黄金樹の麓から   作:シショ

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第一章 キンバリー魔法学校
第1節


 

 

 

「……綺麗なものだ」

 

 色とりどりの花が咲き誇る街道に、一人の少女──マリアが立っていた。肩のあたりで短く切り揃えられた淡黄の髪は品の良さを感じさせるものであったが、淡白な口調と何の表情も浮かばない顔が近寄り難い雰囲気を作り出していた。

 

「あら、貴女」

 

 横合いの花壇から掛けられた声を聞いて咄嗟に離れたマリアに対して、それ(・・)はクスクスと声を漏らした。

 にゅっ、と伸びた茎の先に咲いた花が何やら喋っているように見えて、マリアはまじまじとその花を見つめた。

 

「緊張してるのかと思ったけどそうでもないみたいね? 婦花(ダリア)は初めてかしら」

「……喋る花もあるのか」

「貴女普通人? 苦労するわよ、こんなことで驚いてちゃ」

「助言、感謝する」

「ウフフ、どういたしまして」

 

 そう言って花……婦花(ダリア)は茎を縮めて花壇の中に戻って行った。その様子をぼんやりと見送ったマリアが歩き出そうとすると、後ろから声が掛かった。

 振り向いて見れば、少し心配そうな顔をした長身の少年がこちらに近づいてくるところだった。

 

「大丈夫か?」

「なにが?」

「あー……いや、随分長く絡まれてたからよ」

「そう。ありがとう」

「おう」

 

 何か狙いが有るのではと身構えたマリアの予想に反して、その少年は善意で声を掛けてくれたようだった。マリアが大英魔法国(イエルグランド)に来てからしばらく経つが、この手の無償の優しさには未だ不慣れな部分があった。

 その場の流れで並んで校舎に向かう二人の前に自分と同じように婦花(ダリア)に声を掛けられた少年と、その後ろから話しかけた少女の姿が見えた。やはり花たちのお節介に辟易しているらしい。

 

婦花(ダリア)の言う事なんて気にすんな。おれの実家じゃ葉擦れの音と同じようなもんだ」

 

 その会話に長身の少年が自然と混ざっていった。その様子を感心しながら見ていたマリアは、自分も見習うべきかと思案した。何しろ彼女の故郷では人と話すことすら稀だったために、対人スキルが身に付いていないのだ。

 

「おーい、お前も行くか?」

「! あ、あぁ」

 

 マリアが物思いに耽っていると長身の少年がこちらに向かって手を振った。後ろの二人はたった今マリアの存在に気が付いたようで、勢いよく振り返った。

 

「すまない、連れがいたのか」

「わっ、可愛い……」

 

 実直そうな、どこかロジェールを想起させる黒髪の少年とふわふわとした髪の少女。咄嗟の挨拶が出てこなかったマリアは少し迷ってから目礼を返した。

 

「んじゃ、行くか。……つってもおれは目の前のあれが気になるんだが」

 

 長身の少年が指さした先を見れば、マリアたちと少し離れた場所に周囲の生徒とは一風変わった服装の少女が立っていた。朱の下衣に、胸の前で布を合わせて帯を結んだ上衣。そして腰には反りのある刀剣……刀を佩いている。

 

「……サムライだなぁ」

「しかも女の子の」

「……武士?」

「だよな。やっぱりおれの見間違いじゃないよな」

 

 マリアにとって刀や武士は知識のみの存在だったが、実際に見てみると随分軽装のようだ。そして隣の少年たちからすれば、ここキンバリーに武士がいるというのは、まずありえないことらしい。

 

「なんでキンバリーに東方(エイジア)のサムライが来てるんだ?」

「それはまあ、入学するんじゃないか?」

「だとしても制服はどうしたんだよ。それに腰のカタナも杖剣(つえ)にゃ見えねぇぞ」

 

 長身の少年の言葉に、マリアは懐に隠した剣の柄に触れた。急ごしらえのこれ(・・)もあの刀と同じようなものだった。

 

「何か事情があるんでしょ。急な留学で仕立てが間に合わなかったのかも知れないし」

「そんなもんかね」

「キンバリーには世界全土から魔法の素質がある子どもを集めているから、きっと彼女もそのクチだろう」

 

 黒髪の少年の言葉に一応納得を示しながら、一行は新入生の列に付いて進んでいった。

 

