黄金樹の麓から   作:シショ

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影の地旅行に行ってきます。


第3節

 

『速い、速すぎるぞヒビヤ=ナナオ選手!他の選手が置いてきぼりだ!』

 

 興奮しきった実況と沸き上がる大歓声の中、ナナオが乗った箒が縦横無尽に飛び回る。ナナオとすれ違った相手チームの選手が叩き落されるたびに、観客席がどっと沸き立った。

 

「……すごい」

 

 マリアはぽつりと呟いた。もはやジュニアリーグの選手ではナナオに手も足も出ない。いいように翻弄されて、一人、また一人と落とされていく。

 散々引っ掻き回された相手がついにプライドを捨てて八人での急襲を仕掛けるも、結果は何も変わらなかった。

 

「うわ、」

 

 リュディアも思わず声を漏らす。前後左右を完全に囲まれていた筈のナナオが意味の分からない空中機動(マニューバ)で抜け出した上、すれ違いざまに二人を落として行った。

 

「ここまで圧倒的なのですか、ナナオは」

「あぁ。今やってんのは三年生までのリトルリーグなんだがよ、毎試合あいつ一人で相手チームの半分は落としてる」

「完全にバランスブレイカーだ。レベルがまるで合ってない」

 

 ガイとピートの言葉にナナオの強さを改めて感じていたマリアは、カティの様子がおかしいことに気がついた。いつもならナナオの活躍を我がことのように喜んでいる頃だろうに、神妙な顔をして自由に飛び回るナナオを見上げている。

 

「カティ」

「へっ、な、なに?」

「なにかあった?」

 

 カティの袖を引いて耳打ちしてみると、ほんの少しだけ動揺を見せたもののすぐにその表情は隠れてしまった。

 カティが何かごまかそうとするなんて珍しい。そう思ったマリアはカティの顔をじっと覗き込んだ。カティはその金色の瞳に妙な圧力を感じて、ごくりと唾を飲む。

 

『――おぉっとキャッチャーのオリバー=ホーン、ヒビヤ選手の女房役! 旦那が落とした選手をふんわりキャッチ! そのまま今季の最優秀キャッチャー賞も狙っていくか!』

 

 マリアの注意がグラウンドに逸れる。前のめりになってリュディアに抱えられている姿を横目で見ながら、カティは安堵の息を吐いた。あのまま見つめられていたら話してしまっていたかもしれない。

 カティが向けた視線の先で、ナナオは悠然と飛び回る。あんなにも自由に見えるのに、当人の望みが満たされないままでいるなどと、誰が思うのだろう。

 

「また落とした。リュディア、見てた?」

「はいはい、もう少し落ち着いて」

 

 リュディアの膝の上で目をきらきらと輝かせているマリアも含めて、ナナオのことはまだ伝えられない。けれど、だからといって自分が暗い顔をしていても駄目だ。

 

『ワイルドギースの勝利です! いやぁ、熱い戦いでした――』

 

 絶好調のナナオによって試合は終わりを迎えた。沸き立つ会場の中で、カティは立ち上がる。

 

「二人のお祝い、行かない? 控え室の前で待ってさ」

「前と言わず、試合が終われば中に入れると思いますわ。行きましょうか」

 

 

 

 

 ナナオと同じチームの選手に快く通してもらい、マリアたちは控室へと向かっていた。試合の感想を話しながら歩いていると、向かい側から一人の女生徒がやって来る。鋭い目つきの女生徒はマリアたちを一瞥し、去って行った。

 

「今の、どこの選手だ?」

「色はブルースワロウのものですわね……どこかで見た気がするのですが」

「あ、ここじゃない?」

 

 流石のシェラでも選手全員の顔を覚えている訳ではないようだ。そうしているうちに辿り着いた控室は妙に静まり返っていて、六人は思わず顔を見合わせる。しかしいつまでも部屋の前にいても仕方がないと、ガイがノックを引き受けた。

 

「失礼します! ナナオとオリバーの友人なんすけど、入ってもいいですか?」

 

 直前の雰囲気とは裏腹に歓迎の声が響き、マリアたちは控室に迎え入れられた。上級生に囲まれながら立つ二人へ、カティが真っ先に駆け寄っていく。

 

「すごかったよ、ナナオ!」

「素晴らしい飛びっぷりでしたわ!」

 

