「これがコメ……。なるほど、確かに似た代物ではあるけれど、
料理の探求のため海を渡り西大陸へ到着したファルダニアは、西大陸では主食とされているコメ……異世界食堂でいうライスとの差にやや落胆を覚えていた。エルフは肉・魚・乳・卵を食べることをしない。
野蛮な
だからこそエルフの料理はエルフにしか作れない。……そんな傲岸さをファルダニアは、異世界食堂で無残にも打ち砕かれた。エルフの例にもれず、鋼のプライドを持つファルダニアは、それから【異世界食堂を超える料理を作る】と旅をつづけた。
「ねぇファルーー!これ、らいすばーがーのだよね!おいしい!」
ファルダニアの思考を遮るように、コメを頬張るのは、齢たったの30歳、旅のお供アリス。ハーフエルフの村で生まれた
「……ええそうね、おいしいわ。ただ、美味ではないのよ。」
ファルダニアとアリスが食べているコメは、西大陸でも高貴な身分の者でなければ口にできない、もみ殻を剥き芽とヌカを取り除いて炊いた高級品――これを買うために10日ほど冒険者まがいの危険な仕事を手伝った――だが、やや黒ずみがみえ、ボソボソし砂の混じりがあるように思う。
おそらく異世界食堂で磨き上げられた銀細工のようなあのふわふわとして甘い味のライスに慣れてしまったせいだろう。
(コメそのものの品種……こればかりはどうにも出来ないわね。専門の栽培師に専用の魔法園を作ってもらえたなら……数十年単位は必要かしら。)
ダンシャクの実を始めとして、この世界では魔法により栽培や品種改良がおこなわれることは一般的だ。この世界で異世界食堂を超す品を作るには
その筆頭となるものが魔法だ。店主を見る限り、あの男は魔法使いの才など微塵もなく、聞いた話では異世界食堂のある世界はそもそも魔法自体が御伽噺のものとされているらしい。
(決まりね!)
明日はドヨウの日、召喚魔法でドアを呼び出せるファルダニアは明日の注文を決める。
●
「いらっしゃいませ!ようこそ洋食のねこやへ!」
来店と同時に魔族の給仕アレッタが笑顔で挨拶をする。ファルダニアとアリスは【特等席】が空いていることを確認し、そこに座る。この厨房に近い席は店主が料理をしている様子を少しだけ見ることができ、タイミングが悪いと人間の料理人たちに奪われてしまう。
「サービスのお水とおしぼりです。ご注文はいかがなさいますか?」
アレッタは大抵トウフステーキかライスバーガー、たまに大学芋を食べる常連に一応注文を聞く。だがファルダニアから発せられたのは予想もしない一言であった。
「ライスを単品で2皿。あとはミソスープをいただけるかしら?もちろんコンブダシで。」
「ら、ライスのみでよろしいのでしょうか?何か頼んでいただければサービスとなりますが……。」
ねこやは一品注文をするとライス・パンがおかわり自由となっている。あえてライスを単品で頼んだ客は見たことがなかった。
「ええ、構わないわ。じゃあよろしく。」
有無を言わさない態度にはアレッタも黙り込むしかなく、いそいそと厨房へオーダーを伝えに行き、品が品なだけにすぐさま注文はテーブルに並んだ。
「お待たせいたしました。ライス2皿と昆布だしの味噌汁です。ごゆっくりどうぞ。」
思えばトウフステーキやライスバーガーの完成度に驚愕するあまり、ライスに注力して食べたことはなかった。魔法も弓術もそうだが、何事も基礎基本が肝心。無料で振舞われる品だけでもこれほどの差があるのでは超える品を作るなど夢物語だ。
「じゃあ、いただこうかしら。」
「いただきまーす!」
ファルダニアはやや覚悟を決め、アリスは天真爛漫にライスを口に運ぶ。
(ふわぁ……。)
湯気を立てた熱々のライスから伝わるのは柔らかさと甘み。そして噛みしめるとコメそのものの旨味が口いっぱいに広がっていく。だがライスはこれで完成ではないことを知っている。ライスを飲み込み甘みの余韻があるうちに塩気のあるミソスープで後追い。最早このふたつだけで永遠に食べられるのではないかと錯覚してしまう。
事実アリスはライスとミソスープを同時に食べるという行儀の悪い真似をしているが、今日は自分のわがままに付き合ってもらい質素なドヨウの日となったため静かに見守る。
(厨房を覗いた様子では米は研いだ後マジックアイテムに入れていたわね。なるほど、脱穀だけでなく更に研磨するのね。それに水の分量や火加減も相当計算されているわ。いや、音が3回鳴っていたところをみると、一度コメを水でうるかしているのかしら。炊き方ひとつでもここまで技術が必要だなんて)
ファルダニアはエルフらしい長い耳をそばだたせながら、コメが炊き上がるまでの一挙手一投足を観察する。そんなとき……
「ファル―……。」
連れのアリスが駄々っ子の目でファルダニアを見てきた。自分は研究に没頭できるが、やはり幼いアリスにとってライスとミソスープだけでは物足りないらしい。そんな様子にすこし笑みを浮かべ、アレッタを呼ぶ。
「アレッタ、アリスにダイガクイモを1つ。それとわたしにはライスのおかわりをもらえる?」
「はい!かしこまりました!」
ダイガクイモ、それは肉も魚も乳も卵も使わないエルフ族が食べられる数少ない甘味であり、ファルダニアも大きく驚いたものだ。アリスは年相応に、甘味にとても敏感だ。
料理人の弟子にするにはまだまだ先だな。 ダイガクイモと聞いて目を光らせるアリスをみてファルダニアはそんなことを考えていた。