「……駄目ね。この手法も失敗。」
ファルダニアは、半固形のままになっている〝トーフ〟に大きな落胆を覚える。【エルフ豆のクリーム】と塩を精製する際に出来上がる苦みの結晶から異世界食堂で出てくる〝トーフ〟に似たものの再現には成功した。しかし、半固形のスライムのような品から完全な固形へ進化させる工程がうまくいかず、分量の調整や煮る・焼くなどの加工もしてみたが成果は芳しくない。
「あーーー!もーーー!どうすればいいのかしら!」
ファルダニアはその麗しい金髪をわしゃわしゃと搔きむしる。失敗の連続で焦燥感が思考をさらに鈍麻させ、いっそのこと魔法で固めてやろうかなんていう案まで出てしまう。
「ふぁるー。だいじょうぶ?」
「あ、アリス!ええ、大丈夫よ。」
アリスの言葉で、少し正気を取り戻す。だが子供の前でみっともない姿を見せてしまったという羞恥心に襲われ、ますます自己嫌悪の悪循環へとはまっていく。アリスも幼心ながら、最近の師匠が疲労困憊となっている様子には、心を痛めていた。
「そういえば今日はドヨウの日ね……。」
いつもは研究者心に燃えるドヨウの日だが、そんな気力すらわかない。ファルダニアはほぼ惰性でねこやの扉を召喚し、チリンチリンという音を聞く。今日はいつも通りトーフステーキを頼もうか、そう考えていたときだった!
「あのね!アレッタのおねぇちゃん!ファル……ししょうがすっごくがんばってて、でもなかなかうまくいかなくてね、すっごくつかれてるの!ししょうがげんきになるりょーりある!?」
アリスの声は食堂全体に響くほど大きな決心を秘めたもので、だれよりもファルダニアが驚愕する。一瞬意表を突かれたように驚いていたアレッタは、すぐに笑顔となって、座るアリスと目線を合わせた。
「かしこまりました。マスターに確認してきます。」
「お待たせいたしました。オクラ・とろろ・納豆の三種丼です。」
珍しく、料理を持ってきたのは給仕でなく、店主本人だった。丼ぶりに乗せられているのはナットウと海の国にもある山芋のすりおろし、そして粘り気を持った未知の野菜であり、ナットウ独特のにおいに、とろろという向こうの世界よりも純白なすりおろしは、土臭さを感じない澄んだ匂い、そしてオクラなる野菜は、自然みを帯びた生野菜独特の香りを残すことで、香りが強いナットウ・とろろと見事に調和させている。
「余談ですが、オクラ・とろろ・納豆は日本……私たちの世界で〝粘り強く〟という意味が込められております。まぁおまじないの一種ですが、英気を養うには最適な栄養も含まれておりますので、お召し上がりください。ごゆっくりどうぞ。」
店主はそう言って一礼して去っていく。ファルダニアはまず、なにもかけず、3つをあわせ一口。ナットウのもつ粘り気、とろろのもつ口の中で噛むほどにほどけていくような粘り、オクラのもつ中の種をかむ食感もたのしい粘り。3つの異なる粘りが混合し、一つの素晴らしい味となる。
そしてショーユをかけ、混ぜて食べると、3種の粘りは更に増し、口に入れればそのまま麺類のように軽く咀嚼するだけで呑み込めてしまいそうな口当たりながら、噛めば噛むほどに口腔内に味をもたらす二面性を見せる。また、ライスとの相性も抜群だ。
「ふぅ……。」
「ファル!元気出た!?」
天真爛漫な表情でアリスが覗き込んでくる。注文された料理の影響か、そんな弟子をかわいいと思うからか、ファルダニアの脳内を支配していた暗雲は辷るように晴れていく。
「ええ。ありがとう。でもこれだけじゃあ足りないわね。さて、トーフステーキがいいかしら。それとも、アゲダシドーフにしようかしら。」
急がずにだが焦らずに……。そんな基礎基本に立ち返らせてくれたアリスに対し、自分も成果で応えなくてはならない。トーフを研究するため、ファルダニアは思考を巡らせた。