丸一日水に漬け込んだエルフ豆を水からあげ、ダマが出来ないよう粉々に砕く。そうしたものを焦げない・水が蒸発しすぎないように注意しながら弱火で数分かき回し、木の器に沸騰させた湯に漬け火傷しそうなほど温めた布を広げて包み、今度はお湯を入れる。そして……
「よいしょ!!」
ファルダニアは手袋をはめて力いっぱいに布を握り締め、濾した液を搾り取る。まだ東大陸にいたころ、ハーフエルフの宿屋で食べた【エルフ豆のクリームシチュー】。乳製品を食べられないエルフが食せる不思議な料理と評判をきき、旅の途中に寄ってみた。
その衝撃は凄まじく、ファルダニアはこれがトーフステーキの原料であることを一瞬で見抜いた。問題は作り方である。どの宿屋・食事処でもそうだが、看板メニューのレシピ公開など行っているはずもなく、ファルダニアはハーフエルフの宿屋が人手不足であることを利用し、一月ほど泊まり込みでレシピを盗んだ。
「わぁ~~♪ふぁる!きょうはクリーム?」
さっきまでうとうととしていたアリスが匂いにつられて起き上がった。ファルダニア曰く【エルフ豆のクリーム】。アリスもまだハーフエルフの村にいた頃はクリームシチューが食卓に並ぶこともあったが、生臭さが先にきて食べられたものではなかった。
しかしファルのクリームシチューは違う。素材の味がしっかりと甘く温かなクリームに包まれ、アリスの中でもファルダニアの作る料理ではかなり上位に入るほどの大好物だ――そのことを本人に伝えると複雑そうな顔をするが――。
「ああ、アリス。起きたのね。残念だけれど、今日はクリームシチューじゃないわ。これよ。」
そういってファルダニアが取り出したのは、今二人がいる西大陸では珍しい乾燥した麺の束だった。
「それ、ナットースパの?」
「ええ、でも今回はクリームスパ……
そう話すファルダニアの目には炎が宿っているようだった。
「これ、こーひー?」
アリスも異世界食堂で一度飲んだことのある異世界のお茶。独特な苦みをもっており、砂糖を入れても飲み干すことは出来なかったが、色合いが随分と違う。まるで乳を入れたかのように色合いが中和され、渦巻き模様を描いていた。
西大陸ではカッファと呼ばれる品で、砂の国の名物であり、今のファルダニアたちには相応に手に入る。しかしただ淹れるだけでは料理ではない。〝かふぇおれ〟や〝カプチーノ〟を参考にさせてもらい、乳の代わりに豆乳を混ぜたものだ。
「ええ、食前に飲んでも構わないわよ。」
「うん。……ふわぁ!」
アリスは恐る恐る口にして驚愕した。柔らかな口当たりにほのかな苦みを優しく包む乳のようなもの。しかしそれが乳ではないことは明らかで、おそらくは【エルフ豆のクリーム】を使ったのだろう。どこまでも温かく、柔らかく、ふわふわとした味に、アリスは没頭していた。
ファルダニアはカッファ3:エルフ豆のクリーム7で調整した子供向けのカッファを気に入る弟子に笑みを浮かべ、メインディッシュを作る。未だかつてエルフのために作られた麺料理はこの世界にない。異世界食堂で食べたナットウスパも美味しかったが、目指す高みはその先だ。
先に焼いておいたオラニエとキノコに、湯で上げた麺を投入しさらに炒める。そしてソース。【エルフ豆のクリーム】をとろみが麵全体に馴染むまでからめ、香辛料で味を調えれば出来上がり。
「さぁいただきましょう!」
かのアルフェイド商会でさえ成しえていない初の試み、ファルダニアは若干緊張しながら麺を口にして。
(んん!)
想像以上の出来栄えに満足を覚える。【エルフ豆のクリーム】をしっかりと吸い込んだキノコ・野菜はほろほろとほどけていき、麺は食べ応えを残し、胃の腑に落ちるころには甘いクリームの余韻。次に、また次にと食べる手が止まらない。
(でも【エルフ豆のクリーム】にしろ、〝炒める〟という調理法にしろ、まだまだあの店の模倣。わたしはまだまだ精進しなければならいわ。)
カッファを飲み頭を冴えさせながら、ファルダニアは更なる闘志を燃やしていた。