「……やっぱり、形が歪になっちゃう」
そう小さく零す私の手の中には、私の手の平以上の大きさをしたハンバーグのタネ。だけどそれは凸凹としていて、お世辞にも形が良いとは言えない。
対して手元のバットには手の中のより幾分も小さなハンバーグが並べられており、そちらは綺麗な楕円の形をしている。というのも、バットに並べられた綺麗な楕円のは私の分のハンバーグ。今まさに私が形作っている歪な形のハンバーグは吾郎くんの分なのだ。
さすがに吾郎くんの分のハンバーグが私サイズでは小さすぎて食べた感が薄れてしまうため、こうして大きく作ろうとしてるんだけど……結果はご覧のとおり。
家事は卒なく熟せると言いつつも、なんだかんだで私の身体はまだまだ小さなもの。掃除や洗濯は特に問題は無く、料理は包丁等の道具を良い物を使って技術でカバー出来るものもあるが、ハンバーグの形成とか私の身体の大きさに左右されることに関してはどうにかなる問題でもなく、苦手だった。
以前は煮込みハンバーグにしたので形は隠せて誤魔化せたけど、今回みたいに作る過程を見られるのは考えてなかった。
それでも味には自信があるので、文字通り過程には目を瞑って欲しいところ。
「それ、俺も手伝おうか?」
付け合わせが出来上がって手持ち無沙汰になった吾郎くんの視線の先は、私の手の平に乗る歪ハンバーグ。
「大丈夫ですよ──って言いたいところですけど、不器用なところ見せちゃいましたね。えへへ……すみません」
まぁ休んでて下さいよ、なんて大見栄張ったくせに吾郎くんに情けないところを見せてしまった。
それが少し気不味くなって、苦笑い混じりに謝ると、吾郎くんは難しそうに表情を歪めて眉間に皺を寄せる。
「……君はすぐに謝るのが癖になってるみたいだけど、こういう時はありがとうって言って頼ってくれた方が何倍も嬉しいもんなんだよ」
そう言ってボウルの中から良い塩梅の量のタネを掬い取り、手の中で交互に打ち合わせて形を整えていく。
「無理に背伸びする必要もないし、出来ないことを無理にやる必要もない。君は……麻里亜ちゃんはまだ子供なんだから」
吾郎くんの手で形作られたハンバーグがバットに並べられる。綺麗な形の小さなハンバーグの隣に、大きくて私が作ったよりも凸凹で歪なハンバーグが。
──えっ、この流れで失敗?
「……思ったより難しいな」
ボソリと気不味そうな声。そんな吾郎くんの顔は真っ赤に染まっていて、それでいて苦虫を大量に噛み潰したみたいな顰めっ面になっていた。
そんな彼と出来上がった歪バーグの交互に視線を走らせているうちに段々と可笑しくなってきて、私はくっくっと堪え切れない笑みを漏らしてしまう。
「くくっ……、その流れは卑怯ですって」
「う、五月蝿いな! やったことないんだから仕方ないだろう⁉︎」
ムキになって声を荒げるのがまた面白くて、私はとうとう声を上げて笑ってしまった。
「あははっ! だったら不器用同士、協力しましょうか」
「う、むぅ……」
「コツは私が教えますから、吾郎くんは形成をお願いします。ふふっ、頼りにしてますよ?」
「お、おう……いや、そうなんだけど、もうちょっと子供らしく頼って欲しかったというか」
「はい? 何か言いました?」
そして夕食時。
私たちの食卓に並べられた皿には綺麗な形をしたハンバーグが乗せられていて、それはとても美味しかった。
◆
吾郎くんとの食事を終え、パパパッと片付けを済ませた私達は一息入れようと、食後のデザートの準備をしていた。
スーパーの袋に入っていたからと油断していたが、本当は近所でも行列が出来る程人気のお菓子屋さんから吾郎くんが買ってきたケーキ。
予想外すぎる代物に驚き、問い詰めればスーパーの袋に入れてたのは実は有名店のお菓子ですよーっていう、吾郎くんなりのちょっとした悪戯からだったとか。
「……吾郎くん、意外とお茶目ですね」
「やめてくれ。自分でも似合わないことしたと反省してるんだ。だからそんな感動したみたいにしみじみ言わないでくれ……」
意外な一面にそんな感想を漏らせば本人にも自覚はあるのか、彼は恥ずかしそうに手で顔を覆うとそっぽを向いてしまった。それがまた彼なりの不器用な優しさっぷりが窺えて、私は小さく笑ってしまう。
