黄金樹の麓から   作:シショ

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第3節

 

「ふあ……」

「マリア、寝不足?」

「んむ」

 

 魔法剣の授業中、シェラの背中に隠れて大きな欠伸を漏らしたマリアに、カティが心配そうに声をかけた。しょぼしょぼする目を擦りながら、頷きを返すもそのまま頭が傾きそうになる。……結局、昨日はラニのことで頭が一杯で一睡も出来なかった。シェラたちとの触れ合いはちょっとしたスキンシップだと思っていたけれど、ラニからすればあれも浮気なのだろうか。

 

(会いたいな……)

 

 あのひんやりとした腕に抱きしめられたい。最後に膝に乗せられたのは、何ヶ月前になるだろう。そうやってマリアが寂しさを募らせている内に、ガイの試合が終わったようだ。思い切りの良さを褒められて照れくさそうに帰ってくるガイの後ろで、ガーランドは次の生徒を呼んだ。

 

「ではMs.ムーングラムとMr.レストン、前へ!」

 

 知ってる名前が二つも聞こえてきて、マリアはそっと顔を出した。その視線の先にはがちがちに緊張したピートの背中と、面倒くささを隠しきれないリュディアの姿があった。

 ピートが気合に満ち溢れた――悪く言えば前のめりな――姿勢で杖剣を抜くと、リュディアは気怠げに剣を引き抜いた。長身の彼女が根本に青い微光を宿した騎士剣を持つのは、大層様になる。

 

「では──始め!」

 

 ガーランドの掛け声とほぼ同時にピートが床を蹴る。対してリュディアは構えを取らないままだ。マリアはそれを見ながらピートの動きはかなり読みやすいと思った。ああいう手合いは、にとってはカモでしかない。

 教科書通りのフェイントを入れて繰り出された突きはあっさりと左の手甲で逸らされ、体の芯が流れた隙に首元目掛けて長剣が突きつけられる。

 

「一本、そこまで。──いささか気持ちが空回っているな、Mr.レストン。攻め気があるのはいいが、勝負を急がないように」

 

 そうピートに助言をし、ガーランドはリュディアに向き直る。彼にしては珍しく、どこか困ったように頭を掻いて口を開いた。

 

「Ms.ムーングラム、君の剣は基本三流派ではないだろう?」

「えぇ、まぁ」

「やはりな。今回は私が悪かった。君と他の生徒は組ませられないが……どうしたものか」

「アテがあるので大丈夫です」

「そうか? それなら良いが」

 

 リュディアはそのまま試合場から出て、一番後ろの列に立った。立ちすくんで奥歯を噛み締めるピートはもはや眼中にないようだ。

 その背中を目で追っていたマリアはリュディアが振り向いたタイミングでぱちりと目が合った。シェラに手を繋がれたまま立っているマリアの姿に苦笑を浮かべて、小さく目礼を返す。マリアはその態度でアテ(・・)が自分であることを察した。

 

「マリア、どうかしましたの?」

「先に行ってて」

「えっ」

 

 驚いた様子のシェラから手を離して、授業終わりにざわつく教室を小走りに駆け抜ける。教室を出ていった長身に追いつこうと急いで廊下に出ると、少し進んだ所に目立つ銀の髪がある。人の少ない方へ進んでいく彼女を追って廊下を曲がり、すぐそこの壁に寄りかかっていたリュディアにぶつかりかけた。

 

「わ、ごめん」

「いや、私も」

「……さっき言った、アテ(・・)のことだけど」

「私のこと?」

「そうそう。よろしくね」

 

 それだけ言って離れようとしたリュディアのローブの裾を掴む。まだあるのかと首を傾げるが、何分顔が良いので無表情だと少し怖い。青い瞳がこちらを探るように動くのが分かって、マリアは早めに用を済ませてしまおうとローブの中に手を差し入れた。

 

「試合を見て思い出したことがある」

 

 明らかにサイズを無視して取り出されたのは、雫を逆さにしたような形の中盾だった。光を反射して銀色に輝くそれには中心に青い輝石と紋章があしらわれている。ひゅっ、と息を飲む音に顔を上げると、リュディアの目は溢れんばかりに見開かれていた。

 

「リュディアの言う"先代"のムーングラムが使っていた盾。サイズが合えばいいけど」

「これを……あたしに?」

「手甲だとパリィしづらいだろうし、それに似合うと思う……駄目だった?」

 

