しっかり生きる。ここに座ってどれだけの時間が経ったか分からないが、ふと両親にかけられた最後の言葉を、いつものように思い出す。私はこの目的を達成することが出来ているのだろうか。
そもそも「しっかり生きる」とはどういうことだろうか。
睡眠を取り、食事を取り、大学に行き、単車とキャンプ代を稼ぐためにアルバイトをする。
唯一イレギュラーなことがあるとすれば、このキャンプという行動だ。少なくとも二週間に一度、多い時は週に二度、両親と共に行ったキャンプ場を訪れる。
私は何故ここにいる。そんな答えのない問いを自分に投げかけては、頭の中で霧散して行く。
ふと叫び声が聞こえて、キャンプ場に意識を戻す。何か事件だろうか。流石の私でも、夜中に少女の叫び声が聞こえたら心配にもなる。しかし数分もすると、先刻すれ違った少女が暗い道をランタンで照らしながら、桃色の髪をした少女を連れてテントへ戻って来た。恐らく彼女らのどちらかが先の悲鳴の主だろう。
(……何かあったのだろうか)
先程から彼女たちが何やらやり取りをしている。声色からして何か困っているようだったが、良くは聞き取れない。
もう管理棟の営業時間も過ぎているし、このキャンプ場には私と彼女らしかいない。入場の時に貰った電話番号にかけようか迷ったものの、営業時間外に呼び出すのも忍びない。
(話だけでも聞きに行くか)
先程まで両親を思い出して心に少し余裕が生まれたからか、何故か私の体は自然と彼女らの方へ向かっていた。
そろそろあちらも私に気付くだろうかという距離まで来た時に、気の抜けた音が耳に入る。
ぐぅぅぅぅ
今のは腹の音だろうか。よく分からなかったが、とりあえず声をかけなければ始まらない。意を決して口から声を出す。
「……あの」
「「?!」」
あからさまに驚かれた。いや、そこまで驚かなくてもいいだろうに。このキャンプ場に君たちと私しか居ないのだから、自然と分かるはずなのだが……。いや暗闇の中からいきなり男が現れたら驚きもするか。
「……どうされました?」
とりあえず事情を聞こうと思い問いかける私に、お団子頭の少女がここに至るまでの経緯を話してくれた。
話を聞き終えた私は(色々思うところはあるが)先程聞こえた腹の音を思い出す。とりあえず困っている彼女の空腹を満たすことなら出来そうだ。
「……もし良かったら、私の夕飯、食べますか?」
「え! いいんですか!」
ついさっきまでの驚きはなんだったのかと言うほど嬉々として反応した彼女は、瞳をキラキラさせながら私を見上げる。
こんな美しい目をしていた頃が私にもあったのだろうか。
その後、お団子頭の少女もカップラーメンを取り出し冗談混じりに金1500円を要求したり、私にいくら払えばいいのか子犬のような顔で聞かれたりなど、一悶着あったものの無事食事を食べる準備が整った。
さぁ食べようかという時に、お団子頭の少女が気まずそうにカップラーメンと私の顔を交互に見る。
こんな少女にも気を使わせてしまうのか私は。
「……私は良いので、どうぞ食べてください」
「え! お兄さんも一緒にだべようよぅ!」
頼む、わかってくれ。中高生であろう君たちと、何がとは言わないがこんな所で食事をすること自体危ないんだ。誤解されれば負ける(というか非がある)のは私なんだ。そんな目で見られても困る。
「……お気になさらず」
「そっかぁ……、それなら! いただきますっ!」
どうやって断ろうかいくつか案を頭の中で出そうとしたが、それはどうやら必要なかったらしい。私の顔を見た彼女は、無表情なのにも関わらず何かを感じ取ったのだろうか。特に引き止めることも無く、食事を始めたのだった。
多分彼女は、直感で人の気持ちを理解できる子なのだろう。純粋無垢、天真爛漫を絵に描いた、まるで太陽のような、そんな彼女を見て私はどこか眩しく思えた。
凄い勢いで目の前にある焼き魚定食とカップラーメンを食べて行く少女、食べる速度はとても早いのに上品さを失わない、なにか魔法でも使っているのだろうか。私はただ彼女がご飯を綺麗に平らげていく様子を見ている。
「ん〜〜〜!!」
そんな事を思いながら彼女を見ていると、それらを食べる手がピタリと止まる。喉でも詰まらせたか?