◆◆◆

 

「うぉっ、すげぇ! 魔法生物の行進(パレード)だ!」

 

 長身の少年が叫んだ通り、校門を潜った先には数々の魔法生物が列を成して練り歩いていた。新入生たちが足を止めると、それに合わせるようにして行進も一時停止した。背伸びをして列を見たマリアは、故郷では見たことも無いような美しい生物に目を奪われた。

 

(あの白い馬、角が生えている。あれは……ストームヴィル城に似たようなのがいたっけ。羽は無かったけど。それに、あっちは溶岩土竜?全身黄金とはまた随分派手な)

 

 マリアが感心しながらその景色を見渡していると、隣で長身の少年と雑談をしていた少女が列の一角を指さした。

 

「あれを見て。他の魔獣と同じ扱いでトロールが歩かされてる」

 

 少女の指の先には簡素な衣服を着せられた、全長十フィート(三メートル強)の屈強な人型の魔獣がいた。長身の少年の淡白な反応を見るにあれが普通の扱いらしい。ただ、少女はその認識が間違っていると言う。

 

「かの大賢者ロッド=ファーカーの研究によればね、彼ら亜人種とわたしたち人間は三十万年遡れば全て同一の種に行き着くの。つまり彼らとわたしたちは昔々に枝分かれした親戚同士ってことなのよ」

「……そうなの?」

「嘘、知らないの?!」

……うそだろ?

 

 何やら横からも声が聞こえたがそれは無視して、マリアは少女に向かって頷いた。少女らあからさまにショックを受けたような顔をして、マリアの両肩を掴んだ。

 

「冗談でしょ? こんなの、常識じゃない」

「ぐ……まぁ、田舎、だから」

「どんな辺境なのよ、そこは。……急に不安になってきたけど二人は知ってるよね?」

「まぁ、基礎的なことは」

「そりゃな」

「だよね……」

 

 少女は疲れたように肩を落とした。しかしマリアがなんと言い訳するかを考えている内に、少女は妙な使命感を滾らせてぐいと顔を近づけた。

 

「わたしが教えるから。いい?」

「あっ、はい」

 

 その後少女の説明はおよそ十分を超え、熱が入る内に隣りにいた眼鏡の少年に声量を注意された。マリアは特に反論したり質問したりせずに黙っていたのだが途中から亜人種の人権問題へと飛躍しかけ、遂に長身の少年によって止められた。

 

「おいそのへんにしとけ。そいつ目ぇ回しそうだぞ」

「むー……まだ話し足りないのに」

「いや十分だろ。……待てよ。トロールの人権つったよな、さっき」

「!、そう。トロールだって人権が認められるべきでしょう?」

「あいつらは畜獣だろ?何がどうなったらそんなことになるんだよ」

 

 長身の少年の言葉に火が付いたのか、またしても少女の口調はヒートアップする。野生と人に飼いならされたものの差、生き物としての危険度、棲み分けの問題。互いの経験から導かれる持論によって喧嘩のように言い争う二人に、鋭い声が掛かった。

 

「うるさいですわね! そこ、何を話しているんですの!」

 

 四人が振り返った先には一分の隙もなく制服を着こなした、一人の少女が立っていた。背筋をピンと伸ばして縦巻きにした金髪を靡かせる褐色の少女に、思わずマリアの背も伸びるような心地だった。

 

「ちょうど良かった! おい、そこのあんた────」

「あのトロール、どう思う!?」

 

 そんな人物にも怯まず逆に問いを投げかける二人は随分図太い性格だなと、マリアは微妙な表情で金髪の少女を見た。案の定困惑したような顔をしたその少女は、二人の指の先……例のトロールを視界に収めた。

 

「トロールというと……あのガスニー種のことですの?」

 

(ガスニーシュ……種?)

