ピートが密かに練習していたという曲射を披露したり、ナナオの高火力の呪文でぼやを起こしかけたりと、その後の競技はたいそう盛り上がった。そしてマリアはレーンの外れで、リュディアからこそこそと教えを受けていた。
「そうそう、コツはあんまり難しく考えないこと」
「むむ……
マリアの杖剣から、渦巻くような風の刃が現れる。そこに呪文に象られた魔力が纏わりつき、放たれた先で三つの的を貫いた。
「おぉ」
「向こうの戦技を土台にするイメージかな。こっちのほうが効率良いし」
「これ、他にも?」
「いけるいける。あくまで補助だからね」
結晶の欠片を飛ばしながら軽い口調で言うが、これは狭間の地の者にしか再現できないだろう。全くの別物であるからこそ両立できているだけで、威力を上げたかったら二節呪文でいいと言われるのが目に見える。
とはいえ、未だに慣れない魔法を使いやすい形に出来るのなら願っても無いことだと、マリアは上機嫌にリュディアの隣に並んだ。
「ここからは競争」
「……ちゃんと勝負するの初めてじゃない?」
「そうかも」
「エルデの王に勝つ……!?」
「リュディア?」
「いや、ごめん。なんだか寒気が……」
そこから実に三時間も遊び続けさらに延長までしたマリアたちは、料金を払って店を出た。見上げると空はすっかり茜色に染まっていて、冷えた空気が火照った体に心地よい。
夕飯時に差し掛かってさらに増えた人通りを避けて脇道に入ると、丁度向かいに小柄な人影が消えていくのが見えた。
「……あれ?」
「今の、ゴブリンか? 街中で見かけるのは初めてだけど」
「む、何か落ちてござる」
駆け出したナナオに付いて行くと、小さな帽子を拾い上げていた。マリアでも入りそうにないそれは、恐らく先ほどの
「ここ、かな?」
しんと静まり返った大きな建物を前に、カティが進み出る。マリアはその扉の先から大量の息遣いを感じていた。
開いた扉の先には、何らかの作業を行っているゴブリンたちの姿があった。マリアたちの足音に反応してか一斉に視線が向き、言いようのない圧を感じる。
「ん? 何で作業止めて……って、どうかしましたぁ? 一応ここ、立ち入り禁止なんスけど」
膠着状態に陥ったマリアたちとゴブリンの間に、上から声が降って来た。見上げると、作業場をぐるりと囲むように作られた足場からゴブリンと同じ作業服を着た男性が下りてくる。
「あの! 外でこの帽子を見つけて、」
「あー、確かにウチのっスね。すみませんね、わざわざ」
カティから制帽を受け取った男性は、振り返って声を張り上げる。
「おぉい、制帽を落としたのはどいつだ! 拾った方が届けてくださったぞ!」
その声を受けて、ゴブリンの中から一人歩み出た。背を少し曲げて、とぼとぼと歩いてくる。
マリアはその佇まいに違和感を覚えた。制服の大きさは合っていそうなのに、どこか窮屈な印象を受ける。
「またお前か。いつになったらまともに着られるようになるんだ? ほら、ちゃんとお礼しろ」
ゴブリンは小さな声で礼を言うと、また作業に戻って行った。それを不満そうな顔で見る男性に、カティが声を掛ける。
「あの子たち、森ゴブリンですよね? 普通ならもっと薄い服を着るんじゃ、」
「森の中ならそうでしょうけど。やっぱり街で緑の肌は目立つもんで、着込ませてないと市民から苦情がね」
苦笑交じりで至極当たり前のように語る男性に、カティが息を詰まらせる。カティにとっては、ゴブリンたちが望まない形で働かされている現状は認めがたいのだろう。
「ま、なんだかんだ仕事は出来ますからね。手先も器用だし、何より賃金が安い。人間の五分の一で済みますから、多少の愛想の悪さは許してやらないと」
マリアはカティが声を荒げるのではないかと思い、そっと傍に寄った。しかしカティは言葉を飲み込み、勝手に立ち入ったことに謝罪して倉庫を出た。
◆◆◆
「なんつーか、マシな部類だと思うぜ。人権派の睨みが効いてんだろうな」
肩を落として歩くカティの背中に、ガイが言葉を投げかける。しかしガイとは反対に、シェラは苦い顔で口を開いた。
「……ですが、あの光景はこの社会に必要なものなのです。そういう意味では、間違っているとは言えませんわ」
