アヤベさんの妹に転生したけどこれキャラ崩壊する奴じゃんってなる話 作:煎餅さん
前回投稿から約7か月、無事死んでました。思ってたより環境の変化って効くんですねぇ
身を焦がす太陽の熱が、今年も降り注ぐ。
ここ数年恒例の、夏の砂浜走り込み。トレーニング全体で言えば、締めのメニューに当たる。疲れた身体に最後のダメ押しでフォームを叩きこむ目的もあるから、結構きつい。
ちなみに去年までと違い、隣で走るのは姉さんだけではない。そして新たにコーチと、飛び入りゲストの現役トレーナーが付いた。人数と共に、安心感も倍増しての実施である。
さて、早速この砂浜を仲良く走る愉快なメンバーを紹介しよう。
熱と光を照り返す砂浜に足を踏み下ろしては、その度に脚をとられて必死こいてフォームを直してを繰り返すレイクハースト。
既にコツをつかみ始め、ペースを乱さぬよう丁寧に歩を進めるライルライル。
数年同じことを繰り返していたが、今回新たな走法を軸にするため走りにくそうにしているアドマイヤベガ。
そして同じく新たな走法を試み、例年より数割増しか判らないが兎に角滝のように汗を流すアナザーベガ。
そう、私だ。
「そこまで! ゆっくり速度を落として、徐々に止まるようにしてください。ナナセくん、お姉さん達にこれを渡してきて上げてください」
前世でも聞き覚えのある男性の声が響き、それと同時に一緒に走っていた全員が脱力して徐々に速度を落とし始める。
すぐにでも止まろうとするレイクを姉さんと二人係で押し、無理やり走らせつつ速度を落とす。さすがにここ数日繰り返していれば、嫌でも慣れる。同じ様にレイクにも慣れて欲しいが、地の体力がまだ私たちに追い付いてないから当分この調子だろう。
「お姉ちゃん、タオルと飲み物だよ!」
そうしてほぼ脚を止め始めた所で、可愛い弟がそう言ってクーラーボックスを差し出してくる。中にはタオルが入っており、ならば飲み物はといえば別の手提げバッグに詰め込まれていた。
まぁ要は、タオルは冷えているが飲み物は常温。タオルが冷たいのは、せめてものサービスらしい。
前世と違って地球温暖化などの異常気象と縁遠いこの世界。前世最後に経験した夏の暑さと比べれば楽な方だが、それでも暑いものは暑い。
こういう気配りが結構利く。いやぁ助かる。
「ありがとう、ナナセ。お手伝いご苦労様」
「ううん、好きでやってるから平気だよ。レイクさんとライルさんも、どうぞ!」
「ありがてぇ……あ~~、タオルの冷たさが染み渡るぅ~~……」
「ありがとうございます、ナナセくん」
姉さん、レイク、ライル先輩の順で受け取っていく。約一名おっさん染みた声を出しているが、これももう慣れた光景だ。
私も最後に受け取って、姉さんに倣って弟を誉めてやるとしよう。私も姉だからね。
「こっち来てから、いつもありがとうねナナセ。こんどご褒美、用意しなくちゃね」
「お姉ちゃん達とちょっと遊べれば十分だよ! 好きでやってることだから、あんまり気にしないでいいからね!」
ん、さては照れてるな? 可愛い奴め。
すぐにでも抱きしめてやりたい気持ちに駆られるが、流石に汗だくの身体でハグするのはナナセが可哀想なので自重する。とりあえず今はタオルで汗を拭った手で頭を撫でるに留める。
そうしていれば、大きな影が近づいて来た。
「初日に比べればスムーズに走れてきているな。現時点で違和感はないか?」
振り向けばそこには我らがコーチ、霧峰霞がそうやって声をかけながら私の脚の様子を見にやってきた。
ちなみに今日はライル先輩のトレーナーさんが全体指揮を取っている。彼女は補佐に徹して、プロが指揮するトレーニング全体の様子を学んでいる最中なのだ。
なので私達の走法方針自体は彼女が立てているが、現状では疲労度や傍目からの違和感はライル先輩のトレーナー任せだ。そこは少しでも経験が長い方が、ずっと信頼できるらしいから仕方ない。
ライル先輩の強化合宿がメインではあるが、元々それ自体がグレーゾーンである事と、一応は向こうが迷惑を掛けてる形にはなるので形式的にこうなった。
私達と、トレーナー候補生でもある霧峰コーチへの技術教練を前提とした特別合宿。最悪偉い人に怒られても、書類上はそう書けるし逃げ道は幾らでもあるとか何とか。大人って怖いねぇ。
