アヤベさんの妹に転生したけどこれキャラ崩壊する奴じゃんってなる話 作:煎餅さん
前回の投稿から一ヶ月ぐらいで済んでた、よかった。てっきり二ヶ月ぐらい空いてると思ってた。ムラが激しいなコイツ。
まぁ今回はパッと閃いた別の短編ネタを他所で書いてたのもあってシンプルにコッチ無視しちゃってただけなんで執筆量自体はここ暫くそれなりに多い筈……こっちに投げてない以上関係無いけど。
そういえばシレっとIFの短編話も上げてたり。デカウマ娘時空やウマ息子がいる時空だったり、そこでザーガが生まれた場合どうなるかみたいな。
個人的にウマ息子時空とかTSの醍醐味全部盛り出来そうで魅力は感じてる。興味があれば見てもろて、本編より先に学園入学してたりまだ出てないキャラ出てるけど。
(24/1/25追記)加筆修正しました
天気は晴、ターフは絶好の良バ場。
距離は800m、九人立てで挑むこのレース。
私と姉さんはそれぞれ内枠、外枠側となった。
「本当に良かったの? ランダムにしなくても二人とも内枠なら、ラチ沿いに真っ直ぐ走れて楽だと思ったけど」
そう言うのは上級生のウマ娘。ショートボブの尾花栗毛に、赤いリボンの耳飾りを付けた子だった。
まぁ確かに言わんとする事は分かる、普通は自分よりずっと年下に譲歩する物だし。
しかし彼女の提案は、駆け引きをした上で完走するだけのスタミナがこちらに無い事を前提にしている。その時点で齟齬があるのだ。
体格の都合、確かに私達と上級生の彼女達では先ず足の長さで差がある。この差は結構大きく、一歩で稼げる距離もそうだがその分のスタミナを確保できるのだ。逆に私達は、その差を埋める為に足りない歩幅分を回転数で稼ぐ必要がある。スタミナを不安視されるのも当然だった。
「大丈夫です、それなりにトレーニングなんかはしてますし。まぁ気持ちは分かりますよ、逆の立場なら私も絶対心配しますから。でも折角の機会ですから、平等の条件で走ってみたいじゃないですか」
とはいえ夏休み中、無理のない程度にスタミナをつける方法を幾つか教わっていたのだ。今でも継続しているし、そもそも素質自体は高い方だったから今の所伸び悩むという事も無い。
そんなわけで心配は無用なのだと、話してあしらう。
それにそもそも私の姉は、あのアドマイヤベガだ。双子の姉妹として生まれているイレギュラーはあれど、発展途上の小学生相手ならば十分通用するだけの素養はある筈。少なくともこの場にいるメンツで聞き覚えのある名前もないしね。
そして私はおまけと言えど、現状そんな姉とほぼ同スペックの妹だ。どうにかなると思いたい。さらに言えば、フォームもだいぶ様になってきた。その関係で以前よりずっと楽に走れるから、スタミナの心配もあまりしていないと言える。
「へぇ~? まぁ無理だけはしないでね、私達も一年生が居るからって手加減できないし。お互い怪我無く安全に、ね」
そう言って明るく笑う彼女の言葉に頷いて返す。言ってる事はよく分かる。同学年のウマ娘達が走る以上はそこで競り合いが発生し、そうなれば必然的に手加減なんてできやしない。心配も当然だ。
もっともそこに関しては、そもそも手加減なんて望まないので構わないのだけどね。
そんな具合で、出走前に最終確認とばかりに上級生に心配をされるがのらりくらりと躱す。皆口々に無理はするなと言うが、そこはまぁ仕方ないと割り切ろう。いっそそれで油断してくれればとも思う、いやまぁ心配されてる時点で敵じゃないと判断されてるんだけどさ。手加減できないとか言うあたり既にね。
さて、走ると決まった以上は全員が着替えて集まり直す。
上級生のウマ娘も何人かブルマ勢らしかったから幾らか精神的には楽だが、やっぱり慣れない。この先もずっとブルマだと思うと気が滅入るが、まぁ口調とかと同じくきっと慣れていくのだろう。慣れって怖い。
ご丁寧にゼッケンも用意してあり、私は3番で姉さんは8番だ。
出走するメンツだが、まぁこれもご丁寧に電光掲示板も設置してあり学年と共に表示されていた。軽い公開処刑にも思えるが、まぁ競走の世界なんて何処も同じか。
というか電光掲示板も完備してんのか、何処まで本気なんだよ……。
1番 リコリスフレーバー 五年生
2番 レナータ 六年生
3番 アナザーベガ 一年生
4番 ボンドボム 四年生
5番 ドレッカブロット 六年生
6番 オブスキュリテ 六年生
7番 ライルライル 五年生
8番 アドマイヤベガ 一年生
9番 ロータードラッヘ 五年生
「改めて見ると場違い感凄いな……」
電光掲示板に表示された名前と、その横に表示された学年を見てそう呟く。私達を除けば最低でも四年生、それも一人だけだ。その中に二人の一年生となると、言葉にした通り場違い感が凄まじい。
まぁその程度で怯む私達ではないけどさ、そもそもクラシック現役三人組の圧力を受けて耐えた以上はこの程度児戯に等しい。まぁアレも大分加減されてるんだろうけど。やっぱターフの上は戦場なのでは?
