黄金樹の麓から   作:シショ

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第五章 束の間の日常
第1節


 

 学年が上がれば授業も過酷なものになっていく。それは新しいものであろうと継続して受けようと同じ事。

 

「キャハハハ! お元気ですか、皆さん! 早速ですが移動していただきます!」

 

 相変わらずの笑い声と共にエンリコが教室に飛び込んで来る。そのままの勢いで杖を振ると、だだっ広い教室の床が消え去った。

 

「わ、」

「シェラ、こっち」

 

 マリアはぐいと抱き寄せられ、リュディアの腕の中に納まった。近くにいたシェラもしがみついて、三人は黒々とした空間を落ちていく。

 真っ黒な竪穴はいつの間にか滑り台のような急斜面に変わり、少しの時間と共に突然広い空間に放り出された。

 

「ここは?」

「迷宮のようですが……あ、ありがとうございます、リュディア」

「それより、あれ」

 

 リュディアの白い指が指した先にあるのは三体の異形。少し離れたところで立ち上がったピートがハッと目を見開いた。

 

「あれが、今日の課題……」

「キャハハハッ!」

 

 その瞬間、天井の一部が開きエンリコが降って来た。手に持つキャンディーは三本。その本数が授業の難易度に比例するとはもっぱらの噂であるが、それが正しければ今日は今までにないものになるだろう。

 

「さて皆さんお揃いですね? 本日の会場へようこそ!」

 

 マリアが周囲を見渡せば、ロッシやオルブライト、コーンウォリスなどの見知った顔がある。今日は大教室を使った合同授業のようだ。

 

「課題はこちらの三体! これらの解体と観察になります。どうぞ近寄って御覧なさい」

 

 その言葉にピートとリュディアが進み出て、それぞれのゴーレムを検分する。ゴーレムは球体のもの、六つ足の菱形、液状のものの三種だ。

 どれも継ぎ目一つなく、これだけで完成度の高さが伺えた。その間にもエンリコは嬉々として語り続ける。

 

「ゴーレムの本質は建築物であること! 故に人型であるとは限りませんし、中には様々なモノを詰め込めます。想像するだけでワクワクするでしょう?」

 

 この授業を受けていると、なぜだかそう思えなくなる。とはいえびっくり箱のようで面白いのは事実だ。それが人を傷つけるものでなければ一番良いのだが。

 

「それでは早速始めましょうか――目覚めよ(サタスサルスム)

「――来るぞ!」

 

 ゴーレムの起動と同時にエンリコが一歩後ろに下がる。

 初めに襲ってきたのは球体のゴーレムだった。リュディアの背丈をゆうに越すその大きさによって、マリアたちを轢き潰さんと迫って来る。

 

逸らせ嵐槌(インぺトウス)

 

 ストームヴィルの嵐の技が魔法に注ぎ込まれ、巨大な槌となってゴーレムの横っ面に叩きつけられた。スピンしながら横に逸れて行ったゴーレムだったが、壁にぶつかる寸前に安定を取り戻す。

 

「も、戻って来る!」

 

 やはり一度叩いた程度では壊れもしないらしい。どうせ他にも何か仕込んでいることだろうし、ここで足止めを喰らうかと思いかけたその時、床から複数の壁が立ち上がった。 

 

「騒ぐな、雑魚共」

 

 聞き覚えのある低い声が呪文を唱え、ゴーレムを壁際に固めた。マリアが振り返ると何人かの生徒を連れたオルブライトが杖剣を構えている。

 

「球体ゴーレムなど、勢いがつかなければ玉転がしとそう変わらん。何人かで壁を足して固定し続けろ」

 

 マリアの視線の先で見る見るうちにゴーレムが壁に埋められていく。オルブライトの堂に入った指揮ぶりは、やけにらしさを感じさせた。

 礼を言おうとマリアが近づくと、オルブライトは黙って後ろを指した。

 

「お前はあちらだ」

 

 見れば球体と多脚、二つのゴーレムが攻略されつつある中で、液体のゴーレムがずるりと動き出している。

 

「ありがとう。行ってくる」

 

 それでも一言だけ伝えてマリアは駆け出した。元よりそう離れてはいなかったため、すぐにリュディアの隣に辿り着く、その瞬間ーー

 

「危ないってば」

「……はぁい」

 

