ロルフは部屋を飛び出したグレンの後を追う。
「おい、先生!何かわかったのか!」
グレンの隣を駆けながら話しかける。グレンは痛む体に鞭打ちながら走りながら、自分がたどり着いた敵のシナリオを説明する。
「ヤツらの狙いは転送塔だ!」
「転送塔?壊されてんじゃないのか?」
転送塔。それはこの学院と帝都を結ぶ転送法陣が設置されている塔だ。転送法陣は莫大な費用と貴重な触媒、それに加えて多大な時間がかかるが、一瞬で移動できるという代物だ。
今も転送陣が無事なのであれば、宮廷魔導士団は突入に手間取らずに帝都の転送陣から転移してくれば済む話だ。こういったテロの際に転送陣を壊すのは定石で、当然ロルフも壊されているものだと考えていた。
「敵は曲がりなりにも帝国一の魔術学院の結界を書き換えた、あのセリカも認めるほどの空間魔術の天才だ!そいつなら転送法陣の転移先を別の法陣に書き換える――そんな芸当が出来てもおかしくない。これは最初からルミア個人を狙った誘拐事件だったんだよ」
「――なっ!?」
空間魔術には明るくないロルフでも突飛としか思えない発想。
転送法陣は特定の場所同士を結ぶために構築されるもので、設置できる場所も、土地の霊脈が絡んでくる。その設定を書き換えるなんてありえない。
「それが本当だと仮定しても、まだいくつか説明がつかねぇことがあるけどそれはどうなんだ?」
グレンの仮定が正しいとしても、辻褄が合わない点が存在する。ルミアを狙ったのだとすれば、こんな大がかりなことはせずに登下校時でも狙えばいい話なのだ。
それを指摘するとグレンは苦い顔をする。
「いやぁ、早まったかな……」
「おい!しっかりしてくれよな!」
先ほどの頼もしさとは打って変わって情けなさを感じる声にロルフは突っ込む。
これで空振りだっただけならいいが、この間に逃げられでもしたら元も子もない。
「とにかくまぁ、確認しておいて損はないだろ!」
グレンは不安さを振り払うかのように一層スピードを上げ、ロルフもそれに並走する。
校舎を抜けて転送塔がある場所へと繋がる並木道へと出たところで、二人は揃って足を止める。
「よっしゃ、ビンゴ!だが……最後の最後できっついなぁ……」
「ガーディアン・ゴーレムかよ……まじでここに居んのか……」
白亜の塔の前に、石を積み上げて作られた無数の巨人達が徘徊していた。有事の際に稼働する学院のガーディアン・ゴーレムだ。
ロルフが上空に放った使い魔はこのゴーレム達を感知していなかった。
ロルフ達が動き始めたのを察知して、この転送塔を守るように起動したのだろう。
つまり、グレンの予想があたったのだ。
ゴーレム達は二人に反応して迎撃の態勢を取り始めた。
「一応聞いておくが、《愚者》の魔術師殺しの術じゃあれは封じれないのか?」
ロルフは裏社会の魔術師達に恐れられていた《愚者》が使うとされる魔術封印の術で、あのゴーレム達をなんとかできないのかと尋ねる。
グレンは今は協力者だが目的も所属も分からないこの男に自分の手の内を明かすべきか否か逡巡するが、今はそんな暇はないと打ち明ける。
「いや、無理だ。俺の
「なるほど。じゃあ、ここは俺の出番だな……さっきみたいに道は開くから、アンタは塔の中を頼む」
ここは任せろと言うと、ロルフは槍を地面に突き刺して呪文を詠唱する。
「《大神が駆りし・至高の軍馬よ・今此処に来たれ》――!」
詠唱が完了すると共に現れたのは、八本もの脚を持つ漆黒の巨大な馬だ。
途方もない存在感を放つこの獣は、ただの召喚獣ではない。
『最高の馬』と伝承で語られるこの軍馬は、地を、海を、そして天をもその脚で駆ける。
漆黒の馬はいななくと、グレンのシャツの襟首を口で掴み上げる。
「……ナンデツカマレテルノ?」
宙に浮いた状態でこれからの未来を予測したグレンは、馬に跨っているロルフの方を見て片言で尋ねた。
ロルフはそれに対して、非情な宣告をする。
「わりぃ、コイツはじゃじゃ馬でな。主人と認めた存在しか乗せねぇんだよ……だから、このまま強引に突っ切る」
グレンがちょっと待てと言う暇もなく、
「いけ!」
「ぎゃあああああああああああああああ!」
ゴーレム達の間を縫うように、地面だけではなく空も蹴って駆け抜ける。
瞬く間に、転送塔の入口へと到着する。
「ぐえ!」
到着と同時に、神馬が噛み掴んでいたシャツの襟首を放して捨てて、グレンはそのまま地面に衝突する。
グレンはその衝撃と駆けている間の揺れでふらつきながら立ち上がると、
「おい!俺はこれでも怪我人なんだぞ!ちっとは配慮してくれ!」
「すまんすまん……でも、転送塔は目の前だぜ?」
ちゃんと目的地まではたどり着いただろうと、ロルフは悪びれもせずに言う。
「チクショー……後で覚えてろよテメェ」
グレンはロルフに文句をぶつると、自分の頬を張って気合いを入れ直して転送塔の内部へ駆けて行く。