いや戦場だったわ。シングレを思い出せ。
さて、今回パドックは無いが返しウマはある。ウォーミングアップとしての側面があるこの返しウマだが、実際の所走るかどうかは個々人の自由だ。
そもそもウマ娘は自分で自分の状態を認識できる以上、バ場状態の確認や、本当にただのウォーミングアップとしての意味しか無いし。良くてフォームチェックや、どこか不自然な所がないか客観的にチェックしてもらう場とも言える。今回はそのチェックしてくれるトレーナーの類が居ないけど。
して、今回の返しウマで私達の取れる選択は二つ。一つはセーブして動き回って、スピードの上限値を隠す。もう一つは、誤魔化さずに普通にやる。
前者はトップスピードを隠せるが、その分こちらは身体が温まらない。入念な柔軟で大分温まっているが、エンジンが温まらないとでも表現しておくべきか。
後者はトップスピードがバレる可能性があるが、同時に彼女達を警戒させて揺さぶる要因となる。とはいえこちらは、私達と彼女達の実力が拮抗している場合に限るが。
自分達の身体を大事にするならば、後者を選ぶしかないのだけどね。準備運動は大事。
「ザーガ、勝ちに行くよ」
そして、返しウマが始まってすぐに私の元へと寄ってきた姉さんがそう短く言った。そして先んじて走り出し、徐々に加速して行く。
いつになく真面目で、それでいて楽しげに言う彼女の横顔に見とれる。しかしそれも一瞬だ、そんな場合じゃない。二人で勝てる物じゃないのだ、レースというものは。やる以上は、私も勝とうという気概を持たねばならない。
「ま、姉さんがその気なら私も乗らなきゃ失礼かな」
そう呟いて、意識を切り替える。正直、まだ本気で勝ちたいとまでは思えない。しかし、勝てる物には勝ちたい、そんな意識までなら私も持つ事が出来た。
どの道こちらから提案しようとしたことだ、私も姉さんに倣って走り始め速度を上げていく。そして駈歩まで速度が上がると、周囲の観客がどよめき始めた。当然だろう、一年生のウマ娘が上級生である彼女達とそう変わらないか、追い越す勢いでの速度で走り始めたのだ。
私達よりも先に走り出していた先輩たちが驚愕するのが分かる。これで確実に警戒されるだろうが、まぁそれは仕方がない。
今回のレースでの私達の不利は幾つかある。その内の一つである身長と足の長さの差は回転数と、フォームに依る最適化で補う。残るはスタミナだが、こればかりは実際に駆け引きをした時にどれだけ減るか分からないのでやってみるしかない。普通に走る分には足りるけどね、速度帯も年齢別平均データを参照する分には足りている。
そしてそれらさえクリアすれば、後は純粋なスピード勝負。こちらは私達と先輩達の素質の勝負になるが、先ほどの走りを見た感じ、実力は拮抗していそうだ。少なくとも駈歩までの速度域はほぼ同等だったから、後は襲歩で何処まで差が出るかだろう。彼女達がセーブしている可能性はあったけど、それはこちらだって同じだ。体を温めるための駈歩と、レース中の駈歩とではものが違うのだから。
「ごめん、前言撤回。貴女たちに番号を好きに指定されなくて本当に良かったわ。……いやぁ~、楽しみですなぁ! 他のメンツもだけど、ヒリヒリした感じが!」
「私も、驚きました。……負けられません」
返しウマも終わり、スタート位置に付き始めればそんな言葉が横から掛かる。見れば先ほどの先輩ウマ娘で、1番のゼッケンを付けて並んでいた。そんな彼女と私に挟まれる位置に居た2番の葦毛の先輩もまた、宣言してきた。姉さんの方でも似たようなやり取りがされているらしく、反対側もにわかに騒がしい。
ちなみに今回スターティングゲートは使わない。使えない、ではなく使わないである。そう、ちゃんとゲートもあるのだこのコース。どうかしてるわ。
使わない理由は単に私達姉妹がゲート試験をクリアしてないからだ。たぶん大丈夫だと思うが、まぁよく考えたらぶっつけ本番で狭い場所からゲートが開いたらスタートって危険極まりない。その為ゲートから発走する為には前提として、試験をクリアしなければならないのだ。
