黄金樹の麓から   作:シショ

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第4節

 

 翌日の昼休み。ピートとオリバーに声を掛けられて、マリアたちは空き教室に集まっていた。念の為にと遮音の結界を張ったシェラに礼を言うと、オリバーはピートの背に手を添えて口を開く。

 

「ここ最近、俺とピートが動いていたのは知っていると思う。今回の件はそれに関する事で……ピートが両極往来(リバーシ)に目覚めた」

 

(リバーシ?)

 

 苦い顔をして頷くピートを尻目にマリアは記憶の中を探った。カティやシェラが分かりやすく祝福しているあたり、魔法使いの間では有名なのだろうと思ったが、正直覚えが無い。ピートの側にいる二人に聞くのは躊躇われてガイの方に目を向けると、ガイはナナオからも質問を受けているようだった。

 

「りばーし、とは何でござるか?」

両極往来(リバーシ)っつうのは……お、マリアも聞くか?」

「頼む」

「まぁおれも良く知ってるわけじゃねぇけどよ。両極往来(リバーシ)ってのは性別が変わる体質のことだ」

「性別?」

「男から女、女から男にな。自由に変えられるヤツもいるらしいぜ」

 

 この説明を聞いてマリアの脳裏に浮かぶ人物が居た。──ラダゴンとはマリカである。それが分かったのはラニが狭間の地を治めてからであったが、各地に残る伝承も相まって印象に残っていた。

 しかし、仮にピートがそう(・・)であるとしても、髪色が変わったり性格が変わったりした様子は見受けられない。そもそも神と人を比べる方がおかしいのだろうが、両極往来(リバーシ)はマリアの知らない現象である可能性が高い。

 

「……でも、今は不自由な事が多くて、そこまでピンと来ない。具体的にどう活かせばいいんだ?」

 

 左右から祝われて困惑した表情を浮かべたピートが聞くと、シェラは少し考えてマリアを呼び寄せた。

 

「一応マリアにも教えますが、一番手っ取り早いのはこれですわね」

 

 そう言ってしゃがんだシェラは、ピートとマリアの下腹部に指先を添えた。ピートは顔を赤くして慌てているが、日頃から着替えを手伝ってもらっているマリアに恥じらいの色は無い。

 

「ピート、あまり動かないように。──今あたくしが触れているここ(・・)にある臓器は分かりますわね?」

「……子宮?」

「そうですわ。子供を宿すという役割の他に、『第二の心臓』と呼ばれるほど大きな意味を持ちます」

 

 マリアはピートと一緒になって首をひねるが、答えは出てこない。元々教える気だったシェラがその様子を見かねて口を開く。

 

「子宮は魔力貯蔵庫としての役割も持つのです。緊急時──例えば魔力が枯渇した時──の備蓄と考えて差し支えはありません。欠乏状態になれば自然と蓋が開きますが、訓練次第で自在に開け閉めすることも可能ですわ」

「はぁ……」

 

 実感が湧かないような顔で己の下腹部を見下ろすピートに苦笑して、シェラはさらに言葉を続ける。

 

「体験させて差し上げます。──衝撃がありますわよ」

 

 その言葉と同時に押し込まれた指先から、シェラの魔力が流れてくる。それをきっかけにして下腹から全身にじわりと熱が広がった。

 

「なッ……!」

「これは、」

 

 急激に湧いてきた力にピートが大きく反応する。まじまじと両手を目の前に広げて見つめる横で、マリアも静かにその効果を実感していた。

 

(スタミナが大幅に増えた……緑琥珀のメダリオンよりも多いか?それになんとなくだけど魔力(FP)効率も上がってる気がする。この感じだと攻撃力も……?)

 

 ポケットの中の聖印を握りながら祈祷を発動寸前まで使って能力の上昇幅を確かめていると、すっと力が消えていくのが分かった。見下ろすと再び二人の下腹部に指を当てたシェラからまた魔力が流れ込んでいた。

 

「蓋を閉め直しました。ピートにはまだ負担が大きいようですが、これを体験してみると女性体も中々良いものでしょう?」

 

 立ち上がったシェラが胸を張って見せる。するとそれまで後ろで見守っていたオリバーが前に出た。

 

「子宮の魔力貯蔵能力は、魔法界における女性優位論の根拠にもなっていた程だからな。まぁ男性の場合は全身の複数箇所に同様の機能が点在していて、それを含めると総合的に性差は無い、というのが近年の研究における結論になっている」

 

 補足する形で説明を引き継いだオリバーに、シェラが大きく頷く。と、説明をシェラに任せていたカティがじりじりとピートに近づいていく。

 

「な、なんだよ」

「……難しい話はともかく、ピートは今女の子ってことなんだよね? スカートとか、興味ない?」

「はぁ!?」

 

 咄嗟にオリバーの背中に隠れたピートをカティが追う。それを見兼ねたガイが止めようとして、三人の追いかけっこが始まってしまった。

 そこで未だに備蓄魔力の使い道について考えていたマリアは、教室の扉が開いていくのに気がついた。

 

