「ようこそ洋食のねこやへ!ファルダニアさん、アリスさん、珍しい時間のお越しですね。」
すでに時刻は20時を回っており、ねこやでは夕食をメインとした客が去り、異世界の旨い酒と肴を目的とした客が増え始める時間。馬鹿でかい器でビールをかっくらうドワーフ、優雅にワインとローストビーフを楽しむヴァンパイア、幾種類もの酒瓶を空にしている銀の聖印を下げた人間族と多種多様だ。
「ええ、少し仕事が入ってね。それにしても……あんなメニューここにあったかしら?」
「ねぇファルー!あれすっごくおいしそう!」
酒を楽しむ者たちのテーブルを見ると、どのように調理されたのか、1/4程度と大ぶりに切られたオラニエが良い香りを放ち、別の皿には乾燥させた不思議な代物があった。
「ああ、あちらはお通し……お酒のおつまみです。本日は燻製オラニエのローストと干し芋の燻製をご用意しております。」
燻製……。名前は聞いたことがある。保存の魔法を安易に使えない人間界での保存法の一種であり主にベーコンや魚に使われているという認識であったが……。
(そういえばクリスティアンも発酵からミソを作成していたわね。人間の技術だからと侮ることは出来ないわ。)
「それは興味深いわね。お酒はいらないけれど、その2つをいただけるかしら?」
「かしこまりました。ご注文ありがとうございます。」
そうして卓に座るとすぐに……
――――お待たせいたしました。お通しを二人前お持ちたしました。お好みでオリーブオイル、岩塩をどうぞ
単品で頼んだ影響だろうか、そこにはまるまる一つの大きなオラニエが不思議な銀の紙に乗せられていた。ローストなる調理をされたオラニエは皮がまるで炎のように逆立っており、中からは
もう一つに目を落とせば、干し芋なるすでに一手間をかけた品に燻製を施した二重の手間をかけた料理であり、その贅沢さに見合うだけの芳醇な香りが鼻孔をくすぐる。
(まずは……オラニエから。)
ファルダニアは何度目かわからない敗北感に打ちひしがれる。何をどう調理すれば、包丁すらいれていない生のオラニエがこうなるのか見当もつかなかった。
まずは何もつけず一口……その瞬間、凝縮されたオラニエの甘みが舌を通り脳を直撃する。スープや炒め物に甘さを加えるため、切ったオラニエを使うことは知識としてある。だがオラニエ単体をここまで昇華させた料理は未知のものだった。
(塩にオリーブオイルとか言っていたわね。)
ファルダニアは給仕の説明を思い出し、岩塩をつまみ、優しくオリーブオイルを少々。そして一口。その感想は絶句だった。塩は野菜本来の甘みを更に増幅させ、香ばしいオイルは食欲を増進させる。
まるでおにぎりでも食べるかのようにガッついているアリスを横目に、今度は干し芋の燻製に手を付ける。
魚や肉を思わせる見た目に少し躊躇するが、ファルダニアたちの食べられないものは入っていないことを確認して一口。ねっとりとした食感が燻製で使われたのであろう良質な香木の匂いを伴い口腔内で甘みと程よく調和する。おそらくは干し芋だけでもかなり高度な技術を要した――少なくとも自分たちが作っていたただ干しただけの芋やキノコとは比べ物にならない――であろう。
そこに燻製という技術を以ってこの料理は完成に至っている。ともすれば甘すぎて手の止まる料理を燻すことで、芋本来の味を若干引き出し、より上品な甘みを作り出している。
(またもやられたわ!)
クリスティアンが研究している発酵もそうだが、エルフに【燻製】などという概念はない。しばらくは煙とにらめっこの日々になるだろう。ファルダニアは新たな発見が出来た喜びと、前途多難な道のりを想起し、思わず酒を注文するのも悪くないかもしれないと思ってしまった。