黄金樹の麓から   作:シショ

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第7節

 

 薄暗い迷宮の一室。

 マリアは誰に起こされる事もなく、自然と目を覚ました。周りを見回してみると、床に広げた寝具の上でシェラたちが眠っている。

 

(何時だろう)

 

 久しぶりに懐中時計を取り出してみると、大雑把なそれの針は午前を指していた。しかしそれで具体的な時間など分かるはずもない。

 何となく暇を持て余して寝具から抜け出そうとすると、リュディアが小さく声を漏らした。

 

「……まりあ?」

「大丈夫。ちょっとトイレ」

「ん……きをつけて……」

 

 意外にも、リュディアは寝起きの悪い方であるようだ。タオルケットを抱き締めるようにして目を閉じた顔を少し眺めて、マリアは今度こそ大部屋を出た。

 

「あれ、」

「おはよう、マリア」

「……おはよう、オリバー」

 

 まだ皆が寝ていると思っていたマリアは、水場に立っていたオリバーに対し咄嗟に言葉を返すことが出来なかった。それでも不自然のない程度の時間で返事をして、手元を覗き込む。

 

「それ、何?」

「あぁ、紅茶を淹れようと思ったんだ。マリアはどうかしたのか?」

「知らない場所だから、自然に目が覚めた」

 

 それだけ言って、マリアはそこから離れた。昨日のぼやけた記憶を掘り返しながらトイレに辿り着き、用を済ませる。そうして戻ってきてみると、オリバーが二人分のカップを準備していた。

 

「マリアも飲むか?」

「……うん。ありがとう」

 

 この前シェラに言われた通りに礼を言うとオリバーは目を丸くした。少し離れた場所でマリアが椅子に座って待っている内にも、手際よく紅茶が淹れられていく。

 そうしてコツ、と音を立てて、湯気を上げるカップが目の前に置かれた。

 

「いただきます」

 

 熱い食べ物に慣れていないマリアに配慮したその紅茶は少しぬるめで、それでいて香りは損なわれていないようだった。口に含んでみると爽やかな香りが抜けていって、思わず瞬きを繰り返した。

 

「おいしい」

「良かった。飲んでいるところを見かけないから、口に合うか心配だったんだ」

 

 静かに時間が流れる。

 マリアがちびちびと紅茶を飲んでいると、少し躊躇いながらもオリバーが口を開いた。

 

「……マリアは、」

「ん?」

「マリアはどこから来たんだ?」

 

 どこから来た。この場合は『狭間の地』ということになるのだろうが、それ以前の記憶が無いマリアにとって、その問いは少なからず響いた。

 

「君の魔法体系は、俺の知るどの魔法にも当てはまらない。剣術もそうだ。だけど、言葉で不自由しているところを見たことが無い」

 

 ここまで聞かされて、マリアはあぁと思い至った。どうやらオリバーには、そこそこ警戒されていたらしい。

 

(そう言えばオリバーに触れたことは殆ど無いな)

 

 こちらを刺激しないようにと言葉を選んでいるようだが、気持ちは分かる。自分の知らない力を持っている人間が「今日から仲間だ」と言って近づいて来たら、マリアは確実に距離を取る。

 自分が口下手な方であるのは自覚しているが、それとこれとは話が別だろう……よし。

 

「私は狭間の地と呼ばれている場所から来た」

「狭間の地……?」

「小さな島だ。こちらに来てみるとよく分かる」

「その、狭間の地というのは、どこに?」

 

 んぐ、と言葉に詰まる。正直な所、マリアが持つ狭間の地の知識はそう多くない。

 

「……分からない」

「分からない?」

「こちらに来たのも、半分事故のようなものなんだ。だからその質問には答えられない」

 

 オリバーは難しい顔をして黙り込んでしまった。明らかに説明が足りていないから当然だけれど、マリアにも分かっていないため、こうなるのも仕方ない。

 

「それなら、」

 

 改めてオリバーが何かを聞こうとするも、大部屋へ続く扉が開いてそれは中断させられた。

 

「リュディアか」

「おはよう、リュディア」

「うん、おはよう……じゃなくて」

 

 呆気にとられたような表情を浮かべたリュディアは、こちらに近づいて来て額に手を当てた。

 

「ん、リュディア?」

「全然戻ってこないから、何かあったのかと思ったんだけど……大丈夫そうだね」

「? 起きてたんだ」

「そりゃそうでしょ」

 