 真っ先にオリバーとナナオの下に向かった二人をよそに、マリアは初めて入る控室に目を輝かせていた。うろうろと歩き回るマリアの後ろを、いつでも抑えられるようにリュディアがついていく。

 先ほどまでの暗い雰囲気はどこへやら、控室は温かな空気に包まれた。

 

 

◆◆◆

 

 

「アーシャ」

「へ? あ、どうも」

 

 せっかくの休みだからとアーシャを探していたマリアとリュディアは、本がうず高く積まれた図書館の一角で目当ての灰色を見つけた。手元を覗いてみると本の他にノートが何冊も置いてある。

 

「あっ」

 

 詳しく見ようとするとノートが閉じられてしまった。マリアが不満げにしていると、アーシャはばつが悪そうな顔をした。

 

「むぅ」

「えへへ、ちょっと趣味に走ってしまって……」

「何してんの」

「あっだだだ、潰れる、潰れますって」

 

 リュディアがアーシャの頭を掴んで締め上げる。その隙に開きっぱなしだったノートを見てみると、こちらの戦い方について調べているようだった。

 改めてアーシャの装備を見てみると、曲剣が二本と猟犬の爪、腰のポーチに入っているのは調香瓶だろうか。色々と模索しているような印象を受けるものだった。

 

「好きなの? こういうの」

「う、」

 

 もにょりと口が動く。その視線はマリアとリュディアを行ったり来たりしていた。身長的にはまったく足りていないだろうが、マリアは壁になるように二人の間へ滑り込む。

 

「わたし、」

「いた! ……スミマセン」

 

 話し出そうとしたアーシャの声は、図書館に飛び込んで来た女生徒に遮られた。マリアを指さしてそう言った彼女は、しかし図書館中から集まった視線に縮こまった。

 マリアはアーシャに視線を戻したが、どこかほっとしたような雰囲気に、もしかしたら話したくなかったのかと思った。マリアはごめんね、とだけ言って女生徒に向き直る。

 

「何か」

「えぇっと、統括がMs.ターニッシュとMs.ムーングラムを呼んでるよ~って」

「それはどこで?」

「案内シマス……お邪魔だったよね?」

 

 その問いには敢えて答えずマリアとリュディアは図書館を出た。直前に振り返って肩越しにアーシャを見ると、もう本に向いていた。切り替えが早いのか、忘れてしまいたいのか。その判別は、マリアにはつかなかった。

 

 

 

 

 しばらく校舎内を歩いて辿り着いた扉の上には『生 徒 会 本 部(スクールフォース・ヘッドクオーターズ)』と、物々しい字で書かれていた。案内してくれた女生徒がそそくさと去って行くのを見送って、マリアはリュディアと顔を見合わせた。

 

「なんで呼ばれたんだろう」

「……あたしかも」

「え」

 

 そう言えば前に昏倒させた二人が生徒会だったかな、などと不穏なことを呟くリュディアに焦りつつ、マリアはこの後受けるであろう処分に思いを巡らせた。

 するとその時、一体どう入れば良いのか決めあぐねていた二人の前で扉が内側から開いた。脇にどけつつそっと部屋の中を覗き込んだ二人の前にはよく知る顔が一つ。

 

「オリバー?」

「マリア! どうしてここに、」

「Ms.ターニッシュとMs.ムーングラムだな。入ってくれ」

 

 奥から聞こえてくるのは聞き覚えのある声。二人がオリバーと入れ替わるように中に入ると、手前の椅子にはナナオが座っていた。これはまあ、意外ではない。オリバーとナナオが離れて行動している所は、付き合いの長いマリアでも見たことが無い。

 ただ、予想外は部屋の奥にあった。声から予想がついていたゴッドフレイはともかく、彼に比肩する生徒が二人。一つの場所に集めておくには過剰戦力と言わざるを得ない。

 

「では、拙者はこれにて失礼(つかまつ)る」

「君も駄目か。俺の剣では飴玉にはならなかったか?」

「それは十分以上にござった。しかし、拙者はオリバーの傍に居たくござる」

「……そうか」

 

 そう言ってナナオは深く一礼をして会議室を立ち去った。残されたマリアとリュディアは、先ほどまでナナオが座っていた椅子とその隣に案内される。

 

