黄金樹の麓から   作:シショ

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※今回ルビを多用したため、一部見づらくなっている部分があります。


第5節

 

 薄暗い肉の檻。サルヴァドーリの工房で、ピートとオルブライトは息を潜めていた。工房の主の気配が遠ざかると、二人はすぐさま準備に取り掛かった。

 

「覚悟は良いな?」

「……あぁ」

 

 震えを押し殺してピートが頷く。そしてオルブライトの合図を受けて、格子の根元に埋め込んだ二つの炸裂球に魔力を注ぎ込んだ。

 限界量まで入れて、後ろに下がって耳を塞ぐ。間もなく爆発音が響き、檻に大きな穴が開いた。そこへオルブライトが煙幕球を投げ、駆け付けた合成獣(キメラ)と入れ違いにピートが脱出する。

 

「来い、畜生ども! 俺が直々に相手をしてやろう!」

 

 檻の中からオルブライトの声が響く。芳香(パフューム)の影響で激しく動き回ることの出来ない彼は、丸腰同然の姿で合成獣(キメラ)を挑発し続ける。

 その隙にピートは隣接した部屋に駆け込む。杖剣を奪ったとしても脱出不可能だと思っている状態でわざわざ遠くには置かないだろうという予想を元に、目についた収納を片っ端から漁り回る。

 

「杖……あった」

 

 早々に自分の杖を見つけ出し、聞いていた特徴を元にオルブライトのものを探す。そして予め定めた制限時間が迫る中、やたら大きな箱にそれは入っていた。見覚えのある、細い剣と共に。

 荷物になる。普段持たないものを持つ意味はまるで無い。しかし、ピートはどちらも手に取った。理由は分からないが、そうしなければいけないと思ったのだ。

 

「受け取れ、オルブライト!」

 

 しぶとく合成獣(キメラ)を蹴り飛ばしていたオルブライトに、肉格子の隙間から杖剣を投げ渡す。攻撃を躱しながら受け取ったオルブライトの体に魔力が充溢する。

 

「上出来だ。──氷雪猛りて(フリグス)

 

 強力な呪文で迎撃を始めたオルブライトに安心していると、鋭い声が飛んできた。

 

「何をしている! お前は外で助けを呼べ!」

「オマエは、」

「構うな! もうじき異変に気付いたサルヴァドーリが戻ってくるぞ!」

 

 そう言うと、オルブライトは合成獣(キメラ)の注意を一身に引き付けるように炸裂呪文を放った。迷っている暇はもう無い。駆け出したピートは外にたどり着くと、合成獣(キメラ)を呼び寄せるのも承知で救難球に魔力を込める。

 けたたましい音と魔力波が広がり、薄緑の光が点に伸びた。それはこの地に集結しつつあった者たちを引き寄せる──

 

 

 

 

「ッ、救難球だ!」

 

 オリバーが真っ先にそれに気が付いた。対岸に近づいていた舟から飛び降り、光の下に駆け出す。ここに来て初めての、ピートとマリアに繋がる手がかり。

 あんなに目立てば、合成獣(キメラ)に確実に狙われる。リュディアは胸の内に沸き上がった逸りを必死に押し込めた。

 

 

 

 

 マリアは走っていた。

 先刻聞こえた音は、恐らく光柱の下から響いている。自分たちを攫った者があんなことをする必要はないだろう。ここまで攫われた者やそれを助けに来た者だとするのが妥当だ。

 ここに辿り着くまでに何体かの怪物を屠ったが、どれも一対一で奇襲を仕掛けて倒している。複数体も出てくれば、逃げるので精いっぱいだろう。

 

(あれは……ピート!)

 

 泥に足を取られながら少しずつ進んで行く小柄な人影。その後ろには、今にも触手を伸ばそうとしている合成獣(キメラ)がいた。

 音の発生源に留まれないのは欠陥のような気もするが……仲間がすぐに駆け付けることを前提としたものなのだろうか。ともかく黒き刃を握り締め、マリアは走る速度を上げた。

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 覚悟していたことではあったが、予想していたよりも合成獣(キメラ)が集まってくるのが早い。その上酷いぬかるみで、膝まで泥に浸かっている。

 極度の緊張と、疲労。そして足場の悪さも相まって、ピートは周囲に気を配る余裕がなくなっていた。そこへ魔の手は襲い来る。

 