 従者だし、と続けたリュディアは部屋の隅から椅子を持ってきてマリアの隣に座った。そうしてこちらを見てから、曲がったリボンやハネている髪を整えていく。オリバーは二人を横目に新しく紅茶を淹れようとしたが、リュディアに制されて席に戻った。

 

「話、続けていいよ」

「話?」

「何か言ってたでしょ」

 

 あぁ、と頷いたマリアがオリバーの方を見ると、困ったように眉を下げて小さく首を振った。

 

「一区切り着いた所だったから」

「そう? 話しにくいなら外すけど」

「そこまで気を遣わなくても良い。マリアの故郷について話していただけだ」

「マリアの?」

 

 ぴたりと手が止まった。少し後ろに移動したリュディアの顔はマリアには見えなかったが、体を固くしたオリバーの反応にその様子を察した。マリアは後ろ手にリュディアに触れて、動きを止めさせた。

 

「何を探ってる?」

「リュディア」

「あたしたちが怪しいのは分かる。でも、──っ!」

 

 声を荒げたわけではない。腕を掴む手に力を込めてもいない。ただ振り返ったマリアと目が合っただけだ。黄金が、銀の瞳を射抜いていた。

 

「リュディア」

「……」

「オリバーは、シェラたちの身を案じているだけ。さっき言ってたけど『私たちが怪しい』から」

「だからって」

「聞かれないからと、黙っていた私も悪い。だから……うん。ごめんなさい、オリバー」

 

 若干の警戒を滲ませながら二人のやり取りを見守っていたオリバーは、いきなり話しかけられて驚いたようだった。それでも、まっすぐにこちらを見据えて口を開く。

 

「謝罪は受け取る。ただ、俺は、正直今も二人を信用しきれてはいない」

 

 一瞬、空気が冷たくなる。マリアはリュディアの腕を掴みなおした。

 

「だから、リュディアの言葉を借りるが、これから知っていきたいと思う。……どうだろうか」

 

 それを聞いたマリアは薄く笑みを浮かべると、リュディアに向き直った。リュディアは眉間にしわを寄せていたが、視線に気が付いて深く息を吐いた。

 

「それでいい」

「私も。これからもよろしく」

「あぁ」

 

 むっつりと押し黙ったリュディアに隠れて、マリアはほんの少し肩を震わせた。半年以上も一緒にいてこんな会話をしているのが、なんだかおかしく感じられた。

 

◆◆◆

 

 しばらくして、シェラとカティが起き出してきた。珍しい面子にカティが驚いたような顔をしたが、シェラは何かを察したようでこちらに近づいてきた。

 

「仲を深めたようですわね」

「別に」

「リュディア、照れてる?」

「うっさい」

 

 ふいっと目を逸らしたリュディアは櫛を通す手を止めた。手持ち無沙汰で弄られていたマリアの髪は、いつも以上に輝いて見える。そしてその様子を目を輝かせて見ていたカティが恐る恐る尋ねる。

 

「あのさ、工房にマルコを連れてきたいんだけど、誰か手伝ってくれない?」

 

 手伝ってほしいと言うならやぶさかではないが、それよりも気になることがある。

 

「マルコとは、誰の事ですの?」

 

 四人を代表して告げられた質問にカティは首を傾げ、慌てたように口を開いた。

 

「そっか、まだ言ってなかったっけ。マルコっていうのはあのトロールの名前だよ。学校に許可をもらってわたしの使い魔にしたんだ」

 

 その言葉は大なり小なり、驚きをもって受け止められた。リュディアも一応事の顛末を聞いていたようで、感心するふうに頷いている。貴重な研究材料になりうるものを、よく一年生に預けようと思ったものだ。いやそもそもあのトロールの所有者は──

 

「搬入ルートはもう決まっているのか?」

「うん。ミリガン先輩にも見てもらって……あ」

 

 思わず、といったようにカティは口を押さえてこちらを見た。いや、視線が若干上向きだからリュディアを見ているのだろう。

 

「ん? あぁ、もう聞いたよ。その時あたしはいなかったし、無事だったから不問にする」

 

 誰か──おそらくシェラ──から伝わっていたらしい。自分の失態が知らないところで広まっているのを知って、少し頬が熱くなる。

 しかしそれを思い出して目を瞑っていたせいで、あっけらかんとした口調のリュディアから不自然に目を逸らしたカティに気がつかなかった。

 

