西大陸は山の国に存在する数少ないエルフの村で歓迎を受けているのは齢たったの30歳、アリスであった。千年前の『大疫病』によって数を減らし、森で生きる選択をしたエルフ族は非常に同族意識が強く、純粋なエルフであれば出自を問わず一宿一飯を与えるのは当たり前のこと。なんでもこの子供の保護者であるファルダニアは、危険な仕事の依頼を受けたため、子供を連れていけないと、この村に子守を頼んでいったとのことだった。
アリスは最初、同胞たちの熱烈な歓迎にあわあわと戸惑っていたが、みんな好意的な人物であるとわかると、子供特有の好奇心を発揮させ村をまわり見ていく活発さをみせた。そんなアリスを、広場にいるエルフたちは子供か孫をみる温かな瞳で観察していた。
「たまごをうむとりも、ちちをとるけものもいなーい!いやなにおいもぜんぜんしない!ここすごーい!」
このアリスという子供の来歴は聞いた。エルフの成長の落差からハーフエルフの村では知恵の遅れた者と扱われ、兄弟や村民には侮蔑され、乳や卵を無理やり食べさせられ、最後には口減らしに捨てられたという。本来であれば憎悪に燃えてもおかしくない背景をもっていながら、アリスという少女は天真爛漫に育ち、ファルダニアというよき理解者にも出会えた。
エルフは神を信じないが、それでも結ばれた
「アリスちゃん、ファルダニアさんと離れてもう3日になるけれど、寂しくないかい?」
「うん!ここのみんなやさしい!おりょうりもおいしいし、ふしぎなものがいっぱい!」
「お料理か……あのお嬢ちゃんが作っていったものに比べれば天と地ほどの差があるだろうけれど。」
「ファルはね、わたしのししょうなの!わたしもファルみたいにおいしいりょうりをつくるの!」
「それは頼もしいね、大きくなったらわたしにもごちそうしてちょうだい。」
「う~んとねぇ、もうすっごくおせわになってるから、いっこだけみんなにごちそうしたい!」
「御馳走する?この年で料理を作れるのかい?」
「うん!そこにある
「ああ、構わないよ。」
その笑顔は児戯に付き合う大人のそれであったが、ミケーネの皮を剥き、白い筋を丁寧に取り始めたあたりで様子が変わってくる。そしてアリスが詠唱し始めたのはファルダニア直伝、氷結の魔法。その瞬間広場にいたエルフ全員が驚愕する。この森のエルフでも齢100を超えた者でさえ、氷結の魔法を扱えるものは少ない。それをたったの30歳のエルフが行っているのだ。
「う~~~~ん!う~~~~ん!」
ただやはり魔力は安定しないようで、冷気は一定でなく、行ったり来たりを繰り返している。それでもものの30分ほどで常温だったミケーネがほどよい柔らかさを残し凍り付いた。
「ほんとうはね、つぶしてじゅしにさとーをまぜるともっとおいしいんだけれど、わたしじゃできないの……。でもこれだけでもすっごいおいしいよ!」
エルフの村民たちはアリスが作った氷結させたミケーネを手に取り一口かじる。霜が付いたミケーネは皮の中の蜜が微細氷となっており、シャリシャリとした食感から伝わるのはより繊細となった甘みであり、冷たさが舌から脳天を突き抜けると、不思議と英気が湧いてくる。
「えへへ、どうかな?なんどもれんしゅーしたんだー!」
「これは立派な〝料理〟だよ!アリスちゃん凄いね!」
「ミケーネを凍らせるだけでこれほど美味しい菓子ができるなんて……。」
「潰して樹脂と砂糖を使うと言っていたな。どの樹脂だ?是非完成品を食べてみたい。」
「私も気になるわ。それにしてもアリスちゃん、あなた天才よ!いい師匠をもったわね。」
村民が自分の拙い料理に喜んでくれていることに、アリスも顔を弾ませる。なによりファルを一緒に褒めてくれたことがうれしい。
「ただいま戻りました。うちのアリスがご迷惑をおかけしていなかったかしら?」
広場が氷結させたミケーネで盛り上がっているところに、山の国にある武家の依頼を終えたファルダニアが戻ってくる。不肖の弟子がなにかやらかしていないかと心配していたのだが、別の意味で村民を驚愕させたアリスについて質問攻めをされる未来を、ファルダニアはまだ知らない。