 マリアの目の前にリュディアの背中が広がった。教室中に響いた硬質な音に生徒たちの緊張が満ちる。

 マリアはリュディアの後ろから顔を覗かせて萎んでいく液体ゴーレムの姿を見つめた。とぷりと揺れた表面が、鈍くマリアを映している。

 

「躱せっ!」

 

 鞭のように振るわれた触腕が正面を薙ぐ。かろうじて誰も触れなかったそれが壁に当たり、頑丈な迷宮の壁がびしりと割れた。

 そこへ、攻撃の隙間を縫うようにしてロッシが足音を潜めて近づいて行く。これまでの行動からして、あのゴーレムは音や振動で狙う相手を変えている。だからこそロッシの接近は気づかれない。そのはずだった。

 

「いぃっ!?」

「ロッシ!」

「こんなもんかすり傷やで! おっ、ととと」

 

 さっきマリアを襲ったのと同じ高速の突きが、飛びのいたロッシの脇腹をかすめる。横から見た限り、あれはマリアでは反応できるかわからない。

 しかし、こんなに精密な動きを実現できるのであれば他のゴーレムにも色々仕込めそうなものだが、今のところその様子は無い。

 

「ゴーレムって何が効くんだっけ」

「元が液体金属だから……カジャ・ドエルグ合金と、銀化ミアルキでしょ。後は、」

「黒色リディウムだ! 一気圧下での融点はマイナス九十度、沸点は三千二百八十八度!」

「それだ」

「なるほど?」

 

 リュディアの言葉に被せるようにピートが叫んだ。それだけ分かれば攻略は容易……とまではいかないが、突破口は開けた。

 

「接近すれば凍結が通るか。助かった、ピート!」

「っ、あぁ!」

 

 ゴーレムから目は離せないまでも、直接告げられたオリバーの言葉に、ピートが嬉しそうな声を上げた。最近色んな事に手を出してなんとしてでも強くなろうとしているのを見ていたからか、マリアの頬も緩んでしまう。

 そんな感情に水を差すように、液体金属(リキッド)ゴーレムが動き出した。正面のナナオを、或いは回り込もうとするロッシを牽制する動きは、まるで熟練の剣士を相手にしているようだ。

 

「動きが変わった!」

「む、これは……」

 

 ナナオが横に跳ぶと、ゴーレムもそれを追って突いてきた。攻撃手段は変わっていないようだが、動きに明らかな積極性がある。

  

「なにやら人と戦っているようにござる」

「人と?」

「うむ。単なる反応ではない、熟達した剣士のような」

 

 第二段階、ということなのだろうか。だが過去にここまでわかりやすく、かつ強力にその行動を変化させたゴーレムは初めてだ。

 液状であることも含めて油断ならない。そう判断したマリアが前に出ようとした時、オリバーがハッと顔を上げた。

 

「ピート、ガイ、カティ! 先生の目を塞いでくれ!」

「せ、先生の?」

「もたもたしてらんねぇ。行くぞ」

「うんっ」

 

 オリバーが何に気づいたのかマリアには分からなかったが、三人へ向けたゴーレムの攻撃には真っ先に反応した。

 ぐんと伸びた切っ先を弾いて、カティたちを逃がす。

 

「行って」

「ありがと!」

 

 最後の足掻きとばかりに激しくなった攻撃は、ガイがエンリコの真正面に立ったことで鳴りを潜めた。

 

「やはり遠隔操作か。畳み掛けるぞ!」

氷嵐猛りて(フリグス)

 

 遠隔操作から自立行動へ変わる、その一瞬の隙に、リュディアの魔法が襲いかかる。極低温により内部までもが凍りつき、その粘性は急速に失われていった。そこへオリバー達が走り寄って、追加で凍結を掛けながら外周から掘り進めていく。

 今回の課題はゴーレムの観察と解体(・・)。液体金属のどこをどうバラしたら解体したことになるのかは分からないが、核となる物だけでも確認しておきたい。

 

「手伝う」

 

 ゴーレムの側面に刃を突き立てるオリバーとナナオの横から手を伸ばし、凍り付いた表面を割り砕く。鱗に半ば覆われて硬質化したマリアの手に二人は目を見開いたが、すぐさま破片をどかし始めた。