「じゃ、じゃぁ、行こっか?」

「何故疑問形?」

「ほら行くよ、マリア」

「留守はお任せしますわね、オリバー」

 

 気をつけて、と見送ってくれたオリバーを残して、昨日工房に来たのとは反対の道を進む。横にも縦にも広いその道は、昨日の苦労が何だったのかと言うほどに楽だった。

 しばらく歩き続けたマリアたちは横道に逸れ、カティの先導で入り組んだ通路に入っていく。

 

「確かこの辺に……あっ、マルコ!」

 

 通路の途中に出来た部屋に向けてカティが駆け込んで行く。マリアも後に続いて覗き込むと、床の穴からトロールの巨体が這い出ている所だった。

 先に待っていた女生徒が杖を振り、その補助を受けてトロールが立ち上がる。

 

「思ったよりも狭かったね。また別の搬入口を探しておかないと……おや」

 

 片目を隠した女生徒がこちらを向く。その顔は、忘れもしない──

 

「ミリガン先輩!」

「やぁ、カティ君。それに、」

「どうも」

 

 ミリガンもどうやらリュディアのことを知っているらしい。それにしてもリュディアは背が高いから見上げられることが多く、少しうらやましい。ともかく、出会い頭に戦いに発展しなかったのは良かった。

 

「まぁ、今はこっちだね。魔法生物が動き出さない内に連れて行ってしまおう」

「はい! おいで、マルコ」

「ウ」

 

 ミリガンを先頭に、カティとマルコが続く。マリアも部屋を出ようとすると、床に空いていた穴がじりじりと薄れて消えた。それに驚いて床を見つめていると、シェラがそっと背中を押してきた。

 

「シェラ、今の」

「『出入り口』はいつでも繋がっているわけではなく、ずれたり消えたりするそうです。迷宮の特性の一つですわね」

「ふぅん」

 

 ふさがっている可能性を考えると、緊急時には役に立たない。マリアは脱出経路にと考えていたこの道を、脳内地図から消した。

 

「おわっ!?」

 

 工房の中からガイの声が聞こえてきた。先行したマルコと鉢合わせてしまったらしい。しかしあの大きさでは扉をくくぐれないだろうと思っていると、一旦部屋から出てきたミリガンが工房の入り口の脇で呪文を唱えた。すると大部屋に繋がる大きな裏口が開き、マルコはそこから入っていった。

 

「──アールト君の将来性を見込んだ先行投資、シンプルな下心だよ」

 

 マリアたちも遅れて入ると、オリバーとミリガンが何かを話していた。口元を隠して笑うミリガンはいかにも怪しい。……いや、彼女が怪しくなかったことなどほとんど無いのだが。

 

「んむ……もう朝か…………?」

 

 騒がしさに耐えかねたピートがのそのそと起き出した。何かを探してさまよった手が、横から差し出された眼鏡を受け取る。それを見ていたマリアは、思わずピートと一緒に声を上げた。

 

「うわぁっ! 手!?」

 

 ヒトの手首から先そのものといった形の何かが、五本の脚(指?)を器用に使って走り寄ってくる。その様子は、大きさは違えど狭間の地に生息している指虫とそっくりだった。

 

「可愛いだろう? Ms.ヒビヤに切り落とされた腕を使い魔に仕立てたんだ。ミリハンちゃんと呼んでくれたまえ」

 

 それを拾い上げたミリガンはそううそぶいて見せるが、マリアは触れられそうもなかった。断面は中身が見えないように加工されており、そういった面での気持ち悪さはほとんど無いが、指虫と似ているだけでもう駄目だった。マリアがそっと二の腕を擦っていると、そっと肩に手を置かれた。見上げると、リュディアが深々と頷いていた。拠点を移すにあたってカーリア城館の指虫は駆除したはずだが、まだどこかに残っていたのだろうか。

 不思議そうに首をかしげるシェラを横目に、カティが拳を振り上げる。

 

「さ、マルコも来たし皆起きたし!探索二日目、始めよっか!」

 

◆◆◆

 

「わぁっ、トロール!?」「通りにくいぞ。道開けろ」

 

 まさかマルコを探索に連れ出すとは思わないだろう。案の定迷宮の道をほとんど塞いでしまっている。リュディアやガイよりも大きな背中を見上げながら歩いていると、シェラが声を掛けてきた。

 

