アルフェイド商会の西大陸支部。商会長をはじめ、専属コック・給仕たち、果ては商人から交易官にいたるまでがファルダニアの振舞った料理に驚愕を隠せない様相を呈していた。
「ファルダニアさん! あなたは何故当支部が現在研究している商品をご存じなのですか!? そしてこの完成度までどのようにもっていったのですか!?」
「あら、ライス……じゃなかった、コメは西大陸の主食でしょう?未知の素材であるマルメットと混ぜてみようと考えるのは料理人であれば自然な発想じゃないかしら?」
まさかより高度な完成品を食べたことがあるとも言えないので、ファルダニアは適当にはぐらかす。作った料理はオムライスの中身のみ……〝マルメットライス〟と呼ぶべきものだろうか。甘酸っぱい湯気が立ち込めた食堂では皆が――主に料理に携わるコックや研究者が――悔しさを孕んだ難し気な顔をしている。
使われているのは砂の混じりや雑味を一切感じさせないふんわりとやさしく炊き上げられた良質な玄米であり、玄米特有の食感の乱れやボソボソさはなく均等に水を含ませ丁寧に炊きあげられたことがわかる。
また具材に使われているオラニエ・
そして特筆すべきはマルメットのソースであろう。まず前菜として〝マルメットの甘き調理法〟――アルフェイド商会御用達のエルフや魔術師に作成を頼んでいるが、密閉の過程で雑菌が入りとても商品化の目途は立たない――が施されたあえて冷たく作った舌触りの心地よいスープの出来栄えにも驚いたが、先に述べた玄米・オラニエ・カリュート・キノコと共に炒められたマルメットのソースは正に絶品の一言だった。
マルメットはあえて取れたてを使わず熟成しており、旨味と甘みが最高潮まで達したであろう品をソース状になるまでつぶしたもの。エルフは魔法に長けていることから、熟成や追い熱なんて手法は――ましてアルフェイド商会が独占契約しているマルメットだ――知らないはず。このファルダニアというエルフの料理人が独学で辿り着いたのだろう。
熟れて甘みと滋味を帯びたマルメットは香辛料によって味付けされるだけでなく、刻んで溶けるほどに炒めたオラニエとガレオを混ぜ合わせることによって、単体では自然味が強く、水気を多く必要とする玄米とマルメットの甘酸っぱさがよく馴染み、野菜の癖を調和させ、自分たちが研究している白米で作るよりも味わい深い品となっている。
舌の上で旨味をどこまでも追及させ、噛めば噛むほどにほどけていく味わい。アルフェイド商会の面々はただただその美味しさに無言となる他なかった。そんな中目の色を変えているのは商会長だ。
「ファルダニアさん!君がアルフェイド商会への加入を何度も断り続けているのは知っている。だが我々にこれほどの料理を振舞ったということは何か意図があるのだろう?その理由を教えてほしい。」
ファルダニアはここからが本番とばかりにつばを飲み込む。〝貨幣〟という概念はエルフが創り上げたというのに、その力で人間種が繁栄し、自分がこうして矜持をかなぐり捨てなければならないというのも癪で皮肉な話だ。
「今回あなたたちに振舞ったものは担保。レシピはあげるから肉なり魚なり混ぜて好きにするといいわ。わたしはこれから発酵や燻製の研究をするにあたって設備と場合によっては人手がいるの。そのお金を融資してほしい。」
シエナの森にいた頃では考えられない人間への……それも商人という自分よりも損得勘定に長けた存在への協力要請。クリスティアンはエルフ豆の研究に10年の歳月を費やしているが未だ納得のいく代物は出来ておらず、ファルダニアにくれたミソも偶然できたものだという。
自分たちはあと50年か100年もすれば西大陸を離れ、トーモロコシやサツマイモ、アーモンドやカカオのあるという南大陸を目指さなければならない。そして流石のファルダニアもたったの50年ちょっとで自分の目標を一人で完遂できると思うほど自惚れていない。森を出て、プライドだけで料理は完成しないことを痛いほど思い知った。エルフの長き生を以ってしても時間は有限だ。
「なるほど……。アルフェイド商会専属の料理人として研究を進めるのではなく、あくまで我々をパトロンとして研究をするということですね。」
「ええ、そうよ。レシピが欲しいならいくらでも売ってあげる。でもごめんなさいね、〝エルフ料理〟の研究は誰にも指図されることなくやっていきたいの。」
ここだけは譲れない一線とばかりに声を張り上げる。商会長は口に手を当て大きく悩む。〝マルメットの甘き調理法〟といい、今回の〝マルメットライスのレシピ〟といい、単体でも金貨数十枚の価値がある。料理を扱う商会にとっては黄金に値するものであり、ファルダニアという料理人は間違いなく天才の類。
本来であれば高待遇で招き入れたいが、本人が拒否している以上、次点は〝レシピが手に入るパイプを繋ぐ〟こと。
「どの程度の金額が必要であるか話し合いをして、本国に指示を仰ぎます。また確認ですが、このレシピは我々以外誰も知らないのですね?」
「ええ、約束を違える真似はしていないわ。」
「わかりました。前向きに検討させていただきましょう。ではここで正式に〝マルメットの甘き調理法〟と〝マルメットライスのレシピ〟をそうですね……金貨20枚で買い取らせていただきたいのですがよろしいですか?」
「正真正銘の商取引というならば、もっと話し合いをしてから決めたいわね。」
ファルダニアの一言で、このエルフはただの料理バカではないと確信する。融資の相手として好材料だ。本国へ良い報告ができるだろう。
「これは大変失礼いたしました。あまりの美味しさに急いてしまったようです。それでは正式な話し合いをいたしましょうか。」
「ええ……。お願いするわ。」
これでエルフ豆や穀物の発酵や燻製の研究、トーフの固体化、今後職人を雇う算段はできただろうか。一つのことを成し遂げるにはどれだけのものを犠牲にしなければならないのだろう。ファルダニアは初となる〝商取引〟に気を引き締めた。