黄金樹の麓から   作:シショ

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第2節

「学校長のエスメラルダだ。まずは……」

 

 校長の硬質な声が朗々と響く大講堂の中で、マリアはぼぅっと中空を見つめていた。トロールの暴走こそあったものの、それ以降は教員やら生徒やらが出張って来たためにマリアの出る幕は無かった。ただ言われるがままに列を作って並んでいるだけだった。

 正直なところ、マリアは退屈していたのだ。ガラテアで耳にした数々の悪評から、キンバリーはレアルカリア学院にも劣らぬ無法地帯であると想像していた。しかし、多少のトラブルはあったもののそれ以外は穏やかな学び舎のように見える。

 

(割と真っ当な学び舎なのかな……ん?)

 

 逸れ始めたマリアの思考は袖口を引かれることで中断した。目だけを横に向けると、トロールに立ち向かった中の一人である金髪の少女がこちらを軽く睨んでいた。何やら講堂全体に妙な雰囲気が漂っているが、どうやら校長の話は終わったらしい。

 

「会場は君たちの頭の上。まずは着席願おう──」

 

 その言葉が告げられた瞬間、マリアは上に落ちるような感覚を味わった。そのまま天井にぶつかるかと思えば、整然と並べられた椅子たちの一つにすぽりと収まった。

 そのまま無礼講の始まりが告げられると年長の生徒たちが一斉に呪文を唱え、たちまち辺りはお祭りムードに包まれた。

 

「おーい、見つけたぞ! こっちだ、こっち!」

 

 声の方向を見ると長身の少年が手を振っていた。マリアがどうするべきかと考えていると、横合いから金髪の少女に声を掛けられた。

 

「行きましょう」

「……あぁ」

 

 立ち上がって少年の方に向かうと、そこにはトロールに立ち向かった面子が全員揃っているようだった。そして立って話す訳にも行かないだろうという意見もあり、一旦七人は適当なテーブルを囲んでから自己紹介を始めた。

 金髪の少女──ミシェーラ=マクファーレン。

 ふわふわした髪の少女──カティ=アールト。

 長身の少年──ガイ=グリーンウッド。

 眼鏡の少年──ピート=レストン。

 黒髪の少年──オリバー=ホーン。

 そしてサムライの少女──ナナオ・ヒビヤ。

 各々が自己紹介を終え、最後はマリアの番となった。

 

「私はマリア。一応家名はあるけど、便宜上のものなので名前で呼んでほしい。ナナオと同じくマクファーレン殿に助けられてここにいる」

「便宜上……?」

「元々家名が無かったから。でもそれでは不都合があると聞いて、急遽考えた」

 

 それぞれ納得はしていないものの事情があると察してくれたらしい。ピートは少し疑うような視線を向けていたが、何か思い出したようでナナオとマリアに質問を投げ掛けた。

 

「そういえばオマエら試験はどうしたんだ? 両親は魔法族じゃない……んだろ?」

「試験?」

「拙者は知恵試しの類は受けてござらぬ。マクファーレン殿に言葉だけはさんざん叩き込まれ申したが」

「キンバリーの教員が持つ特別推薦枠でしょう。確か二人まで推薦出来た筈ですわ」

 

 さっぱり分からないという顔をした二人に代わってミシェーラ──シェラが答えた。ピートは自分はまっとうに試験を受けたのにと眉をしかめ、それに気づいたカティが咄嗟に話題を変えた。

 

「ナナオは制服の仕立て、間に合わなかったの?」

「うむ。昨晩マクファーレン殿が『やっばい忘れてた!』と仰るので……」

 

 カティはナナオの服装に興味を示し、ナナオはカティの髪が気になっているようだ。当のマリアはといえば、テーブルに並べられた料理に目が釘付けだった。何かの肉、何かの実、色とりどりの飲み物。狭間の地には恐らく存在しないであろう食材たちがこれでもかと使われている。

 

「シェラ」

「どうかしたんですの?」

「これ、なんて言うの?」

「トマトですが……もしかして見たことがないと?」

 

 こく、とマリアが頷くとシェラは優しげな笑みを浮かべてナイフとフォークを手に取った。

 

「何でも教えて差し上げますわ。他にはありますの?」

 

 その後マリアは並べられた料理を片っ端から指さしていき、その数が五を超えたあたりでシェラの目は胡乱げなものに変わった。それでも律儀に教えてくれるあたり真面目なのだろうと感心しながら、少しずつ料理をつまんだ。

 

◆◆◆

 

「同室だって。これからよろしく、シェラ」

 

 ええ、と返事をしながらシェラはマリアに気づかれないように注意深くその体を観察した。歩き方や振る舞いから考えるに、この同級生はかなりの使い手だ。また食事の作法も決して悪くはなく、育ちの良さを感じさせる。