「くちの中ヤケドした!!」
(……何故うれしそうなんだ?)
隣で困惑の表情を示している少女もきっと同じ事を思っているだろう。
しばらくすると、食事がひと段落ついたらしい彼女らは会話を始める。まずい、完全に戻るタイミングを見失ってしまった。どうしよう、などと考えていると彼女らが富士山の方へ視線をやった。
つられて私も目を向けるとそこには月明かりに照らされた富士山があった。
思い出されるのは両親との記憶。
ーーーー
「いいか、優太。人や物を照らしてくれるものってのは、何も太陽だけじゃないんだぞ? お月様もこうやって、でっかい富士山を照らしてるだろう。」
「うんっ! すっごい綺麗だねぇ!」
「俺は月明かりに浮かぶ富士山が一番好きなんだ。優しい光を持ったお月様が好きなんだ。だからパパはママと結婚したんだぞ?」
「優くん? パパと二人で何を話してるの? 私にも聞かせてよ」
「ダメだよ! これはおとことおとこの秘密の話なんだ!」
「おう!そうだぞ!男同士の秘密の話だ」
「ママは仲間はずれかぁ、悲しいなぁ……」
「あぁあぁそんな事言わないでくれ、な? ママにも後でちゃんと話すから……」
「それなら許します♪」
父をからかい終えた母は、柔らかな笑顔を浮かべて私に言う。
「優くん、あなたの名前はね、お父さんが付けたのよ?」
「そうなの?」
「優くんが、優しい人に育ちますように。それで、たくさんの優しい人たちに巡り会えますようにって意味を込めたのよ?」
「ふ〜ん、そうなんだぁ」
「いつかこの意味が分かる時が来るわ。その時は、また私たちに教えてね? 約束よ?」
「うん! わかった!」
ーーーー
未だ私にこの名前を付けた意味を理解出来たと思った時はない。それに、思い出したところでそれを伝える相手はもう居ない。懐かしい記憶を思い出していた私は、少女の声によって現実に引き戻される。
「あ」
「お姉ちゃんの電話番号知ってたよ あたし」
……よかったね。
ーーーー
連絡を受けて、管理棟にある駐車場に1台の車が停車する。降りてきたのは、眼鏡をかけた女性だった。私よりも年上だろうか?桃色の髪をした少女はその女性に折檻されながら車に押し込められる。
かくいう私の手には袋に入ったキウイがある。お礼の品として貰ったそれをぶら下げながら、車を見送る。
「ヘンな奴でしたね」
「……そうですね」
そう返すしかないだろう。意外と毒舌だね君。
それにしても奇妙な出会いだったな。まぁ一期一会、もう会うことも無いだろう。このままじっとしていても仕方ないし、残された私たち二人が示し合わせたようにテントに戻ろうとした時だった。
「ちょっとまって!」
もう既に帰ったと思われた少女が駆け寄ってくる。
「はい、これ私の番号!」
姉に聞いたらしい電話番号と、自分の名前を添えたメモを私たちに握らせる。今日の感謝を改めて伝え、またいつかキャンプをすることを約束して帰って行った。
最終的に嵐のような印象を残していった少女の名前は、各務原なでしこと言うらしい。
(また、か……)
こうして私の、最近の中では一番長い一日が終わった。
ショタ優太君の回想でした。親にかけられた言葉って意外と覚えてるモンですからね。皆様の感想、評価等お待ちしております!