ファルダニアはシエナの森を出て、異世界食堂以外では初となる大きな衝撃を受けていた。
【アルフェイド商会】。数々の麵料理と麺のソースを生み出し、庶民の食べ物だったパスタを王侯貴族の主食にまで押し上げた大商会であり、西大陸にも支部を持っている。
その支部でアルフェイド商会の新商品、【ピザ】を食べたためだ。土台となるピザ生地は乳と卵を抜いてもらい、キノコだけをトッピングした簡素なものであるが、驚愕すべきはマルメットを使ったソース。ファルダニアの脳裏にいつも特等席を競う人間族の料理人と御曹司らしき少年の姿が過る。
(異世界食堂の料理を再現、超えようとしているのはわたしたちだけじゃないってことね。それにしてもこのマルメット……。まさに旨味の塊。)
ファルダニアの表情に悔しさがにじみ出る。何しろマルメットは元々東大陸にある小国でしか採れないものであり、現在はアルフェイド商会が専用の栽培園をもち栽培における独占契約を結んでいるという。正しく金の暴力だ。エルフが食べられる料理を研究する上でも、マルメットは重要なものとなることは間違いない。
(かといって盗み取るわけにもいかない……。)
こればかりは【エルフ豆のクリームシチュー】の時のように、技術を盗み見したり、レシピを教えてくれと頼み込んで何とかなるものではない。それに相手は国も無視できぬ財をもった大商会。運よく苗を盗めたとして、無断で栽培している場面を見られれば牢獄行きだ。
(わたしの料理探求を邪魔するなんて許せない!!)
理屈は分かるのだが、エルフらしい傲慢さと求道者としての若さが怒りを増長させる。今すぐ異世界食堂に乗り込んで、あのピザとカルボナーラばかり食べている人間二人の胸倉を掴んで問い詰めてやりたい気分だ――もちろんそんな真似をしたら一発で出入り禁止だが――。
「ふぁる~~~。すっごい怖い顔してるよ。」
「え、ええ。ちょっとね……。」
アリスの心配に満ちた声で少し理性を取り戻す。そして同時に食後の飲み物として提供された砂の国の名物であり、専属の魔導士を雇えるほど潤沢な資金をもったアルフェイド商会らしい品【冷やしカッファ】に目を落とす。アイスコーヒーやコーヒーゼリーを頼んでいる褐色肌の高貴な兄妹や魔導士が想起される。
「この世界にどれほどの影響を与えているか、あの店はどれだけ理解しているのかしら……。」
「……?」
「何でもないわ。……ごちそうさま、お勘定をお願い。」
しかしここは異世界食堂ではない。その値段はねこやの何百倍にものぼるものであり、ファルダニアに更なる追い打ちをかけた。
「ああ!悔しいわね!わたしだってショーユやミソを作れれば人間たちなんて!!」
【エルフ豆のクリーム】を再現できたことだけでも大進歩であることはわかっている。しかしそれは18年以上前にハーフエルフが成しえた偉業。自分がまだ何もできていない現実に心が折れそうになる。
現在進めているトーフの作成もうまくいっていない。カミラと共に過ごしていた際、フルーツゼリーを固めるために使った様々な海草も使用したがうまくいかなかった。
アルフェイド商会での食事で財布も底をつきかけたせいで、港の市場で品質の悪い塩を買い、夜にエルフ豆のクリームシチューを作ろうと最後に塩で味を調えた時……変化が起こった。
「なにこれ!?少しだけれど、とろみが強くなっていく!」
ファルダニアは急いで安価で劣悪な塩を舐める。不純物が大量に混ざっており、そのうちのどれかが作用したのだろう。この不純物のどれかに【エルフ豆のクリーム】をトーフに変える原料がある。そう閃いた瞬間、塩を魔法で分離させ、ファルダニアの研究が始まる。
……アリスはその様子を見て、元気を取り戻した師匠を喜ぶと同時に、遅くなるであろう晩御飯に落胆していた。
そうして夜も深くなってきたころ……
「わかったわ!!塩分を精製する際に出来上がる苦みの結晶。これだわ!アリス!海に行くわよ!」
「うみ~~?」
既に食欲より眠気であるが、目を煌めかせる師匠は止まらない。そのまま海で一から塩を作る作業を始め……。
「出来た!!あの食堂みたいに完全な固形じゃないけれど、ついにトーフの完成よ!」
そこにあったのは【エルフ豆のクリーム】がスライムのように半固形化し、ぷるぷるとした触感をもつ代物。あの扉の向こうでしか見たことのない品だけに、アリスも覚醒し、思わず感嘆の声が漏れる。
「おいしそう!」
「ええ、問題は味なのよね。さぁ食べるわよ。」
ファルダニアは緊張した面持ちで匙をとり、手作りのトーフを口に運ぶ。
まず訪れるのは滑らかな舌触り、そして口腔の熱でスッと溶け余韻を残し、エルフ豆の風味が広がっていく。……まだまだ異世界食堂のようにスープの具にしたり、焼いて食べることは不可能であろう。しかしファルダニアにとっては大いなる一歩。
ファルダニアは胸のつっかえが取れたかのように安堵し、そのまま砂浜で舟をこいでしまう。アリスは既に眠ってしまっており、せめてもと最後の力を振り絞り不可視と魔物除けの結解魔法を張る。
砂浜で眠る二人の少女、その寝顔は年相応にあどけなく、ひどく満足そうなものであった。