 しかし、食卓に並んだ食べ物を殆ど知らなかったり触れて初めて分かった体の細さであったりと、その生育環境はあまり良いものではなかったのだろうと思わせられる要素もある。

 

(それにあの時の)

 

 マクファーレンの娘として育ったシェラは、同年代の中でも魔法の知識が豊富であると自負している。それなのにカティの足を治すためにつかった魔法は、シェラの記憶の中には無かった。

 もちろんマクファーレンの蔵書を全て読み込んだ訳ではなく、そもそも記載のない魔法も存在するという。それに今この瞬間にも新たな魔法が生まれていてもおかしくはない。

 

(ですが、)

 

 マリアは自身の出身について話さなかった。誰も聞かなかったからといえばそれまでだが、何か理由があって隠しているのだとすれば、

 

「シェラ?」

「っ?!」

「あっ……ごめん。邪魔した」

 

 考え込む内に少なくない時間が過ぎてしまったらしい。心配そうに顔を寄せてきたマリアは、シェラの驚き様に慌てて距離を取った。その時、すぐ目の前まで迫っていたマリアの瞳孔が縦に割れているように見えた気がした。

 

「……いえ。もう寝ましょう」

 

 シェラは返事を待たずに制服を脱ぎ、ベッドに横たわった。途方に暮れたような顔をしていたマリアもいそいそと寝る準備を始める。ゆったりとしたワンピースに着替えたマリアはベッドに乗り上げ、びくりと動きを止めた。

 

「何か?」

「ああいや、こんなに柔らかいベッドは初めてで」

 

 壊してしまいそう、と呟いたマリアは恐る恐る寝転がり、体を丸めた。シーツの上に広がった淡い金の髪がカーテンの隙間から溢れる月光で輝く様は、一枚の絵画を見ているようだった。

 

「おやすみなさい」

「……おやすみ」

 

 馴れない口調でそう返したマリアはどこか不安そうで、なんと声を掛けるか迷う内に、シェラは眠りに落ちていた。

 

◆◆◆

 

「…………ん」

 

 マリアは誰かに呼ばれた気がして、暗闇の中で目を覚ました。隣のベッドではシェラが可愛らしい寝息を立てている。マリアは音を立てないように慎重にベッドを降りて廊下に向かった。

 生憎喋るドアノブは眠っておりドアは開かなかったので、途中の窓から外に出た。念のためクレプスの小瓶を持ったが、外に人の気配は無く、まさに草木も眠るような静けさがあった。

 

「さて、」

 

 マリアは庭園をぐるりと見渡した。ここに来れば自分を呼んだ者の正体がわかると思ったのだが、見当違いだったようだ。日中は動いているであろう噴水も止まっていて、どこか寂しさのようなものを感じさせた。

 

「……戻らなきゃ」

「──いや、その必要はない」

 

 杖剣に手を掛けて振り返ると、噴水の上に人影があった。青白いローブとスカートを身に着け、顔は大きな尖り帽によって隠されている。袖口からは二対の腕が伸び、関節部は人形のような形をしていた。

 

「ラニ……?」

「探したぞ、王よ」

 

 ラニはマリアに近づき、その細い体を抱き締めた。ひんやりとした腕の中でマリアもラニを抱き返す。実際の年数は分からないものの、久しぶりの抱擁だった。しばらく抱き締め合っていた二人はどちらともなく体を離し、噴水の縁に腰掛ける。

 

「随分と楽しんでいるようだな」

「見ていたの?」

「こちらに繋がるまでの間だけだがな」

「そっか……」

 

 ラニの体に寄りかかると、腰に腕を回された。マリアは胸の内に空いた穴が埋められるような気がして、甘えるように頬を擦りつけた。

 

「なんだ、いやに積極的だな。寂しかったのか?」

「……ん」

「ふふ、愛らしいことだ」

 

 二人は体を寄せ合ったまま、今までのことを話した。マリアはこの世界に来てからの記憶を。ラニはマリアが離れている間に狭間の地で起こった出来事を。一通り語り終えた頃には東の空が薄っすらと白み始めていた。

 

「戻る気はないのか?」

「あるけど、まだこっちに居たい」

「そうか……私は満月の夜にしかこちらに干渉出来ない。だがお前を連れ戻すだけならいつでも出来る」

 

 待っているぞ。

 そう告げたラニは空気に溶けるように消えていった。しばらくその方向を見つめていたマリアは、手の中に硬い感触があることに気がついた。そこにはいつの間に握らされたのか、蒼い宝石が嵌め込まれた銀の指輪があった。

 マリアは指輪を左手の薬指に嵌めて立ち上がった。その足取りは昨日までよりも軽く、口元には淡い笑みが浮かんでいた。

 

 





【蒼月の指輪】

月の王女ラニが伴侶に送った指輪

FPをゆっくりと回復する

蒼月は瞳となって、褪せ人を見守っている
その力は月が近づくごとに増すという
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