「まずは礼を。君たちの奮闘によって、先日の一件では死者が出なかった。よくやってくれた」

「……どうも」

 

 マリアが警戒した面持ちで頷くと、ゴッドフレイは苦笑を浮かべた。

 

「そう緊張しなくてもいい……というのは無理があるか。特に君は上級生に攫われた身だ」

「いいえ。こちらこそ、助けてくれてありがとう」

 

 その言葉を受けてゴッドフレイは驚いたように目を見開き、微笑んだ。その後ろでは、女生徒がリュディアを見ながら苦い顔をしている。それが気になってマリアが視線を向けると、ゴッドフレイも振り向いた。

 

「どうした、レセディ」

「……今のうちに言っておくが、お前の行動は褒められたものではない。それを理解しておけ」

「……」

 

 顎で指されたリュディアは焦るでもなく冷静に女生徒を見つめ返した。すると二人を横から眺めていた小柄な男子生徒が唐突に吹き出した。

 

「何がおかしい、ティム」

「別に? どの口が言ってんだろうなーって」

「その流れはさっきもやっただろう」

 

 ゴッドフレイに注意されてふいと視線を逸らした二人からは、ある種の信頼が感じられた。「さっきもやった」という言葉から察するに、この二人はずっとこのような関係性なのだろう。マリアにはそれがいたく新鮮に感じられた。

 

「さて、本題に入ろう。二人とも、生徒会に入らないか?」

 

 あぁ、そんなことかとマリアは思った。そしてそれに対する答えも決まっている。

 

「それは出来ない」

「理由を聞いても良いか?」

「生徒会は、生徒を守るために活動していると聞いた」

「その通りだ」

「……私は、剣花団の皆が大切だから、見ず知らずの生徒よりもそっちを選ぶ。助ける相手を選り好みするような人間はいてはいけない、と思う」

 

 それだけ言ってマリアは立ち上がった。世話になった人に対して失礼だという考えが頭をよぎったが、それ以上に自分はここにいるべきではないと思ってしまったから。

 

「ずっとお世話になっているから、協力は惜しまないつもり」

 

 マリアは逃げるように生徒会本部から出て行こうとしたが、リュディアがするりとその手を取る。驚いて硬直してしまったマリアの方を向きつつ、リュディアはゴッドフレイに視線を流した。

 

「あたしも行くよ、マリア」

「……君も駄目か」

「まぁ個人的には入ってもいいと思ったんですけど、」

 

 立ち上がった勢いのまま背中に手を回され、マリアの肩が跳ねる。

 

「自分を勘定に入れない馬鹿の面倒を見ないといけないので」

 

 マリアが思わず顔を見上げると、リュディアはいたずらっぽく片目を閉じた。それを横から眺めていたゴッドフレイが破顔する。

 

「ふ、はははは! 良い友人を持ったな、Ms.ターニッシュ」

「うぇ、あ、はい」

「そのような関係は得難いものだ。大切にするといい」

 

 そう言って、ゴッドフレイは二人を送り出した。次の授業の教室へ向かう途中、リュディアはマリアの様子がおかしいことに気がついた。

 

「どうしたの?」

 

 ついに立ち止まってしまったマリアの前にしゃがんで、顔を覗き込む。

 

「……断ってよかったのかな」

 

 マリアの瞳は不安と罪悪感で揺れていた。リュディアがマリアを抱き寄せると、遠慮がちに腕を回される。

 リュディアはその態度を見て、今までの振る舞いにやっと納得がいった。マリアは気にしいなのだ。自分の命を助けてくれたリュディアにつきっきりになるように、ゴッドフレイから受けた恩を重く見て、なんとかそれを返そうとしている。

 

「あたしはこれでいいと思うよ。あの人に嘘をつくような結果にならないから」

 

 あの時マリアが言ったのは、紛れもない真実だ。他の生徒が危険に晒されたとしても、剣花団(みんな)の安全が確保できるまでは動かないだろう。その中に自分も入っているという優越感を隠しながら、リュディアはマリアの背を叩く。

 

「そろそろ行こう。遅刻しちゃう」

「……うん」

 

 願わくばマリアの愛情が()へと向かないように。

 小さな体を見下ろしながら、リュディアはしっかりと手を握った。

 

 

◆◆◆

 

 

