「もうこんな時間ですのね」
「……話し過ぎたか?」
「しばらく錬金術の試験は困らねぇな」
マリアたちが店を出る頃にはすっかり日が落ちていて、通りを行く人々も数を減らしていた。オリバーを先頭に発着場に向けて歩いていると、カティがその隣へ駆け寄っていく。
マリアは声を潜めて話し始めた二人の下へ行こうとしたが、肩に手を置いて止められる。見上げると、シェラが静かに、という風に指を立てていた。
「今いいところだから」
そう言ってオリバーとカティを見つめるリュディアには、二人の声が聞こえるのだろうか。珍しくオリバーから離れて歩くナナオを気にしていると、カティがオリバーの背中をばしりと叩いた。
「――わたしは転校なんてしないよ! だって、もうキンバリーで戦うって決めたんだもん! ……わたしは誰かと真正面からぶつかって、分かり合いたいの」
これがさっきポロックから言われたことに対しての、カティなりの答えなのだ。同類で固まるのではなく、考えの違いで衝突したとしても、相手を知ることを優先する。
そう啖呵を切ったカティだったが、オリバーが何事か返すと顔を真っ赤にしていた。ああいうところは、変わらないのだろう。
我慢できなくなったナナオとピートが二人の隣に小走りで近づいて話しているうちに、マリアたちは発着場に辿り着いていた。暗くなった空には星がいくつも瞬いていて、この中を飛んだらさぞ気持ちが良いだろう。
しかしそんなマリアたちの下に一つの影が近づいてくる。夜間飛行の注意事項を並べ立てるシェラが初めにそれに気づき、目を見開いた。
「父様!?」
「やあ、愛しい我が娘、そしてその友人たち」
「今までどこに、」
「
疑わしそうに自身を見る娘を躱しながら、セオドールはナナオとマリアに手を差し伸べた。
「それにしても丁度良かった。ナナオ、マリア。少し話さないかい?」
「拙者と、」
「私?」
ナナオと顔を見合わせるも、こんな誘いを受ける理由には思い至らない。かろうじてある推薦人という繋がりも、セオドールがほとんどキンバリーに顔を出さないためあってないようなものだった。
不思議そうに見返してくる二人にいたずらっぽく笑うと、セオドールは未だ明かりを宿す街並みに手を向ける。
「異国の地で一年頑張ったご褒美さ。小物の一つでも買ってあげよう」
笑顔のまま表情の変わらないセオドールはとても胡散臭い。だが、マリアはその誘いに乗ってもいいと思った。シェラやリュディアには心配させてしまうかもしれないが、ちょっとした話だとしても聞いておきたい気持ちがある。
「しかし、」
それでもナナオはまだ迷いがあるようで、オリバーとセオドールの間に視線が行き来している。それを見たセオドールはにんまりと笑うと口を開いた。
「ふむ、そうだね。Mr.ホーン、君もどうだい? キンバリーきっての悪ガキだった僕なら、抜け道の一つや二つなら教えられるよ?」
「……分かりました。俺も行きます」
抜け道に釣られたわけではないだろうが、オリバーもついて来るようだ。それならリュディアも一緒に来られるだろうか。
「それじゃあ四人で行こうか。あまり遅くなっても困るだろう」
「あたしも行きます」
「そうかい? でも特に渡せるものはないよ」
「構いません」
そう言うとリュディアはマリアの隣に立つ。しかしこれ以上の同行はセオドール側から断られ、この五人で行くことになった。
「危ないことに巻き込まれそうになったらすぐに逃げなさい」
「はっはっは。我が娘よ、この僕が生徒を危険な場所に連れて行くとでも?」
「父様を囮にしても構いませんから」
「こらこら」
セオドールは冗談めかして笑っているが、シェラの目はどう見ても本気だ。実の親子でこれだけ信用されていないとは、どれだけのことをしたのだろう。マリアは安請け合いしたことを少し後悔し始めていた。
結局マリアとリュディア、ナナオとオリバーがセオドールについて行くことになった。これ以上は引率出来ない上、財布がもたないからだとか。
