翌々日の夜。
マリアは夕食を終えて寮に戻る生徒たちの流れに逆らって、オリバーに指定された場所へ向かっていた。途中でリュディアも合流して小部屋に入ると、大きな鏡を囲んで六人が立っていた。
「すまない、遅れた」
「時間通りですわ。──では、研ぎの呪文を」
それぞれが呪文を唱え、杖剣が本来の鋭さを取り戻す。そして一度確認を挟んだ後にオリバーを先頭にして鏡を潜った。
マリアも先に行ったシェラを追って鏡に足を踏み入れると、硬い石畳の感触が伝わってきた。
「……何気に初めてだな、俺らだけで迷宮を探索するのって。ちょっと緊張してきたぜ」
ガイが辺りを見渡しながらそう言うと、オリバーが真剣な面持ちで口を開く。
「油断するよりはいいさ。迷宮は危険が多いからな」
「遭難、魔獣、罠……他の生徒と諍いになる可能性もありますわ」
シェラの補足を聞いたピートとカティが不安げに顔を見合わせると、オリバーはさらに説明を続ける。
「迷宮内では俺とナナオが先頭を務めて、最後尾をマリアとシェラが守る。間の三人は三角形の隊列を維持してくれ」
「リュディアはどうする?」
マリアがそう尋ねると、オリバーは言葉に詰まってリュディアの方を向いた。距離感を測りあぐねている様子を見たリュディアが少し迷ってから口を開く。
「あたしはマリアと同じ扱いでいいよ」
「……そうか。それならシェラは少し前に出て、最後尾をマリアとMs.ムーングラムに守ってほしい」
「了解」
なんの気負いも無く請け負ったリュディアの態度を見てこちらに視線を向けてきたオリバーに向かって、マリアはこれで良いとばかりに頷いて見せた。
すると話し合いが一段落ついたことを察したのか、ピートが顔を上げる。
「万一、誰かがはぐれた場合は?」
「無闇に動き回らず、少しでも見つけやすくするためにはぐれた場所の近くに身を潜めて待つこと。必ず合流する」
ピートが頷き、隊列を組むために動き出す。リュディアと一緒に最後尾に回ったマリアは、火炎壺などの装備を確かめる。
「全員、腹は据わったようでござるな。──では、いざ迷宮へ!」
◆◆◆
迷宮を少し進んだ所で、今までこちらを気にする様子を見せていたカティがついに声を掛けてきた。
「あの……リュディア、って呼んでも良い?」
「ん?良いよ」
ほっと胸を撫で下ろしたカティは質問を投げる。
「リュディアは、マリアとはどんな関係なの?」
ん、と考えたリュディアはこちらに視線を送ってから話し始めた。その内容はシェラにとって聞き覚えのあるもののようで、時折頷きながら二人の様子を見守っている。
「──今は従者兼友達……って感じ」
「ふぅん……うーん」
「どうしたんだ?」
話を聞き終えたカティは、納得しつつも何か気になることがあるように唸っている。それを見兼ねたピートが尋ねると、カティはマリアを手で示して口を開いた。
「もう半年以上の付き合いになるのに、マリアのこと全然知らないなぁって思ったの」
「それは……確かに」
ピートが今までの会話を思い返してみても、確かにマリアはあまり自分のことを話さない。話題がいきなり自身の方向へ向いたためにマリアが上手く言葉を返せずにいると、背中に掌が添えられた。
「おいおい話していけば良いよ。時間はある」
「そうですわ。工房が出来れば皆で集まる機会も増えるでしょうし、その時の楽しみにしておきましょう」
リュディアとシェラのフォローによって事無きを得た一行の元に、何やら香ばしい匂いが漂ってくる。すん、と鼻を鳴らしたナナオが先行し、それをマリアたちが追いかける形で進んでいくと幾人かの声が聞こえてきた。
「迷宮美食部ってやつか?」
「……ボクも聞いたことがあるが、まさか」