 

 新たな疑問がマリアの脳に浮かんだが、先程の少年たちの剣幕を思い返し、口に出すのは控えた。そもそもマリアは長々と説明されることがあまり好きではない。かつて円卓にいた彼らとはあまり言葉を交わさなかった。

 

「流石はキンバリーと言うべきでしょうね。あれなら市場に出せば三百万ベルクは下らないでしょう」

 

 マリアが気をそらしている内に品評会になっていたのだろうか。ベルクという単語から連想して、唖然とする二人を横目に制服の下の巾着に手を置いた。これをマリアに渡した男はそのまま去ってしまったが──そういえば。

 

「すまないが、貴公」

「えっ? あ、あたくしですの?」

「ああ。親類にセオドールという御仁はいるだろうか」

「父ですわ。……ですが、なぜそのようなことを?」

 

 怪訝な表情を浮かべた巻き毛の少女に懐から取り出した小袋を差し出す。警戒した様子の彼女の手に小袋を握らせると、マリアはようやく肩の荷が下りたような気がした。

 

「セオドール殿から預かっていたものだ。中々本人に会えずに困っていたので、貴公から返しておいてくれないか?」

「構いませんが……どうしてこれを?」

 

 む、とマリアは言葉に詰まった。実のところ理由は今でも分からないのだ。狭間の地にて見知らぬ転送門を触った瞬間、街の中に立っていた。幸い祝福は届いているようだったから慌てずに済んだが、そうと決まれば探索開始。

 つまり未探索エリアに釣られたわけである。そこからどうしてキンバリーに入学することになったのか、またどうしてセオドールはマリアに貨幣を手渡したのか。信じられないような偶然が重なった結果であったため、マリアは言葉を纏めようと考え込んだ。

 

「……まぁ、聞いても仕方ありませんか。まったくあの人はいつもこうなんですから」

「むぅ、その、なんだ、すまない」

「貴女が悪いわけではないのでしょう? それなら大丈夫ですわ。これはあたくしから渡しておきます」

「助かる」

 

 彼女は怒りとも呆れともつかない表情を浮かべて小袋をローブの内にしまった。マリアとしてはここでの目的を一つ果たし、肩の荷が降りた気分だった。

 この調子で祝福が見つかれば……と意識をそらしていたマリアは背後から飛んできた魔法に気づけなかった。

 

「え、うそ、なんでっ──!」

 

 焦りを帯びた声を聞き振り向けば、パレードに向かって走り出す少女の姿が目に入った。

 

「何やってんだお前!」

「君、止まれッ!」

 

 それを追って走り出す少年たちの更に先で、巨体が動く。列から外れたトロールが彼らの方に迫りつつあった。さかんに吠え立てる犬に耳を貸さず、また噛みつかれようと即座に叩き潰す。

 純粋な暴力と言えるその光景を目にしたマリアの意識は瞬時に切り替わった。殺される前に殺さなければ(・・・・・・・・・・・・)

 左手に聖印を握り、右手で袖口に仕込んだナイフに触れる。その瞬間にマリアの体は前方へと加速した。

 

◆◆◆

 

「あうっ!」

 

 自らの意志に反して走り続けた少女──カティは突然止まった両足に反応しきれず駆ける勢いのまま倒れ込み、草地に突っ伏した。

 

「う……やっと止まっ──つぅっ、」

 

 体を起こそうとした途端に右足首に激痛が走り、ぎゅっと体を強張らせた。倒れ込んだ時に捻ってしまったらしく、立ち上がることは出来そうにない。痛みを堪えながらゆっくりと上体を起こしたカティは妙に暗い自身の周りを見て顔を上げ、

 

「────え──」

 

 緑がかった巨体が血走った目で彼女を見ていた。そこに宿った憎悪と敵意はカティを怯ませるのには十分に過ぎる。少年たちが何とか辿り着こうとするも、トロールは彼女を踏み潰さんと丸太のような足を持ち上げる。

 

「逃げろ、君──くそっ、間に合わない──!」

 

 黒髪の少年がやぶれかぶれに魔法を唱えようとした瞬間、

 

喝ァッッッッッ(・・・・・・・)!」

 

 いつの間にかカティを庇うように立っていた、あの東方(エイジア)の少女の気迫を受けて、トロールは動きを止めて一歩下がった。呆けたまま状況を飲み込めずにいるカティは目の前の少女が不思議そうに首を傾げたことで、自分と少女の周囲に漂う黄金の光に気がついた。

 

「間に合った」

「え──ひゃあっ」

 

 カティは耳元で囁くように呟かれた言葉に驚いて、足の怪我も忘れて後ずさった。誰もいなかったはずのそこにはついさっき知り合ったばかりの、線の細い少女の姿があった。

 

「貴殿は」

「余計だった?」

「いや、助かり申した」

「それなら良かった。……立てる?」

 