(どこまで本気なんだろう)
こんな言動を繰り返していれば、信用を失うのも当然ではある。しかし仮にも歴史ある家の出であり、キンバリーの非常勤講師であるセオドールがここまでの自由を許されているのは何故なのだろうか。
マリアが考え込むうちにセオドールは歩き出す。心配そうにこちらを見つめるシェラに手を振って、マリアもその背中に続いた。
「二人とも、この一年キンバリーでの生活はどうだった?」
冷えてきた空気の中にセオドールの声はよく響く。その答えはどちらともなく口を衝いて出た。
「オリバー達がいなければ、何度命を落としていたことか」
「あんなところで暮らしたら強くもなる」
「ははは! やっぱり変わらないね、キンバリーは」
一体いつからキンバリーが今の形になったのかを知るすべはほとんど無いが、少なくとも今在籍している教師連中が学生の頃からこうだったようだ。それでも潰れないのは、やはり優秀な魔法使いを多く輩出しているからなのだろう。
「二人の話は聞いているよ。ナナオは箒でも活躍しているんだって?」
「うむ。天津風も良き相棒となり申した」
「――心底羨ましいよ、ナナオ。僕はあの箒に選ばれなかった」
ひた隠しにしてきたセオドールの本心が一瞬だけ顕れる。細められた瞳の奥で何を考えているかは分からないが、昔を思い出すような、そんな目をしていた。
「その箒については聞いているかい?」
セオドールはナナオの背中に掛けられた箒に目を向けた。ナナオは大概の箒乗りがそうであるように、箒を自らの体から話しておくことは少ない。マリアは背が低いから着陸場に預けているが、いつでも持ち運べたら便利だろうとは思っていた。
「噂程度にしか。しかし、大変な乗り手がいたと」
「そう。彼女――クロエ=ハルフォードは天才だった。こんなに経っても忘れられないほどに」
「その御仁は今何処に?」
その問いに、なぜかオリバーが体を固くした。マリアは近くにいたからわかったが、周りを警戒しながら歩くリュディアや話し込むセオドールのナナオは気がつかなかったようだ。ともすれば気のせいで済まされそうなものだったが、マリアはそれが妙に気になった。
「どこにも。君の国では鬼籍に入った、というんだったかな」
「それは……」
ナナオ以外に聞きなじみのない言葉だったが、セオドールの表情が物語っていた。クロエ=ハルフォードはもう死んでいると。
「それ以来、あの箒は誰も受け入れなかった。あのエミィさえもね」
「えみぃ、とは?」
「現校長エスメラルダ。彼女、実は後輩なんだ。すっかり立場が逆転しちゃってさ」
ははは、と暗い雰囲気を吹き飛ばすように笑って見せるセオドール。しかし張り付けたような笑みは、これ以上の追求を拒んでいるように見えた。
「ところで、随分入り組んだ道を進みますね」
「昼とはまた違った趣があるだろう? それに良い店はこういう所にあるものさ」
その言い分とは裏腹に、路地裏に明かりはほとんど無い。マリアたちが立てる音だけが響き、暗がりには何かが潜んでいるようでもあった。
マリアはそっとポケットに手を入れて聖印を握った。リュディアも最後尾に立って周囲を見渡す。
「――一つ、怖い話をしよう」
セオドールは周囲の雰囲気に合わせるようにして、声を潜めて語り出す。
「ここ最近、ガラテアで人斬りが何件か起こってね」
「……通り魔、ですか?」
「そう。しかも魔法使いばかりを狙う奴で、この前なんて非番中の守衛が襲われた」
その言葉にオリバーは顔を顰めた。ガラテアの守衛といえば相当な実力の持ち主にしか許されない役職であり、多少気が触れた程度の魔法使いでは相手にならない。そんな街を夜中に出歩く危険性など、分かっているはずだろうに。
オリバーが向けた視線に、セオドールは肩をすくめて答えた。
「心配せずとも、僕が付いているから大丈夫さ。非常勤といってもキンバリー教師端くれ。通り魔ごときに負けはしない! どうだい、頼りになるだろう?」
大仰に示して見せるセオドールは胡散臭いを通り過ぎて少し滑稽だ。役に立たないのが目に見えている。