カティはシェラの言葉に立ち止まり、振り返った。震える目がシェラに向けられる。
「シェラは、あんなのが正しいって言うの? 狭い所に詰め込まれて、窮屈な制服を着せられて……その上お給料は人間の半分も無い。あの子たちにも本当の生き方があったのに……!」
「落ち着け、カティ。君も本当は分かっているんだろう。――俺たち魔法使いの社会は一部の亜人種を労働階級に置くことで成立してしまっている。膨れ上がった人口は、以前のやり方では養えない」
マリアはそれを少し意外に思ったが、すぐに当然のことかと思い直した。キンバリーだけでも狭間の地より人が多く、その上魔法使いよりも普通人の方が多いと聞く。この世界がどれだけ広いかは分からないが、ナナオやカティの口振りではここが特別多いわけでもないのだろう。
魔法使いが労働力となればまた別なのだろうが、彼らは自分の研究で頭が一杯で余所に気を配る暇はない。土地を奪う力だけを持って、広がり、そのしわ寄せがそこに生きていた者たちに降りかかるのは当然の結末だ。
「人が多いのも考えもの、か」
「土地の問題はあたしたちも無関係じゃないからね」
孤島である狭間の地で、土地はこれ以上増やせない。ラニがそこを考えていないとは思えないが、次に会う時に話してみてもいいかもしれない。
「……八つ当たりしてごめん、シェラ」
「あなたの憤りも分かります。その思いを受け止めることも友の務めでしょう」
シェラが落ち込むカティを抱きしめ、背中を撫でた。マリアはそれをぼんやりと見ていたが、路地の外の通りに見慣れない制服を着た集団を見つけてふらりと体が動く。
「こら」
「んぇ」
マリアの襟首を掴んでリュディアが自分の下に引き戻す。そしてむっとした顔で見上げてくるマリアの耳元に口を近づけた。
「何かあったの?」
「向こうにキンバリーのじゃない制服の人がいて、」
「……何? 本当か、マリア」
小声でやり取りをしていると、聞こえたのかオリバーが反応を示した。その向こうではシェラとカティも不思議そうにこちらを見ている。
マリアはリュディアに抱かれたまま、通りの方を指さした。
「あっちを歩いてた。何人か同じ服を着てたから、改造してるんじゃないと思う」
キンバリーでは、自前の制服を改造している者が多い。その理由は自身の研究や戦闘スタイルに合わせたものであったり、単にファッションであったりと様々だ。
しかし徒党を組んで制服を変えるような風習は無い。キンバリーは良くも悪くも個人主義であり、時に力を合わせることがあっても、それは互いに利があるときだけだ。
「となると……フェザーストン、か?」
「もしそうなら少しまずいですわね。どうします、オリバー」
「俺たちに後ろ暗いものがあるわけでもない。絡まれないようにするしかないか」
オリバーにしては後ろ向きな意見だった。シェラもそれに賛成して、次の店へと向かって歩き出す。マリアは二人に続くガイとナナオ、カティに付いて行こうとして、悩む様子のピートに気がついた。
「どうかした?」
「ん……あぁ。さっきの、ボクも聞いたことがあったんだ。キンバリーとは相性が悪いとかで、先輩方が愚痴を言っていた」
「キンバリーに反発する人、多そうだからね」
リュディアがしみじみと口にした言葉にマリアも頷いた。校長を筆頭とする教師陣の中にまともな人物は少なく、そんな彼らに教えを受けた生徒たちもまともとは程遠い。もちろんそうでない人物もいるのだが。
マリアたちは少しの不安を抱えながら、目的の飲食店に向けて歩いて行く。日が暮れ出してしばらくした頃、燦然と光り輝く看板が見えてきた。
「ここですわ」
その雰囲気は昼間の店とは違っていて、落ち着いた空気の中で複数の男女が談笑していた。マリアたちは大人数のため、複数のテーブル席に通される。
「予約の段階で注文は済ませてありますの」
「待ち遠しいでござるな」
「どんな料理が出るんだろうね」
ひとしきり運動をしてお腹も空いてきたところだ。マリアが店内に漂う匂いに期待を膨らませていると、一人の少年が近寄って来る。深緑色のローブは、マリアが見たのと同じものだった。
「――キンバリーの生徒だな」
「え、えぇ、そうですが」
「僕はフェザーストン魔術学舎三年、ダニエル=ポロックだ。君たちに言いたいことがある」