 核は総じて中央にあるものである。特に今回のように球体に近しい形のものはそれが顕著になる。もう少しでそこまで辿り着くという時に、他のゴーレムを解体していた生徒たちから声が上がった。

 

「ば、爆弾だ!」

「こっちもあるぞ!」

 

 その言葉に、爪でガリガリと氷を削っていたマリアは動きを止めた。そしてオリバーと顔を見合わせ、そっと後ろに下がる。

 

「? 戻ってきたんだ」

「時間があればやりたかったけど」

「まぁここは二人に任せた方がいいかもね」

 

 程なくしてオリバーとナナオは爆弾に行き当たる。ゴーレムの中心、心臓部の隣に位置するそれは、不吉な魔力を帯びた箱であった。

 

「キャハハッ! どうやら辿り着いたようですねェ! ゴーレムは建築物! ならば中に物を入れるのが道理というワケです! さぁ、どう切り抜けますか!」

 

 悪趣味、と言えるほど単純ではない。現にエンリコはゴーレム以外の手段をもってこちらに相対することはない。妨害に行った三人を切り伏せてしまわないのが何よりの証拠だ。あくまでも教師として、生徒へ真摯に向き合う。そして越えられるだろうと信じて無理難題を投げかけてくるのだ。

 

「あまり時間が無い。オルブライト、君は球状(ボール)ゴーレムの方を見てくれ」

「お前に言われるまでもない。あれを雑魚どもには任せておけん」

「スー、あなたは多脚ゴーレムをお願いします」

「分かってる。行くわよ、フェイ」

「あぁ」

 

 主力となっていた三人が抜けて剣花団のメンバーがその場に残った。ロッシもいるが、解体は不得手らしくここで見学するつもりらしい。

 

「あたしも混ぜてもらっていいかな」

「あぁ。それと、」

「ボクもやる。やりたいんだ。頼む」

「……わかった。頼らせてもらうよ、ピート」

 

◆◆◆

 

「とにかく外装を剝がさないと」

 

 そう言ってリュディアはいくつか工具を取り出した。マリアがそれを興味津々に覗き込むが、流石に説明してやるほどの余裕はないようだ。

 表面をなぞりながら継ぎ目を探し、板金を剥がしていく様子は妙に手馴れていた。

 

(アイツも成長してるんだ)

 

 脳裏に、魔法剣の授業で手も出ずにあしらわれた記憶が浮かぶ。関心などまるで抱いていない薄青の瞳は、夢にまで見たものだ。

 だからこそ、それが隣で同じ課題を見据えているという事実に歓喜がこみ上げる。あのマリアと同郷の、卓越した腕の持ち主が自分と同じところに立っている。肩を並べて戦える。それがピートには、どうしようもなく嬉しいのだ。

 

「げ、時間制限付き」

「そうなのか?」

「うん。ご丁寧に時計まで付いてる」

 

 いつまでも感慨に浸っている訳にも行かない。時間制限があるのなら外側を全て剥がすなんて待っていられない。リュディアが開けた穴から二人で覗き込む。

 

「あっちこっちに魔力が通ってる……どこから手を付けようかな」

「あそこ、見えるか? 部品で繋がってないような」

「ホントだ。魔力で中継してるってこと?」

「……小さいのがいる」

 

 光の差さない『箱』の中を二人で覗き込んでいると、背後から声がした。振り向けば、マリアが『箱』の内部、中心に程近いそこを指さしている。リュディアとピートは金の瞳に導かれるように『箱』の中へと視線を戻し、目を凝らした。

 

「あれ、かな?」

「……そうだな。あれは、精霊だ」

 

 精霊を魔法に、ましてや自分の手を離れたゴーレムに利用するなんて、考えもしなかった。元来精霊とは気まぐれで魔法使いが使う業とは相性が悪い。良くて動作不良、最悪暴走する危険もある。

 

(いや、今は考えても仕方ない。どうにかしてこいつらを取り除かないと)

 

 魔法で直接干渉するのは難しい。外装を剥がしきれば囲いを失った精霊たちが流れ出すかも知れない。爆弾も影響されるだろうが、主となるエネルギー源を失っていればそう怖いものではない。

 

(……駄目だ)

 

 そのやり方ではまるで間に合わない。他のゴーレムを解体し終えた生徒が来ればいくらかマシだが、そんな余裕は無い。

 

(あぁ、クソ)

 

