キンバリー魔法学校、飛行訓練場。
マリアたちは街に出かける準備を終え、各々の箒を持ってそこに集まっていた。
「わりぃ、遅れた!」
「いや、大して待ってはいない」
「えぇ。では行きますわよ!」
一足先に箒に跨っていたシェラとナナオが飛び上がり、その後ろにマリアも続く。オリバーの言った通り時間としてはそこまで待ってはいないが、気持ちが逸っていた。
「俺たちも行くか」
「おう。実は楽しみで寝付けなくてよ、」
二人の会話で昨日読んだガイドブックを思い出し、マリアは体を揺らした。お金をあまり持っていないからあれもこれもという訳にはいかないが、いくらか目星はついている。
そんなマリアを見かねてか、リュディアが隣に寄ってきた。マリアの少し下に位置取って視線を合わせる。
「朝も言ったけど、もうちょっと落ち着いて。お店は逃げやしないんだから」
「う、」
じわ、とマリアの頬が熱を帯びる。
剣花団の誰よりも早く起きたマリアはまだ日の昇らないうちから訓練場に行って、練習中だったチームに追い返されたのである。
「流石に日の出前は開いてないでしょ」
「ぐぅ」
「ガイド読み込んだりしなかったの?」
「もう覚えたから」
「早くない?」
そうして二人が他愛もない会話を続けていると、ようやく街並みが見えてきた。他の生徒たちが降りていく先に着陸場を見つけ、続くように降りるマリアたちの後ろから一つの影が飛び出しーー
「うお――っ、シャバだ――っ!」
着陸場のど真ん中、街を一望出来る場所に立ってガイが叫んだ。その周りには微笑ましそうに彼を見る人がちらほらといる。マリアも箒から飛び降りると、街の喧騒が耳に入った。
「?」
同時にどこからか風に乗っておいしそうな匂いがマリアの下に届く。それを探して辺りを見渡していると、隣に大きな影が差した。
「何してるの。行くよ」
「あ、うん」
リュディアの向こうに今にも走り出そうとするナナオをオリバーがなだめているのが見えた。マリアも箒を預け、急いで合流する。
「来ましたわね。では心を
「キンバリー生の肩書に恥じない振る舞いをしろ、だろ? 分かってるよ」
「……恥?」
あの人達に恥とかあるのだろうか。
マリアとリュディアが揃って首を捻っていると、苦笑したオリバーが口を開いた。
「むしろキンバリーでの常識は懐に仕舞っておくといいだろうな。滅多なことでは杖剣を抜かない、呪文を使わない。ここでの喧嘩は殺し合いじゃないんだ」
狭間の地ではそうだったからキンバリーの生活にもすぐに馴染んだが、やはり異常な環境だったのだろう。マリアは聖印をしまい込み、剣が鞘から抜けないように固定した。そうして準備をしているとシェラがマリアの手を取って言う。
「ですが、今日は血腥いことは忘れて過ごす一日ですわ。さぁ、参りますわよ!」
あらためて喧騒の中に入って行くと、その賑わいぶりがわかった。ひっきりなしに客寄せの声が響き、頭上を箒に乗った魔法使いたちが行きかう。前後をシェラとリュディアに挟まれて歩くマリアには、目に映るもの全てが新鮮だった。
「シェラ、あれ」
「あの噴水ですか? あれは名のある職人によるもので、ほら、見ていなさい」
「……!」
噴き上げられた水が空中に精緻な模様を描き出す。マリアの見つめる先でいくつかの模様に姿を変え、最後には小さな粒になって辺りを冷やした。リュディアもそれを食い入るように見つめ、手元に何か書き込んでいる。
「お、あの屋台――」
「ガイ?」
「ちょっと待っててくれ!」
ガイが走って行ってしまったので、マリアたちは道の脇で待つことにした。その間も落ち着きなくそわそわとしているマリアの肩を、リュディアがそっと叩く。
「何?」
「見てて」
静かに、というジェスチャーの後に指した先で水が浮き上がり、流れ始める。目を輝かせるマリアの目の前に水で出来た蝶が舞い上がって、消えた。
「すごい!」
「帰ったらアーシャにも話して、もっと大きいのを作ろう」
「私も出来る?」
「いけるいける」
リュディアが興奮しきったマリアをなだめていると、ほんの一瞬マリアの指輪が光る。マリアは気づかなかったようだが、リュディアは背筋に冷や汗が伝うのを感じた。上位者に見られているという感覚には、いつまで経っても慣れそうになかった。
「なんか騒いでるな、アイツ」
ピートが指した先を見ると、ガイが何やら屋台の人と話していた。そしてそのまま一抱えはあろうかという白い包みを持ってこちらにやって来る。
「お前らも食えよ、美味ぇぞこれ!」
「これ……ホットサンド? こんなに食べて大丈夫なの?」
「農家の倅ナメんなよ。こちとら一日五食で育ってんだ」
