黄金樹の麓から   作:シショ

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第三章 サルヴァドーリの魔女
第1節


 

 月明かりの下、空き教室に一人の少女が立っている。

 満月に照らされたその瞳は、青く、蒼く染まっていた。

 

◆◆◆

 

 触手の怪物に追われつつも出口が近づいてきたその時、リュディアは一抹の不安に襲われて、すぐ横のマリアに目を向けた。

 

「──マリア!!」

 

 目線の先で触手にからめとられたピートに引きずられるようにして、マリアもまた通路の向こうに消えていった。その瞬間、リュディアは駆け出した。背後から聞こえる声の意味も分からぬまま、一心不乱に追いかける。

 

(あれか!)

 

 マリアの細い体を飲み込みながら獲物を探すように触手をさまよわせていたそれは、リュディアの足音に反応して逃げ出した(・・・・・)。向かってくると考えて準備をしていたリュディアのとって虚をつく形となり、また追いかけっこが始まった。

 

(どうして逃げる? あたし一人なら余裕でしょ……それともここに来る前に生徒を襲っていた?)

 

 今まで辿ってきた道を逆走するように二層へ向けて駆け戻っていく。他の怪物がいないことでここに来て待ち伏せの可能性も出てきたが、無視して走り抜ければ良いだけだ。

 進路が定まり坂を下り始めた怪物目掛けて、リュディアが【星砕き】を放つ。何発かは命中したが、やはりあの図体では引き寄せられない。

 

(危な、い!)

 

 案の定、曲がり角から別の触手が這い出てくる。危うく足首を掴まれそうになったが、何とか回避して前を向く。すると目の前に、誰かの背中が広がった。

 おそらく投げ飛ばされたのだろう。片手で受け止めたその生徒を通路の脇に押しやって、

 

「……は?」

 

 上級生が何人か、下級生を守りながら怪物どもと戦っている。今まで追いかけていたやつがそこに突っ込むのと同時に、それらは一斉に踵を返し、背を向けて走り出した。

 リュディアが当然のように追いかけようとすると、唐突に腕を掴まれる。咄嗟に振り払ったが、それ以外に何人もの生徒がリュディアを押さえつけにかかった。

 

「落ち着け! 君を行かせるわけにはいかないんだ!」

「貴女、一年生でしょう? ここは私たちに任せて──」

 

 地面に組み伏せられ、杖や剣にも手が届かぬまま、リュディアは抵抗を続ける。その様子に手が付けられないと判断されたのか聞きなれない呪文が唱えられ、リュディアの意識は暗闇に落ちていった。

 

◆◆◆

 

「……戻らねぇな、あの二人」

 

 皿に取り分けた料理に手を付けないまま、ガイがぼそりと呟いた。それすらも響いて聞こえるほどに、「友誼の間」は静まり返っている。

 オフィーリア=サルヴァドーリが魔に吞まれた。それが校内に伝わってから、もう三日も経っていた。生徒会を中心とした捜索隊が迷宮に潜っているが、発見の知らせは未だ無い。

 

「……ゴッドフレイ統括を始めとした上級生の方々が全力で救出にに当たってくれています。あたくしたちに出来るのは、信じて待つことしか」

「そう言って何日目だよ?こんだけ待たせりゃ、腹だって減るだろうが!」

 

 自分で助けに行けない怒りといら立ちで、ガイの肩は震えていた。オリバーが苦々しい表情でそれを諫めながら、何か食べるように促す。

 

「ガイ、君もだ。ほとんど食べていないだろう」

「食欲なんざ湧くかよ! ……くそっ、飯だけでも食わせてやれりゃあ、」

「止めておかれよ。命が無ければ飯は食べられ申さん」

 

 冷然と告げられた言葉に、ガイは絶句し何とか声を絞り出す。

 

「んだよ、そりゃ。ピートとマリアが、生きてねぇってのか」

「分かり申さぬ。しかし、拙者の故郷では戦場で行方不明になった者は八割方死んでござった」

 

 二の句が継げずに今度こそ黙り込むガイを見かねてオリバーが口を挟んだが、それも途中で尻すぼみに消えてしまった。その態度が、二人の命の行く末をそのまま示しているかのようであった。

 

「……時間です。次の授業に向かいますわよ」

「おい、シェラ!」

「ここで言い争っている時間はありませんわ」

 

 それだけを言って、シェラはテーブルを離れた。そのまま食堂内を見渡してリュディアを探したが、やはりここには来ていないようだ。

 そう、ピート、マリアは当然として、シェラはリュディアのことも心配していた。この三日間、彼女は教室以外に現れることはなく、二人分のノートを取ってすぐに去ってしまう。何度か話し掛けようとしたものの、一度も捕まらなかった。