一応警戒しながら角を曲がると、そこでは広間のようになった通路で十数名ほどの生徒が火を囲んでいる。焚き火の周りには肉や茸の類がいくつも転がっていた。
「先輩! この草虫から生えてたんですけど、食べても良いですか!」
「ははは、良いぞ! やってみろ!」
「先輩! なんか目が霞んできました! やっぱさっきのキノコですかね!?」
「ホラ解毒薬飲め! そのまんまだと死ぬぞ!」
狂気じみた光景にマリアが一歩後ろに下がると、それを庇うようにリュディアが前に出る。オリバーが代表して声を掛けに行くと、集団の中から小柄な男子生徒が飛び出してきた。
「やぁ、君たち! 迷宮美食部の新人歓迎バーベキューにようこそ!何か食っていくかい?」
「……いえお構いなく。それでは」
にこやかに行われた挨拶の後ろで、一人の生徒が血を吐いてぶっ倒れる。周囲の生徒が笑いながら介抱するのを横目に、マリアたちはそそくさとその場を去った。
ああいう自分の命を顧みない人間とは関わりの薄かったマリアは、今後一切彼らに近づかないことを決めた。
「貴重な経験でしたわね」
「そうでござるな。あれは拙者でも躊躇う所にござる」
「いえ、そちらもですが……あたくしたちを誘っていたあの方、有名人ですわよ」
げんなりとした空気の中でぽつりと溢した言葉にナナオが反応すると、シェラは首を横に振った。
「『
「ここで半年?しぶといにも程があるぞ」
迷宮で生き残るためには力だけでなく、知識や交渉能力なども重要になる。そこまでの実力者であの性格ということは、何かあった時には頼れる存在となるだろう。
マリアがウォーカーについて考えていると、シェラが後ろ髪を引かれるように通ってきた道を見つめていた。
「シェラ?」
「いえ、随分賑やかで楽しそうだったと。……ばーべきゅー、と言うのですか?」
「なんだ、やったことねぇのか、シェラ」
「えぇ。厨房以外で何かを調理して食べるということ自体、実家では滅多にありませんでしたから」
それを聞いたガイは一つ頷くと、カティに話しかける。
「工房でバーベキューって出来るよな?」
「うん、あの設備なら出来ると思うよ。でも食材はちゃんとした物を用意してね?」
「お、おう……」
にっこりと笑顔で圧を掛けるカティに押され気味に返事をしたガイは、必死に食材の搬入ルートを考えているようだった。その様子を眺めていると、若干興奮したようなシェラがこちらを振り返る。
「マリアもこの機会に食材を覚えてしまいましょう。自分で調理するようですし、楽しく学べますわよ」
「うぅん……そうかも」
隣から呆れた視線を向けられつつ、楽しそうにしているシェラに釣られてマリアも薄く笑みを浮かべる。それを見たシェラはなぜかリュディアと目を合わせてぐっと頷いた。
「……なに?」
「今、笑ってたよ」
「???」
「自覚ナシかぁ……」
二方向から頭を撫でられながら歩いて行くと、通路が段々と細くなり、生臭いにおいが漂ってきた。目の前の暗がりをよく見ると、床や天井、壁の至る所を巨大ななめくじが這い回っている。
「スラッグの巣窟じゃねぇか……おいカティ、ここは避けて通るんだよな?」
「危害を加えてくるわけじゃないし、普通に通るよ?」
そう言うとカティは平然と群れの中に踏み入っていく。マリアたちが唖然として見つめる先で、カティはスラッグたちを大胆に押し退けてどうにか人一人が通れそうな道を作った。
「皆早く! 塞がっちゃうよ!」
その声に急かされるまま恐る恐る進むと、靴底からぐちゅりとした感触が伝わってくる。粘液が溜まった場所に足を突っ込んでしまったことに焦りを覚えるも、リュディアに抱え上げられて難を逃れた。
「ね、なんとも無かったでしょ?」