眉根を寄せたポロックは、店内に響き渡るほどの怒声を上げる。
「いつまでも勝手が通ると思うな! 君たちの亜人種の扱いは目に余る!」
「……キンバリー魔法学校二年、オリバー=ホーンです。どうか落ち着いてください。俺たちは夕食を取りに来ただけで、」
「そうやって油断させて、不意打ちでもするつもりでしょう?」
「毎年どれだけの亜人種がキンバリーで死んでいるか分かっているのか!? そんな学校にいて、よくもまあ呑気に飯を食っていられるものだ!」
オリバーがなんとかなだめようとするが、まるで相手にされない。それどころかポロックの後ろからフェザーストンの生徒たちが次々と現れて、口々にキンバリーへの不平不満を言い募る。
純粋に食事を楽しみにしていたマリアだったが、店内の騒ぎが大きくなるに連れて我慢の限界が近くなってきていた。
「マリア、マリア」
「何」
「頼むから店を壊したりしないでね。いらいらするのは分かるけどさ……ね?」
「……うん。分かってる」
恐る恐る声を掛けてきたリュディアに、マリアは無感情に返す。その視線は今も刺々しい言葉を放つフェザーストン生に向けられていた。
「私たちが保護活動を行っていた亜人種の村は、お前たちに潰されたんだ!」
「一体いくつの死体が検体としてキンバリーに運ばれたか知っているの?」
「……あなたたちの意見も分かります。ですがキンバリー生にも人権派はいるのです。今の非難は、少なくともこの子には当てはまりませんわよ」
先ほどから苦しそうに俯いていたカティの背に手を添えて、シェラが苦言を呈した。キンバリーにおいてカティは異端とも呼べる存在である。それを外部から突き付けられることは、たとえ事実とはいえ辛いことだった。
「人権派? そんなものが信じられるか」
「どうせ亜人をインテリアか何かだと思っているんでしょう?」
「っ!」
両手を握り締めて顔を上げたカティの向かいで、ガイが立ち上がる。
「さっきから好き勝手言いやがって……カティが苦しんでんだろうが!」
「いいのか? そんな態度で」
「あぁ!?」
「こちらには三年生もいるのよ。格の違いも分からないのかしら」
三年生、といってもそこまで力の差があるようには見えない。マリアはテーブルクロスの下で骨の手甲を身に着けた。
ガイとポロックの取り巻きが一触即発になりかけたところにオリバーが割り込む。そして緊張の中で白杖を取り出し、自分に向けて呪文を放った。
「
襟から細いツタが伸び、その先で白い花を咲かせる。花束に顔を埋めるようなかたちになったオリバーの姿に、このためだけに仕込んでいたのかとマリアは首を傾げた。
(そういえば
ガイほどではないが、オリバーも魔法植物の扱いが上手い。それもあって持ちネタにしているのだろうと考えていると、無言で見ていたフェザーストンの生徒の一人がグラスを手に取った。
「どうだろうか……っ!」
「礼はいらねぇよ。花には水をやるもんだ」
ぱしゃり、と音がした瞬間にマリアは立ち上がっていた。しかしそれよりも早く、その生徒の眼前で光が弾ける。もんどりうって床に転がった生徒の手からグラスが落ち、静まり返った店内にグラスが割れる音が響いた。
「ぎゃああぁっ!」
「――床に額を擦り付けて、オリバーに謝れ。今すぐにだ!」
「ピート!?」
片手に炸裂球を握ったまま、ピートが杖剣を抜き放つ。その気迫に押されてフェザーストン生が後ずさる中、ピートの横に大柄な人影が並んだ。
「よくやったぜ、ピート。だけどよ、おれはもう、謝ったって許さねぇ」
怒りをあらわにする二人を見てマリアは逆に落ち着きを取り戻しかけていたが、場の緊迫感は増すばかりだった。ポロックの後ろにはさらにフェザーストンの生徒が駆け寄ってきて、状況は悪化しつつある。
そんな中、三人の男女がテーブルから立ち上がった。その制服は、キンバリーのものである。
「喧嘩を吹っ掛けたのはフェザーストン、人数もそっちが多い。うん、いい塩梅だ」
「店長、構わないな? もちろん損害分は我々が持つ!」
次々と放たれる呪文によって、テーブルと椅子が客を乗せたまま片隅に押しやられる。そうしてできた広いスペースで、フェザーストン生とマリアたちは向き合った。