 

「あたくしも、いい加減決めませんと……」

 

 今夜自分がしようとしていることは、無意味かもしれない。無駄に終わるかもしれない。迷惑をかけるかもしれない。

 それでも、シェラはもうただ待っていることは出来なかった。

 

 

◆◆◆

 

 

「一年生に見張りなんて付けてる場合かよ」

「でもあの子目が覚めた後暴れたって聞いたよ。統括たちの邪魔になるかも知れないでしょ」

「そりゃそうだけどよー」

 

 生徒会の役員二人の視線の先には、壁に手を付きながら覚束ない足取りで進むリュディアの姿があった。授業が終わってすぐに交代したが、迷宮に向かおうとするような素振りや気力は感じられなかった。長身に銀髪という大変目立つ外見のため見失うことはまず無いだろうが、一応一定の間隔を保ちつつ尾行を続ける。

 

「どこに向かってんだろうな」

「図書館じゃない? ちょっと遠回りだけどここからでも──ってウワーッ!」

「どうし、おい!」

 

 相方の大声に見てみれば、見張りの対象が糸が切れたかのように倒れ込んでいた。慌てて近寄り顔を覗き込むと、目元に真っ黒な隈を浮かべてすぅすぅと寝息を立てていた。

 二人は顔を見合わせると、女子生徒がリュディアを持ち上げようとしゃがみ込む。

 

「思い詰めてたみたいだったしね。どこに運ぶ?」

「生徒会本部で良いだろ」

「了解。ってやっぱ背、高いなぁ」

「オレが運ぼうか」

「お願い。あ、でもお尻とか触っちゃだめだからね」

「誰がンなことすっかよ」

 

 その男子生徒は、そっとリュディアを抱き起こした。銀糸のような髪が溢れてその表情を隠す。

 そして膝裏に手を差し入れようとした時、彼の顎を衝撃が襲った。訳のわからないまま昏倒した男子生徒が覆いかぶさるように倒れ込むと、相方の女子生徒が近寄ってくる。

 

「ちょっと何して──うわ、ぐぇっ!」

 

 寝転がった状態から足払いを掛け、鳩尾に一突き。トドメに後頭部を鞘付きの剣で強打すると、女子生徒の全身から力が抜けた。念のために手足を紐で縛り、杖を抜き取って離れた場所に捨てておく。

 

(行かなきゃ)

 

 リュディアは立ち上がり、周囲を警戒しながら迷宮へ駆け出した。その足取りは先程までとは違う、確かなものだった。

 

 

◆◆◆

 

 夕食を終えて一人になったオリバーは、背後から声を掛けられて振り返った。そこにはシェラが立っていたが、その雰囲気は今までとは違い、ある種の決意に満ちていた。

 

「貴方には伝えておこうと思いまして。──あたくしは今夜迷宮に潜ります」

「なっ……自殺行為だぞ、シェラ」

「何も一人で行こうという訳ではありません。マクファーレンに縁のある生徒は他学年にもいます。そのツテを使えば、内密に連れて行ってくれる先輩も見つかるでしょう」

 

 闇雲に突っ込むよりかは良い案だろう。父親に頼らずとも、彼女は自分のツテを持っている。だが、下級生を守りながら探索できるほど、迷宮は易しい場所ではない。

 

「だったらなおさら上級生に任せるべきだろう」

「あの二人が捕まった時、助けに戻ろうとした貴方を止めようとしたのはあたくしですわ。……あたくしはあの時、友の命を秤にかけたのです」

 

 その言葉に滲む深い後悔に、オリバーの舌は縫い止められた。俯いて見えなくなった顔にどんな表情を浮かべているのかが、ありありと感じられる。

 

「捕まる人数を最小限に抑えて迷宮を一度脱出し、上級生の応援を。あのときあたくしはそう計算し、貴方を止めたのです。貴方を行かせれば、皆が付いて行くことは目に見えていましたから」

 

 そうなったであろう過去について淡々と語るシェラの瞳には、暗い覚悟が宿っていた。

 

「行かせてくださいませ。そうでなければ、あたくしはピートに、マリアに……リュディアに顔向けできません」

 

 ただ一人、何も顧みずに駆けた少女の名前を口にする時、シェラの口元は悔いるように歪んだ。あの時、助けることを選択した彼女は、自分たちのことをどう思っているのだろう。

 

「……なら、俺も」

「いけません。貴方が三人を止めなければ、」

「いや、君一人には行かせはしない!」

 

