不良生徒な召喚士と禁忌教典   作:hibari11

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第四章 魔術

 決闘騒ぎから三日が経った。

 本日もロクでなし講師のグレンは、やる気なさげに授業を行っている。

 ロルフは結局あの騒ぎの顛末を見届けなかったが、聞いた話によるとグレンは「自分は魔術師ではないから魔術師同士の決闘のルールなんて知らない」と放言して逃げたらしい。

 その後の授業では、生徒達は各々が自由に自習を行い、グレンはそれに対して何一つ言わない。そんな冷戦のような不文律が出来上がっていた。

 ロルフにとってもこの状況は好都合だった。グレンの授業が行われている間、遅刻してもそれよりグレンが遅いことが多々あるためそれを咎められることがないし、サボっても居眠りをしていてもシスティーナは何も言ってこないのだ。

 そのためロルフの不真面目さは日に日に磨きがかかり、授業をほとんど睡眠に費やしていた。今も指定席である教室の片隅に突っ伏して惰眠を貪っていた。

 そんな二年次二組でも、グレンの授業から何かを学ぼうとする健気な女子生徒が居た。

 確かリンといったか。小動物を思わせるような少女はおずおずと手を挙げてグレンに質問する。

 しかし、それに対してもグレンはまともに回答しない。

 流石に黙っていられなかったシスティーナが、リンに助け舟を出した。

「あんな男は放っておいていつか一緒に偉大なる魔術の深奥に至りましょう?」

 システィーナがリンに優しくそう笑いかける。

 それが何かの引き金になったのか。生徒達に何を言われようとも黙っていたグレンがぼそりと呟く。

「魔術って……そんなに偉大で崇高なもんかね?」

 どこまでも魔術を虚仮にしたその態度に、システィーナが噛みつく。

 だが、意外なことにグレンも引き下がらず反論する。

 何が偉大で崇高なのかと、システィーナにそう尋ねる。

 魔術とは世界の構造、法則。それを解き明かし人間がより高次の存在へと至る道を探すもの。いわばこの世界の真理を追及する学問である。だから偉大で崇高な物であると、システィーナは魔術師にとってお手本のように返す。

 そのお手本のような答えにもグレンは疑問を返す。それがなんの役に立つのかと。

 グレン曰く、医術、冶金術、農耕技術、建築術といったこの世界で術とつく物は大体人の役に立っているが、魔術だけはなんの役にも立っていないと。

 確かにそれは真実ではある。魔術は秘匿されるべきものと考えられ、その恩恵は魔術を扱えない人々には何も還元されていない。

 システィーナはそんな低次元の話ではないと反論するが、グレンは人の役に立たないのであればそれはただ趣味、娯楽の一種にすぎないと切り捨てる。

 言い負かされているシスティーナが歯噛みしていると、突然グレンが掌を返す。

 論戦の様子を固唾を飲んで見ていた生徒達も目を丸くしている。

「魔術は凄ぇ役に立つさ……人殺しにな」

 いつもの怠惰なグレンからは想像もつかないまるで別人のような表情と声で紡がれるその言葉は、生徒達を心胆を凍てつかせる。

 教室が凍り付く中、グレンはいかに魔術が人殺しに優れているのか滔々と説明する。

「ふざけないで!魔術はそんなんじゃない!魔術は――」

 システィーナが堪らず反論しようとするが、グレンは現実を突き付け続ける。

「今も昔も魔術と人殺しは切っても切れない腐れ縁だ。なぜかって?他でもない魔術が人を殺すことで進化・発展してきたロクでもない技術だからだ!」

 ここまでくると流石に極論だったが、何かを憎むような形相でまくしたてるグレンに圧倒され誰も何も言えなかった。

「こんな下らんことに人生を費やすくらいなら他もっとマシな――」

 グレンがそこまで言ったところでぱぁんと、目元に涙を浮かべたシスティーナがグレンの頬を手で叩く。

「なんで……そんなにひどいことばっかり言うの……?大嫌い、貴方なんか」

 そう言い捨てるとシスティーナは勢い良く教室を飛び出していく。

 圧倒的な気まずさと沈黙に支配される中、グレンは頭を掻きながら舌打ちをして、

「なんかやる気でねーから、本日の授業は自習にするわ」

と言うと、溜め息を吐いて教室を後にした。

 

 ルミアは悲しそうな、心配そうな顔をしながら二人が出て行った扉を見ていた。親友を追って教室を出ようか、今はそっとしておくべきか悩んでいると後ろの席からぽつりと呟く声が聞こえた。