こんなに大騒ぎしていたらその通り魔とやらに見つかってしまうのではないかとマリアは周囲を見渡し、
「……誰かいる」
通りの向こう、決して広くない道のど真ん中に人が立っている。厚手のコートと目深に被った帽子という目立ちにくい格好の中で、携えた杖剣が存在を主張していた。
「待ち合わせ、ですか?」
「いや? 僕は帰って来たばかりだからね。誰かと会う約束なんてしてないし、」
ひゅう、と音がした。
「――来るぞ!」
人影が弾かれたように走り出す。オリバーが迎撃に放った魔法を横っ飛びに躱すと、そのまま壁に立ち剣を抜き放つ。
目指すはナナオ。集団の中心へ躍り出た人影はナナオと剣を交え、すれ違うようにしてマリアたちの背後へ飛んだ。
「噂をすれば、というやつかな。掛かってきたまえ人斬り君」
「待った。足音が、」
セオドールが杖剣を抜くのとほぼ同時に、幾人かの足音が聞こえてくる。先ほど人影が現れた場所に数人の姿が現れた。
どこにでもいるような恰好だがその目には狂気が宿っており、全員が杖剣を持っている。緊張感が満ちた場で、セオドールが一歩前に出た。
「僕があれの相手をしよう。君たちは時間を稼いでくれれば十分さ」
「……お気を付けて」
セオドールと人斬りの戦いが気になるところだが、マリアも前方に集中しなければならない。剣を抜き放ったマリアたちを見て、彼らもまた構えをとる。そしてセオドールと人斬りが地を蹴ると同時にマリアも駆け出した。
「二人貰うよ」
集団の中に躍り出たリュディアが盾と剣を巧みに使って、二つの影を引き離した。そしてマリアとオリバー、ナナオが一人ずつ確実に倒す。
即興の連携とは思えないほど上手くいったそれは、背後から聞こえた気の抜けた声に遮られた。
「――あれ?」
十分に距離をとって振り返れば、セオドールの手首から血が滴るのが見えた。人斬りがそのままセオドールに斬りかかるも、かろうじて回避しこちらに寄って来る。
「先生!?」
「すまないが腱をやられた!
「ここは拙者が!」
入れ替わりにナナオが出て、人斬りと向かい合った。マリアはその間にセオドールの手首を直しに行こうとしたが、見計らっていたかのように邪魔が入る。
人斬りと関係があるのかわからないが、こちらも相当な使い手だ。幾人かで同時に掛かられるとそちらに集中せざるを経ない。
「気を付けたまえ! さっきの一撃は普通じゃなかった。この僕が不覚をとるくらいだからね!」
「後半はともかく、大いに賛成です。ナナオ! 迂闊に間合いに入るな!」
「うむ」
防止の隙間から、濁った瞳が覗く。そして不可解なのはその呼吸音。ひゅうひゅうという隙間風のような音が帽子とコートの間から漏れている。
「オリバー、あれは……!」
ナナオも思わずといった風に声を漏らす。その視線の先には、月明かりに照らされる
マリアが襲撃者たちの口元を見ると不完全ながらも同様の処置が施されていた。だから誰も呪文を唱えなかったのかと、マリアは遅れて理解した。
「随分古い考え方だ。呪文を封じたって、剣が上手くなる訳もない」
「……魔に呑まれている」
マリアは人斬りの、恐らく弟子や同輩に当たるであろう襲撃者たちをあしらいながら背後の様子を伺っていた。ナナオは一対一の斬り合いを望むだろうが、マリアは隙を見て火でも雷でも投げ込むつもりだった。路地裏とはいえ街中なのであまり派手なことは出来ないのだが。
(それも、こいつらを片付けてから、だけど)
呪文が使えない割に粘るものである。しかし大火力の祈祷が使えないのはこちらも同じ。マリアとリュディアはじりじりと追い詰められていた。
「マリア、大丈夫?」
「うん。でもこれ、どこまでやっていいのかな」
「殺しはダメなんだろうなぁ」
二人が気の抜けた会話をしている間に、襲撃者の一人が雷を帯びながら氷漬けになった。それを見て仕掛けようとしていた残りが二の足を踏む。
しかしにらみ合っていたその視線が大きく見開かれて背後へ向かった。