「マリア」

「どうかした?」

「その、先ほどミリハンちゃんに驚いていたようなので」

「故郷に似たような害虫がいるんだ。それを思い出してた」

「……想像したくありませんわね」

 

 あの手が大量に湧いているところを思い浮かべたのか、少し顔色が悪い。やっぱり魔法使いでも、あれは見た目の良いものではないらしい。

 そんなことを考えていると、上の方からゴン、と鈍い音が聞こえてきた。ほんの少し出っ張っていた天井に頭をぶつけてしまったようだ。

 

「すごい音したよ!? 大丈夫、マルコ?」

「ン、だいじょウぶ。おレ、いタくなイ」

「この分だと、細い通路は通れそうにないな」

 

 そう言っている間にも、また頭をぶつけている。兜とはいかないまでも、帽子の類を与えた方が良いかもしれない。

 そうこうしているうちにいくつかの分岐を抜けて、小部屋の一つにたどり着いた。マルコは部屋に入れなかったので扉の前で待機だ。そこには小さな泉のようなものがあり、マリアはそれが『出入り口』だと直感した。

 

「ここが工房から一番近い『出入り口』だね」

「ん? ならここから入った方が近かったんじゃないすか?」

 

 ガイの言葉に苦笑したミリガンが、今までの道のりを指して言った。

 

「あそこまで自力でたどり着けることも工房を譲る条件の一つさ。それに『出入り口』はいつでも使えるわけではないからね」

 

 それじゃあ、とミリガンは泉の中に消えていった。それを見届けて、一行はまた迷宮を進んで行く。細い道を避けて奥へ奥へと歩を進めるうちに、空気の中に若干の緑の匂いが混ざり出したことに誰がともなく気が付いた。

 

「ここから先は二層に入ってしまいますわね。一旦引き返しましょう」

「二層……確かに草の匂いがするけど、やっぱりこことは違うの?」

「えぇ。二層は『賑わいの森』と呼ばれているように、多様な生態環境が構築されていると聞きます」

「迷宮に森があるのか?」

 

 ピートが思わずといった風に尋ねると、振り返りかけていたシェラが一つ頷く。

 

「それどころか、さらに下ると海さえあるとか。『異界』と言うにふさわしいでしょう」

「海……?」

 

 二層の方向を見ながらピートが呟く。マリアとしても、地面の下に海があるというだけで理解の範疇を超えていた。かろうじてエルデの獣と戦った場所が思い当たるが、あそこともまた違うのだろう。

 そして回れ右をして迷宮を戻っていると、二人の生徒が道を塞いだ。

 

「帰らせないわよ、ミシェーラ」

「Ms.コーンウォリス……!?」

 

 驚きをもって発されたその言葉に、コーンウォリスは不機嫌な視線で返す。挑発とも取れるその仕草に、相手の男子生徒が諫めるように声を掛けていた。

 

「あまり刺激し過ぎるな」

「分かってるわよ。──決闘だけど、ひとつ提案があるわ」

「……聞こう」

「二対二でやりましょう。私はこいつと組んで戦うから、そっちも好きに組みなさい」

 

 ふむ、とマリアは戦力について考える。見た所彼女らは気心の知れた仲なのだろう。しかしこちらは知り合って一年足らず、しかもまともに戦う様子を見たのはオリバーとナナオだけだ。

 

「誰が行く?」

「あちらは主従に近い関係ですから、連携も高いレベルでこなすでしょう」

「相手の得意分野……乗るのは得策じゃないが、」

「それ以上に面白い、そう思いませんこと? あの二人が過ごした年月に、あたくしたちの半年をぶつけるのです」

 

 シェラは不敵な笑みを浮かべる。こうなってしまえば、梃子でも動かないだろう。シェラが見せる大胆な部分は、嫌いではない。

 

「では君とナナオで組むといい」

「ありがとうございます。──二対二、受けますわ。こちらはあたくしとナナオで参ります」

 

 合意は成った。シェラとナナオを前にして尚みなぎる二人の自信には気掛かりなところがあるが、ここは信じるしか無い。

 そうしてマリアたちが壁際に避難し、四人が杖剣を抜きかけたところで、横合いから一人の男子生徒が現れた。筋骨隆々というほどでもないがかなり鍛えられた体つきをしており、同じくらいの背丈でもガイとは随分印象が異なる。

 

「三対三。こちらの方が面白いとは思わんか?」

 

 自信に満ち溢れた言葉だった。割り込まれたにも関わらず、誰も咎めることが出来ずにいる。

 

