黄金樹の麓から   作:シショ

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第4節

 

 涙も枯れ尽くした二年生には、一味違った地獄が待ち受ける。

 教室に入ったマリアたちを出迎えたのは、巨大な檻と鷲の頭と翼を持つ獣であった。

 

「揃ったなァ? 今日の課題は楽しーぞぉー」

 

 机の上の檻を横目で見ながらバネッサ=オールディスの不吉な笑みに眉を顰めていると、カティがぼそりと呟いた。

 

「グリフォンの雛……こんなに集めるなんて」

「今日の課題はこいつらの調教だ。手段は何でもいいが、元は生態系の中じゃトップ層。他の生き物に下げる頭なんざ持ってねェ」

 

 そう言って、バネッサは手近の檻に歩み寄る。隙間から顔を出したグリフォンがバネッサの肩に噛みつくと、教室中がざわめいた。無論バネッサの心配などしていない。絶対的な強者に手を出したグリフォンが、すぐさまその命を止めてしまうのではないかと考えたのだ。

 

「おーおー、元気がいいなァおい。誰に手ェ出したか分かってんのか?」

 

 大きく筋肉質に変化した腕が、グリフォンの首を鷲掴みにする。カティが目を見張る先でバネッサの腕を引っ掻いていた腕がだらりと下がった。

 酸欠ではない。完全に屈服している。首を掴む手を離されてどさりと落ちたグリフォンは、キュウキュウと媚びを売るように鳴いた。

 

「ざっとこんなモンだ。畜生でも強さの違いは分かる、が。テメエらにやらせると怪我人がいくつ出るか分からん。つー訳で――来い」

 

 教室の後ろの扉が開き、大勢の生徒が入って来る。その中に見知った顔を見つけたマリアはあっと目を見開いた。そんなマリアに反応したわけではないだろうがその生徒――ミリガンもこちらに手を振ってくる。それを受けてカティも手を振り返した。

 

「お守り役の上級生共だ。やり方は任せるぜ」

 

 彼らはそれぞれ机に向かうと、代表して一名の女生徒が白杖を抜いた。

 

「はい注目! 今からやるのは飴と鞭、中でも一番簡単なやつね。こいつらは私たちを舐め切っているから――ほら、おすわり」

 

 同族を下したバネッサと見比べて明らかに弱い。そんなモノからの命令を、グリフォンが素直に聞くはずが無かった。

 案の定ふいとそっぽを向いたグリフォンに向けて、激痛呪文が放たれる。マリアはすぐ隣にいるカティが飛び出して行くのではないかと気が気でなかった。

 

「勿論痛めつけてばっかりでも使い物にならなくなっちゃうから、たまにはこうして飴をあげる」

 

 檻の中でのたうち回っていたグリフォンに向けて、女生徒は生肉を振って見せる。そのまま放り投げられたそれにかぶりついたグリフォンは、すっかり自分の立場を思い知ったようだった。

 

「言っとくが、調教に失敗すりゃそいつは殺処分だ。酒の肴を増やしてくれんのはいいが、実家に請求送られたくなかったらしっかりやれよ」

 

 グリフォン用の肉の山から一掴み取って喰らいながらバネッサが言う。プレッシャーを掛けられた生徒たちは目の前の檻をじっと見つめた。

 今の説明、マリアの場合はどうなるのか。実家に相当するものは無く、仮にカーリア城館がそうだとされてもこの地からでは特別な方法を除いて行けはしない。となるとまさかセオドールに送られることになるのだろうか。

 

(さすがに迷惑を掛ける訳にはいかないし……)

 

 今のところ専攻分野からカティが主となって進めるのだろうが、マリアも気を抜くことは出来ない。いっそ竜の力で威圧して、などと考えたところでマリアは首を振った。そんなもの、カティが一番に嫌うやり方だ。

 

「さ、始めようか」

 

 ぬるりと近くに来ていたミリガンがカティの肩に手を添える。グリフォンの扱いを見せられて、カティは逆に奮起しているようだった。

 マリアがそっと檻の中のグリフォンを見やると、そう遠くない場所で仲間が痛めつけられたというのに呑気に寝転がっていた。仲間意識は強くないらしい。

 

「カティ君、わかっているね? 我々の共同研究の成果が今発揮されるんだ」

「はい! ミリガン先輩!」

「うむ、先ほどのような躾け方は確かに効率的だろう。だが、苦痛による憎悪(ヘイト)が爆発した例はいくらでもある! 我々はより高次元の異種族交流を図らなければならないのだ!」