 責任だけではない。仲間が死地に身を晒そうとしている時に、ただ待ってはいられない。オリバー=ホーンとは、そういう少年だった。

 互いに言葉で説得することの無意味さを悟りながら、それでも意思を通そうと互いに見つめ合う。そんな二人の間に、横から予想外の声が割って入った。

 

「──自殺か心中か。その程度の違いだよ、君たちの話は」

 

 ハッと顔を向けると、いつもの人を食ったような笑みを浮かべたミリガンが立っている。そしてその後ろには、見慣れた巻き毛の少女が佇んでいた。

 

「『わたしの体を好きに調べて良いから友達を助けて』だそうだ。いやはや、私には眩しすぎるよ」

 

 あまりにも予想通りの言葉に眩暈すら感じる。シェラはその提案を取り消そうとしたが、結局はカティが決めることだ。そしてここで言い争っている内にも時間は過ぎていく。

 どうにか諦めさせることは出来ないかと思い悩んでいると、苦笑いを零してミリガンが口を開く。

 

「安心したまえ。君たちとの関係を、たった一度の解剖のために捨てるほど愚かじゃない。そんなものはこちらから断っていたよ。それよりも……良い案があるんだが、聞くかい?」

 

 

 

 

 それからさほど時間を置かずに、オリバーたちは指定の教室に集まっていた。ミリガンに選ばれたのはオリバー、ナナオ、シェラ、リュディアでガイとカティは待機だ。

 

「リュディアは来ないのか」

「えぇ。探したのですが、どこにもいなくて」

 

 明らかに思いつめたような彼女を置いて行くのは気が引けたが、あんな状態では迷宮に潜れるかは怪しい。そう考えると、監視付きで校舎に留まっていてくれた方が良いだろう。

 そうして約束の時間までに保存食を受け取って居残りの二人と言葉を交わしていると、定刻ぎりぎりにミリガンが駆け込んで来た。

 

「ミリガン先輩」

「悪いが早速出発するよ。どうにも不味いことが起こっているようだ」

 

 言葉とは裏腹に、その表情は落ち着いている。そして懐からミリハンを取り出してカティに渡した。

 

「ちょ、ちょっと、」

「この子が私の遺書代わりだ。何かあった時に、研究成果を閲覧する鍵になる」

 

 突然預けられたそれに戸惑っている内に、するするとカティの肩に登っていく。妙な人懐っこさを漂わせたまま腰を落ち着けたミリハンは、もともと居た蛾と居場所を取り合っている。

 その様子を見届けたミリガンは一足先に絵画の中に飛び込んだ。オリバー達もガイとカティに見送られて迷宮に足を踏み入れる──

 

 

 

 

 

 

 迷宮を歩き続けて一時間ほど経ったが、生徒の一人も見当たらない。生徒会の戒厳令が効いていることを実感しながら、四人は工房へ足を向けた。

 合言葉によって扉を開けると、すでに明かりがついていた。異常を感じ取ったミリガンが三人を制して大部屋に向かうと、部屋の隅にうずくまる巨体と目が合う。

 

「おや、無事だったのか」

 

 続けてオリバーが顔を見せて、ようやく安堵したような表情を浮かべた。見る限りでは外傷は無く、ミリガンに怯える素振りはあるがおおむね平常通りだ。

 

「ウ、おリバー。大丈夫だッタか?」

「あぁ。カティも無事だ」

「ふむ、マルコ。君は襲われなかったのかい?」

 

 マルコはびくりと肩を震わせた。ミリガンから受けた実験を思えば当然である。しかしそのまま委縮することはなく、勇気を振り絞って声を上げる。

 

「……アいツラ、おレのこと、追ワなかっタ」

「なるほど。オフィーリアはそれなりに理性的なようだ。意味もなく下級生を使い潰すようなことはしないだろうね」

「然らば──!」

「あぁ、あの二人の生存率も少しは上がった。良い知らせだ」

 

 希望が見えてきた。しかしサルヴァドーリの魔法を考えると女の身のマリアと両極往来(リバーシ)のピートではまだまだ安心できない。マルコに別れを告げて再度出発しようとした一行の中で、シェラはマルコの傍に積まれた食料の備蓄に目を向けた。

 

「ところでマルコ。この食料は誰が?」

「りゅデぃアが置いテ行ッた」

「何?」

「おリバーたち、来るマえ。一人デ来タ」

 

 思わず顔を見合わせると、ミリガンだけがまさかと呟いた。

 

「何か、知っているんですか」

「合流する前に私の工房に寄ったんだが、その時生徒会に鉢合わせてね。何かを追っているようだったが……」

 

 相談の一つも無く、一人で迷宮に向かったのだろう。シェラの脳裏に「責任」と言う言葉が浮かぶ。あの時マリアを見捨てることを選んだ自分には、相談する価値も無いと?

