「料理出来ましたー」
「ありがとうございます」
熱々の料理が次から次へと運ばれてきて、あっという間にテーブルを埋める。ガイとナナオが歓声を上げる中、カティの目の前に置かれたのは一つのボウル。黄色がかったゼリーにぶつ切りにされた魚の切り身が浮かぶ姿は、はっきり言って不気味だった。
「これがうなぎのゼリー寄せだ、カティ。忌憚のない意見を聞かせてほしい」
「う、うん。……いただきます」
スプーンで取り分けたそれを一口含んで、カティは固まった。なんとか飲み込んだようだが手元の残りを見ながら必死に言葉を探している。そんなカティの様子に興味が湧いたマリアは、ナナオと一緒に食べてみることにした。
「ん……?」
確かに生臭い。切り身の中には骨も入っていて、食感もあまりよいものではない。だが、
「食べられなくはない」
そう言ってマリアはもう一口掬って食べた。
食べられなくはない。生肉をかじったり木の実を食べてお腹を壊していた頃と比べれば、調理してあってゼリーもある分かなりマシだ。
「うぇ……本気?」
しかしリュディアは少し舐めて顔を顰めていたから、単純にマリアが味音痴なだけかもしれないのだが。
またナナオも好みの味ではなかったようで、残りは全員で消費した。一番多く食べたのはマリアだったため、シェラに体調を心配された。
「……好みは人それぞれですからね」
「口直し、と言うのはおかしいか……? まぁ、
「かたじけない」
「ありがとう」
さっぱりとした甘さに加え、しゅわしゅわとした感覚がやけに癖になる。だが一口二口と飲み進めていく内に、マリアは頭がぼんやりとするような感覚に襲われた。
「……オリバー、すこし拙者の方に近づいてくださらぬか?」
「ん? あぁ、!」
マリアと同じものを飲んでいたナナオがオリバーに顔を近づけ、そのまま通り過ぎると彼の頭を抱きしめた。
「な――!?」
「えっ!?」
「あら、」
「おい、オマエっ」
「お、大胆だな」
各人各様の反応を見せる中、マリアは驚くことも無くその様子を見守っていた。それに違和感を覚えたリュディアがマリアの顔を覗き込むが、声を掛けるよりも早くオリバーがナナオの抱擁から抜け出した。そしてテーブルの上のグラスを掴んで鼻を近づけ、言う。
「誰だ、酒を注文したのは!?」
「へ? おれはサイダーしか頼んでねぇぞ?」
その言葉に、リュディアがマリアの手にあるグラスを取って鼻を近づける。ふわりと香った酒精の匂いは、それが間違いなく酒であることを示していた。
同じく自分の前にあったグラスに口を付けたシェラも同じ結論に至り、うつむいたままのマリアを気遣うように視線を向ける。
「これは……
マリアはその問いに答えずシェラに寄りかかった。マリアの頬はほんのりと赤みを帯びていて、酔っていることがはっきりわかる。しかし体調に問題は無いようで、シェラとリュディアは胸を撫で下ろした。
シェラに頬をすり寄せるマリアの姿に冷や汗を流しながらリュディアが面倒を見ていると、唐突にオリバーが立ち上がった。
「オリバー?」
「……手洗いに。少し、長くなる」
ふらつきながら店の外へ向かったオリバーを見送ったシェラは、制服の裾を引っ張られるような感覚を覚えた。視線を下げるとマリアが熱で潤んだ目を向けてくる。普段より高い体温がぴったりと張り付いて来て、マリアに似つかわしくない酒の匂いにこちらまで酔ってしまいそうだった。
「リュディア、これ」
「ありがと。マリア、水飲める?」
「んゅ……」
「ほら、しっかり持って」
カティがもらって来た水の入ったグラスをマリアに持たせ、リュディアが底を支えながら飲ませる。その様子を見ていたシェラは断りを入れて席を立った。
「おーい、ナナオ。おれのことわかるか?」
「ん? んへへ」
「駄目そうだな。マリアの回復待ちか?」
「それかオリバー、だけど……どうしたんだろう」
「詮索するつもりは無い。ボクたちはこいつらを見ておくだけだ」
「……うん。そうだね」
テーブルの向こう側で交わされる会話に注意を引かれかけたリュディアだったが、少し濡れた手が袖口に触れて意識が引き戻された。見るとグラスを空にしたマリアがリュディアを見つめている。
「どうしたの、気分良くなった?」
「うん。まだちょっとくらくらするけど、一緒に治すから」
まだ頬がうっすらと赤いマリアが立ち上がろうとするのでリュディアは手を取り、向かい側に連れて行く。まだ酒の香りを纏うナナオに抱き着くようにして、マリアは祈祷を使った。
「戻りましたわ」
「おかえり」
「二人は……大丈夫そうですわね」
そっと席に着いたシェラの隣でマリアはポテトを頬張っていた。チーズをたっぷりとかけ回したポテトが、マリアの小さな口に消えていく。
かなりボリュームがある料理だが、食べきれそうで一安心だ。シェラがその様子を見ていると、マリアが顔を上げた。