 答えが返ってこないことにマリアが不安を覚えていると、リュディアが震える手を伸ばして盾を受け取った。そのまま装備するのかと思えば、ぎゅうと体に押し付けるように抱き締めた。突然の行動に驚いたマリアが手を伸ばしたり引っ込めたりしていると、リュディアは顔を上げて憑き物が落ちたような表情でこちらを見据える。

 

「ありがとう、マリア。これでちゃんと戦えそうだ」

「そう……良かっ、た?」

 

 釈然としないまま頷くと、リュディアは取り出したベルトと盾を繋ぎ、肩に掛ける形で背負う。見慣れた騎士の姿に近づいていくリュディアを眺めていると、何かに気づいたようにマリアの背後を指差した。振り向いた先では銀色の体毛が生えた、蛾のような虫が空中に留まっている。

 

(カティの使い魔?)

 

 一対しかない薄い翅を器用に震わせてくるくると飛ぶ使い魔は、マリアのことを誘っているようだった。リュディアの方に向き直ると、構わないから行って来なと笑う。

 

「放課後、また」

「ん……いいよ。用事も無いし」

 

 マリアはその答えに一度だけ頷いて、使い魔の後に続いて歩き出した。

 

 

◆◆◆

 

「おっ、マリアちゃん。こんちわ」

 

 マリアが使い魔を追ってある空き教室に辿り着くのと、ロッシが教室から出てくるのはちょうど同じタイミングだった。相変わらず軽薄な笑みを浮かべて去っていくロッシを見送り、マリアは扉を開ける。

 

「あっ、マリア!」

 

 カティが上げたわざとらしい声が気になって教室内を見渡すと、この六人にしては珍しくほぼ全員が沈んだ顔つきだった。それでもオリバーはすぐに切り替えてマリアを迎える。

 

「何かあった?」

「何でもない。皆、そろそろ食堂に行こう」

 

 オリバーに促されて七人は食堂へ向かう。マリアがなんとなく最後尾に立つと、隣に来たシェラに手を取られた。指の間にシェラの指が挟まれて、いつもより強く握られている。確かこれは特別な繋ぎ方なのではなかったか。その疑問が解決するよりも先にマリアたちは席に着き、各々食事を始めた。

 

「ねぇマリア。あの人って知り合いなの?」

「あの人?」

「背が高い……ムーングラム? っていう子」

「同郷の者だが……どうしてそんなことを?」

 

 同郷、という言葉にびっくりしたように目を見開いたカティは視線を少しだけマリアの横にずらした。それに釣られて隣を見ると、いつもと変わらない笑顔を浮かべたシェラがこちらを見ている。

 

「マリア、入学式の時一人だったでしょ? その後もわたしたちと一緒だったから、元々知り合いだったのかなぁって」

 

 確かにそう考えると不自然だったかもしれない。騙すつもりはないから不自然もなにもないけれど。

 

「昨日の夜に初めて話したんだ。故郷に共通の知人がいるみたいで」

 

 一応この説明で納得してもらえたらしい。シェラから感じていた妙な圧が止んで、マリアはこっそり胸を撫で下ろした。そして相変わらず名前もよく分からないまま食事を済ませ、次の授業へ向かおうとするとシェラに手首を掴まれる。

 

「どこへ行くのです?」

「授業、」

「午後は部活見学の時間でしょう。どこか行きたいところはありませんの?」

 

 そういえばそうだった。確か一週間前に伝えられていた気がする。とはいえ今まで忘れていたのもあって、どこで何がやっているかなど知りようもない。

 

「行く所が無いならあたくしたちと箒競技を見に行きませんこと?」

 

 箒。たまに自分の箒に会いに行って世話をしていたが、まだそれほど馴染んでいない。ここで普段どのように使われているかを見るのも良い経験になるだろう。マリアは一つ頷いて、シェラと一緒にナナオとオリバー、ガイの後を追った。

 

◆◆◆

 

 五人が訪れたのはチーム『ワイルドギーズ』が使用している練習場だった。やってきた五人──主にナナオ──は手厚い歓迎を受け、上級生の男女二人組の案内で見学者用のベンチに座らされる。男子生徒が残りのメンバーに手を振ると、彼らは一斉に飛び上がった。

 

「じゃあ活動の内容を説明させてもらう! 箒競技は全部で三種類。その内一種があれだ」

 

 空中に浮いていた生徒たちが楕円形のフィールドを周回し始める。その速度はどんどん上がっていき、最早マリアの目ではぼやけた像としてしか捉えられない。

 

「決められたコースを集団で飛んで速さを競う種目! リングがコースになってて、あれを外れたら失格だ!」

 

