新任講師のグレンが着任して約一週間、講義の内容は酷いものであった。
その酷さは、不真面目の筆頭であるロルフですら酷いと思う程であった。
当然のようにシスティーナは反発して小言をぶつけるが、日に日にグレンの態度は悪化していく一方であった。
あまりにも酷いため、ロルフが授業をサボったり居眠りをしていてもシスティーナがお説教をしてこなかったくらいだ。
そして本日、流石に腹に据えかねたシスティーナはグレンに対してこれ以上態度を改めないようであれば、魔術の名家たるフィーベル家の威光を使うことも辞さないと脅す。
普通であれば、クビになるとなれば態度を改めようとするであろう。そう普通であれば。
一週間もあんな講義を続けていたグレンが、普通であるはずがなかった。
むしろ辞めさせてもらえるよう期待していますとまで発言する始末だった。
我慢の限界に達したシスティーナは自身の左手に嵌めた手袋を、グレンに向けて投げつける。
それは、今では古臭いとも言われる魔術儀礼、勝者は敗者に対して要求を通すことが出来るという伝統的な決闘。その申し込みである。
システィーナのことは真面目なヤツだなと思っていたロルフも、ここまでするとは考えていなかった。
あれよあれよと話は進み、決闘がはじまった。
決闘のルールは黒魔【ショック・ボルト】のみ。
【ショック・ボルト】は学生が初めに習得する、微弱な電撃を飛ばす護身用の魔術ではあるが、その速度は雷撃の魔術だけあって折り紙付きだ。
勝敗は、いかに魔術を速く詠唱出来るかにかかっている。
グレンは不真面目ではあるが、あのセリカ=アルフォネアに中々優秀なヤツと評価され講師に推薦された魔術師である。
いくらシスティーナが学年でもトップクラスの優秀な生徒だとしても、まだ学生の身だ。
大方グレンが勝つのだろうとギャラリーたちは予想していた。
(それに……)
ロルフは遠巻きに決闘の会場となった中庭、主役の一人であるグレンを見つめる。
ただの勘でしかないが、彼は只者ではないと、そう感じるものがあるのだ。
自身の勘が正しければ、システィーナに勝ち目はないだろう。
(お手並み拝見させてもらおうか……)
グレンのその実力を測るために、ロルフもこの決闘を見物することにした。
しかし、決闘が始まるとその予想は裏切られた。
「《雷精の紫電よ》――ッ!」
システィーナの【ショック・ボルト】がグレンを捉える。
グレンはそれを避けることなく真正面から受け止め、
「ぎゃあああ――!!」
情けない悲鳴を上げながら、電撃に痙攣しながら倒れた。
唖然とするシスティーナとギャラリー。呆気ない決着に辺り一帯は沈黙で支配される。
グレンがよろよろと起き上れば、準備ができていないのに卑怯だ、三本勝負だと叫び始めた。
その発言に驚愕しているシスティーナをよそに、強引にグレンが再度勝負を始める。
結果は、先ほどの勝負の再現だった。
グレンが負ける度に増えていく勝利本数。
見るにグレンは、【ショック・ボルト】の一節詠唱が出来ないのだろう。詠唱される呪文は全て三節だ。
対するシスティーナは、初等呪文である【ショック・ボルト】であれば一節で詠唱できる。
これでは真正面からの撃ち合いでの勝ち目はほぼない。
あるとすれば、光速で飛来する電撃の軌道を予測して避けた上で、確実にこちらの呪文を命中させる。そんな歴戦の魔導士のような身のこなしが必要だ。
繰り返される茶番劇をロルフは眺め、溜め息をつくと踵を返す。
(はぁ……俺の勘も鈍ったかねぇ……)
東方には『能ある鷹は爪を隠す』という言葉があるらしいが、ロルフはあのグレンという講師がそれだと思ったのだ。
しかし、あの決闘で惨状を見た限り勘違いだったのだろう。
後ろではまだ決闘が続いているようだが、これ以上は見ていても仕方がないと今日もまた図書館へと向かった。
日付が変わるまで一時間に一話ずつ投稿されていきます。それで1巻分終わるんですが、同時にストックは尽きます()