さて、スターターとなる教員がコース横に立つ。それを見て全員が黙り、集中する。
芝を踏みしめ、姿勢を整える。ゲートインが無い分、あっさりと終わる。全員が黙って集中を始め、後は合図を待つだけだった。
ここでコースのおさらいをしよう。最後の最後でゴール位置を間違えるなんて悲惨過ぎるし。
芝コースの800mが今回走る距離。ちなみに左回りだ。このコース自体は一周が1200mで、何処か地方レース場と同じぐらいの大きさだった筈。直線距離は220mくらいで、あの中山競馬場よりもずっと短い。まぁ私達の年齢だとこれでも十分長い方なんだけどさ、800mって距離も大概ね。
そして肝心なコーナーも割と小回りな方、なのだけどそれは本格化を迎えたウマ娘にとっての話。今の私達にとっては十分な大きさで、最高速度の面で見ても十分な物であるのだ。なのでこの時期から既にやや後方脚質の気を見せている姉さんには、その辺りを言い含めて落ち着いたレース運びをする様言ってある。アプリのアレは状況も環境も違ったけど、焦ると斜行する可能性があるのは誰でもそうだから念のため。
一般的なレース観点で言えば、逃げと先行が有利なレース場だ。さらに言えば先の小回りなコーナーである事も含めれば、見方によってはこの中では一番小柄な私達にも有利とも言える。まぁ本格化迎えたウマ娘からすれば、この場の全員小柄だから誤差だろうけどね。
スターターが旗を振り始め、声を張り上げる。
『位置について』
正面を見据えて、スターターに向けて耳を絞る。その音を聞き逃さないように。
『よーい!』
腰を落とし、重心を下げる。スタートダッシュの構えを取り、旗を振り下ろすタイミングを予想して呼吸を整える。
そして息を吸い終えたタイミングで、旗が振り下ろされる。
タイミングはドンピシャだった。
『スタート!』
スターターが言うが早いか、私は自分の脚を動かす事に成功した。ゲームで言う所の集中力といった処か。実際の所アレは、出遅れ軽減スキルだから関係無いけど。
兎に角好調なスタートを切れた。否、好調すぎたと言っても良い。必然的に身体一つ分は余裕でリードする勢いで、内枠寄りな事もあって難なく先頭を取ってしまった。
競り合う事無くあっさり取れたので、たぶん今回逃げの作戦を取ったのは誰もいない。つまり先行ウマ娘の中で、好スタートを切ってしまった私が必然的に逃げの形になってしまった訳だ。
一瞬やっちまったと内心舌打ちを打つが、気を取り直してスタートから100m程進んだ所で後方を確認。1番と7番が2バ身程離れた所を走っているのが見える。そのすぐ後ろに確か6番の子、それ以降は縦に並んでいるのか現状ではよく見えない。
一瞬だけ振り向いて、それらの情報を確認できた時点で即座に顔の向きを前に戻す。私達にとって800mが長い方とはいえ、それでも一分前後で走破できる距離には違いない。ただでさえ直線距離が非常に短いのだから、100m時点で向こう正面残り直線は200mあるか無いか。そこから第3コーナーにすぐ突入する形になるのでよそ見は厳禁だ。
「姉さんは追い込みかな、このレース場ならいっそ前目に付けても良かった気もするけど……間に合うのを祈るしか無いか」
この推定縦長の状態では、姉さんの現在地を知るにはコーナー突入後。すぐに後方を確認して隊列を横っ腹から視認するしか手段はない。一般的にこの距離、このコーナーサイズだと前方脚質に有利が出やすい為、あまり後ろに下がり過ぎていない事を祈るしかない。
アヤベさんの末脚を信じていない訳では無いけれど、それはそれとして理屈に裏打ちされた有利不利は無視できない。短めの直線に加えて、比較的小回りなコーナーと後方脚質には通常厳しいコースだし。
そんな事を考えていれば、あっという間にコーナー入り口に突入する。
さて、このまま逃げても良いが先輩たちの気迫からして油断できない。であれば、多少は小手先の技術を使うのも一つの手段だろう。
一先ずは後方の確認を再度行う、姉さんの位置ぐらいは把握しておきたい。たぶん最後尾だろうが、全体的な隊列構成も見ておきたいのでどの道見ておきたいのもあった。