 興奮してきたのか語気が強くなる男子生徒を押しのけて、今度は女子生徒も口を開く。

 

「そして二つ目があれ! ∞を描いて飛びながら一対一で戦う種目! 専用のどつき棒(クラブ)を使った落とし合い!」

 

 フィールドを飛んでいた選手の中から二人が抜け出し、空高く上昇。そのまま一気に急降下して中央付近で交差した。どつき棒(クラブ)同士がぶつかって激しい音が響き渡る。

 

「最後がチーム戦だな! 箒競技の花形だ!」

 

 これまで外周を飛んでいた選手たちが中央に集まり、二つの陣営に分かれて正面から叩き落とし合う。花形と称された通り、とにかく派手でラダーン祭りを想起させた。

 

「うぉわっ!」

「む、」

「あれは」

 

 激突の勢いで選手の一人がバランスを崩し、箒から真っ逆さまに落ちてくる。加速したままに落下し、あわや大怪我かと身構えると、

 

勢い減じよ(エルレタダウス)

 

 マリアから少し離れた所から飛んだ魔法によって受け止められた。その生徒共々魔法が飛んできた方向を見ると、白杖を構えたままだったオリバーが気まずそうに口を開く。

 

「すみません、その、落ちる速度が危なく見えたもので……」

 

 勝手に魔法を使ってしまったことへの自責の念を込めながらオリバーが頭を下げると、二人の上級生によって無理矢理顔を上げさせられた。

 

「きみ、キャッチャーやらない?」

「は……?」

「今のように危険な落下をした選手を受け止める役割だ。かなり技術がいるが、君は向いていると思う」

 

 目を白黒させるオリバーに左右からキャッチャーの魅力とオリバーの適正をひとしきり語ると、二人は落ちた選手の様子を見にフィールドに出ていってしまった。

 残されたマリアたちは互いに顔を見合わせて、競技場からお暇することにした。その帰り道に上がるのは、やはりオリバーの話題だった。

 

「……良いかもしれませんわね、さっきの提案」

「そうかな」

「えぇ。授業でのナナオの様子を見るに、かなり無茶な飛び方をするのは目に見えていますから、そういった時に貴方が居れば」

「ナナオのサポートが出来るって訳か。良いんじゃねぇの?」

 

 シェラの言葉を引き継いで、ガイも賛同する。その提案にナナオはきらきらとした目でオリバーを見ていた。

 

「ナナオの専属キャッチャーとして、俺に入部しろと?」

「そこは貴方の自由ですわ。ただ──あれだけの才能ですもの。受け止め甲斐はあると思いますわ」

 

 オリバーは溜息を溢して、困ったような笑みを浮かべた。ここまで外堀を埋められてしまえば、後は本人の意志だけだ。特に口出しすることなく頷きながら話を聞いていたマリアは、一つ重要なことを思い出してぴたりと動きを止めた。

 

◆◆◆

 

 夜。

 一人寮室に残されたシェラが課題を進めていると、部屋に控えめなノックが響いた。マリアかと思ったが、自分の部屋に入る時ノックなどする訳がない。さらにこんな時間に誰かが訪ねてくる予定もない。

 

(カティ? 何かあったのでしょうか)

 

 一応手に杖剣を提げて扉を開けると、視界いっぱいに制服が広がった。そのまま上を向くと特徴的な銀の長髪が目に入る。

 

「Ms.ムーングラム?」

「初めまして、Ms.マクファーレン。マリアはどちらに?」

「部屋には居ませんわ。今日は貴女と会う予定だったのではないのですか?」

 

 その返答に渋面を作ったリュディアは中庭の方に目をやって、何か合図を送った。シェラはその相手を確かめようと身を乗り出したが、細長い体躯に阻まれる。

 

「待ち合わせ場所を伝えるのを失念していてね、しばらくここで待っていても?」

「構いませんわ。それに外でと言わず中に入りませんこと? 廊下は冷えるでしょうし」

 

 は、と息を漏らしたリュディアは、一度廊下側を振り返ってからその提案に頷いた。よく知らない相手に招き入れられて断らない素直さは、どこかマリアに通ずる部分があるような気がした。

 少しだけ開いた扉の隙間から滑り込むようにして入ってきたリュディアは、きょろきょろと物珍しそうに部屋を見回す様子も相まってまるで猫のようだ。それを間近で見ていたシェラは彼女が随分気を張っているのに気がついた。

 

(部屋に入ったから? ……いえ、思えば最初から緊張していたような……もしかして)

 