 分かっている。悠長な手段を取っている場合じゃない。

 そうだ。方法は頭にある。それを実行するだけの準備も。けれど、震えが止まらない。失敗するかもしれないのに手を出して、仲間たちを傷つけたくない。

 

「はっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 ピートが恐怖に溺れそうになったその時、鞄に触れるか触れないかのところで彷徨っていた腕をがしりと掴まれた。思わず顔を上げれば、普段は髪に隠れた、深い蒼と目が合う。

 

「何かあったらあたしが守るよ」

「は……?」

「マリアは下がらせたし、爆弾も大したこと無さそうだし。それより時間は良いの?」

「! ……オリバーと、シェラは」

 

 後ろにいる二人を恐る恐る見やる。結局ほとんど口を出すことも無く見守ってくれた二人に、大切な判断を任せたい。そんな考えが頭をよぎる。だが、

 

「俺たちが出来ることはほとんど無い。熱量も、知識も、とっくに君の方が上だ」

「えぇ。あたくしたちに出来ることは何でもしますから、頼りにしていますわよ」

 

 唐突に突き放されたような感覚と、頼られたことへの喜び。その二つがない交ぜになって心臓の鼓動を早くする。ピートのカラカラに乾いた口が無意識に動いた。

 

「……れ」

「ピート?」

「触れていて、くれ。どこでも、なんでもいいから、」

 

 心の奥底から零れ落ちたその言葉を、二人は笑わなかった。そっと両側から抱かれ、ゴーレムと向き合う内に、体の震えは止まっていた。

 オリバーとシェラ、リュディアに支えられたまま、鞄から芥子粒ほどの植物の種を取り出して『箱』に振りかける。そこへ魔法薬を一滴、二滴と振りかけ、

 

「――繁り伸び来たる(プロゴロツシオ)

 

 生え伸びた細い根が『箱』の表面を這い、回路に走っていた精霊たちが吸い取られる。同時に全体を巡っていた魔力が途絶えて爆弾は停止した。

 その時、静まり返った教室に一人の拍手が響いた。カティたちの妨害から抜け出てきたエンリコが、穏やかな面持ちで歩いて来る。

 

「全課題クリア、おめでとうございます。皆さんお疲れさまでした」

 

 普段の躁じみた言動とは異なる老齢の魔法使いという言葉を体現したかのような言葉に、教室が微かにざわつき始める。エンリコはそれを意に介さず、懐から大量のキャンディーを取り出した。

 

「まずはゴーレム攻略を進めた皆さんに祝福(キャンディー)を。特にMr.オルブライトの手腕は見事でしたねェ」

 

 エンリコの手元から飛び出したキャンディーが配られていく。視界の端でマリアもそれを受け取ったのが見えた。どこか複雑そうな顔をしていたのが気になったが、評価としては妥当だろう。

 

「それからMr.ホーン、Ms.ヒビヤ、Ms.マクファーレン、Ms.ムーングラムに祝福(キャンディー)を。液体金属(リキッド)ゴーレムの無力化はワタシの想定よりもずっと早かった」

 

 ピートはリュディアがこの段階で名前を呼ばれたことに驚いた。それと同時に、さっきの自分の行いが間違っていたかもしれないと思い、立ち尽くす。

 

「そして――Mr.レストン。あなたには束ねた祝福(キャンディー)を」

 

 ハッと顔を上げると、いつの間にかすぐ近くに立っていたエンリコがキャンディーの束を差し出した。呆然としながらもなんとかそれを受け取るピートの眼前に、エンリコの顔がじりじりと迫る。

 

「材質を見抜く知識、トラップの構造を理解する観察眼。実に、実に見込みがある」

 

 小さな眼鏡の奥に光る凶光に気圧され、それ以上の興奮が全身を包んだ。

 

「今度、ワタシの工房に遊びに来ませんか?」

 

 高揚感に囚われて、ピートは一にも二にもなく頷いた。その誘いがどんな結末を齎すかも知らぬままに。

 




【嵐の魔法】
ストームヴィルの嵐の技を下地として確立した魔法
狭間と異星の新たな可能性の一つ

嵐に乗せて、全ての攻撃魔法を強化する
FP消費を少なくするが、敵に発見されやすくなる

外から来訪した、世界に認められぬもの
魔法使いは真実を隠している
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