「……やっぱ最後尾か。9番の子も追い込みなのか、巧く後ろに付けてるし消耗は抑えられてると良いけど」
俺を先頭として、3バ身程離して1番が二番手。その後ろに並んで6番と7番、そのすぐ後ろに4番。1バ身離して5番が外目、内目2番の順。更に1バ身あけて9番と、その真後ろに8番の姉さんの順。やや縦長気味の隊列、最終直線に入ってからスパートでは通常なら姉さんは間に合わない。
「セオリー通りなら、4コーナーから仕掛けてくれればギリギリかな……? まぁ前には来るかもだけど」
兎に角今は前に集中する、既にレースは折り返しだ。残り400m。秒に直せば30秒ぐらいで決着がつく。
第4コーナーに突入する頃、後ろからの圧力が急に高まる。強い力が現れた、というよりは密度が上がった。恐らく後続がスパートを掛け始めたのだろう。私がこの位置でという事は、姉さんも含め3コーナーから仕掛けた形。ある意味理想の位置でのスパートとも言えるが、そろそろ先行勢も本格的に動くだろう。前が詰まって抜け出せない、という事態にならないと良いが。
なんにせよ、これならもう後方を確認する暇はない。どうせ負けるなら姉さんが良いし、逆を言えば姉さん以外には負けたくない。我ながら変な気の持ち方だが、今の所抱ける勝ちたいという気持ちはこれが限度だ。
だが今はそれでも良いだろう、少なくともこのレースは姉さんが取る。
そんな予感が、既にしていたから。
——☆☆☆——
「一周1200m、左回り。幅員は平均約16m、小回りのコーナー。これらの事から、今回この学校に併設されたコースは地方にある浦和レース場をモデルに芝コースとして作られたと見える」
「どうした急に?」
二人の少年が、始まったレースを見守りながらやや早口でそんな事を捲し立てる。
「一般的に浦和レース場は前残りしやすいコースと言われている。南関東最短と呼ばれる直線220mに加えて、小回りのコーナーという仕掛け処の難しいコースだからだ」
「なるほど、確かにその直線距離なら第3コーナー時点で仕掛けておきたいが、小回りゆえにウマ娘に依ってそれも適わない。必然的に前方脚質有利になる訳か」
「実際の所、本格化前と後でだいぶ違うらしいから今回のレースでも通用するデータとは呼べないが」
「ふむ、小柄なのと最高速度が一歩劣る以上は多少小回りのコーナーでも融通が利きやすいという事か。確かに後方脚質もそれならチャンスがありそうだ」
彼らがそう言って見守る中、レースは中盤へと突入していく。
3番のアナザーベガが客観的にみて逃げでレースを押し進め、第4コーナーへと突入していく。そこから1バ身差で内に1番リコリスフレーバーと外7番ライルライル。外目を突いて後ろ6番オブスキュリテ、内から4番ボンドボム。その後ろ順番に5番ドレッカブロット、2番レナータ、9番ロータードラッヘ、8番アドマイヤベガ。
「現在逃げを打っているのは双子の片割れである3番のアナザーベガ、こちらはこの後の後続の伸び次第で勝ちの目はある。しかし対して8番のアドマイヤベガだが……」
「アナザーベガが先頭のまま第3コーナーを抜けて第4コーナー、ここで9番がスパートを掛けて8番もそれに続いた! 差しの位置に居たドレッカブロットとレナータも、押し上げられる形でスパートに入ったか」
「残り約400、位置的に450mか。通常のレースならセオリー通りと言って相違ないが、本格化前だ。この選択が功を奏するか、早すぎてバテるか……」
「元々ロータードラッヘは例の転入生に迫れた逸材だ、問題なく走り切れるだろうな。むしろ問題はその後ろ、アドマイヤベガだろう」
二人の視線が、最後尾から9番のロータードラッヘにピッタリ付いて追い上げを図るアドマイヤベガへ向けられる。
直ぐ近くにその転校生が居るのだけど、熱中しているのか気付いていないらしい。
ただでさえ身体が出来上がっていない小学生で、それも一年生ともなれば追い込みは圧倒的に不利な脚質。加えて外から内へ寄るロスも含めればその不利も倍増、位置調整という意味では追い込みの大外は悪くはないのだが。