「ん、シェラ」
「楽しめているようで何よりですわ。お酒は抜けましたの?」
「うん。シェラは食べないの?」
「そうですわね。あたくしもいただきましょうか」
そう言ってシェラも料理に手を付ける。ガイからソーセージを分けてもらうなどしてにわかに食卓が盛り上がり始めた時、オリバーも戻って来た。その姿に変わりは無かったが、マリアには憑き物が落ちたような、すっきりした風に見えた。
「遅かったな、オリバー。もう食ってたぞ」
「大丈夫? 体調悪いの?」
「すまない。もう大丈夫だ。久々の校外で気が抜けたらしい」
オリバーがナナオの隣に座るとテーブルの向こう側が一気に騒がしくなった。マリアは残っていた水を飲み切って、別の料理に手を伸ばした。
オリバーも少しマリアに視線を寄越したが、平気そうだと分かるとナナオ達と談笑を始めた。
◆◆◆
「かーっ、食った食った!」
「美味にござった!」
会計を済ませて店を出たガイとナナオがうん、と伸びをする。相変わらず二人はよく食べるもので、注文した料理の半分以上は二人の腹の中に消えて行った。
「それで、この後はどうするんだ?」
少し苦しそうにしていたピートが声を上げた。そこに手を挙げたカティは、マリアたちを先導するように前に出る。
「実はガラテアに行くって言ったらミリガン先輩にお使い頼まれちゃって。魔法動物のお店に行きたいんだ」
「ふぅん。別にいいけど、何時間も張り付くのはやめろよ」
「そそ、そんなことしないよ、たぶん……」
その言葉にマリアとリュディアは顔を見合わせた。どうやらそれなりの時間がかかることを覚悟しなければならないようだ。
しばらく歩くと、羽をいっぱいに広げた鳥のような看板が目に入った。看板に書かれているのは『ミュラー魔法動物店』の文字。
「ごめんくださーい」
大量のケージが置かれ獣特有の臭いが漂う店は、特段不思議なところは無さそうだった。狭間の地では、動物を飼うのは軍事利用のためにほかならず、愛玩用など考えられることも無い。
子どもばかりの展示にマリアが身を乗り出すと、穏やかにくつろいでいた魔獣が跳ね起き唸り始めた。
「あれ? どうしたんだろう」
「特に驚かせるようなことも……しておりませんわね」
「目を合わせるのはよくねぇって聞くし、それじゃねぇか?」
警戒したようにマリアから離れていく魔獣の姿に、マリアはそっと身を引いた。しかしその後方にあったケージの中で、別の魔獣が吠え始める。
「マリア、何か持ってる?」
「な、なにも。いつも通りだけど、」
吠え声に反応して、一気に店内が騒がしくなった。同時に店の奥からバタバタと足音が聞こえてくる。
「待った待った待った! 学生さん、ちょっと外出てて!」
焦った様子の青年はマリアたちを外に出すと、粉末状のものを撒き始めた。彼が起こした気流に乗って粉末は魔獣たちの下へと届き、すぐに興奮状態が収まっていく。店の外から見守っていると、ものの数分で騒ぎは落ち着いた。
「はーい、入っていいよ。……でもそっちの子は遠慮してほしいかも」
「えと、すぐ買ってくるから! 待っててマリア」
申し訳なさそうに店員が伝えると、カティは足早に店に入って行った。オリバーとナナオも付いて行き、残った五人は店先の邪魔にならないところで待つことにする。
マリアはガラス越しに店内を覗こうとしたが、リュディアに止められた。
「何してんの」
「……気になったから」
「さっきの見たでしょうが。そりゃ原因はわかんないけどさ」
「あぅ」
ぐい、と肩を掴まれてリュディアを壁で挟むような位置に立たされる。どうあっても移動させてもらえないことを悟ったマリアは、腹いせにリュディアに体重を掛けた。
「にしても、なんであんなことになったんだ?」
「警戒、というよりは怯えているような反応でしたわね」
「殺気とか、そういうやつか? ボクにはわからなかったけど」
三方向から視線を向けられ、マリアは居心地が悪くなった。ガイはもちろんシェラやピートよりも背が低いため、こういうときは一層見下ろされているような感覚に陥る。
どこに視線を向けるべきかと目を泳がせていると、カティたちが店から出てきた。なぜかさっきの店員を連れて。
「君がマリアちゃん? はいこれ。受け取ってくれると嬉しいな」
そっと渡されたのは小さな紙束だった。何枚かめくって見ると、どうやらこの店の割引券のようだ。
しかし迷惑を掛けた側であるマリアがこれを貰うのは納得がいかない。店員もそれは分かっているようで、少しかがんで口を開いた。
「ウチの商品で被害に遭ったみたいだから、お詫びね。いやまあ使い方はお客様の自由なんだけどさ、あの蛇眼はちょっとやりすぎだ」
ここにきてようやく、彼の言っているものがミリガンに使われた麻酔薬であると思い至った。確かにここの道具を買っているのならば、薬品も同様なのだろう。