「……ズボンの裾が生臭くなったけどな」
ガイの足元を見てみると粘液が染み込んでズボンの色が変わっていた。幸いスカートに染みは無いが、靴に着いた臭いはしばらく取れないだろう。
そこで辺りを見渡していたオリバーが、ふと口を開く。
「なぁ、カティ。俺の気の所為かも知れないんだが……このルート、一層にしてはやけに魔法生物が多くないか?」
「そ、そうかな?」
それきりカティは歩きだしたが、当然その背中に視線が集中する。その圧力に耐えかねたのか振り返ってぎこちない笑みを浮かべた。
「どうせなら、道中は賑やかな方が楽しいよね?」
「確信犯かテメェ!」
「……無事に着くなら文句は無いが」
カティの魔法生物好きは今に始まったことではない。案内を任せた以上、こうなることは予想して然るべきだったのかもしれない。
早々に諦めたマリアが崩れ始めた隊列の前を見ていると、何やら通路の先から多くの息遣いを感じた。
「カティ、この先は」
「あ、そうそう。ちょっと待って!」
マリアが質問しようとすると、カティは毛玉を取り出して通路に放った。コロコロと転がっていったそれは壁や石畳の隙間から飛び出した針に貫かれ、あっという間にハリネズミになった。
「……なんだありゃ」
「ここ弓貝の群生地でね、通るにはちょっとした工夫が必要なんだ」
そう言って取り出した香を起風呪文を唱えて通路全体に散布する。
「しばらく待ってれば眠ってくれるよ」
「待って。何か、」
今まで何かを気にするように後ろを見ていたリュディアが声を発すると同時に、後方から噴き出すような音と真っ白な煙が出てきた。
「走れ!高温の水蒸気だ!」
「ええっ!?でもまだお香が、」
「時間を稼ぐ」
杖を持ったリュディアが腕を振るうと彼女を中心に風が巻き起こり、壁が凍りつき始めた。水蒸気の噴出孔を凍らせて、既に出ているものを冷ましていく。
それでも噴出が止まる気配は無く、奥の孔から薄い氷が吹き飛んだのを見てシェラが叫ぶ。
「走りなさい!」
全員が駆け出して通路に入ると、先程よりは少ないもののすぐさま細い針が射出される。リュディアと共に最後尾にいたマリアは、手甲から突風を発生させてそれらを打ち払った。
それを繰り返しながら三十秒ほど走っていると、いつしか攻撃は収まっていた。
「はーっ、はーっ……皆、無事?」
「何とか。怪我は無いか?」
息を切らせながらカティが尋ねると、いち早く回復したオリバーとシェラが全員の様子を見て回る。幸いにして誰も怪我をしなかったようだが、消耗が激しい。
「……これに懲りたら、ちゃんと案内しろよ……カティ」
「うん……ごめんね……」
ゆっくりとした仕草で地図を取り出したカティは首を傾げると、自信なさげに通路の先を見る。
「あと少しかな。たぶんこの坂を下れば──あ、ここ!」
途中で立ち止まって壁を指さしたカティに、すわ隠し壁かとマリアが鈍器を取り出そうとすると、その前に唱えられた呪文によって壁が組み変わっていく。
数秒を経て出来上がった入口の前に立つと、カティは中を手で示した。
「皆お疲れ! ここがわたしたちの秘密基地だよ!」
鉱石ランプで照らされたそこは、寮部屋のおよそ二倍程度の広さをもった部屋だった。見える範囲だけで炉や竈、魔法薬の生成に使う道具類が入った戸棚が確認できるが、本命はさらに奥にあると言う。
「メインの部屋はこっちだよ。えーっと、明かり明かり」
そこにあったのは、さっきの部屋の十倍以上もの広さを誇る大部屋だった。
「ほんとに、ここを使って良いのか?」
空いた口が塞がらないままピートが質問を口に出すと、それは大きく響いて消えていった。その間に検分を済ませていたシェラが戻ってきて、この工房の出来に太鼓判を押す。