「いくらでも聞いてやるからルミアは頼むぞ、先生」
ロルフがそう言った時にはすでに階段を駆け上がる音が響いていた。
「さぁて、後はこいつらをつぶすだけだ」
ロルフは、槍を一回転させて構える。
このゴーレム達は、かなり強力だ。
炎熱系のC級軍用呪文である黒魔【ブレイズ・バースト】でも一体ずつしか倒すことはできないだろう。
攻撃こそ物理的な手段しかないようだが、巨体から繰り出される一撃は単純だが脅威だ。
「やけになって暴れられたら厄介だし、さっさと終わらせるか」
このゴーレム達相手に負けることなどありえないが、時間をかけすぎると生徒達の居る校舎や敵味方巻き込んで転送塔の破壊を行い始める可能性もある。
早めに潰してしまうのが吉だろう。
「《勇敢なる戦士達よ》」
ロルフの号令で、三人の戦士が召喚される。
古めかしい意匠の甲冑に身を包み、思い思いの得物を手にした彼らは、
北方神話では、戦死した勇者の魂は天上宮殿へと導かれ、やがて来たる神々の最終戦争に備えて殺し合い腕を磨いているとされる。
その殺し合いで死んだ者や傷は夜になると元通りになり、盛大な宴をする――それが
「往け」
ロルフが命じると、
この戦士達は強力だが、あくまでも死した勇者である。そのスケールは人間の範疇に収まる。
斧を持った戦士達はゴーレムを粉砕していくが、数とサイズの問題で全て打ち倒すには至らない。
しかし、それでいい。
戦士達は時間稼ぎ、前座に過ぎない。
「《来たれ・戦士達を導きし・戦場を駆る女神よ》――!」
三節で括られた詠唱が完成すると、辺りに途方もない魔力が共鳴して光り、空間が揺らぐ。
現れたのは、ロルフと一緒に居た少女――ロッタだ。
普段の民族衣装のような服装ではなく、
神秘的な佇まいをしたロッタは、静かに目を開くとロルフの方に向き直った。
「……急に呼び出してなによー!今いいところだったのにぃ!」
場違いな気の抜ける声にロルフは嘆息する。
この場に召喚されるまで図書館で借りた恋愛小説を読んでいたのだろう。
「周りを見てくれ……アンタの出番だ、
ロルフがそう言うと、気付いてなかったのだろうか、辺りを見回しててゴーレムを目に留めると、大げさに驚く。
「あら、なんかデカいのがいっぱいいる!これの為に私呼ばれたの?まったく、姉使いの荒い
「さっさと片付けたいんだよ。やれるよな?」
「誰に向かって言ってるの?すぐにやっつけてやるわ。早く続きが読みたいしね――ッ!」
ロッタはふわりと宙に浮いて待機していた
「やぁあああああああああ!」
ガーディアン・ゴーレムは、この学院の警備用だけあって頑丈さは折り紙付きだ。
普通に考えれば騎馬による突撃などものともしないはず。
ロッタとゴーレムが正面からぶつかり合い、その衝撃が地面を揺らす。
崩れ落ちたのは――ゴーレムの方だった。
人馬一体となったロッタと
その光景は、蹂躙という言葉が相応しかった。
「流石は
本来であれば大勢の術者が儀式魔術でこの世界に呼び出す、聖エリサレス教で語られる名前持ちの天使にも匹敵する上位の概念存在だ。
神話の住人にただのゴーレムごときが勝てるはずもなく、ロッタが突撃する度に粉砕されていく。
放っておいても勝つだろうが、自分だけ何もしていないと後でブーブーと文句を言われてしまう。
ロルフは死せる戦士たちの後ろから爆炎の魔術を詠唱し、自分もゴーレムを処理していく。
一分もしない内に全てのゴーレムがその機能を停止させられた。
「これの始末はどうすりゃいんだろうな……」
見るも無残に粉砕されたゴーレムや、衝撃の余波で破壊された近くの校舎や石畳を見て、遠い目をする。
どう考えても普通の戦いの跡ではない。
「まぁ、そこらへんは全部あの先生に押し付けるか」
面倒くさいことはグレンに任せようと決意し、そういえば中の決着はついたんだろうかと転送塔の方に振り返る。
あの《愚者》に限ってしくじることはないだろうが――と考えていると、塔から魔力の波動が波打つように放たれた。
儀式が解呪されたことによって、行き場をなくした魔力が波動となったものだろう。
どうやらグレンはうまくやったようだ。
「助かったわ!他の人間に見られたら面倒だからもう還っていいぞー!」
離れた位置で
「ええ!?呼び出しといてその扱い!?後で覚えといてよー!」
ロルフの扱いに憤慨しながら、ロッタは光に包まれると元居た場所へ送還されていく。
いかにも怒ってますという顔をして消えていくロッタ。
帰る前に何か機嫌が取れるようなものを用意しておかなければいけないな、何がいいだろうかとロルフは今から憂鬱な気持ちになる。
あの双子の姉はしょっちゅうお姉さんぶる癖に、すねると子どもみたいに面倒なのだ。
そんなことを考えながら、全てが終わった転送塔の中へ向かっていった。