「楽しそうやなージブンら。何の話してるかは全ッ然分からんけど」

 

 シェラの遮音結界は外からの音を遮らない。教室の外から聞こえてきた軽薄な声に全員が振り向くと、大方の予想通りロッシが立っていた。

 

「Mr.ロッシ? なぜここに、」

「あー、警戒せんでええよ。ちょっと愚痴りに来ただけや」

「愚痴?」

 

 よく見ると、ロッシの顔にはいつもの笑みが無い。どこか不機嫌そうな雰囲気を漂わせている。

 

「あの後連敗食らってもうてな、自分の底が見えてしもうてやる気にならん。よーするに棄権や棄権」

「連敗……俺と戦った後に誰かとやり合ったのか?」

「そ。──気ぃつけなやオリバーくん。日程が半分過ぎて、残ってんのは強者ばっかしや。大抵は君が勝ってしまうやろけど、中にはホンキでヤバいのもおる」

 

 そう言い残すと最後にナナオへ応援を送って、ロッシは教室から出て行った。その背中を見送ると、話題は自然とオリバーが中心になる。

 

「昨夜の間に彼を破ったのですね。Mr.ロッシも只者ではないでしょう。流石ですわ、オリバー」

「いや……手強かったよ。俺に無いものを持っている相手だった」

 

 オリバーにここまで言わせるとなれば並大抵の技では無いのだろう。しかしマリアには想像がつかなかったため、早々に思考を打ち切った。一応把握しておきたいが、それは後でも良い。今はそれよりも、カティが切り出した話の方が重要だった。

 

「わたしたちだけの秘密基地……欲しくない?」

「秘密基地?」

「──そうか。共有工房のことだな?」

 

 マリアが今までの話の流れからは完全に外れた単語に首を傾げると、オリバーが横から口を挟む。

 

「そう。でも、一から作るわけじゃないよ。元になる場所はもう迷宮内にある。設備も一通り揃った状態でね」

 

 なにやら含みのある発言だ。学校非公認で工房を持つというのに、そこまで環境の整った場所が迷宮にある。コネを作るにしても、カティがこれまで関わりを持った上級生は、

 

「まさか、あの蛇の」

「ミリガン先輩の工房か」

 

 マリアとオリバーはほぼ同時に同じ結論に辿り着いた。

 ヴェラ=ミリガン。カティを利用して、亜人の知性化を進めようとした魔女。あの顔を思い浮かべただけであの時の吐き気が蘇るようで、マリアは思わず口元を押さえた。

 

「マリア、どうしたのです?」

「大丈、夫」

「顔色が悪いですわよ。さぁ、ここに座りなさい」

 

 マリアがすぐそばにあった椅子に座ると、背中に手が当てられてゆっくりと擦り始める。自由な左手は握られて、いつもより低い位置から視線が注がれる。

 

「落ち着いて、そう、吸って……吐いて……」

 

 シェラの指示に従って深呼吸を繰り返すと、段々気分が楽になってきた。顔色もマシになったようで、室内にほっとしたような空気が流れた。

 

「その……マリア、大丈夫?」

「……ん。大分楽になった」

 

 カティが申し訳無さそうな表情を浮かべているが、謝りたいのはこちらの方だった。狭間の地に居た頃のマリアはこんなに弱くは無かった。あのままでいれば、迷惑を掛けることも無かっただろうに。

 頭を振ってその考えを追い出す。無くなったものをいちいち気にしても仕様がない。

 

「えぇっと、前にわたしたちが行った所とは別に、拠点をいくつか持ってるみたいでね。前の件のお詫びにその内の一つを譲ってくれるっていうんだ」

 

 マリアの様子を伺いながらぽつぽつと話された内容に、オリバーたちはどこから突っ込むべきかと視線を巡らせる。そのまま気まずい沈黙が続くかと思われた時、ガイが口を開いた。

 

「……正気かよ、お前。あのミリガン先輩の工房だぞ?今までどんな使い方をしてたか、想像つくだろ?」

「ルートに難があって、そこではあまり実験をしてなかったみたい。そりゃあどこまで本当かは分からないけど、下見をした分には綺麗なものだったよ」

 

 ガイの反論に想定していたような答えを返す。その頑なさに、マリアは違和感を覚えた。確かにカティは頑固な一面があるが、それが自分のために発揮されることは少ない。ここまで意固地になる理由として思いつくのは、

 

「カティ」

「……なに、マリア」

「どうして()なんだ?」

 

 一年生の、それも自分の身を守ることも難しい時期に、迷宮内に拠点を持つ。それが今である必要性を問うマリアに、カティはぐっと唇を噛みしめる。

 

「……この学校では、一年で平均八百二十体の亜人が使い潰されてる。公式に明かされてる数はこれくらいだけど、暗数も含めるとずっと多くなる。亜人種以外の魔法生物も含めたら、どれだけ数字が膨れ上がるか想像もつかない」