 その少女はカティに手を差し伸べてくれたものの、痛みがぶり返してしまって立ち上がれそうにない。カティが首を振るとそれが伝わったのか、彼女はトロールに視線を移した。

 

「ではこちらを殺してしまおう」

 

 何気なく言った少女の右手にはいつの間にか剣が握られていた。柄頭が奇妙に捻じくれて、刀身も長さと比べてやけに細い。

 それよりもカティの目に留まったのは、今から行おうとする行為に対して何の感情も抱いていない表情だった。このままでは本当に──

 

「待って!」

「なに?」

「この子を殺さないで。こうなったのにはきっと理由があるはずだから……」

 

 自分でも無茶を言っているのは分かる。さっき助かったのはこの少女とサムライの子のおかげであり、二人がいなければきっと自分は死んでいただろう。それでもカティには、トロールを殺してしまうことは受け入れ難かった。

 

「むぅ。貴公が望むなら……いやしかし……」

「然らば拙者に譲って下さらぬか?」

「そう? なら私はこちらを」

 

 その言葉と共にカティの視界がぐん、と持ち上がった。抱き上げられたのだと理解する頃にはトロールからは遠ざかっており、先程話をした少年たちの間に移動していた。

 

「なっ、また──」

「うおっ、危ねぇ!」

「貴女たち、無事ですの!?」

「……カタナを構えたぞ。あのサムライ、戦う気なのか?」

 

 あの金髪の少女も合流していたようで、その横には眼鏡の少年が立っていた。少年の言葉に慌ててトロールの方を見ると、カタナを抜いた少女とトロールとの睨み合いになっていた。

 

◆◆◆

 

 周囲の少年たちが次々に剣を抜く中で、マリアは抱えていた少女へと目を向けた。走り出した後の転び方を見るに恐らく怪我をしている筈だ。そう考えたマリアは少女を地面に下ろして聖印を取り出し、足の方へ手を翳した。

 

回復

 

 聖印を握る手から溢れた光に少女は目を見開き、足首を押さえた。その様子を見たマリアは(そういえばこちらで祈祷を使ったことがなかったな)と思ったが、口には出さなかった。彼女には実験台になってもらおう。

 

「痛みはない?」

「うん。その、ありがとう」

 

 マリアは返事をしなかったが、無意識に口元が緩んでいた。狭間の地では得難い経験はマリアの胸の内に温かいものを生じさせた。

 

「そこの二人っ」

 

 ほわほわとした雰囲気に飛び込んできた緊迫した声に見つめ合っていたマリアと少女がはっと顔を上げると、周囲の少年たちが二人に目を向けていた。その奥では今尚サムライの少女とトロールが戦っている。

 

「すまない、なんだろうか」

「君たちにも協力してほしい。俺が示した地点に細く絞った風を展開してくれ」

「分かった」

「風? ……ううん、分かった!」

 

 少女は立ち上がって杖を抜き、マリアは杖剣を取り出した。狭間の地の魔術と違って剣でも撃てるというのが気に入っている。暇つぶしに読んだ魔術書の詠唱を思い出しながら、マリアは少年たちと共に杖剣を掲げる。

 

吹けよ疾風(インペトウス)!』

 

 5人分の風が頭上で唸り始める。それを見て取った黒髪の少年が声を上げた。

 

「何があっても呪文を止めるな!──笛吹き鳴らす(テイービア)!」

 

 束ねられた風が耳障りな高音から体に響く重低音に変わった瞬間、心臓がドクリと脈打った。この音、否、この声は紛い物であろうとも竜の咆哮だった。

 マリアは何度か深呼吸を繰り返してその衝動を抑え込んだ。竜餐の儀によって幾つもの竜の力を手に入れたが、その度に心臓を喰らって来た。今はこうして抑えられるが、それも何時まで保つのだろうか。

 

「勢ィィィィィッ!」

 

 サムライの少女の一撃がトロールの脳天に直撃し、トロールの体はぐらりと傾いで地面に横たわった。

 少年たちがサムライの少女に駆け寄るのを遠目に、マリアはキンバリーでの生活が予想していたよりも遥かに過酷なものになるであろうことを予感した。





【制止】

褪せ人、マリアの祈祷

周囲に黄金の障壁を展開する
タメ使用で障壁を展開する時間が延びる

彼女は拒絶ではなく対話を選んだ
それは二本指への小さな反逆となる
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