「よく聞け後輩ども。ここはガラテア、キンバリーの城下町。売られた喧嘩は全部買え!」
立会人のごとく場を仕切った上級生たちの向こうで店主が仕方ないとばかりに肩をすくめる。客すらも食事を中断して観覧に回る始末であり、フェザーストン側は完全に置いて行かれていた。
「
火蓋を切ったのはピートの魔法。ふらつきながら立ち上がった男子生徒が吹き飛ばされ、そのままトドメとなった。そしてもたつきながら杖剣の柄に手を掛けたフェザーストン生の一人に、ガイの拳が突き刺さる。
乱闘の渦中へ向かおうとしたマリアに、リュディアが手を伸ばした。しかしマリアはその手を一瞥しただけで駆け出して行く。
「あーもう、しょうがないったら!」
リュディアの指先から星屑が零れ落ちる。それは薄青の光となって、マリアたちに纏わりついた。
その光にリュディアの心配を感じ取ったマリアは、ほんの少し力を緩める。そしてそれを隙と取って斬りかかって来た女子生徒の腹に、貫き手をめり込ませた。
「かっ、」
「……」
ずるりと体力を奪い取られ、少女は気を失った。そこへ雷撃が襲い掛かるも、肌の表面に纏った輝石の欠片によって散らされて消える。
たった今魔法を撃ってきた相手に目を向ければ、怯えたように杖剣を構えた。そこへ後方から風の塊が飛んできて、壁に叩きつけられる。
「カティ」
「好き放題言って……わたしだって……わたしだって!」
悲しみが、後悔が、カティの瞳の中で揺れる。理想と現実の間で揺れながら道を切り開こうとする姿を彼らは知らないのだ。この一年、カティがどんな思いで過ごしてきたのかを。
「付き合い申すぞ、カティ」
「……あたくしも行きますわ」
ナナオとシェラも加わって、乱闘はより激しさを増した。彼らのリーダーを置き去りにしたままに。
◆◆◆
「あれ、もう終わり?」
「鍛え方が足んねぇよな、このガリ勉ども」
「ウチの後輩たちが強かったんだって」
床に倒れ伏したり壁にもたれかかったりと散々な有様のフェザーストン生たちを端にまとめ、テーブルを戻す。マリアたちに目立った怪我は無く、ガイが手を切っただけでそれもすぐに治された。
興奮も既に冷めてしまっており、ガイの顔はやり過ぎたという後悔でいっぱいだった。
「悪い。おれが手ぇ出さなきゃ、」
「……ボクは謝らない」
対照的な二人の様子に、オリバーも苦笑がこぼれる。そして三番目に突っ込んで行ったマリアは、リュディアに頬をつねられていた。
「あぅぅ……」
「怪我は無い。店も壊してない。なら良かったとはならないからね?」
「ひゃい」
「にしても柔らか……いや、なんでもない」
マリアが赤くなった頬を擦っていると、ポロックがこちらに歩いてきた。最後まで乱闘を止めようとしていた彼もまた無事とは言い難く、片手で脇腹を押さえている。
オリバーは濡れたローブを脱いだまま、苦い顔のポロックと向き合った。
「断じて乱闘をするつもりは無かったが、最初に吹っ掛けたのはこちらだ。それは謝罪する」
そしてポロックは重苦しい雰囲気を纏ったまま、カティに向き直る。
「それから、君。もしやアールトのご息女か?」
「そう、です」
「そうか……人権派の大家のご息女が、よりにもよってキンバリーに入ったという噂は聞いていた。だからこれは、善意の忠告だ」
ポロックが何を言うのか、察するものがあった。それはフェザーストンの校風を聞いてから浮かんだ疑問の一つでもある。
「フェザーストンへの転校を勧める。キンバリーの環境は、君を悪い方向に導いてしまう」
それだけ言うと、ポロックは仲間を連れて店を出て行った。後には穏やかな店の雰囲気が戻り、乱闘などまるで無かったかのような様相を見せている。
ポロックから告げられた言葉に思うことがあったのかカティは考え込んでいたが、シェラが切り替えを促した。
「妙な流れになってしまいましたが、一度料理を食べましょう。気を逸らしては居られませんわよ?」
「……そうだね。いただきますっ」
せっかくの休日なのだから楽しいままで終わらせたいと、そう願って。
【輝石の欠鎧】
魔術学院レアルカリアの古い輝石魔術の一つ
小さな輝石を纏い、防御力を高める
何度か攻撃を防ぐと消滅する
盾を与えられない雑兵のための魔術であったが、
それを扱える者はいなかった