 暗い情動に飲み込まれそうになったが、シェラはそれをねじ伏せる。そんなことを考えている場合ではない。今すぐに追いかけなければ。

 

「行きましょう」

「あぁ。追われているともなれば速度は出せないだろうが、先行していることに変わりはない。まったく今年の新入生は……」

 

 呆れたように笑いを零したミリガンの背中を押して、三人は足早に工房を出た。

 

◆◆◆

 

 時間は少し遡り、リュディアはミリガンの読み通り生徒会に追われていた。迷宮への入口は物理的に塞がれていたため以前使った鏡に向かったのだが、当然見張りがいた。監視の二人と同じように昏倒させたが、それが見つかったのか何人かの生徒が迷宮に潜ってきている。

 

「居たか?」

「いや。こっちに逃げ込んだはずだが」

 

 二年生と思しき男子生徒の会話を天井に張り付いて(・・・・・・・・)聞いていたリュディアは、この後の動きを考える。このままやり過ごすことは難しくはない。現に生徒会はリュディアの姿を捉えられていない。

 しかしシェラを見張っていたゴーレムからの信号が途絶えた。あまり悠長にことを進められない。

 

(仕方ない──集い形成せ(コングレガンタ)

 

 詠唱と共に背嚢の中から材木が飛び出し形を成す。籠のような胴体に円筒状の頭、そして胴体には輝石が輝いた。魔術師の従者たる人形兵の劣化である。

 

「行け」

 

 申し訳程度にローブを被ったそれは、追っ手の生徒の目の前を勢いよく駆け抜け、見当違いの方向に走っていった。

 

「うおっ」

「おい、待て!」

 

 生徒会は見事に釣られて通路を逆戻りして行った。それから十分に時間をおいて、リュディアはまた迷宮の奥へと向かう。

 

 

 

 

 

 

(おや、)

 

 しばらく走っていると、通路の先から声が聞こえてきた。厳戒態勢の迷宮で講釈を垂れるような人物には心当たりがないが、すさまじく聞き覚えのある声にリュディアは顔を顰めた。

 念のため手前から様子を伺ってみると、予想通りミリガンが魔獣と戦っていた。その後ろにはオリバーとナナオ、そしてシェラの姿がある。

 

「残念、詰みだよ──雷光疾りて(ト二トウルス)

 

 炎の柱と起き上がり小法師によるかく乱、そして自らを囮にしてのトドメ。時間はかかるが堅実で、手際が良い。

 さてどうするか。ここまで来たは良いものの、リュディアにはここから先の道は知らない。マリアの位置は何となく把握出来ているが、そこまでの道筋は教えられていない。あの方も分からないんだろうな。だから道案内が欲しい。ここに来るまでに攫って来られれば良かったけど、尋問の技術が無いから口を割らせるのは難しい。

 

(ぐだぐだ考えてる暇はない。どうにか押し切ろう)

 

 リュディアが一歩踏み出そうとしたその時、ミリガン達よりもさらに奥から大きな気配が飛び出した。壁を使って跳ねたそれは突出していたミリガンの頭上を通って三人の目の前に着地する。

 同時にリュディアは駆け出した。剣のように構えた杖から青白い刃が伸びる。視界の先ではオリバーが咄嗟に壁を立てるが、勢いのままに壊されてしまった。

 

「──!」

 

 刀を抜いて斬りかかろうとしたナナオを後ろから追い越して、拡張された輝石の刃を突き立てた。そのまま相手の勢いに乗って両断する。

 

「リュディア!?」

「なんだ、追い越してしまっていたのか」

 

 ミリガンの口ぶりから察するに自分を探していたらしい。杖を持ったままミリガンに詰め寄る。

 

「マリアを探す。協力しろ」

「断ったら?」

「道を考える頭とそれを話す口さえあれば良い。達磨にして連れていく」

「ははあ、君なりに焦っている訳だ。どうだい? 私たちと一緒に来てみるのは」

 

 リュディアの中でこの四人と戦う時間と全員で向かう時間を秤にかける。殺してしまうのは、楽だ。しかしミリガンが大人しくしているとは限らないし、何よりマリアが悲しむ。選択肢は一つだった。

 

「……邪魔はするなよ」

「ふふ、よろしく頼むよ」

 

 早くマリアを捕まえないと。色の違う瞳でリュディアは独り言ちた。

 

 




【リュディアの人形兵】

魔術師、リュディアの人形兵
有り合わせの素材で作られている

輝石を核としており、簡単な命令に従う
また、魔力が尽きると自壊する

異界の技術を組み合わせた一品
それはやがて生を得る
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