「うわぁっ!?」

 

 背後から体に触手が巻き付いた。咄嗟に反撃を試みたが、敵の姿が見えない。狙いが付けられない状態で魔法を撃つのは危険だが、そうも言っていられない。背後に生臭い息遣いが迫り、

 

「──!」

 

 がくん、と持ち上げられていた体が地に落ち、直前で受け止められた。目を開くと見覚えのある金髪が広がった。

 

「マリア……!」

「待ってて」

 

 順手に持ち替えた短剣に赤黒い炎が宿る。剣を振るってそれを合成獣(キメラ)に飛ばし、同時に斬りかかって行く。ピートが荒れた呼吸を落ち着かせている内に、合成獣(キメラ)は動きを止めていた。

 振り返ったマリアを見るとあちらも無事とは言い難い。全身が泥にまみれている上、袖口には黒く固まった血がこびりついている。

 

「怪我はない?」

「あ、あぁ。オマエは、」

「平気」

 

 そう言い切ったマリアだったが、目元には濃い疲労があった。話を聞けば、ずっとここを彷徨っていたと言うから驚きだ。

 今度はマリアが話を聞く番だった。周囲を警戒しながら、ピートの知る状況を伝えていく。

 

「オルブライトが?」

「ボクを逃がして、それきり。……そうだ」

「?」

 

 ピートはサルヴァドーリの工房から持ち出した杖剣をマリアに見せる。眠気のせいで碌に変わらなかったマリアの表情が、大きく変化する。無意識に寄っていた眉がするりと解け、安堵の表情が浮かび上がった。

 

「お、おい」

「……ありがとう」

 

 杖剣をピートの手ごと引き寄せて抱き締める。古竜の鱗が混じった剣がマリアの魔力に反応して、ほんのりと熱を持った。短剣をしまって杖剣を携えたマリアは、多少の疲れはあれど気力が充実しているように見えた。

 二人が再び向き直って今後の動きを話そうとすると、遠くから地響きが届いた。向かってくる合成獣(キメラ)たちから逃げるように二人は走り出したが、一度安心してしまったせいかピートの足がうまく動かない。

 

「マリ、」

「黙って!」

 

 マリアがピートを担ぎ上げ、走り出す。当然一人で逃げるよりも格段に速度は落ち、見る見るうちに合成獣(キメラ)が背後まで迫られた。

 沼地のど真ん中で悠長に会話をしていれば見つかるのは当たり前だ。マリアは自分の選択に歯噛みし、そんな場合ではないと必死に足を動かす。

 

(私が囮に……いや、それじゃあ根本的な解決にならない)

 

 走って、走って、走る。

 最初の一頭に呼び寄せられたのか、追手は三体に増えていた。ドクドクと鳴る心臓の音は、もはやどちらのものかも分からない。

 マリアにはこの逃走劇がいつまでも続かないことは分かっていた。人一人担いで逃げ切るには、あまりにも足りないものが多すぎる。しかし足を止めることはなくただ進み──光を見た。

 

 突如飛び込んで来た、長身の影。マリアとすれ違う形で背後に回り、すぐ目の前に迫っていた合成獣(キメラ)に斬りかかる。

 周囲に展開していた輝剣で傷を作り、刃を突き刺す。まずは一体。

 飛び上がって胴体に取り付き、中身諸共全身を凍りつかせる。これで二体。

 最後は飛んできた雷撃呪文で足が止まったところを、二振りの剣によって両断された。

 

「リュディア……?」

「マリア!」

「怪我は!?」

 

 降ろしたピートがオリバーに回収され、膝を着いていたマリアの元にリュディアとシェラが駆け寄ってきた。シェラは泥まみれになって肩で息をするマリアに目を見開き、リュディアがその様子を見かねて横抱きにするように膝に乗せた。

 

「傷はありませんわね。……あぁマリア、よかった」

「……」

「リュディア? ちょっ、苦し」

 

 素早く全身を診たシェラは安堵の息を漏らした。それをぼんやりと見つめていたリュディアは、怪我がないことが分かると無言でマリアを抱きしめた。汚れを気にして遠慮がちにしていたマリアだったが、息も出来ないほどきつく押し付けられたためリュディアの背中を叩いた。

 