「よーし、間取りはどうする? おれ、花壇を置きたいんだけどよ、」
「まぁまぁ焦らない、皆の希望を聞いてからにしようよ。ガイは花壇で、わたしは生き物の飼育部屋。皆はここでしたいことはある?」
その言葉をきっかけに次々と案が出る。いつもは一歩引いて見守っているオリバーすらも話し合いに参加し、一層盛り上がってくると、シェラがふと笑みを溢した。
「シェラ?」
「いえ──ふふ、なんだかわけも無く楽しくて。初めてですわ、こんな気持ち」
「……そうだな」
マリアもふわふわとしたものを感じていた。体が不思議と暖かくなるような気がして胸を押さえると、カティの視線がちらりとこちらを向いた。
「……色々話してると遅くなるし、いっそ今日はここに泊まろうと思うんだけど、どうかな?」
当然誰からも反対の声は上がることは無く、秘密基地での最初の夜を過ごすことが決まった。
◆◆◆
「本当に見つかるの? 迷宮内でお店なんて」
工房に泊まると決まってしまえば、心配事の一つに上がるのは夕食だった。皆携行食は持っていたが流石にこれでは味気ないということで、外に買いに出ることにしたのだ。
とはいえ工房から一歩出ればそこは迷宮の中。そんな場所に店なんてあるのかと不安そうにするカティに、オリバーが微笑みを向ける。
「ここに工房を立てているのは俺たちだけじゃない。需要があれば、自ずと供給も生まれていく」
「ま、見つかんなきゃ迷宮美食部の真似すりゃいいだろ」
「絶対見つけるから!」
魔法生物を食べるなど言語道断と言わんばかりに、カティは目を皿にして辺りを見渡す。
しかし、迷宮の店ともなれば店頭に並ぶのは手に入り易い魔法生物なのではないだろうか。
「──あれかな?」
それを最初に見つけたのはリュディアだった。
緩やかに横幅が広くなっていく道の途中に、布を敷いて物品を並べて女子生徒が座っていた。
「いらっしゃっせー。珍しーわな、全員一年のお客さんってのは。にははは、何をお求めで!」
大きな口を開けて独特な笑い声を響かせながら、彼女はマリアたちを出迎えた。足元に並ぶのはマリアも見たことのある魔法薬が中心のようだが、その値段は外の三倍にもなるようだ。
「食材は何がありますか?」
「色々あるでよ。取り敢えず腹膨れりゃOK? それともレッツパーリィ?」
「その中間くらい、ですかね」
オリバーの要望を聞いた女子生徒は背後に置かれた籠の中から野菜やきのこ類、肉の塊を取り出すとオリバーの前に積み上げた。
「もってけ。大サービス、八人前四千ベルクぽっきりで売ったるでよ」
「……この量を?」
「一年も半ばの時期にここまで潜ろうって無謀さが気に入ったわな。この調子でウチの常連になって欲しいでよ」
オリバーは礼を言い、目の前に積まれた食材を見た。その横からリュディアが大きな木箱を差し出す。
「これ使って」
「……あぁ、ありがとう」
リュディアをして一抱えもある箱をどこに隠していたのか疑問に思ったようだが、オリバーは早々に追求を諦めてしまった。
そのまま工房に持ち帰った後、何故かカティとガイが料理勝負を始めたのを横目に、マリアはシェラやピートと共に呪文学の復習を進めていた。
「ですから二節呪文は──ともかく──」
「じゃあここは?」
「良い着眼点ですわね。この場面は──」
先に終わらせてしまったからと後ろから覗き込んできたリュディアを巻き込みつつも、なんとか目標を達成するころには美味しそうな匂いが部屋中に漂っていた。
「そろそろオリバーとナナオを呼んできませんと」
そう言ってシェラが席を立つと、対面に座っていたピートがいそいそとノートを片付けていく。そこにリュディアが清潔な布巾でテーブルを拭き始めると、マリアは手持ち無沙汰になってしまった。