「……ついに来ましたか。Mr.オルブライト」

「あちらも知り合いにござるか?」

「いえ。けれど、オルブライトは『異端狩り』として有名な一族ですから。同じ一年生とはいえ、受けてきた教育が違いますわ」

 

 こちらが知識の共有を行っている間に、あちらも話をつけたようだ。それはどこまでも人を見下したような、一方的なものではあったけれど。

 

「それで、どうなんだ? Ms.マクファーレンにサムライ女、それからそこの雑魚を加えれば、人数は合うだろう」

「……お待ちになって? 今、誰を雑魚と呼ばわりましたの?」

「雑魚の名前などいちいち覚えはせん。お前の隣にいる方の雑魚、としか言えんな」

 

 それを聞いたシェラは尚も訂正を求めて食って掛かるが、他でもないオリバーが止めた。言われっぱなしでいる趣味は無いと、三対三の集団戦を受けて立つ。

 その様子を見て心底どうでもいいとばかりに鼻を鳴らし、オルブライトは下層への道を歩き始めた。

 

「何処へ行くつもりだ?」

「決まっている、二層だ。こんな狭い通路でやりあうのか?」

「危険ですわ! こちらには連れもいますのに、」

「なら帰らせろ。俺に雑魚の面倒を見ろとでも?」

 

 顔だけを振り返らせてそう告げたオルブライトはさっさと行ってしまった。シェラがピートとガイ、カティに視線を向けるも、三人から帰るという言葉は出てこなかった。マリアとリュディアもそうだ。理由は違えど、この戦いを見届けたいと思っているようだ。

 

「あっちは友達が多いみたいだな」

「フェイ、うるさい」

 

 後ろから聞こえてきた声は努めて無視した。

 

◆◆◆

 

「ここだ」

 

 一人先を歩いていたオルブライトが立ち止まる頃には、辺りの様子はすっかり変わっていた。閉塞感の強かった一層とは反対に、草木に覆われた地面がどこまでも続いているようだった。

 

「準備はいいな?」

「勝手に仕切らないで。──これは私たちの戦い。仕方なくあなたを混ぜているんだから、足を引っ張ったら承知しないわよ」

「勝手にしろ。どうあれ、サムライはもらうぞ」

 

 オルブライトだけ個人で参加していたら、背中から撃たれていそうだ。ともかくこちらからはシェラ・ナナオ・オリバーが出る。残ったマリアたちは広場の端に寄って待機だ。

 

「では──始めるぞ」

 

 オルブライトが一枚のコインをはじく。それが接地すると同時に駆け出したのはオリバーだった。大胆にもコーンウォリスのペアの前を通り過ぎ、オルブライトと向き合う。

 

「君の相手は俺だ。Mr.オルブライト」

「ぬかせ、雑魚」

 

 オルブライトと向き合って杖剣を抜いたオリバーが相手の出方を見ながらじりじりと間合いを詰めていく。そしてコーンウォリスの方は何やら予定が狂ったようだったが、その構えに油断は無い。ほどなくして、シェラたちも戦いに身を投じていった。

 

◆◆◆

 

 コーンウォリスはナナオの相手をフェイと呼ばれていた男子生徒が務め、その間にシェラを倒す算段のようだ。木々の中に飛び込んでいったナナオたちから視線を外してオリバーの方をうかがうと、そちらでは二つの剣がぶつかり合っていた。

 魔法の出力に劣るオリバーが魔法剣の技術をもって間合いを詰め、それら一切を無駄だとばかりにオルブライトが力で押しつぶす。その攻防がいつまで続くかと見ていると、オルブライトの油断を突いて頬に刃が掠めた。

 

「オリバーが一撃入れたぞ!」

「ようっし! その調子だ、オリバー!」

 

 ピートとガイが声高に応援する横で、カティが周囲を見回していることに気が付いた。

 

「何かあった?」

「気のせいならいいんだけど……ガイ!」

「なんだよ。お前は応援しないのか?」

「手を貸して。念のため、ね」

 

 そう言うと、カティは懐からいくつかの薬草を取り出した。分量を量りながら香炉に移し、その片手間にガイへ指示を出す。

 

「私たちを覆うような形でバリケードを作って欲しいの。なるべく大きめで」

「そりゃ構わねえけどよ、なんたってそんな」

貫き蜂(スティングビー)がいるかも知れない」

「……マジか。分かった」

 