 

 割と真っ当なことを言っている気がする。

 ミリガンはカティの頭を開こうとしていた上、マリアは実際被害にあった。だが彼女に悪意があったわけではないとは聞いている。言動を見るに若干暴走気味なところがあるのだろうか。

 

「まず姿から近づくこと。素の外見では警戒させてしまうかもしれないからね。こちらから歩み寄るのさ」

 

 そう言ってミリガンは顔周りに羽毛を生やし、口元に嘴を生成する。肩からは翼を象るように羽毛が生え伸びた。翼を交差する奇妙な動きをしながらミリガンがにじり寄っていくと、グリフォンは微動だにせずそれを迎えた。

 

「……嘴を擦り合わせるのが友好の証だ。さぁ――」

「KYOooooOッ!」

 

 大音量の、精霊の力すら籠もった鳴き声を真正面から受けて、ミリガンはばたりと倒れた。

 カティは一瞬呆気にとられたものの、すぐに倒れたミリガンに駆け寄った。

 

「先輩っ! 大丈夫ですか!?」

「いやぁ拒絶されてしまったよ。ところで、天井が紫色をしているが、何かあったのかい?」

 

 耳からだらだらと血を流し、焦点の合っていない目で胡乱なことを呟くミリガンに、カティはぎょっと身を引いた。しかしマリアが近寄ってきたところで気を取り直す。

 

「マリア、お願い」

「うん。でも、ここじゃなくて」

「あたしが運ぶよ」

 

 興奮したグリフォンの近くに置いておくのはまずい。そう判断したマリアとリュディアによって、ミリガンが教室の隅に運ばれていく。ゲラゲラと嗤うバネッサの声が耳障りだったが、ひとまず治療しなくてはなるまい。

 

(出血の目立つ耳から? もしくは目か脳……いっそ全身診てしまおう)

 

 寝かされたミリガンの体に手をかざして目を閉じたマリアの横で何かが動く気配がした。そっと横を見ると、ついて来たカティが檻に向かって一歩足を踏み出した。

 

「……わたしも、やる」

「さっきの見てただろ?! やらせる訳」

「いいの! わたしたちは一回の失敗で諦めたりしない!」

 

 ガイの制止を振り切って、カティがグリフォンの前に立つ。ああなってしまえば、もう身を引くことはないだろう。そんなところはミリガンに似ていると、マリアは思った。

 檻から出されたグリフォン相手に、カティは杖を抜いて構える。反抗を見せたグリフォンへの最低限の自衛だ。

 

「……ごめんね。あなたには、わたしの友達になってもらう」

 

 ごめんねなんて取ってつけたような言葉の裏に、キンバリーの魔法使いらしい傲慢さが見え隠れする。この二年で染め上げられたことに、カティは気づいているのだろうか。

 マリアが心配そうにカティの背中を見上げていると、寝かされたミリガンが苦し気に呻いた。

 

「マリア、そろそろいいんじゃない……?」

「……忘れてた」

 

 青白い頬に手を当てると、弱く反応が返って来た。そのまま額の方まで手を滑らせてゆっくりと傷ついた箇所を治していく。回復の祈祷を使うたびに思うが、マリアが把握していない臓器まで治せるのは何故なのだろう。ラニは黄金樹最盛期の産物に手を出す気はなさそうだったため、現状マリアしかこの問題を知らない。もしかすると、アーシャには伝わっているかもしれないが……

 

「ぅ、うん……まりあ、くん?」

 

 そんなことを考えながら傷を治し終えると、ミリガンはすぐに目が覚めた。そうして起き上がろうと肘を立て、がくりと突っ伏す。幸い床に顔をぶつける前にリュディアが襟元を掴んだから大事にはならなかったけれど、喉が詰まるような音は割と本気だった。

 

「げっほ……うぅ、すまない」

「体に異常は?」

「いや、問題ないよ。聞いていた通りの腕前だ」

 

 そう言うとミリガンはマリアの頭を撫でた。思いのほか優しい手付きにマリアが動けずにいると、ミリガンの体が後ろに倒れる。

 

「あんたの弟子はあっち」

「おっとぉ……保護者が言うなら仕方ない。どれ、カティ君はどこまで進んだかな?」

 

