黄金樹の麓から   作:シショ

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第2節

 

 迷宮一層。

 秘密基地に集合したオリバーたちのもとに、一足先に来て調理をしていたガイとマリア、リュディアがパイと紅茶を持っていく。

 

「そら、今日の茶請けはレモンメレンゲパイだ。人手があったから凝ったモンにしてみたぜ」

「おお!」

「すごい……これ、三人で作ったの?」

「おうよ」

 

 一口含んだシェラが目を見開いて、口元に手を当てる。マリアはその様子を見ながらパイに手を伸ばした。この集まりで出したのは初めてだったが、美味しそうに食べてもらえると嬉しくなる。

 

「集まってもらって感謝する。早速だが本題に入らせてもらう」

 

 全員の皿にパイが行き渡り、場の空気も温まったところでオリバーが杖を抜いた。そして空中に光の文字で「男性」・「女性」と書き記す。

 

「性教育の時間だ」

「ウッ」

「ゴフッ」

 

 カティが喉にパイを詰まらせ、ガイは思い切り吹き出した。そして己の耳を疑うように、文字とオリバーを交互に見つめた。しかしいくら待っても「冗談だ」と言う気配はない。

 

「冗談ではありませんわ。今日の集まりの趣旨はそれですの」

「あぁ。ピート、ナナオ、それにマリアも。昼に絡まれた理由はわかるか?」

 

 マリアたちはきょとんとして顔を見合わせた。特にマリアは、自分が声を掛けられる理由が思いつかない。リュディアが止めていたけれど、それにしたって良く分かっていないのが現状である。

 

両極往来者(リバーシ)の体質が珍しいんだろ? そう聞いてはいたけど……」

「拙者はさっぱりでござる」

「私も」

 

 三人の反応にオリバーは渋い顔を見せ、シェラはふぅと息を吐いた。この三人は特に魔法界への理解が乏しく、このままでは悪意を持った人間にころっと騙されかねない。

 

「そうですか。では敢えて直接的な表現を用いますが――彼らはあなたたちと子供を作りたいのです」

「…………え?」

「むむ?」

 

 ピートが硬直しナナオが首を傾げる中、マリアは面倒ごとが増えたとしか思っていなかった。既にラニという伴侶がいる以上、他人と子供を作るような真似は出来ないし、したくない。

 しかしシェラは関心を無くした様子のマリアに気づくと、その手を取って目を合わせた。

 

「マリアと、それにリュディアも。関係ないという顔をしていますが、相手があなたたちの事情を汲んでくれるとは限りません。真面目に聞きなさい」

 

 真剣そのものの中こちらを気遣う色が見える眼差しに、マリアはこくりと頷いた。マリアにしても仲間に迷惑をかけるのは本意ではない。

 

「それでは説明ですわね。ほぼ全ての魔法使いは自らの血、つまり子供を残すことが最大の責務です。より優れた血を家系に取り込むことも視野に入れます。ここまでは分かりますわね?」

「……あぁ」

 

 混乱の最中でも知識を求める。ピートにはそれが染みついていた。自然とシェラが教師役になり、集会は進行していく。

 

「一方優れた血統を持つ魔法使いはそう簡単に子を成すことはしません。ですので優れた血統に属さず、といって突出した能力を持たない魔法使いの選択肢は二つに限られます」

 

 剣花団には、シェラを除いて名家に属する魔法使いがいない。そのため先ほど名指しされた三人以外は、恐らくこれから語られる道を辿ることになる。

 

「一つは家柄や能力の近い相手と子を成すこと。そしてもう一つが、無名の家柄でありながら高い能力を持つ者にアプローチを掛けること。ここまで言えば、分かりますわね?」

 

 それを聞いたピートが焦って弁明をする。

 たかが両極往来者(リバーシ)であると言うだけで、そこまでの価値があるものかと。

 

両極往来者(リバーシ)は遺伝するんだ。しかもその体質を持つ者のほとんどが、血統を外に漏らさないために囲われている。……君が体質を公開するか悩んでいた時も同じ話をしたと思うが、どうやら説明不足だったようだ」

 

 マリアは昨年ピートが体質を明かした時の談話室の様子を思い出す。オルブライトはなぜか知っていたようだが、それ以外の生徒からは随分注目されていた。あれは好奇心からくるものだと思っていたが、どうやら認識が甘かったらしい。

 

(しかしそうなるとピートが狙われる確率は……私やナナオの倍?)

