「〝こちらの世界〟でカレーライスを食べた
元公国最強の将軍であり、現在は隠居し貴族として余生を送っているアルフォンス=フリューゲルは〝カレーライス〟について研究・情報収集をさせている部下から大変興味深い話を聞いた。アルフォンスにとってカレーライスとは7000日の無人島生活を支えた命の恩人、魂の味。
公国に戻ってからも専属の料理人にカレーライスを作れと無茶な命令をしては困らせていた。ただ出来上がるのは悪戯にスパイスを混ぜた流動食であり、あの素晴らしい味とは程遠い。
「はい!なんでも西大陸にいるエルフが作り上げたものであり、閣下の仰る情報と合致した料理であるかと。」
「ふむぅ……。カレーライスにコメは必須!だからこその西大陸、正に道理だな。そしてエルフの料理人か、なるほど。興味は尽きないが西大陸か……。最低でも100日、往復していれば14、5回はカレーライスを食べられなくなる。しかし……」
報告にきた文官はフリューゲルが何に納得して、何に悩んでいるのか皆目見当もつかないが、目を輝かせつつも大きく頭を抱える閣下の決断を待つ。
「くぅ……。やはり長期間カレーライスが食べられないのは厳しい。老いたこの身が憎らしい。やはり海を渡る選択はできん!料理といえばアルフェイド商会だ、そのエルフからレシピを買ってはいないのか!?」
「はい。アルフェイド商会の公国本店と連絡をとっておりますが、レシピは西大陸支部が現在調査を行っているとのことです。」
「当家からも金と人材の投資は惜しまん!!なんとしてもレシピを手に入れろ!!」
「はい!かしこまりました!!」
フリューゲル一族の文官は、覇気に飲み込まれ弾けるかのように返事をした。
事の起こりは偶然だった。ファルダニアは料理研究のため様々な
ある日薬液に程よく漬け乾燥させたガレオと豆類を挽き、完熟させ潰した
「金貨170枚!?」
ファルダニアはアルフェイド商会からの使いが提示してきた破格すぎる値段に眉をひそめた。アルフェイド商会とファルダニアが結んだ契約は【マルメットを使った料理の進捗】のみであり、独自で研究している豆類やガレオを中心とした香りや癖の強い野菜の成長工程、油漬けや香辛料化の技術などは教えていないし、教えるつもりもなかった。
「はい!契約に反する願いであることは重々承知ですが、何卒〝かれーらいす〟のレシピをお教えいただきたく存じます。」
使者たちは西大陸の作法、土下座をせんばかりに頭を下げている。最初カレーライスをアルフェイド商会や森を訪れた【客】たちに振舞った際、ここまで大事にはなっていなかったはずだ。
(……となれば、こんなレシピに金貨170枚なんて、どこぞの大貴族がバックについたとしか思えないわね。まぁ想像はつくけれど。)
「ごめんなさいね、現状の融資でコメでの酒の造りと豆腐の固形化に関する研究は進んでいるの。これ以上しがらみを増やしたくないわ。」
「そう……ですか。」
「ただ、あの野蛮人……。バックについているお貴族様に【客】として3食分までは保存の魔法を掛けてお渡ししてあげると伝えて頂戴。それが嫌ならば直接食べに来いともね。」
あまりにも挑発的な物言いであるが、その言葉はそのまま伝えられ、かくして3食分のカレーライスは海を渡った。
「ふむ、これがこの世界で作られたカレーライスか。ガレオとマルメットの香りが強いな。仄かに薫るのは豆の匂いか?白米ではなく玄米か……。純白のコメとルーの対比がないのは残念だが、丁寧に炊き上げられていて、これはこれで旨そうだ。」
「フリューゲル閣下、こちらはエルフが作ったもので乳も卵も使っておりません。味付けを変えましょうか?」
「いや、残り2食しかないのだ。まずは無調整を食べてわたしの舌に合うよう献立を考えよう。何しろこの世界で一番カレーライスに詳しいのはこのわたしなのだ。」
アルフォンスはそういって興味津々な様子で銀の匙をとる。いつかあの店の店主は普段出している豚肉・鶏肉の他に、牛肉や羊肉をつかったもの、海鮮を使ったものや、チーズをふんだんに使ったもの、豆をつかったもの、ライスの代わりに〝なん〟なる小麦を焼いた品で食べるものなど沢山のカレーライスがあることを教えてくれた。
その中でもこの品は香りからして豆を主体としたカレーライスであろう。未知を前にした好奇心と興奮がアルフォンスの背筋をゾクゾクと刺激する。
匙の上で小さなカレーの山を作り、まずは一口。
(うむ!辛さは弱いが、沢山の香辛料によって味付けされたガレオの風味、そしてマルメット、このふたつが巨釜で煮て熟成させたことで旨味を増大させている!豆の風味はするが、姿はない。これは完全に溶かし込んでいるのだな。普段のカレーライスが与える刺激的な味と違う、やさしくまろやかな味わい。それでいて塩とスパイスはしっかり効いていて、なんともいえないうまみの余韻が長く続く。)
総合的にみれば
「……如何でしょう?フリューゲル閣下?」
「うむ、辛さは足りぬが、この独特なまろやかさは香辛料で追っては搔き消えてしまうな。……残りの2品はバターを上に乗せ持ってきてくれ。」
「それだけでよろしいのですか!?」
「うむ。それにしても見事なものよ。そうだ!」
「はい!」
「3品までとのことだが、定期的に持ってくることが可能か交渉しておいてくれ。相手はプライドが高い。商売人ではなく、職人を相手すると思い、金をちらつかせるのではなく〝旨かった、お代わりが欲しい〟とだけ伝えておけ。」
「は、はぁ。かしこまりました。」
一体このカレーライスとその料理人、そして仕えるべき主とはどのような接点があるのだろうか。いくら頭をひねろうと、疑問符が重なっていくだけだった。