「ふふっ。えっと、吾郎くんはコーヒーに砂糖入れますか?」
「いや、俺は要らない。それより、もうケーキ並べといても?」
「ありがとうございます。コーヒー直ぐに用意できるので、お願いしますね」
そんなこんなで二人で準備を済ませると、待ちに待った念願のデザートタイムが訪れた。
テーブルに並べられたのはショートケーキが二つ。
シンプルな見た目だが店1番のオススメらしく、スポンジの間に苺がふんだんに挟まっていて、一目で美味しいと分かる。
「それでは、いただきます」
「ん、いただきます」
二人で手を合わせ、フォークを持つ。そしてケーキの先端にフォークを刺し入れ、そのまま一口。
「んんんーっ! これ、すごく美味しいですね!」
口に入れた瞬間から程良く甘いクリームとふわふわスポンジの相性が抜群で、そのあまりの美味しさに興奮気味に感想を述べる。さすが人気店のオススメ。
「ははっ、そりゃ良かった。それだけ喜んでもらえたならサプライズは成功か?」
「それは勿論! さっきはまんまと引っ掛かっちゃいました。けど、こんな悪戯ならいつでも大歓迎です」
「あー、まぁ……また余裕があれば、な」
ご満悦の表情から一変。こっそりと財布の中身を確認し、顔を上げて視線を泳がせる吾郎くん。そんな彼を他所に、私は次々とケーキを切り取っては頬張っていく。
俺も甘い物は好きだったが、私はそれ以上に甘い物が好きだった。父からも「普段がキリッとしてる分、甘い物を食べてる時の蕩けた顔の麻里亜はギャップ萌えだなぁ!」と言われてたように。
興奮のあまりハァハァしながら娘に対して言う父の台詞じゃないかと思うが、確かに父が言うようにどうやら感情が昂りすぎると年齢に精神が引っ張られるのか無意識に年相応の子供っぽい反応をしてしまうらしい。
ちなみにそのあと父は母に滅茶苦茶怒られていた。教育に悪いし気持ち悪い、と。
「あっ……」
気付けばケーキは姿を消し、持ち上げたフォークが虚しく宙を彷徨う。ふと漏れた声も名残惜しむ咄嗟に出たもので、直ぐに冷静になった私は余韻を楽しもうとコーヒーカップに口を添えた。
「ほら」
そんな声とともに私の空になった皿とケーキの乗った皿が入れ替わる。まだ一口も手の付けられていないケーキが現れ、呆けたまま私は隣の吾郎くんを見上げる。
「俺はさっきのハンバーグでお腹いっぱいだから。麻里亜ちゃんが代わりに食べてもらえると助かる」
ぶっきらぼうな言い方で、吾郎くんが早口に捲し立ててコーヒーへと口を付ける。心なしか、コーヒーカップを傾ける彼の耳が赤くなってる様に見えた。
「……吾郎くん、可愛いですね」
「は、ハァッ!?」
つい思ったことがポロッと漏れ出てしまった。
吾郎くんが顔を真っ赤にしながら振り返って声を荒げるが、そういうところだぞと言いたい。
「すみません、つい本音が」
「いや、本音って」
「それよりも、ケーキありがとうございます。でもほら、美味しい物は共有したくなるじゃないですか」
「ん、まぁ……」
「というわけで。はい、あーん」
「は、ハァッ!?」
本日二度目の吾郎くんの驚く顔、いただきました。
「せめて一口、食べてみて下さい。とっても美味しいし、コーヒーにも合いますよ」
「いや、だったら君が全部食べればいいだろ」
彼の口元までフォークで取り分けたケーキを持っていっても、渋い顔で頑なに応じることがない吾郎くん。
さすがにこちらも丸々貰っては申し訳ないし、本当に美味しいから一口だけでも食べてもらいたいんだけど……でもこれ以上しつこいと迷惑かも。
「もらって、くれないんですか……?」
「うぐっ……、ぐぐぐっ……!」
吾郎くんを見上げて最後にそう問い掛ける。すると何故か急に苦しそうな呻き声を上げ、彼は意を決したようにこちらに向けて大きく口を開いた。
「っ! あーん……どうです? 美味しいですか?」
応じてくれたことが嬉しくて、彼の口端にケーキが触れないように慌てずゆっくりと開いた口にケーキを入れてあげる。
吾郎くんが口を閉じてゆっくりと咀嚼し、彼の喉が動いて嚥下したのを確認すると私は彼に感想を求めてみた。
「う、ん……美味しい、です」
口元を手で覆ってはいるものの、隠しきれないほどに吾郎くんの顔が真っ赤に染まる。
