアルコールの進みが早く感じるものの、まぁ飲みきれなくてもまたキープさせて貰えばいいので特に深く考えることなく注文を終える。
もっと飲みたがる恵那をなだめつつ、水を飲ませながら時間が経過していく。僕のケアもあってか、ほろ酔いの範囲を出ることなく楽しい雰囲気のまま過ごすことが出来た。
問題が起きたのはその後すぐのことだった。
「そろそろラストオーダーのお時間ですが、何か最後に頼まれますか?」
そう言った店員を見て疑問を覚える。アルコールが入っているとはいえ簡単な数字の計算くらいはできるはずだ。思考停止しかけた脳をフル回転させて考える。確かこのお店の閉店時間は深夜一時半、ラストオーダーは三十分前なので深夜一時。先程恵那が告げた時間は十時半。とてもでは無いが、あれから一時間半も経ったとは思えない。何かの間違いだろうか。
「えっと、ラストオーダーってまだ十一時くらいじゃないですか?」
「いえ、もう一時を回りましたので」
「……?」
全く疑うことなく注文を待っている店員から、前に座る恵那へとゆっくりと目線を移す。そんなわけないと思いつつも、僕は確認しなくてはならない。
「……♡」
しかし、そこには机に身をもたれさせながらにっこりとした笑顔を向けてこちらを見る彼女がいたのだ。
この時僕は悟った
(やられた)
と。
どうやら店側もグルだったようで、まさかと思い大将にも目を向けると、肩を竦めて諦めろと言わんばかりの表情を浮かべる彼が立っていた。恵那の思惑に気付かなかった僕は、しっかりとその罠にはまることとなっと。
とりあえず、ずっと待たせてしまっていた店員さんに向き直り、ラストオーダーを丁寧に断った後に会計を済ませる。
ご馳走様でしたと言い残し店を出る。その間もずっと腕を絡ませていた恵那が口を開く。
「終電無くなっちゃったね♡」
君がそれを言うかね。観念したように僕はおどけてみるしかできることは無かった。
「……一応種明かしを聞いてもいいかな?」
「優太と合流する前に早めにお店来て、大将さんに今日は遅めに帰るからラストオーダーまで声掛けないでいいよぉって言っておいたの。あとは私のスマホの時計をちょちょいっと弄って完成ぇ ♪ 」
「お見事。完全にハメられたね」
僕の返事に何かを思いついたようで、こちらを横目に口を開く。
「……♡。それは、これから優太が」
「言わせないよ」
深夜とはいえ道のど真ん中でなんて事を言い出すんだこの子は。色々と精神衛生上よろしくない。アルコールが入って火照った体を夜風で冷まそうと思っていたのに、全く効き目が無いようで、僕の心臓がバクバクと大きな音を立てている。
もう僕もいい歳であるし、別にそういった事を恵那としていないわけではない。だからと言って、今後も慣れる事は無いかもしれない。いつになっても魅力的な彼女を前にすると、平静で居られる時の方が少ない。それに、こんな気持ちも悪くないと思っているため、別に慣れたいという考えは無い。ただ、心臓に悪いのは確かだ。
うるさいくらいの鼓動が聞こえたのだろうか、恵那は僕の手をとり、そっと自分の胸へと当てる。
「私も、ほんとうはこんなにドキドキしてるんだよ?」
「……もう何回かシてるし、最近忙しかったからってのもあるけど全然手を出してくれないから。私に魅力が無いのかなって考えることもあって、ちょっと不安になっちゃった。だから今日は勇気を出して誘ったんだけど、その心配は要らなかったみたいだね ♪ 」
知らず知らずのうちに彼女を不安にさせてしまっていたようだ。僕は彼女のことを考えているようで、まだまだちゃんと理解することが出来ていなかったらしい。
「……私、ずぅっと我慢してたんだよ?」
明日は午後からしか動けない事が確定した瞬間だった。
「……わかったよ、行こうか」
「うん♡」
再度腕を絡ませた彼女と共に、二人は夜の街へと歩く。
したたか恵那ちゃん。カウンターをくらいかけたものの、最後にど真ん中ストレートを繰り出し勝利。
今後の続きと小話の案としていくつか考えてはいるのですが、どれが需要あるのかわかんないのでアンケートやってみます。お気軽にご参加ください。なお、ほかにも希望がございましたら感想欄でお願いいたします。
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卒業旅行編
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恵那 専門学校時代編
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桜さんとの原付の旅耐久視聴編
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映画編 その後
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IF 優太が恋に気付かなかった編
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黙って全部書け