 

 当然マリアにその気は無いが、もし子を求められたとしたら番うのは男性とだ。しかしピートはどちらの性別の相手にも対応できる。無論相手が同性だと知っていて尚、という人物がどれだけいるかは分からないが、切羽詰まればあるかもしれない。

 

「オマエは悪くない。……ボクも話には聞いていたんだ。ただ、こんなに話が大きくなるなんて」

 

 ピートは眉をよせて唸っている。しかし体質を公表したこと自体は後悔していないらしい。マリアが擬態のヴェールを渡そうとして断られたこともあったから、ピートは物事を隠すのが好きでは無いのかもしれない。

 

「その点マリアは突出した能力を持つとは言い難いですが、あなたには未知の魔法があります。先んじて手に入れることが出来ればあるいは。そう考えている生徒も少なくありません」

「ふむん」

 

 正確には魔法ではないのだが、あれらをこちらの人々が習得できるかにはマリアも興味がある。あとでアーシャにそれとなく振ってみようか、と考えているとシェラが顔を覗き込んで来た。

 

「聞いていますの?」

「うぁ、うん、はい」

「まったく……」

 

 呆れたような目を向けるシェラに申し訳なく思いつつも、いっそ事情を明かしてしまおうかとも考える。それこそ卒業後にはここを離れて狭間の地に戻ることになる訳で、隠しておいて良いことはないだろう。

 

「こうした立場の自覚を促しつつ、正しい知識を身に着ける――これが今日の集まりの目的です。突然のことで驚かせてしまったかもしれませんが、時期的にはピッタリですのよ」

「あぁ。……キンバリーでは、生徒の妊娠・出産に多くの便宜を図って奨励している」

 

 オリバーの言葉で、部屋の空気が凍り付いた。ガイに至ってはずっと顔を両手で隠している。マリアも信じられないと言いたかったが、既に校内で妊娠していると思わしき上級生を見かけていた。いつか仲間たちの誰かがああなるかも知れないと思うと、少し頬が熱くなる。

 

「参考までに。過去のキンバリー生のうち、卒業までに性交を経験した生徒は八割に上るという統計もあります」

「はッ、」

「八割!?」

 

 ほとんど同時に顔を上げたガイとカティは、以前から校内のゴシップ誌を気にしていた。そこに無かったのは、この程度のことは分かり切っているからだ。

 

「近年の調査でも、この数字は変わっていません。ですからこの中でも六人は経験するはずなのです。その相手はまだ見ぬ誰かか、あるいはこのテーブルを囲む誰かかもしれません」

 

 顔を真っ赤にしたカティの視線がオリバーに向きかけて、振り切るように逸らされる。そしてその先には、

 

「……いやぁ、ないない」

 

 全く悪い冗談だ。そう言わんばかりに手を横に振るガイに、カティはにこりと笑みを浮かべた。身の危険を感じて席を立とうとしたガイだったが、それはカティの呼びかけに答えて伸びてきた腕に阻まれる。

 

「マルコ、ガイを高い高いしてあげて」

「ウ、分かっタ」

「悪かった!おれが悪かった!急だったもんで口からポロっとおおおぉっ!?」

 

 大広間は天井が高いため、十分な仕置きになるだろう。ガイをそういう相手としては見ていないが、それはそれとして真っ先に拒否されたのが癇に障ったらしい。ここで口を出したら面倒なことになりそうだと、マリアは口を噤んだ。

 

「……まぁ、立場の自覚は済んだだろう。今は大袈裟に感じるかも知れないが、その『いつか』はきっと来る。その時に後悔することの無いように、知識は身に着けておいて欲しい」

「加えて、一過性の気持ちの盛り上がりに流されないこと。あまり参考にしてほしくはありませんが、いわゆる『一夜の過ち』に全てを懸けるタイプも確かにいます」

「そういう手合いには引っ掛かって欲しくはないし、真似をしてほしいとは思わない。あくまで、一友人としての意見だが」

 

 俯きながらそう告げるオリバー。確かに結局のところは個人の自由でしかない。そもそもこの集会において、オリバーとシェラの言葉には何の強制力も無いのだ。 

 

「では、オリバーも拙者と子供を作りたいと思うのでござるか?」

 

 部屋中の目が一斉にナナオを見つめた。ここまでの話の流れからして繋がりは無くも無いが、オリバーを名指しで聞いているのが余計に場を気まずくしている。

 

「ナナオ、さすがにそれは」

「分かってござる。しかし、どうにも実感が湧かないのも事実。故に、オリバーに聞きたくござる。この学び舎で、最も誠実であった貴殿に」

 

 ガイの叫び声だけが、静まり返った部屋に響く。重苦しい空気が充満する中、オリバーは逡巡して、その口をゆっくりと開いた。

 

「魅力を、感じないと言えば……嘘になる」

「そうで、ござるか……あぁ、それは」

 

 黙り込んでしまった二人に、マリアは声を掛けることが出来なかった。何を言うにも、マリアはこの二人のことを知らなすぎる。

 その後ガイが解放されてから少し話して、その場は解散になった。その間、オリバーとナナオが言葉を交わすことは無かった。

 

◆◆◆

 