 目の前で交わされた会話の内容が良く分からず、マリアはリュディアと顔を見合わせた。するとリュディアは手帳のようなものを取り出し、ページをめくり始める。

 

「『貫き蜂(スティングビー)。人間大の蜂で、強靭な顎と鋭い大針を持つ』だって」

「へぇ……」

 

 蜂、というのは良く分からないが、手書きのイラストを見る限り蝿のようなものだろう。いつの間にこんなものを用意していたのかは分からないが、なんにせよ助かった。

 しかしそうなると、この場に留まること自体が危険だろう。オルブライトは気づいていないのか、はたまた気づいた上で何かを狙っているのか。

 

「リュディア」

「何?」

「オルブライトが怪しい動きを見せたら撃って」

「分かった」

 

 傍で聞いていた三人がぎょっとした顔でこちらを見たが、そんなものは気にしない。たとえ決闘を邪魔することになったとしても、命を失うよりは安いものだろう。

そうして諸々の準備を終えて戦況を見ると、次の段階に移るところだった。

 

「ウルォォォォアアア!!!」

「人狼!? ……でも、」

 

 唐突に叫び声をあげたコーンウォリスの従者の体が肥大し、獣じみた体躯に変貌していく。同時にコーンウォリスが魔法による援護射撃を行い、猛獣使いのように立ち回る。

 しかしマリアには、カティが上げた声の方が気になった。まるで彼らを案じているような声色だ。

 

「あの二人に何かあるのか?」

「……人狼は人権が認められていないから入学は出来ない。人間との子供である半人狼は別だけど、半人狼は変身体の時は激しい痛みに苛まれることになる」

 

 そんな状態でコーンウォリスとの連携をこなして見せるのはおかしい。そう言って苦し気に眉をひそめるカティに答えを示したのは、リュディアだった。

 

「従者には、時に何よりも優先することがあるからね」

 

 リュディアはまっすぐにコーンウォリスたちを見据えていた。その銀の瞳の奥で何を思っているのかは、マリアには分からない。

 そしてオリバーとオルブライトの勝負もまた違った様相を見せていた。剣の間合いよりもさらに内側で二人が組み合っている。さっきまではオリバーが押されていたようだが、泥臭い立ち回りにオルブライトは慣れていないようで勝負は分からなくなった。

 

 

 

 

 

 決着はほとんど同時だった。

 

「ぎっ!」

「ウォォッ!?」

 

 シェラが電撃呪文を放ち、半人狼の少年の上に載っていたコーンウォリスが転げ落ちた。いままで防いできた呪文が通ったことによる混乱の隙を突いて、ナナオが斬りかかる。そして二人は、そのままナナオとシェラに打ち倒された。

 

打てよ風槌(インぺトウス)

 

 しびれを切らしたオルブライトが強引に後退した瞬間、鳩尾に回し蹴りが突き刺さる。息を詰まらせたオルブライトの腹をオリバーの呪文が打ち、喀血と共に崩れ落ちた。

 

◆◆◆

 

 気持ちが決壊して泣き出してしまったコーンウォリスにウィロック──半人狼の少年──が寄り添い、毒気の抜かれた空気が漂うそこに、一つの呪文が響き渡った。途端に羽音が響き渡り、天井の隙間と言う隙間から巨大な虫があふれ出てくる。

 

「こっちに!」

 

 バリケードの内側で、カティが大きく手を振った。オリバーとシェラ、ナナオが駆け寄り、さらにその後ろにコーンウォリスとウィロックが続く。

 

「すまない、間借りさせてくれ。そんなことを言える立場ではないのは分かっているが、」

「いいから早く」

 

 コーンウォリスに支えられながら逃げてきたウィロックがリュディアに担ぎ上げられ、中に運ばれる。それを見届けたマリアは、飛び交う虫の奥でひときわ大きな蜂の背に乗るオルブライトを見つけた。オリバーにも見えたようで、バリケードの内側から声を掛ける。

 

「何のつもりだ、Mr.オルブライト!」

 

 それをオルブライトは見下すでもなく無感情に見つめる。

 

「──俺は、誰にも負けることは許されない。勝利も、敗北も、全てオルブライトのものだ」

「……」

「投降しろ。忘却呪文を掛ければ、無傷で返してやる。断るのならこいつらをけしかける」

 