 外見上は冷静そのもので壁に背を預けるリュディアに向かってそれ(・・)を告げるのは賭けに等しいものであったが、シェラには何故か確信があった。

 

「……そろそろ素で話しても良いのですわよ?」

 

 効果は劇的だった。俯いて床を見ていたリュディアは勢いよく顔を上げると、おそらく無意識に腰の剣へと手を伸ばした。ぱちりと薄い蒼の瞳と目が合って、敵意が無いことを示して見せると大きなため息をついて項垂れてしまった。

 

わかったよ

「はい?」

「取り繕っても意味ないんでしょ……マクファーレンの人間って皆こう(・・)なの?」

こう(・・)とは?」

 

 弛緩した空気の中で、リュディアは額に手を当てて呆れたように言った。よく分かっていない様子のシェラになんとも微妙な表情を見せる。

 

「他人の考えをしれっと言い当てて見せるところ。あんたの父親にそっくりだ」

「はぁ、聞いたことはありませんが……デリカシーのない発言が多いのは父の悪癖ですわね」

「責めてるわけじゃないけどさ、心臓に悪い」

 

 胸のあたりを擦りながらそう言って見せるリュディアに、シェラは内心驚いていた。優男然とした物言いから町娘でも中々見ない言葉遣いになると、印象もがらりと変わってくる。

 

「マリアも来そうにないし、改めて自己紹介を。──カーリアの騎士、リュディア=ムーングラム。マリアとの関係は……従者ってことになるのかな」

「あたくしはミシェーラ=マクファーレンですわ。シェラと呼んで下さっても構いませんことよ」

 

 騎士という古風な職業には面食らったものの、従者というのであれば先程の態度も頷ける。主の顔を立てるためには従者にもそれなりの礼節が求められるのだ。

 しかしマリアの、という部分に引っかかるものがあった。マリアの振る舞いは、従者が付けられるような家柄のものではない。

 

「マリアがそのような家の出とは知りませんでしたわ」

「ん? いや、あの子自身は高貴な家の出とかではないよ」

「それはどういう……」

 

 いつの間にかマリアのベッドに座っていたリュディアは少し考えるように目を瞑り、何度か頷いてから目を開けた。

 

「マリアは……あたしたちが仕える家に拾われた子で、そこの娘──今の領主様だね──にえらく気に入られてるんだ。それこそ本当の姉妹みたいにね」

 

 口元に小さく笑みを浮かべて語られる内容に、シェラは思わずキンバリーでの生活の様子を口にする。二人でマリアのことを話している内に夜は更けていった。

 

◆◆◆

 

「ただいま……?」

 

 部屋を出てから待ち合わせ場所を決めていなかったことを思い出し、嵐鷹に見つかるまでキンバリー中を探し回っていたマリアは、部屋の中から聞こえた覚えのある声に首を傾げた。

 

「あ、おかえりマリア」

「おかえりなさい、マリア」

 

 部屋の中に入ってみると、何故か自分のベッドに座るリュディアとついさっきまで楽しげに話していたシェラが目に入る。扉に手を掛けたまま固まったマリアに笑みを溢して、リュディアが立ち上がった。

 

「それじゃまた明日、シェラ。マリアもおやすみ」

「えっ? な、なんでここに」

「明日説明するよ。今日はもう遅いしさ」

「早く寝ないと明日に差し支えますわよ、マリア」

 

 目を白黒させるマリアと入れ替わるように廊下に立ったリュディアがゆっくりと扉を閉める。遠ざかっていく足音を聞きながら呆然と立ち尽くすマリアは、近付いてきたシェラに腕ごと抱き締められた。

 

「シェラ、」

「気になるのもわかりますが、今日は寝た方が良いと思いますわ。沢山歩き回って疲れたでしょうし」

 

 ぽんぽんと一定のリズムで背中を優しく叩かれて、マリアはようやく疲れを自覚した。シェラにもそれが分かったのか、そのまま手を引かれてベッドの脇に立たされる。

 半分夢を見ているような状態でされるがままになっていると、どうやら着替えさせてくれたようだ。ふわふわの寝間着に身を包む頃にはすっかり瞼は落ちていた。

 

「おやすみなさい、マリア」

 

 シェラに頭を撫でられて、マリアは眠りについた。

 




【ムーングラムの騎士盾】

青い輝石が埋め込まれた涙型の中盾
持ち手に名前が記されている

魔力及び聖属性に対して効果が高い
また、カーリアの騎士剣のガード性能を強化する

意志を継ぐ者は現れる
かつて己がそうしたように
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