エルフの料理人ファルダニア、まだまだ修行中   作:セパさん

33 / 41
ポシェ・ド・ビネガー

「なんじゃこの酒は!強い酒精をもちながら、果物のような風味が鼻から抜けていく。」

 

「まてまて、こっちの濁り酒も絶品じゃぞ!ふんわり甘くほんのりした酸味が、素晴らしい口当たりを与える。前に飲んだコメの濁り酒とは別物じゃ。」

 

「エルフの娘!これは本当にコメで作られた酒なのか!?……いや無粋な質問をした、確かにコメで作られた酒であることは分かる。だがどの職人が作り上げたのだ!?」

 

「残念だけれどもこの世界にはいないわ。わたしはたまたま異世界に行く機会があって、偶然手に入れただけ。そしてもう一度手に入る確証はどこにもないの、ごめんなさいね。」

 

 ファルダニアは以前依頼をして紹介をされた新進気鋭の若手ドワーフ――全く年齢の区別はつかないが――を集め、異世界食堂で土産として買った酒をふるまい嘘ではないが本当でもないことをいう。

 

「酒職人であるあなたたちに、コメを使った新たな酒を再現してほしいと思っているの!! 〝新しい火酒〟は知っているわね? あれもわたしたちが訪れた異世界の酒を再現した可能性が高い。不可能ではないはずよ!」

 

 現在コメで酒を造ると言えば酒巫女と呼ばれる陰陽師に属する巫女が口腔内を綺麗にしてコメを噛み、発酵させた品を使う。呑む酒というよりも、神事に使われる酒という認識が一般的だ。先ほどのどを通った神代の味が〝不可能だ〟と訴えかけてくるが、幻の名酒【新しい火酒】そして、エルフの小娘でさえ未知なる美味の探求を諦めていないという事実が否定の言葉を吐かせてくれない。

 

「確認したい。お主は酒造りそのものに興味を持っていないようだ。そもそも飲兵衛のエルフなど聞いたことがない。その上で、何故わし等に協力を……いや、金や知識を提供してまで雇おうとする。」

 

 既にこのエルフは蒸したコメの特性、玄米の発酵法における幾つかの提案、コメを高度に精製する手法など、自分たちでさえ見つけられていなかった職人からすれば千金に値する知識を惜しげもなくあいさつ代わりに渡してきた。エルフとドワーフが手を取りあって協力をするなど聞いたことがないし、まして雇用契約を結ぶなど東西大陸で初のことだろう。

 

 その挨拶代わりにドワーフたちが受け取ったものは膨大で、同時にファルダニアの本気具合をこれでもかと感じ取った。

 

「コメの酒を造る過程で出来上がる副産物は、必ずわたしが目指す【エルフ料理】に必要なものとなるわ。だからこそ種族の垣根を越えてでも、あなたたちの技術力が必要なの。」

 

「つまり我々の間に秘匿は無し……。そういう目的か。」

 

 ドワーフに限らず職人というものは、自分たちの大事な商売道具である技術を大っぴらにすることなどありえない。これで職人としての矜持を金で買おうという商売人ならば怒鳴り返すところだが、相手も同じ求道者。利害も一致している。後は〝エルフ如きに雇われる〟というドワーフとしての誇りであるが……

 

「わたしから初期投資を受けることに抵抗はあるでしょう。わたしだって逆の立場ならば同じことを思うわ。それでも……〝コメの酒〟の第一人者として見込んで、あなたたちにお願いするわ。この通りよ。」

 

 そういってファルダニアは深く頭を下げた。エルフがどれほど誇り高い種族であるか若きドワーフたちでも知っている。そんな姿に、ファルダニアというエルフの娘がどれほどドワーフ族の技術力を渇望しているかありありと理解する。

 

「……わかった。儂らも馳走してもらった酒を是非造りたい。貴女の投資、お受けしよう。」

 

「ありがとう、よろしく頼むわ。」

 

「ああ、こちらこそな。」

 

 そうしてエルフとドワーフが手を交わすというこれまで誰も目にしたことのない光景が繰り広げられた。困難とも予想された交渉を無事に終えたファルダニアは、アリスと共に研究の根城としている森の一角へ戻り、疲れたとばかりに安堵の息を吐き、扉を召喚する。

 

「いらっしゃいませ!ようこそ洋食のねこやへ!」

 

「7日前に頼んだアマザケを使った料理をお願いできるかしら?」

 

「かしこまりました。ご注文ありがとうございます!」

 

 以前ホウジチャゼリーなる菓子のミルクの代わりに出てきた甘みの強い穀物を発酵したと思わしき代物。今回ドワーフと契約でも、このアマザケが製作工程で出来上がるのではないかと期待している。

 

「お待たせいたしました。ポシェ・ド・ビネガー……蒸したお野菜をお酢と甘酒で煮込んだ品です。」

 

 白い皿に盛られたのは見た目も鮮やかなカボチャと、パプリカなる赤と黄色の野菜、ズッキーニなるキューレと似て非なる品、そして煮込まれてなお形を保っているオラニエ。

 

 見た目の美しさがファルダニアに大きな満足感を与える。まずカボチャなる野菜に手を付けると口の中で甘みを残しホロホロと崩れ、香ばしい酢の酸味とアマザケが織りなす柔らかで甘い香りが調和し、素晴らしい味となる。次にパプリカを口にすると煮込んでいながら確かな歯ごたえを返し、口の中でとどまる分、余韻が楽しい。輪切りにされたズッキーニはメランザ(なす)に似た大きな旨味を含んだ野菜であり、噛みしめると野菜そのものが持つ汁と、酢と甘酒の味わいがほどよい風味を作り出し、確かな食べ応えを与える。そして程よく散らされたオラニエは、あえて薄味で作り上げられ、次の野菜へ進むための箸休めとして最適だ。

 

 まさに一皿で完結した最高の品。ファルダニアとアリスは瞬く間に皿を空にする。

 

(カボチャにパプリカにズッキーニ……この野菜も私たちの世界のどこかに似た品があるのかしら?いえ、未知の食材も魅力的だけれども、酢だけでは口当たりがよくない、アマザケだけでは甘すぎる品を調和させていることが素晴らしい。)

 

 ファルダニアが未知なる調味料アマザケについて考察しているときだった。

 

「アレッタのおねぇちゃん!アマザケのんでみたい!のむことできる?」

 

「ええ、できますよ。温かいものと冷たいものがございますが、どちらがいいですか?」

 

「!?」

 

 アリスの一言でファルダニアは自分が固定概念に縛られていることを理解する。この店はショーユをはじめ、素晴らしき調味料を単体で出すことはしないし、まして売ってはくれない。てっきりアマザケも調味料の一種と思い込んでおり、最初から注文することをしなかった。

 

「待って!アマザケを飲めるというの!?」

 

「はい、本来はお出ししていないのですが、本日はファルダニアさんが甘酒を使った料理を7日前に頼んでおりましたのでマスターがたくさん作っております。わたしも今朝飲ませていただきましたが、あまくてとても美味しいですよ!」

 

 ファルダニアはその後、初めて弟子のアリスによる敗北の美味を味わうこととなった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。