少しの間部屋の中を見回していたマリアは、厨房へ足を運んで二人に声を掛ける。
「なにか手伝うことはある?」
「おっ、助かるぜ。その籠持ってってくれねぇか」
「分かった」
どうやらもうすぐ完成するようだ。大皿に料理を盛り付けていたガイは顔を上げて、脇に置いてあった籠を指さした。覗き込むと香ばしい香りを漂わせる黒パンがいくつも入っている。
マリアがテーブルに籠を置く頃には、二人共完成品を手に持ってこちらに向かってきていた。
「完成! どうかな!?」
「さぁ、熱いうちに食っちまいな!」
カティはトマトの香りがする煮込み料理を、ガイは焼いた肉と野菜にソースを掛けたものを置いて、自慢気に笑った。
「どちらも美味しそうですわね。では──迷宮で過ごす、あたくしたちの最初の夜に!」
全員が腰掛けたことを確認してから、発泡りんご水の入った杯が打ち合わされる。
マリアが器の中でパチパチと音を立てるそれをじっと見つめていると、隣で一口含んだリュディアが口元を押さえた。
「どうしたの?」
「んや……ちょっと刺激が強いかも。飲む時は気をつけて」
「刺激……?」
マリアはそれを聞いて恐る恐る口に入れ……舌の上に走った刺激に目を見開いた。何とか飲み下したものの、変な所に入ってしまったようで、何度か咽せ込んだ。
「っ、けほ、けほっ」
「マリア、炭酸飲料は初めてですの?」
「、ん、けほっ」
「少しずつ飲んだほうが良いんじゃない?」
マリアが両隣から世話を焼かれている内に、食事はメインへと移っていく。各々が料理を皿に盛り付けて、じっくりと味わう。
「……どっちが美味い?」
カティとガイが真剣な眼差しで見つめる中、オリバーとシェラがおもむろに口を開く。
「どちらも美味い。だがその上で勝敗を決めるのなら、」
「──ガイの方が一枚上手、ですわね。カティの料理ももちろん美味しいのですが……あの、おかわりを頂いても?」
ガッツポーズをしたガイがシェラの皿に肉を盛り付ける横で、カティは愕然とした表情を浮かべていた。
「ま、負けた……!? わたしの自信作が、」
「分かってねぇな、カティ。長々と歩いて辿り着いた場所で飯を食うのはキャンプ近ぇ。キャンプにはキャンプの流儀ってもんがあんだろ? ここまで来て直火で肉を焼かねぇでどうするよ!」
マリアも両方の料理を食べてみたが、確かにガイの方がこの場に合っている気がした。しかし単純に味の好みで言えば、カティの煮込み料理の方が良いかもしれない。
「カティのも好きだよ」
「うわーん、ありがとうマリア!」
悔しさに肩を震わせていたカティが、回り込んできてマリアを後ろから抱き締める。危うく毛先が皿に浸かる所だったが、リュディアが遠ざけてくれたおかげで何とか助かった。
そうして皆が料理を食べ終える頃、ガイが手荷物からカードを取り出して来た。
「飯が済んだらこいつで勝負しようぜ──もちろん、罰ゲームはアリだ!」
まだまだ夜は始まったばかりだと告げんばかりの勢いに乗って、マリアたちは頷き合った。
◆◆◆
「あー、遊んだ遊んだ! 久しぶりに羽を伸ばせたぜ! ありがとな、カティ!」
「感謝の気持ちがあるなら、もう少し手加減してくれても良いじゃない!」
大きく伸びをしながら言ったガイの隣に座るカティの髪は、天井に向かって直立している。それを見て「箒みたいだ」と言い放ったリュディアも、同じ目に合っている。
「そ、そろそろ良いだろう? ──
オリバーが密かに笑いを堪えながら解除呪文を唱えると、二人の髪型はいつもの形に戻った。毛先を弄っていたリュディアに近づくと、じとりとした目がこちらを見た。
「なにも狙わなくても良くない?」