マリアもリュディアからホットサンドを手渡され、その匂いに誘われるようにかぶりつく。温かなパンの間から、少し酸味のあるソースの味が口いっぱいに広がった。
「おいしい?」
「ん」
「あら、口の周りについていますわよ」
無心でホットサンドを頬張っていると、シェラに紙ナプキンで口元を拭われた。
マリアがそうして世話を焼かれている間にも、ナナオはどんどん食べ進めていく。見ているだけでお腹が膨れそうだった。
「あっ! ナナオてめぇ、おれの分まで食いやがったな!」
「……私の食べる?」
「気にすんな。つーかお前はもっと食え」
マリアがホットサンドを差し出すと、ガイは断って乱暴に頭を撫でた。綺麗にセットした髪型がやや崩れて、リュディアがむっとした顔をする。
包装紙を捨てにガイが離れた途端、リュディアはマリアの頭に櫛を通して整えた。その早業にカティが目を丸くする。
「ようし、行くか」
「ちょいとお待ちよ、魔法使いさんたち。お勉強に役立つ道具が揃ってるよ」
ガイが戻って来たタイミングで、マリアたちの背後から声が掛かった。道の端に寄ったといっても、この道の両側に店が並んでいるのだ。振り向いた先には、薬品から何から、多様な商品が並んでいた。
「……
「悪い、リュディア。それ見せてくれないか」
「ん? はい」
リュディアが天井まで積み上げられた本棚の中から一冊の本を引っ張り出し、ピートに渡す。その後ろで天井から垂れるモビールに視線を奪われていたマリアは、ふと見つけた星空の装飾に目を細めた。
「わ、すごい……このペン、どんな魔法で作ったんだろ」
「お嬢ちゃんや、それは普通人の職人の作さね」
「えっ、これを手作業で!?」
ショーケースを覗き込んでいたカティが老婆の言葉に驚く。マリアも横から覗いてみると、立派な角を生やした煌びやかな馬の装飾が刻まれていた。
ラニへの贈り物として考えたが、あの場所では何も書くことはない。ただ、ラニと文通とやらが出来たら楽しそうだと思った。
「あの! これ、いくらですか?」
「そのペンなら八千ベルクだよ。買うかい?」
「う……やっぱり、高い。専門書が二冊も買えちゃう……」
がっくりと肩を落としたカティは、悩んだ末に安価な量産品のペンを二本買うに留めた。リュディアも同じものを一本買って、アーシャにお土産として送るらしい。ところで、
「お金は?」
「生徒会の公募でちょっとね」
「ふぅん」
リュディアは生徒会との関係が悪くなってしまったから、そういうものは受けられないと思っていた。だがゴッドフレイがトップだとそんなこともないのだろうか。マリアは錬金術系の部活に素材を卸しているが、今度生徒会の方も見てみようと思った。
「あっ、相乗り絨毯! 皆、乗って行かない?」
カティが指した先には、大きな絨毯とその前に並ぶ長い列があった。マリアたちもそれに続いて絨毯に乗り込んだが、まさかこの人数を乗せて飛ぶのだろうか。
「わ、」
「お、っと。危ないよ」
「……ごめん」
マリアはふわりと浮かび上がった絨毯に体勢を崩しかけたが、リュディアが咄嗟に支える。足元の薄い布の感覚に慣れそうもなく、マリアはリュディアにしがみついた。
そんなマリアと見て、シェラが目線を合わせるようにしゃがみこむ。
「
「こういうの、魔法使いじゃなくても乗れるの?」
「えぇ。むしろ普通人が利用することが多いですわ。魔法使いには箒もありますし」
「事故とか起きそうなもんだけど」
「そこは乗り手の腕の見せ所ですわね」
魔法使いとそれ以外の人々との境界は、マリアとリュディアが思うよりもずっと曖昧らしい。そういえばさっきの雑貨屋にも、詳細な説明書が付いた魔法薬が置いてあった。使う分には知識が必要ないなら、マリアも何か持っておいても良いかもしれない。
「結構毛並みが荒れてる……ブラッシングしてあげたいなぁ」
「相変わらず優しいですわね、カティ。ですがもう次の駅に着きますわ」
完全に絨毯と同じ見た目のそれに毛並みという言葉を使うのは違和感があったが、生き物なのだからそう表現するほかないだろう。マリアもカティを真似て毛を一撫でしてから、絨毯を降りた。
「昼食はお店を予約してありますが、構いませんわね?」
「待ってたぜ! 腹減ったー!」
「楽しみにしてござる!」
これから行く店はガイドでも大々的に紹介されていた。『予約必須!』という文言と美味しそうな料理の数々を思い出し、マリアのお腹が鳴る。食いしん坊二人に続いて、マリアの歩みも自然と速くなった。
◆◆◆
辿り着いた店、鈴蘭亭は、聞きしに勝る大混雑だった。なんとかシェラが予約していた旨を伝えると席に案内され、同時にキッチンからメニューが飛んでくる。