 今度こそ立ち上がったミリガンの襟からリュディアが手を放す。マリアも同時に振り返って、未だ奮闘を続けるカティの方に向かった。

 カティを守るように立つ仲間たちの後ろから中心を見る。そこには、ボロボロになりながらも必死にグリフォンと向き合うカティの姿があった。

 

「シェラ」

「マリア、治療は……終わったようですわね」

「カティはずっとあんな感じ?」

「えぇ。あまり進捗は芳しくありません。ただでさえ時間も制限されているというのに」

 

 シェラの視線の先では、もう何度目になるのか、カティがグリフォンによって吹き飛ばされたところだった。それでもすぐさま起き上がってグリフォンと向き合う顔には擦り傷が出来ていて、マリアは一歩前に踏み出した。

 

「待て」

 

 マリアを止めたのはピートだった。マリアはカティの方を見て、まだ余裕がありそうだと判断した。しかしそれは助けに行かないと決めたわけではない。ピートにもそれが伝わったのか、手首を握る力を強くした。

 

「オマエが行くとグリフォンが警戒するかもしれない。そうしたらアイツの努力は水の泡だ」

「……わかった」 

 

 そんなことを言われてしまえば、マリアも引き下がるしかない。

 傷つけることなく穏便に接し、友好的な関係を築く。キンバリーにおいて、誰もが馬鹿馬鹿しいと嘲笑するだろう領域に踏み出していく。マリアには、カティを止めることは出来なかった。

 

「これ、授業とは別に時間を決めているのかい?」

「はい。残り三十分までと」

「その後は君たちが?」

「はい」

「……つくづく友人に恵まれたね、彼女は」

 

 やきもきしながらカティの様子を見守るマリアの後ろから、そんな会話が聞こえた。殺処分を防ぐためには、いつ成功するかも分からないカティの方法を待つことはできない。だからこその三十分、だからこそのその後なのだ。グリフォンの生存を、より確実なものにするために。

 そして制限時間は刻一刻と迫って来る。カティが何度も何度も倒され、その度に起き上がり、それでも届かないものがある。

 

「カティ、残念ですが時間ですわ」

「この先は俺たちがやる。カティ、君は目を閉じて――」

「わたしも、見る。わたしのせいで、この子が傷つくなら……」

 

 カティがぼろぼろと涙を流しながら今から調教されるグリフォンを見つめている。マリアはそんな姿に胸が締め付けられるような感じがして、小走りでカティの元に駆け寄った。

 

「今治すから」

「マリアぁ……」

 

 ぐずるカティを受け止めながら傷を癒していく。前に進み出たオリバーとシェラが白杖を抜いた時、カティの目尻から零れた涙を、白い指が掬い取った。

 

「優しい子、だね」

 

 声を掛けてきたのは、いつかにオリバーと親し気に話していた淡い金髪の上級生だった。その後ろには楽器を持った上級生もいて、柔らかで低い音色にグリフォンまでもが動きを止めていた。

 

従姉(ねえ)さん、従兄(にい)さんも……どうして、」

 

 思わずといった風にオリバーが漏らした言葉が妙に耳に残った。この三人は、親戚関係にある?

 従姉(あね)と呼ばれた女子生徒がゆっくりとグリフォンに歩み寄っていく。

 

「あの子はね、あなたを、救おうと、してる」 

 

 何の躊躇もなくグリフォンに触れようとする女子生徒にカティが声を上げかけ、自然と嘴に触れたことで啞然とする。

 

「うん、いい子、いい子。ね、こっちに、来て」

「……え? あ、はい」

 

 カティが目元を擦って歩き出す。さっきまであれだけ抵抗していたというのに、グリフォンは澄んだ目でカティを見つめた。

 

「今なら、お願い、聞いてくれると、思う、よ」

「っ……翼を、いっぱいに広げて……くれる?」

 

 カティの願いに、グリフォンは応えた。これまでの苦労が嘘だったかのようにすんなりと、それでいて確かにグリフォンはカティの言うことを聞いた。女子生徒は呆けるカティを尻目に、男子生徒の元に戻っていく。しかし、話はそれだけでは終わらなかった。

 

「オイオイオイ、テメエらがやってどうすんだよ、シャーウッドの兄妹。二年の授業に出しゃばってくんじゃねェ」

「我々はグリフォンの気を鎮め、最後の仲介となっただけです。十分補助の範疇でしょう」

 