 絶句した。負けを隠し、不遜にふるまう。そんなことをして何になるというのか。おびただしい数の負けを積み重ねてきたマリアには、オルブライトの言葉が理解できない。

 それはカティやガイも同じようで、口々にオルブライトを責め立てた。しかし彼はそれを意に介さず淡々と続ける。

 

「オリバー・ホーン。お前は俺が義務のように他人を見下していると言ったな」

 

 オリバーはそれに答えず、険しい顔でオルブライトを見つめている。

 

「その通りだ。俺はこれからもずっと、何も変わらずそう振る舞い続けるだろう。……皮肉なものだな、コーンウォリス。負けた後に泣けるお前を、心底うらやましく思う」

 

 最後にそれだけ告げて、オルブライトは群れの中に紛れていった。そしてバリケードの周囲に蜂が集まってくる。

 

「虫よけは持って数分……どうします?」

「投降も一つの手だ。だが、君は違うらしいな、ナナオ」

 

 オリバーの視線の先で、ナナオはじっと上空を見据えていた。

 

「どうしたい」

「拙者は──あやつを負かしてやりたくござる。成長できない心を抱えてとどまり続けるなど、見てはおれぬ」

「そうか……だが、」

「わたしは、いいよ」

 

 振り返るとカティは強い視線を向けてきた。その横にはピートとガイも並んでいる。

 

「ボクたちはオマエらの足を引っ張りに来た訳じゃない」

「な、」

「あんだろ?勝ち筋。博打だろうがなんだろうが、おれは乗るぜ」

 

 保護者気取りだはいさせないと、三人の目が訴える。息をのんだオリバーは今までの消極的な姿勢を収め、全員を集めて作戦を語った。

 

「……結構派手な作戦だな。気に入ったぜ」

「任せて。調合も、絶対間違えないから」

 

 気合十分と言った二人を横目に、マリアはリュディアへの命令を一部撤回した。各々が準備を進める中で、シェラから一つの秘密が明かされる。その内容は──特にコーンウォリスに──驚きをもたらし、作戦の成功を確信させた。

 

 

 

 

 

 

 

 今まではバリケードの周りを飛び回るだけだった蜂が、次々と興奮状態に陥っていく。カティが虫よけの香が尽きると同時に、虫寄せに変わっていた。一斉にかじりつかれたバリケードは、ガイの奮闘も介さず見る見るうちに薄くなっていく。

 

「もう持たねぇぞ!」

「まだだ! 出来るだけ数を寄せろ!」

 

 ガイが時間を稼ぐ間にコーンウォリスとウィロックに治療を施していたマリアは、その変化(・・)に目を見開いた。

 シェラが備蓄魔力を解放すると同時に、その耳が細長く変化していくのである。それには杖の最終確認を行っていたリュディアも、思わず手を止めた。

 

「家族以外の人間に見せるのはこれが初めてです。……少し気恥ずかしいですわね」

 

 変化を終えたシェラの体には魔力が充溢し、うっすらとした微光を帯びているように見えた。そしてシェラがオリバーに合図を送ると、彼は頭上に白杖を掲げた。

 

「頃合いだ。──シェラ、君に合わせる」

「承りましたわ」

 

 七振りの杖剣が一斉にバリケードの外、蜂へと向けられる。その後ろでタリスマンを切り替えたマリアが、地面に刀を突き刺した。

 

嵐の中に轟きて(マグヌス)──」

「【グラビタス】」

「――猛き白光は空を裂く(トニトウルス)

「「「「「「雷光疾りて(トニトウルス)」」」」」」

 

 ダメ押しとばかりにマリアが蜂を引き寄せる。それをシェラの二節呪文とオリバーが束ねた収束呪文が飲み込み、焼き尽くした。

 全体の八割強を巻き込んだその雷撃は、オルブライトの姿をさらさせるところまで行っていた。そこに向かって、詠唱に参加せずに力を温存していたナナオが箒で飛び上がる。

 

「襲え、蜂ども!」

 

 オルブライトが残った蜂を迎撃に充てたが、ナナオはそれを空中機動で躱し続ける。そしてあわや当たるかと思われた攻撃はリュディアが全て撃ち落とす。

 焦ったオルブライトが迎撃の呪文を放とうとするも、そこはすでにナナオの射程内。切断呪文で足場を壊されたオルブライトは、なんとか着地する。

 

「やっと同じ地面に立ってくれ申したな。さぁ、抜かれよ」

 

 一切の曇りのない瞳がオルブライトを射抜く。

 

「は、はは……」

 

 思わず笑いがこみ上げる。そうだ。この気持ちだ。何にも縛られず、ただ目の前の相手を打ち負かすことのみを――!