「店員が来るまでに決めておけ、ということか」
「ねぇシェラ、ここは何がおいしいの?」
「とりあえずフィッシュアンドチップスは頼むよな?」
「おれはソーセージにすっかな」
八人でメニューを囲んでわいわいと言い合う。周りの席には今も出来立ての料理が運ばれてきて、その匂いが食欲を湧かせていた。
マリアも何か頼もうと思ったが、そもそもこういった店に来るのは初めてで勝手がわからない。まごついているマリアを見かねて、シェラがいくつか料理を挙げてくれた。
「初めてでしたらジャケットポテトが良いでしょう。色々トッピングできますわよ」
「あたしもそれにしようかな」
結局マリアとリュディアはジャケットポテトを頼むことにした。そしてそれぞれがパイやフィッシュフライを頼む中、カティが選んだのはうなぎのゼリー寄せだった。
「……それを頼むか、カティ」
「確かにメニューにはありますが……あたくしとしたことが、視界から外していましたわ」
「えっ、名物なんじゃないの?」
カティは有名なものだと言っているが、マリアが覚えている限りではガイドにそんな料理は載っていなかった。載せるまでもないほど名が広まっているということなのか、はたまた……
「ボクはノーコメントだ」
「おれはちょっとな……いや、何でもねぇ」
ここまで良い反応が一つも無いことが逆に興味を引いて、カティはゼリー寄せを注文に加えた。
そうしているうちに店員がやってきて、注文を取る。そして料理が来るまでにどう待っていようかと話すマリアたちの下に、二人の女性が近づいてきた。
「お若い魔法使いさんたち、少し宜しいかね」
「マダム、我々に何か……?」
「そう大したことじゃないんだがね、ウチの娘に魔法をかけてやっちゃくれないかい?」
老婆の背後に立つ女性の腹は、服の上からでも分かるほど膨らんでいた。その様子を手で示して老婆が続ける。
「元気な子が生まれてくれるよう願っとるけど、その子に魔法の才があればどんなに嬉しいことかとね。その幸運の後押しを願いたいのさ」
それを聞いたマリアたちは顔を見合わせた。どうするべきかもわからないマリアに、オリバーから言葉が魔力波として届く。
(マリア、彼女の体調を診てくれないか)
(どうして?)
(この中で最も治癒に長けているのは君だ。無論俺もサポートする)
(……わかった)
マリアはするりと進み出て、女性の前に立った。老婆よりも小さな少女が出てきたことに戸惑った様子の二人だったが、その腹に触れてもいいかと聞くと、期待を込めた目に変わった。
(そう大げさなことをやる必要はない。母親と胎児のどちらにも影響のない程度でいい)
そっと腹に触れ、その体を探る。異常は無い。ただ、体内に小さな魔力の流れがある。それがどこにも影響を及ぼしていないことを確認した上で、マリアは体力を回復させた。
黄金の光がマリアの手から零れ、疲労を癒していく。マリアが女性から離れると、感激したような表情で両手を握られた。
「あぁ、ありがとうございます……!」
「良かったねぇ。これでこの子は魔法使いになるよ。幸せなことさねぇ」
離れていく二人を見送って、マリアは席に戻った。オリバーに目を向けると少し眉を下げて口を開く。
「ありがとう、マリア。……ああいった風習は未だに根強いな。普通人の間に魔法使いの適性を持った子どもが生まれる確率は未だに分かっていない」
「でもあの子、多分魔法使いになるよ」
マリアがそう言うと、ピートがぎょっとした顔を向けてきた。不思議に思って尋ねようとすると、カティが興奮した様子で話しかけてくる。
「どうしてわかるの、マリア」
「少しだけ魔力を感じた。母親じゃないなら、」
「子どもの方、ってことか。すげぇなマリア」
反応を見るに、普通はわからないものらしい。しかしマリアにはそれよりも、暗い顔をしているピートの方が気になった。
「どうかしましたか、ピート」
「……何でもない」
その言葉とは裏腹にその声は沈んでいて、テーブルが妙な雰囲気に包まれる。それを打ち破ったのは、ナナオの腹の虫だった。
「……申し訳もござらん」
「いや、悪い。そうだよな、ボクも楽しまないと」
「だが何かあったら相談してくれ、ピート」
「あぁ、分かってる」
空気が和んだところに、丁度料理が運ばれてくる。ピートの様子が気がかりだが、今は本人の言う通り楽しむことが先だった。
【夜空のモビール】
星々を象った動く彫刻
希少な隕鉄が使われている
輝く星は目を奪い、一定時間動きを止める
ある予言者が伝えた終末の形
月の無い夜にこそ星は輝き、神の使者がやって来る