 マリアはリュディアと共に、秘密基地に残っていた。誰もいない大広間を抜けてマリアの部屋に入り、二人で遮音結界を張る。そしてある程度守りを固めている間に、リュディアは服を脱いでいく。

 

「始めるよ」

 

 マリアは聖印を持つのとは反対の手で寝転んだリュディアの胸元に触れた。そのまま血の巡りを確かめるように手を滑らせていく。

 今行っているのはリュディアの『調整』だ。竜贄の儀を経ずに心臓を取り込んだリュディアの体には様々な不調が現れている。マリアはそれを気に病んで、新学期に入る前から週に一度はこの時間を設けていた。

 

「……どう?」

「問題ない、と思う」

 

 自分で言いながらも、マリアはそれを信じられずにいた。何しろ相手は竜の心臓だ。力の源であるそれを何の儀式も無く取り込んで、安定するはずがない。

 そう、マリアは不安なのだ。今にもリュディアの体が溶岩土竜に変わってしまうのではないか。朝起きてから顔を見るまで、それを確かめるまで、心が休まらない。一年にも満たない間柄だったが、マリアにとってリュディアはそれほどまでに大切な存在になっていた。

 

「マリア? ……まだ気にしてるの?」

「だって、」

 

 マリアが連れ去られなければ、マリアと仲を深めていなければ、リュディアはこんなに苦しむことは無かったのに。それは、体のことをリュディアに聞かされてからずっと抱えていた後悔(もの)だった。

 リュディアもそれは分かっていたけれど、あくまで自分の責任だと思っている。力を望んだのは、自分のためでしかなかったのだ。

 

「あたしは別にいいんだけど……そうだ。あたしの体のこと、どこまで聞いてる?」

「リュディアが、創られたものだってこと」

「それはそうなんだけど、うーん」

 

 リュディアは開けていた制服の前を閉めながら起き上がった。そしてマリアの手を引いて隣に座らせる。何かを考えるような素振りで目を閉じたリュディアを、マリアはずっと見つめていた。

 

「――よし。マリアはしろがね人って知ってる?」

「うん。前、一緒に旅をしたことがある」

「それなら話は早い。あたしはしろがね人だよ」

「え、でも」

 

 しろがね人は人工的に創られた生命体であり、年齢を重ねるにつれて足が消えて歩けなくなるという欠点を抱えていた筈だ。マリアはリュディアの歳を知らないが、同年代であろうしろがね人のラティナが歩けなかったことを考えても、この時点で普通ではない。

 

「足は問題ない。元々ラニ様の新たな体として創られたからね。欠点はほとんど克服してる」

「ラニの? それは、いつ?」

「三年前くらいかな? 向こうの暦は分からないから体感だけど」

 

 マリアが見知らぬ転送門でこちらに飛ばされたのとほぼ同じ時期だ。だがそうなるとリュディアは……

 

「うん、わかるよ。今でもアーシャに文句言われるんだから」

「三歳……」

「生まれたときからあたしはあたしだったから歳はあんまり気にならないんだけどね」

 

 それでもマリアにとってはかなりの衝撃だった。てっきり年上かと思っていたので何かと頼っていたが、これからは頼ってもらえるように……なれるのだろうか。

 

「だからあたしが竜になっちゃうとかは考えなくていいから」

「えっ」

「朝にあたしのこと真っ先に見に来るでしょ。シェラも何かあるって気づいてると思うよ」

「えっ」

 

 呆然とするマリアを、リュディアはくつくつと笑った。毎朝早起きしては寮の前でそわそわしておいて、なぜばれないと思っていたのか。疑問と少しの嫉妬が混ざり合ったシェラの視線を受け流すのは大変なのだから、もう少し控えて欲しいものだ。

 

「分かりやすすぎて心配になるよ」

「ぐぅ」

「ま、あたしがいるからいいけど」

 

 リュディアはそう言うと、マリアの手を引いて立たせた。もういい時間だ。明日の授業のためにも、早く部屋に戻っておかなければ。

 

「そう言えば、アーシャはしろがね人なの?」

「いや、違うよ。あの子は普通の人間のはず」

「そうなんだ」

「今度話してみなよ。昔話とか好きだし」

「へぇ」

 

 学年が違うとこうも会わないものなのか、マリアはまだアーシャときちんと話せていなかった。この機会に訪ねてみるのも良いかもしれない。

 まずは寝ずに待っているであろうシェラへの釈明を考えなければいけないけれど。

 

 




【暗きしろがね人】

神人、ラニの新たな肉体となるべく創られたしろがね人
その血には青ざめた秘薬が使われているという

神人をも宿すその体は耐久性が高く、
ひとたび取り込めば全てを受け入れる

かつて禁忌に触れた男は、黄金樹の影に葬られた
その記憶はしろがねの娘に空白として刻まれた


 
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