「ぁ、ごめん……」

「そんなに気にしなくても……あ、」

「え」

 

 伸ばすのをためらっていたシェラの手を取り、引き寄せる。重ねられた手のひらから伝わる少し低い体温に、間違えようのない生を感じた。

 

「っ、」

「わぁ」

 

 ぼろぼろと溢れる涙を拭いもせずに、リュディアの体ごとマリアを抱きしめる。小さな手がゆっくりと目元に触れて、シェラは金の瞳を見つめ返した。許されるとは思っていない。それでも腕の中のぬくもりを逃がすまいと腕に力を込めて、

 

「感動の再会は大いに結構。しかしいつまでもここにいる訳にはいかないよ。さ、立てるかい?」

 

 ミリガンの声が水を差した。雰囲気はぶち壊しだが、正しいのはミリガンの方だ。その言葉にオリバーがピートを、リュディアがマリアを抱え上げて七人は走り出した。マリアは自分で走れると主張したが、黙殺された。

 マリアにガイの保存食を手渡して、リュディアは可能な限りの速度で沼地を駆け抜ける。しかし、先頭を走っていたミリガンが唐突に足を止めた。その視線の先には十体を超える合成獣(キメラ)が群れを成している。

 

「……やっぱり、そう上手くはいかないか」

 

 ここで戦闘に入るのか。

 マリアは少しずつ齧っていた保存食を一息に飲み込んだ。そしてリュディアの服を引き、地面に降ろさせる。

 

「意外な顔が大勢……これは夢かしら。それとも現実……?」

 

 合成獣(キメラ)を背後に従えて、一人の魔女が進み出る。オフィーリア=サルヴァドーリ。遭遇する危険は常にあった。だが、マリアとピートを助け出し、その帰りに出くわすとは何とも間が悪い。

 

「……その面子で、よくここまで辿り着けたものね。どういう風の吹き回し?」

「可愛い後輩の頼みなら仕方ないさ。ほら、君にも覚えがあるだろう?(・・・・・・・・・・・・)

 

 流石に同学年ともなれば、臆せず会話をするくらいはやってのけるらしい。ただ、その言葉を聞いたサルヴァドーリが不快気に眉を顰めたのにはひやひやさせられる。覚え(・・)というのが何かは分からないが、煽るような言動は控えた方が良いのではないだろうか。

 

「昔から嫌いだわ、あなたのそういうところ。……知りもしないことをよくもまあ」

「はは、違いない」

 

 これ以上軽口を叩いても得るものは無いと判断したのか、ミリガンは早々に本題に入った。

 

「さて。まぁ一つ相談なんだがね──見逃してくれないかい?ピート君ひとりが欠けたところで差し障りはないだろう?」

 

 あくまでも穏やかに語りかけるミリガンに対し、サルヴァドーリはぼんやりとした瞳をこちらに向けている。その様子にマリアは危機感を覚えた。その気になればどうとでも出来るという意思の表れではない。自分たちが視界に入っていないのか。

 

「ここは穏便に別れようじゃないか。そうだ、埋め合わせはしないとね。希少な魔法薬でも──」

「……呆れた。まだ人間と話しているつもりでいるの、蛇眼」

 

 やはり、この会話には何の意味もない。こちらに選択肢など元より無いのだ。

 

「ここまでその子を連れ戻しに来たんじゃないの。ただ始める場所(・・・・・)を探して、それがたまたまここだっただけ」

 

 それぞれが剣に手を掛ける中、マリアとリュディアはすでに準備を済ませていた。逃げるにしろ迎え撃つにしろ、一撃入れるのは早ければ早いほど良い。

 相手の出方を伺いながら触媒に魔力を集めている所に、声が届く。

 

 獣は翼を欲し(ベスティア アラース べテイト) 鳥は腕を羨む(アウイス マヌース インウイデト)

 魚は脚を求め(ピスキス ペデース クピト) 草木は肉に憧れる(プラント カルネム デーシデラト)

 

 それを聞いた瞬間、全身が総毛立った。魔法の正体は分からない。それでも、あれを完成させてはならない。

 

「あの詠唱を止めろ!」

 

 ミリガンが叫ぶのとほぼ同時にマリアは竜雷の槍を投げつけた。一拍遅れてそれをリュディアの魔術、ほうき星が追いかける。しかし合成獣(キメラ)を何体か巻き込んだが、どちらもサルヴァドーリ本人には届かない。