「はぁ……例え正論でも学生相手に言いすぎだろ……」

 呟きの主はいつの間にか起きていたロルフだった。

 ロルフは頬杖をつき、呆れるような目をして教室の外を眺めていた。

「ロルフ君は……今のグレン先生の言葉が正論だと思うの?」

 生徒達が頭のどこかで正しいと認めながら、認めたくないグレンの言葉をロルフは呆れながらも正論と評した。

 それを聞いたルミアは、悲し気な目をしながら本当にそう思っているのかと尋ねる。

 声を掛けられたロルフはルミアに向き直って答える。

「言い過ぎだけど、魔術にそういった側面があるのは事実だからな」

 ロルフはいつものように気だるげに、魔術は人殺しの術の側面があることを肯定する。

「じゃあ、ロルフ君にとって魔術ってどういう物なの?」

 魔術を真剣に学ぶものが集うこの学院で、普段から不真面目な態度を取り、さらには魔術が人殺しの外道な術であることも肯定した。そんなロルフにとって魔術がどんな物であるのか。

「魔術がどんな物とか言われてもそんなん――」

 適当に返事しようとそこまで言って、口を閉じた。ルミアが自分のことを真剣な目で見ていることに気付いたからだ。

「あー、ちょっと待ってくれ。ちゃんと考えるから」

 ロルフはそう言って少し考える。なんとなく、この問いにはしっかりと返さなくてはいけないと感じたのだ。

「そうだな……俺にとって魔術は道具、かな」

 考えて出した答えは、魔術は道具という答えだった。この学院の人間が神聖視している魔術は自身にとってただの道具であると、そう答えた。

「道具?」

 ルミアがそう聞き返す。

「あぁ、道具だ。ようは使い方の問題だ。魔術は確かに人を殺す力を持った術だけど、それをどう使うかはその使い手次第だよな?」

 そう言って、ロルフは続ける。

「例えば、あの先生が挙げていた宮廷魔導士団はその武力で危険な魔獣を退治して街道の安全を保っている。これは先生の理論で言えば人の役に立っていると言える」

 宮廷魔導士団は帝国を脅かす存在に対しての抑止力・武力であり、その対象の大部分は他国や危険な魔術師といった人間相手ではあるがそれだけではない。

 危険な魔獣が街道に出現すれば、それを退治するのも任務の一つである。

「他に身近な例だと……俺の話になるが、故郷はスノリア地方のクソ寒いヤベェ田舎でな。食糧確保の為に狩りは欠かせなかった。狩りで使っていた得物は色々あるけど、主流は弓だ。こういう風に弓は食生活を豊かにしてくれる大事な道具だったが、対象が動物から人に変われば殺しの道具にもなる。魔術もこれと同じもんだよ」

 弓は狩りの道具であり、戦争の道具である。使い手と使い方次第でそれは変化する。

 ロルフは魔術も同じだという。

「だから、あの先生が言ってることも正しい部分はあると俺は思ってる。ただ、グレン先生が言ったような側面だけではないし、ちょっと言い過ぎだけどな」

 自分の考えは話し終えたと言葉を切った。

「ありがとう、ロルフ君。わざわざ考えてくれて」

 ルミアは微笑みながら感謝の言葉を述べた。そして、再び疑問を投げかける。

「質問ばかりで申し訳ないんだけどもう一つだけ聞いていいかな?魔術が道具なら、ロルフ君はそれをどう使うの?」

 魔術を道具と言うのであれば、その道具を一体どう使うのか。

 聞かれたロルフは、少し間を置いてから口を開く。

「どう使うかねぇ……」

 目を瞑れば、すぐに思い出せるのは赤と白で彩られた記憶。

 破壊された故郷と倒れ伏した自分。

 自分の代わりに犠牲となった姉。

 味わった無力感。

 自分にとって魔術は、二度とあんな思いをしないようにと、戦うための道具だ。

「誰にも負けないための力かな」

 そう言うと何かまだ聞きたそうなルミアをよそに立ち上がり、居眠りで固まった体を伸びをしてほぐしながら教室の階段を下っていく。

「あ、待ってロルフ君!どこに行くの?」

「こんな状況じゃあ教室に居ても何もないだろ。それに多分今日は先生も帰ってこないだろうし、今日はもうサボるわ」

 ロルフは呼び止める声も意に介さず、そう言い残すと教室を後にした。

 残されたルミアは、去っていく後ろ姿を見つめながら自分の質問への答えを反芻する。

 彼は魔術は道具であり、誰にも負けないための力であると答えた。

 どういった経験から、彼はその答えに行き着いたんだろう。

 ルミアはそんなことを考えながら、泣きながら飛び出していった親友であるシスティーナを慰めようと自分も教室を後にした。

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