「東大陸でも噂になってはいたけれど、西大陸でも写本が出回り始めた……。これは本格的に南大陸を目指す冒険者や商人が増えるわね。」
ファルダニアは料理研究の費用を稼ぐため西大陸の冒険者と即席のチームを組んで依頼を完遂した。その際、〝南の竜神海のその先には大陸があり、そこでは魔物が人間と共存し、六柱の竜を神として崇めている。〟という話とともに、写本を広げ目を輝かせている冒険者を見た。
もちろんファルダニアもその話は知っている。一番最初に違和感を覚えたのは異世界食堂。明らかに魔族と違う魔物が高貴な服装に身を包み食事をしており、その会話から小麦ともコメとも違う食生活を送っているであろうことがうかがえた。
決定打となったのは岬の魔女……カミラさんとの出会いであった。なにしろ彼女自身がその南大陸からやってきた水の神――正確には青き竜の神と言っていた――に仕える人魚の大神官であったのだ。
南大陸に関する詳しい話こそ教えてくれなかったが、エルフ族は大疫病が起こる1000年以上前、世界に覇を唱えようと南大陸に侵攻しており〝耳長き侵略者〟などと揶揄されていることは教えてくれた。
つまり自分たちが南大陸を目指すとすれば〝招かれざる客〟を覚悟しなければならない。それでもファルダニアが料理の研究をするうえで、南大陸……未知なる大陸の食文化・食料は必ず必要なものとなるだろう。
まだ西大陸へ到着したばかりであり、50~100年ほどはここで研究を進めようと思っているが、南大陸で自分たちがどのように思われているかの情報収集は必要だろう。
そのために、ファルダニアは秋から冬の間にしか訪れない、とある常連と接触を持とうと決めた。
「いらっしゃいませ!ようこそ洋食のねこやへ!」
昼間を少し過ぎた時刻……主に異世界の甘味をメインとした客層が多くなる時間帯に目星をつけ扉を召喚し、チリンチリンという音を聞くと同時に、卓を見渡す。
聖印を下げた白の神の信徒であろう4人組に混ざる褐色肌をした膨大な魔力量を持つ異国風の女性、簡素なドレスに身を包み細長いグラスからパフェをつまむ高貴であろう女性、蜂のように皿に群がるフェアリーたち、そして……
(いた!)
黒色肌の筋骨隆々とした体躯をもち、シエナの森にいた熟練の魔導士エルフに匹敵……いや、認めたくないが遥かに上回るほどの魔力量を有しており、異世界食堂の甘味である〝スイートポテト〟を食している人間種の男性に目を向ける。
「〝スイートポテト〟さん、相席よろしいかしら?」
鋭い相貌がファルダニアとアリスを射抜き、アリスはその鷹のような目に怯え竦む。混雑して他に卓がないわけでもなく相席を頼もうとする〝耳長き侵略者〟を訝しげに観察し、スイートポテトを一つ手に取りその半分を口にする。
「娘。もめ事ならば去ね。」
もちろんこの回答は想定済みだ、何しろ相手にとって自分たちは〝侵略者〟……良い目で見られるはずがない。対峙する金の神を信奉する大神官アントニオも、異世界でもめ事を起こすと〝出入り禁止〟となることを熟知しており、その火種はご免とばかりに警戒を強めていた。
「いいえ、わたしの名前はファルダニア。料理の探求をしているの。そこで、あなたの食べているスイートポテトの原材料について知りたくて、話をしたいと思ったのよ。」
「む。クマーラについてか。」
「そのために勝手ながらわたしたちも特別に料理を用意してもらっているわ。アレッタ、7日前に頼んだ品はある?」
「はい!ご用意できておりますよ!」
「ほう、スイートポテト以外のクマーラを使った料理か。」
アントニオの警戒心が好奇心に上書きされていく。クマーラを使った未知の料理、〝耳長き侵略者〟は野菜しか食べないと聞いたことがある。はたして甘味など出せるのか?
「ええ、よろしければご一緒にいかがですか?」
「ふむ。興味がある。娘、私の分もいただこうか。」
「お待たせいたしました。芋ようかんを3人前お持ちいたしました。」
皿の上には長く丈夫な繊維を持つ葉が乗っており、その上にはメインである芋ようかん……黄金のような艶を持ち、重量感をもった見た目は濃厚であろう味わいがうかがえ、それでいて横に置かれた小さな二股に分かれた楊枝から、柔らかさも期待できるものだった。
「おおう。クマーラを使ったこのような品があったとは。」
「美味しそうですね。アリス、わたしたちもいただきましょう。」
「う、うん。」
アリスはまだアントニオの放つ殺気にあてられ怯えているが、アントニオとファルダニアはギクシャクしながらも同時に芋ようかんに手を付ける。
(むぅ!見た目に似合わぬ繊細な甘さ!!ホロホロと崩れるスイートポテトとちがい、ねっとりと溶けていく。これは豆の甘さか?乳の甘さとは違う、柔らかな甘みが舌の上で滑るようだ。その舌触りがまたここちよい。)
(なるほど、これがクマーラ……異世界でいうサツマイモね。単品でも強い甘さを持っているであろう品を更に水で煮込んだ豆に砂糖を入れ潰して練りこんだのかしら?これはエルフ豆でもできる?……要研究ね。)
「「ふぅ」」
アントニオとファルダニアは同時に食べ終え、アントニオはミルクで甘くなった口をスッキリとさせる。
「もう一品……といいたいところだが、貴女の教えてくれた美味だ。お礼をしなければならないな。」
「いいの?」
「我は礼儀知らずではない。さて、貴女はまず〝北の民〟だな?」
「〝北の民〟?南大陸では私たちはそう呼ばれているの?」
「いいや、3年ほど前にトレジャーハンターを名乗る青年が現れてだな……」
大神官と〝耳長き侵略者〟が同じ卓につき、同じ料理を口にし、あまつさえ談笑する。恐らく南大陸の者からすれば到底信じようのない光景であり、歴史的瞬間と言っても過言ではないだろう。だが、ここは異世界。そんな驚愕の瞬間を目にしても、気にするものは誰もいなかった。