 

 枝分かれたる種(クアムクアム デケム ミーリア)万に届けど(フイーウント セーミナ) 

 我ら(クアエ サタスント) (セド) 内に(タメン ネーモー) 欠けざる者なし(ノストウルム ウイテイウム ノーンハベト)

 

 出し惜しみしている場合ではないと、エルフ体に変身したシェラが全力で二節呪文を放つ。一頭が雷に焼かれるが、その穴はすぐに埋まり斬り込もうとしていたオリバーとナナオが足止めをくらう。

 

 欠片(コツリゲンス フラグメンタ)( エト)集め( コンテイヌアンス) 継ぎ(デインケプス ハエ)接ぎ( ク ウオーレバム)求む( スキーレ) 命の解は(ウピ ソル―テイオー)何処にありや( ウイータエ エッセト)

 

 ミリガンが曲射で直接サルヴァドーリを狙おうとするも、何本も伸びた触手が悉くを受け止める。それを見て箒に乗ろうとしていたナナオをオリバーが止めた。上空からの奇襲が通用しないならば、真正面から突破するしかない。

 

 生の(インウエステイガテイオー デ)探求は( アニマー フアクタ)

 満ち足る(エツセト ノーンドウム)を知らず( エクシトウム インウエニアト)

 

 ミリガンが備蓄魔力を解放。そうして増した出力を掛けて、三節呪文の詠唱に踏み切る。合成獣(キメラ)の集団が炎に呑まれる。

 

 ならば良し(シー イタ シト ベネ エスト) 終わらぬ(レスポンデーボー イギトウル)式もて( アド エアム) 答え( クアエシータムベル)(フンク)(リートウム)さん(インフイニートウム)

 

 ここしかないと、五人はミリガンとピートを置いて一斉に駆け出した。未だに吹き荒れる炎に身を焦がしながら突破した瞬間、天井から新たな合成獣(キメラ)が降ってきた。全身を岩盤で覆った個体が行く手を塞ぎ、大きな棘を生やした個体が落下の勢いのまま突進してくる。

 

 融けて(リークエアーミニー)交われ( ミスケアーミニークエ インテル)命ども( セーセー アニミー)

 ここに(ヒーク ウオ―)無限の(ピース リケト テンプターレ)試行を(エト エツラーレ イン)許す( ぺルペトウウム)

 

 ナナオとリュディアが息を合わせて剣を振るうが、その勢いは鈍らない。あわや轢き潰されるかという時、マリアが横っ面を竜と化した腕で殴りつけて軌道を変えた。

 

 終わりなき(デーレクテーミニー)淫蕩( ラスキウイーレ)( アド)興じよ( センピテルヌム)

 それこそ(クオニアム ヒク)生命の( リートウス)紡ぐ式( スピーリトウース)なれば( ゲネラト)

 

 それでも合成獣(キメラ)は回転を続け、押されるようにしてマリアたちは後退する。最後にはオリバーとシェラが機転を利かせ、沼の奥深くに沈めて動きを封じた。

 

 我が胎内(ルーデイテー)( イン)遊べ( メアー)愛し子たち( プラケンター)

 死し(アマービリー)たな( フエ―トウス)らば( クオーテイエンス)幾度( モリエーミニー)でも( トーテイエンス)孕も( エゴ―イブサ コンカ)(ビアム)

 

 その瞬間、全員を耳鳴りが襲った。音も色も形も、何もかもが歪み、崩れていく。五人は酷い視界の中、這う這うの体でミリガンと合流を果たした。しかし、世界の変容を止めることは誰にも出来ない。

 

 絶え(ウテイナム)( トウー)なき( クラ―モリプス)産声( ナーテイウイターテイス)( ユーギテル)満ちよ( インプレアーリス オー)──『子宮殿(パラーテイウム アニマールム)』!

 

 そして「魔」は結実する──

 




絶界詠唱(グランドアリア)

ひとつの魔道を極めた者が至る、魔法使いの到達点

呪文で魔法現象を起こすのではなく、
展開された「魔」が現実そのものを塗り潰す

魔法使いは生涯を魔道の探求に捧げる
その過程で何を犠牲にしようとも
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