 

 確かに、一年足らずの間にマリアが受けた授業の中で使われた魔法生物の数は、もはや数え切れない程だ。

 

「わたしはその風潮を変えたい。でも、わたしだけが声を上げても何も変えられない。だからまずは研究者として名を上げる」

 

 カティの口調に熱が籠もる。

 

「専攻するのは異種間コミュニケーション学。まだ全然メジャーじゃないけど、その分研究の余地があると思う。……そのためにも、一日でも早く経験を積みたいの」

 

 すぅ、と一呼吸置いてカティは言葉を続ける。自らの力不足を実感しながらも、前に進むために。

 

「割り切って言うと、わたしは自分の采配で研究出来る場所が欲しい。そのためにもミリガン先輩の申し出は受けたいんだ。でも、自分一人じゃ無理だから、みんなに協力を求めてる。身も蓋もない話だけど……」

 

 言葉尻が萎んで、視線が下がっていく。無理を言っているのはカティにもわかっているのだ。理想に届きようのない自分の力に苦しんでいる。

 

「……身勝手なことばかり言ってごめんね。正直、断られて当然だと思う。わたしは別の方法を探すから──」

「乗ったでござる」

 

 六人の目が一斉にナナオへ向けられる。それに一つ頷いてみせた彼女は一片の迷いもなく口を開いた。

 

「自信を持たれよ、カティ。貴殿の目に宿る意志の光は、トロールの一件以来日に日に輝きを増してござる。その光が暗闇を照らす様を見てみたい──付き合う理由はそれでじゅうぶんにござる」

「な、ナナオ〜っ」

 

 感極まったカティが目に涙を浮かべてナナオに抱き着くと、それを見ていたガイが頭を掻いて苦笑した。

 

「……こうなりゃ仕方ねぇ、おれも乗るぜ。お前に振り回されんのは今に始まったことじゃねぇし、それにおれも自前の花壇が欲しいからな」

 

 立て続けに二人が賛成すると、シェラとオリバーが目配せをして順番に答える。

 

「あたくしも乗りましょう。前へ進もうとする友人を傍で支える──それもまた、良き友としての在り方でしょうから」

「これだけは言っておくが、全員の身の安全が第一だ。それが脅かされる状況では工房の放棄も視野に入れる。その条件で良いなら、俺も付き合おう」

 

 オリバーの示した条件に何度も頷いたカティは、残る二人──ピートとマリアの方へ視線を向けた。ピートは両極往来(リバーシ)を発現させたばかりであり、マリアは見るからに体調を崩している。二人に無理をさせることはしたくないと、カティは慎重に問いかけた。

 

「ピートとマリアは、どう?」

 

 ピートはカティの瞳に期待と覚悟を見て取り、深々とため息を吐いた。

 

「……今のボクは自分の体の面倒も覚束ない状態だぞ。オリバーとシェラが乗るって言うなら、付き合うしかない」

 

 嫌々、といった口調ではあったものの賛同する言葉を聞いて、カティは嬉しそうに笑みを浮かべた。そして一人残ったマリアに向き直る。その視線を受けて、マリアもカティと目を合わせた。

 

「私はそれで構わない。……確かに苦手意識は無くはないが、避け続けることもできないだろうし」

「……そっか。ありがとう、マリア」

 

 ゆっくりと近付いてきたカティが、マリアを抱き締める。ふわふわとした髪で視界が埋まり目を瞑ると、脳裏に一人の人物が浮かんできた。マリアは髪の毛を口に入れてしまわないように、慎重に声を掛ける。

 

「カティ」

「どうしたの?」

「その、一人工房の場所を教えたい人がいるんだが」

 

 一旦離れたカティが首を傾げ、その奥でシェラがはっと何かに気付いたような顔をした。

 

「誰?」

「リュディア、リュディア=ムーングラムだ」

「それは、どうして?」

 

 会話に割り込んできたオリバーの目には警戒の色があった。よく知らない人物を拠点に入れようとするのだから当然だろう。

 

「(そもそも私が信用されていないとか?)……これから二人で迷宮を探索することもあると思う。だから拠点の場所くらいは教えておきたい」

 

 その返答を受けて、オリバーは考え込んだ。しかし、答えが出る前にカティが口を開く。

 

「わたしは良いと思う。マリアの知り合いだから、悪いひとじゃないだろうし……ダメかな?」

「……いや、元々は君の工房だ。ただ、Ms.ムーングラムとは一度話しておきたい」

「それなら工房に行くときに同行してもらうのはどうでしょうか」

 

 出来る限りカティの意思を尊重したいオリバーからすると、シェラの提案は良い落とし所となったようだ。マリアもリュディアに伝えておくことを了承し、午後の授業に向かうためにその場はお開きとなった。

 




【特になし】

解説することが無い時に使う

何も無いのは平和の証


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