咄嗟に語尾が敬語になるほど混乱しているのか、それとも恥ずかしさからか、味の感想を言う彼の声が段々と小さく窄んでいく。
ほんと、君そういうところだぞ。
◆
ケーキも食べ終わり、二人で片付けを済ませると吾郎くんは自分の部屋へと戻っていった。
今日は料理を手伝ってもらったが、国立医大に通う吾郎くんは毎日勉強に追われている。一度だけ教材を見せてもらったことがあったが、俺の記憶をもってしてもまるで呪文か何かと思うくらい難解な言葉の羅列ばかりだった。
それに加えて彼は祖父母への報告もあったりして、食後はすぐに部屋に戻ってしまうのが日常的だった。
だから今日みたいに食後もゆったりと過ごしたのは初めてのことで、いつも一人だけのこの部屋が明るく感じるのは久し振りのことだった。
「はぁ……」
ソファに腰を下ろし、息を漏らす。
いつもなら気にもならない一人だけの部屋の中、今日ばかりは吾郎くんの痕跡が消えた部屋が寂しく感じてしまい、時計のカチコチと秒針を鳴らす音が嫌に響く。
「ん、」
気晴らしにテレビを点ける。
映されたのは視聴者が投稿したホームビデオを紹介する番組。小さな子供が誕生日ケーキに顔を突っ込んだり、ペットの動物と戯れたり、面白くも微笑ましい様子を映したビデオが流れてスタジオのゲストがコメントをしていくやつだった。
「懐かしいなぁ……そういえば前はよくこんな番組観てたっけ」
父と母はこういった番組が特に好きで「麻里亜の可愛さを全国に知らしめるんだ!」って息巻いていつか投稿しようとカメラを向けてきた。
でも俺としての意識があった私は子供っぽいことが苦手で、全然カメラ映えしない映像しか撮れなくて、面白みのない、ただ棚の肥やしになるビデオばかりが増えていった。
それでも、父と母は時折撮ったそのビデオを見ては嬉しそうにしていた。
「……こんな風に出来てたら、もっとパパとママを喜ばせられたかな」
小さな女の子が、頭に花冠を載せながらカメラに溢れんばかりの笑顔を見せる。そして少女はその手に持っていた小さな花冠をカメラを撮っている人──おそらく親だろう──に渡す、そんなビデオだった。
画面が切り替わり、スタジオを映すカメラには芸能人達が頬を緩ませる様子が映されていた。
『いやぁ、ホント子供って癒されますね。続いてはそんな子供繋がりで、本日最後になる投稿です。どうぞ』
司会者の前フリから切り替わり、最後となる投稿ビデオが流される。
『これは幼稚園のお遊戯会──』
明るい声のナレーションが流れ、照明に照らされたステージ上の一文字幕が上がる。
「えっ⁉︎」
驚きに声が漏れ、咄嗟に立ち上がってテレビに近寄っていく。
幕が上がって現れたのは『〇〇幼稚園 演劇会』と書かれた舞台看板。幼稚園の名前の部分はモザイクがされていたけど、薄っすらと読み取れるその名前は私が通っていた幼稚園の名前で、舞台に並べられたセットも見覚えがあるものばかりだった。
「これ、あの時の……?」
見間違う筈がなかった。
あの時のお遊戯会は私が考えた内容のもので、セットだって先生含めみんなで作った物なのだから。
予想だにしてない展開に驚いたが、以前にもこの番組で子供の発表会が放送されることがあった。だから多分、それを見た保護者の誰かがこの番組にお遊戯会の様子を撮ったビデオを送ったんだろう。
「……こんな感じだったんだ」
観客側からの視点を見るのは初めてで、ビデオの中で同級生の子達が小さい子特有のやり過ぎなくらい大きな身振り手振りでステージ上を動き回っている。
それを微笑ましげに眺めていると、そろそろ私の出番の時だった。気恥ずかしさはあったものの、私はテレビから目を離さずに見続けていた。
そして、とうとう舞台袖から演劇衣装に身を包んだ私が現れる。
自分のことを美化するみたいで恥ずかしいが、テレビに映る私の姿は他の子よりも大人びた雰囲気とハッキリとした言葉遣い、無駄のない動きと場面に合わせた表情変化などが相まってまるで本物の子役のような演技を披露していた。
さっきまで微笑ましいものを見る顔をしていたワイプに映る芸能人が、私の演技を見て息を飲むような反応をしている。
──なんだ。私、ちゃんと出来てたんじゃん。
プロである彼らを驚かせてやれたのが少し嬉しくて、テレビの前でふふんっと得意気に鼻を鳴らす。
