「よっこいしょ!ふぅ、この辺でいいかしら」
ファルダニアは現在魔物除けの結解を張って料理研究の根城にしている森の中で、町で買った石臼――小麦を扱わない西大陸では中々みつからず10件近く回った――を運搬用のソリからおろし、満足げに頷いた。
「懐かしい、おとうさんやおかあさんが使ってたやつだ!」
「そうね、東大陸では主に小麦を精製するときにしかつかわないけれど、わたしたちは色々なものを粉々にしていくわよ。まずは……」
そういって取り出したのは籾殻を剥いだコメ。右手いっぱい分をじゃらりと石臼の穴に入れ、ゆっくりと回し始める。すると石と石の隙間からやや茶色がかった粉が押し出されるように現れる。そして粉状となったコメを指先でつまむとファルダニアは大きな笑顔を浮かべる。
「うん、やっぱりだわ!挽いた小麦粉に似たものが出来上がった!」
西大陸では小麦が栽培されていないため揚げ料理の文化が発達しておらず――その代わり炒め物・煮物が東大陸より発展している――油で揚げると言えば素揚げが基本だった。しかしこの挽いたコメを使えばこちらでも揚げ物料理ができる。それに小麦粉との差も興味の対象だ。
「じゃあ次はこれね!」
「それ、ハック茶?」
「ええ、異世界食堂で出ている料理やデザートに【抹茶味】っていうのがあるでしょう?おそらくは茶葉を粉末にして淹れずにお湯を注ぐだけで飲めるよう工夫したお茶だわ。その再現をしたいの。」
「わー。おもしろそー。」
早速石臼で挽き、出来上がった品を指でとって舐める。ハック茶独特の爽快感溢れる味が粉にしたことで口腔内を占拠し思わず咳き込みそうになる。挽いたハック茶は調味料や香辛料というよりまるで薬のようだ。
「う~ん……挽いたハック茶は隠し味として使った方がいいかしら?あまりにも味が強烈で個性的すぎるわね。」
その後も石臼で様々なものを挽いては成功と失敗を繰り返し、夜も更けてきた。
「それじゃあアリス、晩御飯にしようかしら。」
「うん!」
今日の献立はもう決まっている。挽いたコメを使った揚げ料理だ。揚げやすいように切った
そして揚げ物用の鍋に町で買った新鮮な植物由来の油を入れ、温度を確認し投入。揚げ終えた品は塩で味を調え、大根おろしを添え、別に作った香りの強いキノコの煮汁をかけていざ食卓へ。
「うわぁぁ。」
アリスは既に美味しいであろうと確信できる匂いに顔を綻ばせる。
「ファル!もう食べていい?」
「ええ、いただきましょう。」
ファルダニアも予想以上の出来栄えに満足を覚える。まずはメランザを一口……
「……!」
カリッと小麦粉で揚げた品よりも心地の良い歯ごたえとともに、メランザ本来が持つ膨大な旨味が押し寄せる。これほどサクサクとした食感は小麦粉では絶対出せない味だ。次におおねを口に運べば大根おろしとキノコの煮汁がほどよく混ざり合いおおねの水気をすべて旨味に塗り替え、噛めば噛むほどに味を染み出させる。
「これは美味しいわ。」
思わず漏れたその一言に、頬いっぱいに揚げ物を詰め込んでいるアリスは無言で頷く。
しばらくは石臼での研究へ没頭しよう。エルフ料理の求道者は、後の世で美味・珍味としてだけでなく長患いへの療養食や薬膳としても絶賛され、〝エルフ族のように長寿となれる〟とまでお触れのついた【エルフの香辛料】、その一歩を踏み出した。