「言ってしまえば前評判は最悪の、年齢的にも取った作戦も不利な最低人気……ここから巻き返すか、沈んでしまうかで今後が左右されると言っても過言ではないぞ」
「この場に居る全員の意識もそうだが……本人の精神的な物も含めて、な」
ウマ娘の走りを良く知る者に程、特に影響を与えるだろうという予感。
勝ったのであれば、それは希望となるだろう。しかし負けたのであれば、それはジンクスを塗り固める一因となるだろう。
そんな事情もある、だから勝って欲しい。
けれどそんな思いも虚しく、突きつけられる現実は見て応援するだけの彼らも理解していた。
「……勝て」
それでも、だからこそ。
「勝てぇ! アドマイヤベガ!!」
「アナザーベガもだ、頑張れ! 走り切れ!!」
そんな彼らだからこそ、正面ホームストレッチに突入する彼女達へ声援を掛けずにはいられなかったのだろう。
仮に負けたとしてもそもそも年齢差が言い訳になるのであるが、気の持ちようというのは理屈ではないのだ。負けた事実は間違いなく、何かしらの切っ掛けになる。
せめて双子の、姉妹のどちらかには勝って欲しい。
そんな願いが、彼らにはあったのだ。
——☆☆☆——
第3コーナー途中から、目の前を走るロータードラッヘ先輩が動き始めた。
ザーガからは焦らず走れと言われた、ならば私は焦らずにここは後を付け続ける。先輩には悪いけれど、このまま私の風よけとして使わせて貰おう。
「正気ですの? 一年生に400mは少々長くてよ?」
私の動きを察知したらしい先輩が、こちらを見る事無く言葉を投げかけて来た。
この人は私が彼女を風よけに使っていた事を知りながら、ずっとそれを許し続けていた節がある。彼女の実力や後方脚質でスタミナに余裕がある事から、左右によれて外すことも出来た筈なのにも関わらず。
私が脅威でないと思っているのか、そうしても勝てるという自信か。どちらにしても、そんな彼女が今こうして聞いてきた。
確かに普通なら、私達ぐらいの年齢で400mは超ロングスパートに他ならない。先ずスタミナが持たない、風よけがあったとしても単純な脚の回転からくる疲労でバテる。
「やりますよ、私達は」
けれどそれは普通の話で、それも世間一般が言う普通の話だ。
少なくとも私達は、普通から隔絶されたトレセン学園に所属する面々から普通ではないというお墨付きを頂いている。過信や慢心をする訳ではないが、その事実があるのに温いトレーニングをする程愚かではない心算だ。
だから短くそう答える。
貴女が風よけ役を甘んじて受け入れた、その選択を後悔させてやると笑みを浮かべて。
「……まったく、怖い後輩ですこと。ただでやられる心算はありませんから、精々調子に乗ったくせに途中で振り落とされないでくださいまし!」
そう言うや否や、コーナーを回る遠心力に任せて外に膨らみながら加速を開始し始めた。そんな先輩に私も食らいつき、ぐんぐんと大外を回り前に居た他の先輩達を追い越していく。
コーナーの向かいから見えていたが、直線的な前方の視界も開けてザーガの様子がよく見える。
間も無く第4コーナーを抜け、直線に迫ろうとしている。にわかに後続と距離が離れており、3~4バ身のリードがあった。
夏休み中にあのコーナリングを見てから思っていたが、やはり巧い。僅かに加速しているように見える。もしくは周りが若干速度の落ちる所を無減速で走り、結果としてリードを広げているのかもしれない。
どの道かなりの脅威だと思う、僅かに目の前のロータードラッヘ先輩もやや速度を上げた。この人もだいぶ勘が良い、下手な追い込みでは追いつけないと踏んだのだろう。
「貴女達がもっと早く走っていれば、あるいは年代が近ければ……」
不意にそんな言葉が耳に入る。声音からして、独り言の様だった。
そしてすぐ前の方。ザーガが第4コーナーを完全に抜け出し、直線へと立ち上がり始めたのが見える。何故と考え、すぐに目の前を走る彼女の失態に気付く。
ならばこれは好機である。
「───ハァアアアア!!」
大外を回り、あっという間に4番手3番手と順位を上げて行った私と先輩。
そして今、先輩は僅かによそ見をした。結果的に更に余計に外へと駆け続けてしまい、私の前が開いた。