 バネッサ相手に男子生徒は一歩も退かない。女子生徒は男子生徒の背中に隠れてはいても、その瞳の中に怯えの色は見られない。

 しばらく睨み合った三人は、バネッサが吹き出したことで分かれた。バネッサは未だに向き合ったまま動かないカティとグリフォンを見やってニヤリと笑う。

 

「カラクリを見破れねェなら口出しすんなってか。ハッ、いいぜ、認めてやる。お前ら無しでアイツが喰われなきゃいいけどな」

 

 意味深な台詞を残してバネッサが立ち去っていく。ホッと息をついたのもつかの間、今度はカティが女子生徒に走り寄った。

 

「あの! さっきの、どうやったか教えてください! グリフォンと心を通わせて、」

 

 立ち止まった二人に頬を紅潮させて話しかけるカティは、前のめりになり過ぎているように見えた。夢を叶える方法が見つかったかもしれないのだからあんなに興奮するのも分からないでもないが、これまでの経験からして先輩にあそこまで迫ると後が怖い。

 マリアがじりじり近づこうとすると、後ろの女子生徒と目が合って、すぐに逸らされた。ばっちり真正面から目が合ってあの対応というのは、さすがのマリアでも思う所がある。

 

「すまないがそれを教えることはできない。例え教えたとしても、妹以外には真似できない。だが、さっきの成果は八割方君のものだ。それは分かってほしい」

 

 事務的に返されたカティが言葉を失うと、二人は踵を返した。

 

「君の行く道は険しいが、先はある。俺たちが言えるのはそれだけだ」

 

◆◆◆

 

「ノル、ちょっと、いい?」

 

 授業の終わり、教室の隅に残っていたシャノンがオリバーに声を掛けた。後ろにはグウィンも付いていて、何か用があるのは明白だった。オリバーは仲間たちに断りを入れて反対方向に歩き出す。

 誰も通りかからないような場所まで歩いて来たオリバーは従姉(あね)の方に振り向いた。

 

「それで、何か用?」

「……いつも、ノルと一緒に居る、一番小さな子。あの子は、何?」

「何、って」

「何かが融けて、混ざり合って、いるようで……わたしは、あの子が恐ろしい」

 

 オリバーはシャノンの言葉に目を見開いた。従姉(あね)がこんなにも強く拒絶反応を示したのは初めてだった。それも強大な魔法使いでも醜悪な異端相手でもなく、弟と同じ学年の女の子に向けて。

 改めて、オリバーはマリアのことを考える。遠くから来た小柄な同級生は、見知らぬ魔法と治癒の腕をもつ優秀な魔法使いだ。物知らずでシェラやリュディアを困らせていることもあるが、基本的には優しく、頼れる少女である。

 

「マリアは……」

 

 だが、知っているのはそれだけだ。なぜキンバリーにいるのか、どこからやって来たのか。その来歴は、東方出身のナナオよりもはるかに謎めいている。流暢な英語(イエルグリス)の中に時折混ざる聞いたことも無い単語が出生を示しているのかもしれないが、どれもオリバーの知識には無かった。

 

「……ハァ」

 

 言い淀むオリバーとおろおろと視線を揺らすシャノンの間に、グウィンの溜息が割り込んだ。ハッとしてグウィンの方を見ると、厳しい面持ちでオリバーを見ている。

 

「お前の交友関係に口を出すつもりは無い。だがシャノンが言うならば相当だ。俺たちがどうこう出来ることではないが、こちらでも気を配っておく」

「わかった。従姉(ねえ)さんは、」

「わたしは、あの子とは……ごめん、なさい」

「いいんだ、元々マリアを巻き込むつもりはないから」

 

 もしも、マリアを同志(・・)に加えることがあったら、シャノンとの相性の悪さは致命的な問題になったかもしれない。だが、オリバーは現状マリアに秘密を明かすつもりはなく、マリアもそこまで深くは聞いてこない。

 そもそも今は時間が無いのだ。かの狂老、エンリコ=フォルギエーリを討つためにも、不確定要素に暇を割いてはいられない。オリバーはグウィンとシャノンを連れて、迷宮の闇に消えて行った。

 




【祖種】
この世界におけるヒト種の大元
世界の一部として生きた、受動知の体現

かつて神は自らの端末たる祖種を愛した
それが無我故、純粋であったために

そして神はヒトに弑された
自我を持ち、より多くの知を求めたために
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