「君の負けだよ、人斬り君」
散々痛い痛いと喚いていた筈のセオドールが涼しい顔で電撃を放った。人斬りの手首から先は綺麗に切り落とされていて、刀から滴る血が、それを成したのがナナオであることを示していた。
「腱が切れて杖を振るえないのでは?」
「気のせいだったね。やってみたらなんとかなった」
オリバーが詰め寄るも、セオドールはさらりと流す。そしてそのままナナオに近づいて行き、その太刀筋を見極めるようにねめつけた。
「どうだった?」
「……鍛えの入った、良い相手にござった。手負いであるのが惜しいほどに」
よくよく見れば、コートに隠れて分かりにくいが手首以外からも出血している。ここに来るまでに誰か斬って返り討ちにあったのか、それとも――
「うん。まぁ、それはいらなかったかな」
何気なく放たれたセオドールの言葉にその場が殺気立った。怪しい怪しいと思っていたが、まさか通り魔を生徒にけしかけるとは考えもしなかった。
三人分の視線を受けてもセオドールは小揺るぎもしない。そして四人に背を向けて、軽い口調で言い放った。
「さぁ、後は僕に任せて帰りたまえ。残りはこちらで始末しておくよ」
「…………わかりました。三人とも、行くぞ」
呆然と佇む襲撃者たちを残して、オリバーと共にキンバリーへの帰路を歩く。
ナナオはセオドールが自身を狙ったことに気がついているのだろうか。気がついていたとしても、そう拘りはしないだろう。それを分かった上で利用したセオドールに、マリアはいら立ちを覚えていた。
「今度同じことがあったら、私も戦う」
それを聞いて、ナナオはくすぐったそうに笑った。
◆◆◆
路地裏に一人立つ長い影。
倒れ伏した襲撃者たちを冷たい目で見下ろして、セオドールは呟いた。
「君たちは役に立ったが、それだけだ」
もしかしたら師ならば、魔に呑まれたとしても究極に辿り着けるかもしれない。そして迷いと恐れの中で、門弟たちは最悪の道を選んだのだ。
その報いは相手にされることもない、惨めな死を彼らにもたらした。セオドールは首謀者一人を治療し、それ以外を道の端にどける。
「起きたまえ、人斬り君。茶番は終わりだ」
加減した電撃が体を打ち据え、人斬りはびくりと跳ね起きた。辺りを見回し、もはや自分しか残っていないことに愕然とした表情を見せる。
「
セオドールが杖剣を抜くのとほぼ同時、人斬りも杖剣を構える。
門弟も矜持も何もかも失った。けれど最期に、本当の魔剣を見たかった。
魔剣。それは世界に七つしか存在しない、ヒトを超えた一撃。世界のルールをその身に宿し、ただ一人を相手に振るわれる絶技。
「フゥ……」
セオドールは自身の存在率の五割あまりを前方、自己領域ギリギリに移動させる。しかし世界はセオドールが二つあることを許さない。
存在率の低い方が高い方に向けて合流を始めた。それは世界の怒りを示すかのような、膨大なエネルギーによって後押しされている。
「ッ!」
人斬りには、セオドールが突きの構えをとった姿しか見えていない。だが、凄まじい圧がその背後に現れたことだけがわかった。
人斬りは自らが作り上げた魔剣
「これが本物だ」
突き出した杖剣の先で、腰から上が消し飛んだ人斬りの体が崩れ落ちる。セオドールはそれを意に介さず歩き出した。仕立ての良いスーツが焦げて煙を上げている。
「余計に熱が入ったね……まったく」
未だ未熟なれど、確実に完成に近づいたナナオの剣。かつての約束をそこに重ね、髪を振り乱し、犬歯をむき出しにして慟哭する。普段の様子とはかけ離れた姿は狂気そのものであった。
「あぁナナオ、僕の小さな太陽よ。どうか果たさせておくれ――
噛み締めた唇から真っ赤な血が滴り落ちる。
遠い過去に思いを馳せるその貌を、月だけが見ていた。
【魔剣】
この世界に六つ存在するとされている術理
一足一杖の間合いにあるものを、絶対のルールをもって切り伏せる
数々のまがい物が生まれ、淘汰され、六つになった
そして新たな魔剣が誕生し、世界を突き動かす