 

「行くぞ、サムライ!」

「応!」

 

 斬り合い、読み合う。

 互いに一歩も退かず、永劫にも感じたそれは、オルブライトの胸に走った痛みによって終わりを告げた。袈裟懸けに斬られたままに、彼は仰向けに倒れこんだ。

 

「あぁ――いい負けだ」

 

 これでようやく、嚙み締められる。

 

◆◆◆

 

 戦いが決着し、広場の空気がようやく弛緩した。シェラはコーンウォリスと、オリバーはオルブライトと言葉を交わす中、マリアは壁際でリュディアと並んでいた。

 

「ありがとう、リュディア。助かった」

「疲れたよ……ホントに」

「うん。その……無理を言ったと、思う」

「アレは本来複数の矢を一点に集中させる魔術なんだからね? 咄嗟に式を書き換えろなんて無茶言って……」

 

 便利そうなのにと惜しく思ったが、当のリュディアが本気で頭が痛そうな顔をしていたため、撫でるついでに治しておいた。マリアとしても、あまり負担はかけたくないのだ。

 そして全員――オルブライトには断られた――の負傷を確認して回り、今日はここでお開きにすることにした。

 

「よし、出発しよう。一層に戻っても油断せず……」

「オリバー?」

 

 オリバーが怪訝な顔をして振り返ったため、マリアもそちらを見やると、全身に肉色の触手を蠢かせた巨体が広場の奥から姿を現した。

 

「ッ、オルブライト!」

 

 マリアが声を上げるまでもなく、オルブライトはその怪物の存在に気が付いた。ただ、それでも遅かった。襲い掛かってきた大量の触手になすすべもなく、ずぶずぶと飲み込まれていく。

 

「立ち向かうな、ナナオ!」

 

 とっさに刀を抜きかけたナナオをいさめたオリバーの目には、まったく同じ姿の魔獣が四、五、六――

 

「全員逃げろ!」

 

 その一声で、九人と一匹は一層に向けて駆け出した。怪物はそれを当然のように追ってくる。一本道の上り坂で怪物たちが一列に並ぶと、シェラが白杖を構えて振り返る。

 

嵐の中に轟きて(マグヌス) 猛き白光は空を裂く(トニトウルス)

 

 あの蜂どもを焼き尽くした雷撃はたった一体に止められ、しかも致命傷には至っていないようだった。さすがに連発は出来ないのか、一旦攻撃の手を緩めたシェラが改めて杖を構えなおした瞬間、鋭く伸びた触手がウィロックの足を絡め取る。

 

「逃げろ、スー!」

「フェイ……? うそ、フェイ!!」

「いけません!」

 

 ギリギリでコーンウォリスを突き飛ばしたウィロックはそのまま怪物に飲み込まれる。その様子を見て半狂乱になりかけたコーンウォリスをナナオが担ぎ上げ、一同はまた逃げ始める。

 何度目かの分岐点を超えると、マルコが無言で別の通路に入っていった。

 

「マルコ!?」

「行かせるんだ!」

 

 体の大きなマルコがいなくなったため、マリアたちは意識的に細い通路に入り始めた。すると、見覚えのある通路が見えてくる。

 ここまでくれば、あと数分もしない内に校舎にたどり着ける。ピートなどは体力的にも限界だろうから助かったとマリアが振り向くのと、ピートの腕に触手が絡みつくのはほとんど同時だった。

 

「ぇ」

「ピート!」

 

 マリアは小さく恐怖の声を漏らしたピートの腕を掴み――あっけなく引き寄せられた。

 

「ピートォォッ!!!」

「マリアっ!!」

 

 マリアは見かけによらず力があるが、体重は同年代のそれと比べてはるかに軽い。そして飛びつくように腕を掴んだことも災いした。少しでも地面を離れてしまえば、あとはされるがままだ。

 聖印は左手――ピートの腕を掴んだままでは使えない。咄嗟に杖剣を抜いて怪物に突き立てたが、それすらも意に介さず、マリアは肉に呑まれた。

 

 

 

 

 




【異端】

異界の神々に心を奪われ、その走狗となったモノ達
こちらの世界に神を呼び込むことを目的とする

古来より異界は八つとされてきた
しかし定説は揺らぎつつある
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