話を戻して、聞かれた以上は自分の状態を答える。そうでなくとも言わなきゃ始まらないし。
「今のところ問題ないですよ。私の走りの癖のせいで苦労してるだけですし、疲労も自覚できる分だと許容範囲かなって」
「……そのようだな。相変わらずお手本のような自己分析だ、まだまだ余裕らしい」
「いや結構キツイですよこれ」
何か呆れた様な、そんな顔で言われては少し心外だ。これで運動量を増やされては堪らない。
「だろうな、お前達の体力ギリギリを見切って止めているのだから。優男に見えてかなりの切れ者だよ、あの男は」
コーチはそう言って、ライル先輩とあれこれ話し合っているらしいトレーナーさんに視線を向ける。
私もそれにならって、前世でも良く見た顔を改めて見る。
優しげな顔付きの、グリーンを基調としたスーツに身を包む男性。前世の知識を使って説明するならば、彼はアニメでチーム《カノープス》を率いるトレーナー。そう、南坂トレーナーだ。
今の所、まだまだ新米らしいからチームの話は聞いていない。そもそもここ数年のG1レースはチェックしているし、見知った名前は現状出ていない。だから少なくとも、ナイスネイチャやらの名前が出て来るのはもう少し先の話なのだろう。
マルゼンスキーが新米の専属トレーナーと契約したとはライル先輩から聞いたから、そういうイレギュラーさえ起きなければ……という前提での話になるが。
「確かに、なんだかんだ全員のメニューがバラバラなのに、最終的な疲労度はほぼ同じですし」
「私もお前たち姉妹と、ライルライルの三人だけなら同じ事は出来ただろう。だがレイクまでキッチリ合わせてくるとなると、いやはや実力の差を感じざるを得ないな」
霧峰コーチはそう言って立ち上がり、愉快そうに笑った。
まぁ確かに、レイクはその体躯のわりにビックリするほど中身は貧弱だった。そして逆に私達は、たぶん同年代の中では上澄みの部類。そんなちぐはぐなメンバーの実力を、違える事なく、その上で体力までキッチリ見積もってトレーニングメニューを組んで来た。素人目に見ても、かなり凄いと思う。
「でもあれで新米って、ベテランになったらどうなるんですかね……」
「どうだろうなぁ、育成方針にも依るから何とも言えん。だが今感じ取れる物で言えば……無事故や、しても軽症で済ませるという気はあるかもな」
「……へぇ、そういうの分かるんですね?」
「ウマ娘に対する姿勢と、メニュー構築の概要からそう感じただけだ。もちろん、成長途上のジュニア級を夏合宿に連れてきているからという理由もあるのだろうがな」
うーむ、このインテリゴリラめ。トレーナーを志す以上はそうでなきゃ困るけど、実際にその片鱗を見せられるとそれはそれで反応に困るな。やっぱ天才しかトレーナーにはなれないんだなぁ。
霧峰コーチのその評価は、実際に前世で彼が持っていたチームの傾向を見るとその通りと言える物だ。怪我無しとは言えないだろうけど、それでも致命的な物はさせない。勝ちきれずとも、安定した成績をって感じ。
そりゃ史実を認識してるからそう言えるだけで、この世界に生きる存在からしてみれば凄い事なんだろうけど。
「さて、邸に戻るとしようか。当分はフォームの調整に時間を掛けるのは説明した通りだが、お前は……いや、もう少し基礎が出来てからでも良いか? まあ、課題は別にある事を念頭に置いておけ」
「え? ちょ、待って。私の課題って何?!」
なんかシレっと爆弾放り込んで行きませんでした貴女???
とはいえ、答える気は無いらしく手をヒラヒラと振って先に歩いて行ってしまった。最悪自分で見つけろという事なのだろうけど、せめてヒントが欲しい。
仕方ないので追及は諦めて、さっさと撤収を始めよう。どうせ暫くはこのトレーニングが続くんだし。
いつの間にやら姉さん達の所に行っていたナナセと、ナナセを可愛がっている皆と合流して邸へと戻る事にした。
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この合宿が始まって早くも一ヶ月が経った。いや早いよ。もうそんなに経つの?