「一年生の間はまだ体が出来てないからね。あの後、体調に変化はない?」
「特には」
「そうかい? まぁ次あいつに遭ったら、ウチが文句を言ってたって伝えておいてくれよ」
そうしてマリアたちはその店員に見送られて店を出た。話を聞いてみるとカティも店内で何か言伝を預かったようで、ミリガンのやらかし具合がわかるというものだ。度合いとしてはそう大きくはないかもしれないが、本人が元気な分これからも被害が確定している。
「ま、まぁ、何も起きない内から心配したって仕方ねぇわな」
「そ、そうですわ! 次は気分の盛り上がるところに行きましょう!」
◆◆◆
「ここですわ」
「
「いえ、近年そのような店は減っていると聞きます。元々コストが掛かり過ぎますし」
店に入ってみれば、奥から呪文を唱える声が響いてくる。正面にある受付の向こう側には、いくつかの魔法使いがいて射撃の腕を競っていた。
ふと店内を見ていたマリアの目が大量の魔法道具が積み上げられた棚を捉えた。その中央にはトロフィーも置かれている。
「いらっしゃい。この店は初めて?」
「そうです」
「じゃあルールを説明した方がいいかな」
そう言うと店員は受付の奥からパネルを取り出した。
「難易度は
豪華賞品と銘打たれたそれらをよくよく見ると、参加料を含めたとしても結構な収穫になりそうだ。マリアは挑戦してみようかと考えたが、呪文のみで突破できる気がしなかったため諦めた。
「……少し興味があります。やってみませんか、オリバー」
思わぬところからの声に、マリアは顔を上げた。見上げる格好となりその真意は読み取れないが、その瞳はどこか不安気に揺れているように見えた。
そんな表情をさせているのがオリバーだということには、マリアも驚いた。この二人の間で何かあったことなど、今までなかったのに。
「構わない、が――君がやるなら無様な姿は見せられないな」
「うっし、こっちもやるぞ。ピート、お前は
「もちろん
「あたしたちも行くよ。……マリア?」
離れていくシェラの背中をぼんやりと見つめていたマリアは、リュディアの声に反応するのが遅れた。振り向くと、ガイたちがレーンを取って待っている。
「気になるなら挑戦すればよかったのに」
「……魔法の練習したかったし」
「いいならいいけど。そうだ、ちょっと教えたいやつがあってさ」
その時ガタン、と音がして、
普段の倍以上に高くなった視界には円状の広場があり、二人はその中央に立っていた。その周囲には鉄くずが散らばっており、どうやら全周から的が出るようだ。
「
火蓋を切ったのはオリバーの火炎呪文。魔獣の形に組み上がった的が飛び掛かろうとしたところを正確に撃ち抜く。しかし的はそれだけではない。背中合わせに立った二人の周囲では、今も新たな的が形成されようとしていた。
競技は実に三十分にも及び、終わったころには店の外からも拍手が送られた。二人は疲れ切った様子で広場から出てくると、マリアたちのいるレーンに向かってきた。
「見事な戦いにござった!」
「とんでもねぇ量の的だったな! おれぁ途中からひやひやしっぱなしでよ!」
「……」
「……」
「遊びの雰囲気じゃなかったぞ……ほら、飲め」
ピートが持ってきた飲み物を一息で空にした二人は、きらきらと目を輝かせるマリアたちに、感想をぶちまけた。
「敵が多い! 時間が長い!
「曲射に属性の使い分けが求められ、撃ち漏らしが襲ってくるなんて! あんなもの、戦闘訓練と変わりませんわ!」
ひとしきり吐き出した二人はぐったりと椅子の背にもたれかかった。そこへやたら上機嫌な店員が近寄ってきて、二人の間にトロフィーを置く。
「クリアおめでとー。いやぁ、二人ともまだ二年生だろ? 末恐ろしいねぇ」
背後では景品が従業員の手によって梱包され、外に運び出されていく。その上でトロフィーを手で示すと、芝居がかった口調で拍手をした。
「おめでとう! 激戦をくぐり抜けた者同士、これからも末永くお幸せに!」
店員が行ってしまうと、オリバーとシェラは顔を見合わせた。
「去年の死闘に比べれば、と言うのは野暮だろうな」
「遅れてきた勲章だと思えば悪くはないでしょう」
そう言って二人はトロフィーの上で白杖を重ね合わせた。マリアがぼんやりと見ていると、シェラがそっと手を引く。
「もちろんマリアとナナオにも……あら、どこに行ったのでしょう」
「二人ならあっちで話してるよ」
顔を寄せ合って何事かを話すナナオとカティを微笑まし気に見たシェラは、そっとマリアを抱擁した。
マリアは勲章など意味は無いと思ったが、その温かさには応じた。
【勝利のトロフィー】
真鍮で出来た、大きなトロフィー
二人の魔法使いが杖を交わす姿が象られている
ありふれた量産品であり、特別な効果は無い
勝利とは栄誉であり、勲章である
それを語り継ぐ者がいるのであれば