「――まさか生徒会に勧誘されるなんてなぁ」

「それだけの実績を上げた、ということですわ」

「んむ?」

 

 野菜を大量に盛り付けながら、ガイがしみじみと言う。その向かいでは、ナナオが口いっぱいにローストビーフを頬張っていた。いつもならオリバーが量をセーブしているところなのだが、今は新しく来た教員のもとにいるらしい。

 

「何、この……パイ?」

 

 リュディアが珍しく困惑したような声を上げたので見てみると、フチから魚の頭が飛び出したパイが置かれている。さすがのマリアでも手を出すのはためらわれたので、そっと皿を遠ざけておいた。

 すると後ろから伸びた手が、新しいパイを差し出す。

 

「おっと、好き嫌いは良くないぜ。気持ちはわかるけどな」

「……誰?」

 

 見覚えのない顔だった。横から聞こえた声に振り向いてみれば、ナナオやピートにも生徒が言い寄っている。

 まただ、とマリアは警戒を強めた。オリバーがいないぶん声を掛けやすいと踏んだのだろうが、マリアたちも以前とは違って知識を身に着けている。

 

「誰だっていいじゃねぇか、Ms.ターニッシュ。週末空いてるか?」

「確かに誰だっていいね。今から斬る相手は特に」

 

 とは言えリュディアの対応は予想外だった。剣の柄に手を掛けたリュディアを見てまずいと思ったのか、その男子生徒は後ずさりながら落ち着かせようと両手を前に出す。

 

「おいおい、待てよ、待てって。俺は食事に誘おうと思っただけだ。何もそこまでされるようなことじゃねぇよ」

 

 この二人だけだと流血沙汰になりかねない。そう思ったマリアは二人の間に割って入る。

 

「待って」

 

 その男子生徒はあからさまにほっとしたような表情を浮かべた。後頭部にリュディアの視線を感じたが、それは無視して男子生徒に向き直る。

 

「いやぁそうだよな。やっぱこういうのは直接話さねぇと、」

「食事には行かない」

 

 にやにやと笑いながら頷いていた男子生徒の動きがピタリと止まった。

 

「知らない人と出掛けたくない」

「これから知っていけばいいだろ!?」

「興味ない」

 

 ばっさりと切り落としたマリアを、リュディアが後ろから抱きしめる。よく分からないが満足そうなので、良かったかなと思った。

 しかし男子生徒は二人の様子が気に食わず、リュディアに対して感じていた恐怖は怒りに取って代わったようだ。

 

「ふ、ふざけるんじゃ」

「――何をしているんだ」

 

 ぎょっとした。

 男子生徒の後ろから響いた、低く暗い声。姿をとらえていたマリアはすぐにオリバーだと分かったが、そうでなければ誰だか分からないくらい普段とはかけ離れた声だった。

 

「な、ぁ、ホーン……」

「用がないならどいてくれ。それからそこの二人」

 

 その一声でナナオとピートに纏わりついていた二人組がさっと離れた。オリバーは眉間にシワを寄せたまま口を開く。

 

「週末は八人で遊ぶ約束をしている」

「じゃあ僕達もそこに……なんでもないです失礼しました!!」

 

 図々しく付いて来ようとした二人組は、オリバーと目を合わせた途端に回れ右をして走り去っていった。オリバーは大きくため息を吐いて、どかりと椅子に座り込む。

 マリアはその様子をおっかなびっくり見守っていた。平坦に聞こえる声の裏に怒りが渦巻いていることに気がついたからだ。

 

「白ぶどうのジュースだぜ。飲むか?」

「……あぁ、貰うよ」

「オマエの分、取っておいたぞ」

 

 ガイにグラスを手渡され、ピートが置いていた皿に手を付けて、オリバーはようやく落ち着きを取り戻した。それを見ていたシェラは、ふむと頷く。

 

「オリバーを嘘つきにはさせられませんし、これもいい機会ですわね」

 

 一旦自分に注意を集めさせて、シェラはにっこりと笑みを浮かべた。

 

「――週末は、みんなでガラテアに遊びに行きましょう」

 

 




【アーシャの手記】

■■の子、アーシャの手記
複数の冊子がまとめられている

新たな魔法と技術、
そして人狼についての記述がみられる

彼女は恐れている
いつか来る主と、己の消失を
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