『うわぁっ!見て、僕らの子がお姫様だよ! めちゃくちゃ可愛いよ!』
「えっ……?」
突然テレビから聞き慣れた、そしてもう聞くことの出来ないと思っていた声がテレビから聞こえてきた。
得意気になっていた気持ちはあっという間に霧散し、縋るようにテレビに近付くと今度は別の声が聞こえてくる。
『シーッ、静かにして! 待って、今こっち見たわ⁉︎ ねぇ目が合ったわよね⁉︎ キャー!ママ達は此処よー!!』
『ちょ、落ち着いてママ⁉︎ 三脚蹴らないで⁉︎ あ、すみません、すみません!』
ガツンッ、という音ととともにカメラが揺れ、カメラの画角がブレて一瞬だけ観客席を映す。興奮気味にステージに手を振る女性と、他の保護者に頭を下げる男性。
「ママ……? パパ……?」
どうして二人が映っているのか。
映像はスタジオの様子を映す画面に切り替わり、両親の反応を面白がるコメントを残すと再びお遊戯会の映像に切り替わる。
頭の中が何故という疑問でいっぱいになりながらもテレビに齧り付く。
観客側を映していたカメラがすぐに元のようにステージを映し、ステージの中央で演じる子達の姿が映る。そしてカメラがズームしていき、その中の1人……私だけを映すような映像になる。
『ほらママ。麻里亜の晴れ舞台なんだから、僕たちもちゃんと見ないと』
『そうね。パパはちゃんとカメラで撮ってよ? 家で麻里亜と一緒に観るんだから』
『勿論! 世界で一番可愛く撮るよ!』
久し振りに聞く二人の声から、本当に私のことを思っているのが伝わってきて、心が温かくなる。だけどそれと同時に、温まった心がすぐに奥底から冷え切ってしまうような感覚にも陥る。
「このビデオ……、パパが撮ったもの、だよね……?」
そう声に出して、自分の声が震えてることに気付いた。
二人の声が鮮明に残され、私だけに集中した映像。確かに沢山の保護者がカメラを構えてたのは覚えているけど、こんな映像を他の誰かが撮ったとは思えなかった。
あの事故の後、警察から渡された遺品の中にビデオカメラは無かった。
両親の身に付けていた物、車内に残されていた物が遺品として渡される中、衝突の衝撃で歪んでしまった車両内に残されて物理的に回収することが出来なかった物は確かにあった。
それらは私が意識を失っている間に、祖父母の判断によって車ごと処分されてしまった。事故の惨状が残る車をそのままにしておくことが、祖父母は我慢出来なかったらしい。
だから遺品の中にビデオカメラが無かった時も、きっと回収出来ずに処分されてしまったんだろうと思って諦めていた。
だけど今、テレビで放映されているのは間違いなく父が撮っていたビデオだった。
──それは、つまり
「誰かが、ビデオカメラを回収していた……?」
──いったい、どのタイミングで?
警察の話に拠れば、事故の後、通行人の人達が車に駆け寄って私達の救助を試みたそうだ。だけど一般人が大きく歪んでしまった車から人を助け出すなんてことは出来る筈もなく、救急隊が来てからは規制されて一般人は近寄ることすら出来なくされたらしい。
つまり、ビデオカメラを回収出来たのは救急隊が到着する前からあの場にいた誰かになる。
──でも、それはいったいどうして?
──何の目的で?
──今になってテレビ局にビデオを送った理由は?
──そもそも誰が、そんなことを?
頭の中でグルグルと疑問が浮かんでは積み重なっていき、押し潰されるような幻惑に呼吸が苦しくなる。
『──以上で映像は終わりですが、どうでした?』
『いやぁ、これで幼稚園の演劇ってのが凄いですよ。惹かれる演技って言うんですかね。お父さんお母さんがあんなに興奮するのも頷けます』
『へぇー……そんな褒めるなんて、ある意味一番珍しい瞬間が見れたかもしれませんね! と、お時間が来たみたいで、それではまた次回もお楽しみに!』
気付けば、番組は最後の挨拶を残して終わってしまった。
震える手でテレビの電源を消すと、覚束ない足取りでソファの所まで戻ると、ボスンッと深く腰を下ろす。
部屋の中は再び静寂が訪れた。
カチカチと秒針が嫌に響く中、私は膝を抱きかかえながら小さなその身体を、ただ震わせることしか出来なかった。
難産すぎて頭痛くなっちゃうぅ。
ストック無いので時間掛かってすみません。