思い返せば、割とあっさり受け入れられたライル先輩達の件とか、思いの外そこまで怒られなかったレイクの祖母からの説教とか。あと私と同じように庶民の感性でリムジンにビビり散らかせと思ったのに、むしろ目を輝かせてはしゃいでたレイクとか。
結構色々あったと思ったのだけど、全部今回の合宿の頭の部分に集中してたわ。
そんな感じで、今年も変わらずトレーニング三昧の夏で終わりそうな勢いで過ごしていた。
さて、今日は何日か置きに挟まれた全休の日。連日トレーニング詰めても筋肉は成長しないからね、毎日各部位を別々に鍛えているとはいえ偶には全休も入れないと身体が成長しないのだ。
「そういえば、例の件は結局聞けたんですか?」
「全然ダメですね、少なくとも今のフォーム形成がキッチリ出来てからと。それが気になって集中できないと言ってもみたんですが……悪化するからと余計に言ってくれなくなりました」
今日は全員が私服で、近所のショッピングモールへと足を運んでいた。ちなみにナナセも同伴しており、今は先に食べ終わってデザートのプリンとジュースを楽しんでいる。和む。
状況としては一通り見て回って一息吐こうと、テラス席のあるフードコートでそれぞれが思い思いの物を注文して来た所。テーブルの上にゴチャゴチャと色んな店の料理や飲み物が並んでいて圧巻の一言だ。頭の何処かで頼み過ぎに思える部分があるが、よく食べるウマ娘からすればまだ少ない方だから最近はなんでそう思うのか一瞬分からなくなる。思考がウマ娘に馴染みつつある、というかここまでくるとしぶといな前世の感覚って感じ。
とにかくそれらを頂いている最中、ライル先輩からそんな事を聞かれたので私はそう答えた。まぁ誰だって気になる話だ、解決の糸口が見つかるかもと軽い気持ちで言った私も悪いが、やっぱり意味深な止め方をしたコーチも悪いと思う。
「でもよ、結局の所そう言うって事は自分で気付けなきゃ意味が無いってこったろ? レイク様達でアレコレ言い合うのもなんか違う気がするんだよなぁ」
「実際、私とレイクさんは何も言われてないものね。せめて心当たりがあれば良かったんだけど……」
「姉さん達が問題無くて私にだけ問題あるって、一体何があるっていうのよ……何も思いつかないわ」
正直、こればかりは頭を抱えるしかなかった。とはいえ現状、集中しづらいというだけで他の弊害は無い。私がスッパリ諦めればそれで済む話ではある。
そして何も解決策というか心当たりが見つからないならば、ここは一旦諦めるのが吉といえよう。
「……うん、一旦考えるのは止めよう。あの口ぶりだととりあえずフォーム形成さえ出来れば、何かしら教えて貰えるみたいだし」
「それで素直に教えてくれると良いけどなぁ」
……レイクはなんだかんだ、コーチとかなり打ち解けている。結果として今の様に肩を持つようになり、そして大体言った通りになる。要は理解度が高いのだ。
そんな彼女がそんな事を言う以上、たぶん教えてはもらえないのだろう。
「それならそれで、自分で気づく必要がある事だと分かりますから一歩前進ですよ。一先ずは目の前の事に集中するのは悪くないかと。
それで聞けなかったら、その時考えましょう? もちろん、可能な限り協力しますから」
そしてレイクよりは年下ではあるが、この中で唯一トレセン学園という魔境で現在進行形で戦っているライル先輩が言って区切る。
流石に才能と才能がぶつかり合うとんでもない場所で生活しているだけあって、発言には一定以上の説得力があった。確かに分かる事と分からない事がそれぞれハッキリするだけでも、この場合は前進と言えるかもしれない。
私自身、正直を言えばウマ娘として走る事を決めはしたが、まだまだ言われた事をしているだけの状態だ。とりあえず姉さん相手でも、本気でやり合えば負けると悔しいのは分かっている。だから少なくとも、姉さんと張り合えるだけの実力は付けておきたい。今はそんな考えで走っているともいえる。
少なくとも現状の模擬レースでは、姉さんとは五分五分だ。だから方向性自体は間違っていない、その筈だ。
「さてと、小難しい話はこれぐらいにして……この後はどうしましょうか。ナナセ君の事を考えるとそろそろ帰ってしまっても良いと思いますが」
「お姉ちゃんたちが見たい物あるなら、ボクまだ大丈夫だよ!」
「可愛い事言うじゃねえか、ナナセよ。で、そのお姉ちゃん達は何かあるのか?」
話に区切りが付いたついでに、ライル先輩はそう言って場を仕切る。そしてナナセと、それに乗じたレイクの言葉で私達姉妹に視線が集まった。
「私は特に見たい物は無いけど、姉さんは?」
とりあえず私は特にこれといった物は無かった。だから姉さんに振って、それで決めて貰うとしよう。
「うーん……。ちょっとだけ、気になるモノがあるのよね」
「そんじゃそれを見に行って、それから帰るか」
少し悩む素振りを見せ、そうして答えたのはそんな言葉。真っ先に応じたレイクの言葉に、そうねそうしようと私達も続く。
気になるモノとはいったい何なのか。皆目見当が付かなかったが、この時の私はすっかり忘れていた。この世界に来て、前世の彼女と決定的に違う点が私の存在以外にもあった事を。
そしてそれが後からどんなタイミングでも、切っ掛けさえあればいつだって覚醒し得る物だという事を。
この時の私は、失念していたのだった。
今回
・シレっとコーチ呼び
・南坂トレーナー参戦
・ザーガお前だけ別課題な
・ナナセは可愛いですね
次回
・世にふわふわのあらん事を
・ガス式大火力最強。タマ先輩もそう申しております
・でっけぇのはふわふわするらしい
・先輩のキラーパス