ファルダニアの脳内は今、心底意味不明な現象を前にした原始的で強烈な混乱に苛まれており、頭の上には星がくるくると回っているかのようだった。目の前にあるのは澄んだ泉をそのまま切り取ったような無色透明、形はスライムのようにも見えるが、宝石のように店内の光を乱反射させる姿から忌避感は覚えず、ただただ泉を切り取ったかのような美しさに魅了されるばかり。
「ファル!これなに?本当に食べ物!?」
「た、食べ物なのでしょうね。」
たどたどしい言い回しになってしまい、ファルダニアは料理人としての心が折れる音を感じた。普段であればどんな料理であろうと研究を重ね
この料理が出てきたのは7日前に〝黒蜜とキナコの味を楽しめる料理を出してほしい〟と注文したためだ。どちらもエルフが食べられる甘味であり、アンコや水飴以外にもこれほどの甘味があるかと改めてこの店のレパートリーに驚愕したものだ。
本来は黒蜜とキナコの研究をするために頼んだ料理であるが、あまりのインパクトに脳が追いつかない。とはいえ見てばかりいても仕方がない。ファルダニアは意を決して黒蜜の中に沈んでいる未知なるミズシンゲンモチに匙を入れた。
それはゼリーとも違う感触であり、本当に水の一部を切り取っているかのよう。食感は口腔に入れた途端溶けてなくなり、食べるとヒヤリと涼しく、体の中に水が浸みわたっていく。次はキナコと黒蜜を一緒に食べると、ほとんど甘さを感じず、美味しい水を食べているようなミズシンゲンモチが、黒蜜ときな粉を絡めることで立派な料理となる。
(これは……黒蜜とキナコを研究する上で確かにこの上ない食材だけれども、どのように作られるの!?)
見た目も美しく、繊細で上品な味わい。ただ原材料さえわからず、作り方など見当もつかない。その事実が悔しくて仕方がない。ファルダニアの魔法の力を以ってすれば澄んだ泉を丸く固めることはできるだろう。しかしそれは料理とは言わない。なによりこの異世界には魔法という概念がないのだ。
その後ファルダニアは持ち帰りを懇願してみたが、この料理は保存方法がなく、味が大きく劣化することから断られ、不完全燃焼のまま店を後にすることとなった。
店を後にしたファルダニアは黒蜜とキナコのことも忘れ、【泉のような菓子の作成】に没頭することとなった。