そこを突かない手は、無い。
——☆☆☆——
最終直線に突入した所で、最後の状況確認の為に一瞬だけ後方を見た。
姉さんが、9番の先輩を抜かして2番手に躍り出たのが見えた。そのまま凄まじい速度で、突っ込んでくるのもだ。
すぐに視線を前に戻す。
「残り220m、押し切る……!」
先頭を走っていた分、スタミナ残量は姉さん達には劣る。しかし出来ない事は無いと、速度を上げ始める。
そもそも別に逃げで走った心算は無い、少なくとも自覚しているペースは無理のない範囲だ。逆に言えばスローペースだった可能性もあり、それを踏まえれば姉さん達が動いたタイミングはまさにドンピシャだったとも言えるかもしれない。
とはいえその分、こちらもスタミナに余力がある。先ほど確認できたリードは3~4バ身程。この短い直線で私自身も速度を上げて加速を続ける以上、姉さんを含む後続の切れ味次第ではこのまま押し切れる可能性は十分にある。
勝ちが現実的な物になった。であれば、それを狙わない手はない。
「って、余裕ぶって走れれば良かったんだけど……やっぱり来るよねっ!」
「ええ、来たわよ!」
目測で残り約150m地点の所で、自分よりやや外側後方から聞きなれた呼吸音。それに反応して言葉を投げてみれば、予想通りの声が返答する。
もう既に恐ろしい末脚を身に着けているらしい、我が姉ながらすさまじい。
「勝負よ、ザーガ!」
「ここまで来たんだもの、いくら姉さんでも簡単には譲れない……!!」
心臓がドクドクと全身に血を送り、酸素をどうにか全身に回す。
当然生物的にはだいぶ無理をしているし、必然的にある種の興奮状態に陥っていた。
後から思い返せば、普段の自分ならば出てこない発言だったかもしれない。
「ゥ、オォオオオオオオ!!」
しかしだからこそ、柄にもなく全力で走る。
雄たけびを上げ、突き進む。
残り50m。
けれど僅かに、隣を並びかけた姉さんが視界の端に見えた。
それが意味する事は考えずとも理解できる。だからこそ必死に脚を回す。
だが一度覆ってしまった状況を巻き返すには、時間も距離も。
まして心持ちが、足らなさ過ぎた。
名前の元ネタ一覧。ほぼ全部マギアレコードから(コラボもしたし)
作中登場のレース番号順で
・リコリスフレーバー:リコリコから。見た目も性格も千束ベース。もちろん孤児院出身で、フレーバーだけどたきなポジのヒトミミ娘も居る。心臓ネタだけオミットされてる感じ。尾花栗毛に右耳飾り。先行。
・レナータ :マギレコから。外見的には五十鈴れんを参照、経歴も概ねそっちに沿ってるけど本家よりはだいぶマイルド。ちょっと精神が豆腐ってだけ。お相手の友人枠もちゃんといる。葦毛に左耳飾り。差し。
・ボンドボム :マギレコから。モデルは眞尾ひみか。食べられる野草(雑草)に詳しい。鹿毛の左耳飾り。先行。
・ドレッカブロット :マギレコから。青鹿毛クール系美少女ウマ娘だけど一つ上のヒトミミ少女にベタ惚れで姉の様に慕ってる。モデルはガンヒルト。右耳飾り。差し。
・オブスキュリテ :マギレコおよびたるマギから。リズ・ホークウッドがモデルの青毛に右耳飾り。ヒトミミの妹が居てとんでもないシスコン。妹に強い自分を見せられればいいから勝つか、よりはどれだけ強いと思わせるレースをするかにズレてる子。先行。
・ライルライル :マギレコおよびたるマギから。モデルはメリッサ・ド・ヴィニョル。青鹿毛に右耳飾り。オブスキュリテとロータードラッヘとは幼馴染。肉体派でよく調子に乗るロータードラッヘを止める役でもある。お嬢様。世が世ならジュース代わりにワインをガブガブ飲むヤベー奴。先行。
・ロータードラッヘ :マギレコおよびたるマギから。モデルはエリザ・ツェリスカ。尾花栗毛に左耳飾り。オブスキュリテとその妹、ライルライルの幼馴染。自分が強いという自信家であり、よく調子に乗る。ただその強さは本物なので油断すると簡単に捲くられる。地味に良い所のお嬢様。追い込み。
たぶん今後出番は名前ぐらいだと思う。こんなの一々考えてるから時間が掛かるんだぞ米菓子。