店主はいつもよりも早く店におり、ビーフシチューの仕込みを終え、丁寧に下処理をした人参・玉ねぎ・大根・里芋、そして火が通りよく脂ののった豚肉を鰹だしと昆布だしを効かせた出汁で灰汁とりをしながら煮立ちすぎないよう注意し、丁寧に火をかけていく。最後に合わせ味噌で味を調えれば出来上がり。
今日は肉の日。4年に一度を除いた2月以外必ず訪れるねこやのサービスデーであり、普段のみそ汁を豚汁に変える。バターと刻みネギを使用した豚汁は立派な〝洋食〟に変化し、一般の客にもドヨウの日の客にもファンが多い。
「さて、問題はあの姉妹だよなぁ。」
店主の脳裏にどういう手段か、必ず7日に一度訪れるようになった常連の顔が浮かぶ。曰くエルフという
かといって他の客にはサービスをしているというのに、一部の常連だけ無下にするのも料理人としての矜持がすたる。誰しも好き嫌いはあるものだし、宗教上の理由やアレルギーの問題で特定の食材を食べられない人間は一定数いる。
毎回懇意にしてくれている常連ともなれば、こちらも料理で応えなくてはならない。そこで店主は以前土産でもらい、自分でも試してみたかった手法で試行錯誤を繰り返し、納得のいく品を作り上げた。
「さて、喜んでくれるといいんだけれど……。」
店主は少し悪戯心を含んだ笑みを浮かべながら、保存庫にあるねこやのシンボルマークを焼き印したやや大きめの最中を取り出した。
ファルダニアとアリスがねこやを訪れるといつもより獣の匂いが強く、今日が肉の日であると直感する。とはいえファルダニアの注文が特に変わるわけでもない。いつもより野蛮なにおいが充満する日……そう思い卓に座ったのだが。
「ファルダニアさん、アリスさん、いらっしゃいませ!いつもの昆布だしのおみそ汁もご用意出来ますが〝肉の日特製〟のお味噌汁もご用意しております。いかがなさいますか?」
アレッタが放った一言は、ファルダニアの矜持と好奇心を刺激するには十二分すぎるものであった。
注文して出てきたのは深めの碗に入ったおそらくはコメを原材料にした薄皮を焼いたであろう外装をまとい、丸いねこやのマークが刻印された薄茶色の焼き菓子のような品。
「お待たせいたしました!厚揚げと麩のお味噌汁です。それでは今からお味噌汁を作成いたしますね。」
ファルダニアは大きな違和感を覚える。給仕は簡単な切り分け程度はするが、店主以外調理はしないはずだ。それなのに今、〝作成する〟といった。そんな思いをよそに、アレッタは薄皮の中心にスプーンで穴をあけ、保温のマジックアイテムからお湯を注ぎ始めた。
「ファル!なにこれ!キノコにおトーフに海草にねぎに……このお花みたいなのなに!?。どんどん増えていく!これなんの魔法!?」
ファルダニアも訳が分からなかった。この異世界に魔法がないことは知識としてあるし、実際魔力なぞ欠片も感じなかった。だが目の前で起きていることは魔法としか説明が付かず、お椀の底に沈んでいた焼き菓子は碗をいっぱいに満たすミソスープとなり、給仕が底に沈んだミソをかき混ぜ完成させると、芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。また、焼き菓子の欠片からはふわふわとした桃色の鮮やかな具材が花開くように膨らみ、見た目も美しい代物だ。
「それではごゆっくりどうぞ。」
(見た目はまずまずね。も、問題は味よ味!)
思わぬパフォーマンスに当惑してしまったが、アリスほどの年代ならまだしも、ファルダニアは見た目の派手さだけに騙されない。乾燥させたキノコや海藻を出汁にする発想は昔からあったが、乾燥させた食材だけで作り上げた代物がお湯をかけただけで食事になるなど聞いたことがない。注意深く、好奇心の赴くままにミソスープを一口運ぶ。
(なにこれ!いつものミソスープと味わいが全く違う!)
普通であれば出汁とりもせず熱湯を掛けた乾燥モノとは香気が吹き飛ぶはずなのだが、乾燥からの超回復・コメの外装による密閉という手法によって碗の湯にしっかりと味を溶け込ませ、ミソだけではなく、具材のアツアゲという固めに作られたトーフ、海藻、薄切りにされたキノコ、ネギなる薬味、そしてコメの外装が渾然一体となり、普段飲むミソスープよりも濃厚な味わいを与える。
花開いた〝ふ〟なる具材を口に運べば、ミソスープを存分に吸い込んでおり、火傷しそうなほどの旨味を染み出させる。また小さな具材たちもミソの味をしっかりと吸い込んでおり、ライスで追いたくなる味わいだ。
「……おいしかったわ。お会計をお願い。」
ファルダニアがいつも通りにトーフステーキを食べ終え、持ち帰りの焼きおにぎりの対価を払おうとしたタイミングだった。
「いつもご愛好ありがとうございます。こちら先ほどお出ししたみそ汁の最中となりますが、よろしければ如何ですか? 肉の日のみのサービスです。」
「持ち帰りができるというの!みそ汁を!?」
「ええ、流石に毎回ってわけにはいきませんので、肉の日限定となりますが。中身は白いのが厚揚げとネギ、茶色のが豆腐と麩のみそ汁になってます。一応10日は持ちますが、一度開封すると数時間で味が落ちてしまいますので、お召し上がりの直前に開封してください。」
まさか未知の美味、ミソスープを持ち帰れる日がくるなど夢にも思わなかったファルダニアは、4つの〝もなか〟が入った袋を丁寧にカバンに入れる。こうしてねこやに〝肉の日〟を待ちわびる常連が、2人増えた。