「箒なんて言うから」
「でもマリアもそう思ったでしょ?」
「ン……まぁ、うーん」
マリアが答えに迷っていると、リュディアは仕方ないと笑って頭を撫でた。しばらくそれに身を任せていると、強い眠気が襲ってきた。
マリアが目をこすっていると、それが見えたのかオリバーが懐中時計を取り出した。
「時間も時間だし、もう休もう。皆、何かやり残したことはあるか?」
マリアが寝床へ向かおうとするのと同時に、シェラが遠慮がちに手を挙げた。その様子が珍しくて、思わず足が止まる。
「ひとつ、提案なのですが……名前を付けませんこと?」
シェラを除いた全員が首を傾げると、視線をさまよわせながらさらに続ける。
「あたくし、今、とても楽しくて──あんまりにも楽しいものですから、特別にしたいんですの。この関係に名前を付けて、確かなものにしたい……変、でしょうか」
最後には俯いてしまったシェラを囲んで、それぞれ顔を見合わせる。
「変じゃねぇわな、別に」
「名前、かぁ……ピート、どんなのが良いと思う?」
「ボクに訊かれても……えぇと、」
こんなに自信の無い振る舞いをするシェラが新鮮で、マリアもなんとかその思いに答えようと頭を捻る。
皆が考え込んでいると、ナナオが徐ろに椅子から立ち上がって部屋の中央に立った。
「──皆、刃を抜いて頂け申すか」
腰の刀を抜き放って見せたナナオに促されて、戸惑いながら剣を抜く。
「それではこちらに。円陣を組んで、真っ直ぐ剣を突き出すのでござる。互いに重なるように」
ナナオの刀を起点として刃を重ね合わせていくと、歪ながらも大きな花のような形になった。
「こうして形作られる花を、拙者の故郷では剣花と呼んでござった。武人の友誼を表す形として」
「……ここに友情を誓う、とか?」
「いや。何も誓わず、ただ憶えるのでござる。この花を形作る者が明日、どう変わっているかも分からぬ。なればこそ、この刹那を焼き付けるために──剣花団。そう名付けたく想うでござる」
沈黙が降り、ナナオの言葉が胸に沁み込んで行く。
マリアは、生涯この瞬間を忘れることは無いだろうと思った。これからは戦う理由の一つとして、この花があるのだ。
「ええ、良いでしょう。
今より我らは剣花団。果て無き時空の片隅で咲く、忘れじの花。全ての花がそうであるように、散ることを恐れず力の限りに咲き誇る──そのように積み重ねる時間は、永遠よりも誇らしいのでしょうから」
確信を込めて告げたその言葉に、再び沈黙が部屋を満たした。剣を下げるでもなく立っていると、ガイがふと口を開く。
「……おい、シェラ。顔真っ赤だぞ」
「…………自分で自分の言葉が制御できなくなるなんて、初めての経験ですわ」
「オマエだって赤いぞ、ガイ」
「そう言うピートだって」
「カティも頬が赤くござる」
「君もだぞ、ナナオ」
「オリバーも」
「はは、マリア、君も……」
マリアの顔を見たオリバーがぴたりと動きを止める。それに気がついた五人も次々とこちらを見つめる。
「何?」
「いえ……慣れているのですか?」
「いや、わりと普通のことだと思うけど……なにもおかしくないよね、マリア」
リュディアが困惑しながらこちらを見るので、欠伸を漏らしつつ頷き返しておく。
「……凄いな、オマエらの故郷」
ピートが呆れとも感心とも付かない表情でぽつりと呟くと、残る五人が同意を示した。
それで熱が冷めてしまったようで、そっと剣を仕舞うと寝床に入っていく。そして大部屋に全員で寝転がりながらぽつぽつと話をしている内に、いつの間にか眠っていた。
【剣花団】
キンバリーに咲いた、剣の花
八人の刃をもって咲き誇る
例え誰かが欠けようとも
今この時を、忘れはしない