黄金樹の麓から   作:シショ

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第6節

 

 薄暗い部屋だった。

 外とは材質の違う壁に囲まれたそこには一定周期で楽器を叩くような奇妙な音が響いている。足音すらも消えてしまうようなその音とぼんやりとした明るさに何となく圧迫感を覚え始めたとき、厳重に閉められた扉が現れた。

 

「さぁ、行きますよォ!」

 

 エンリコが壁の装置を操作すると、扉が左右の壁に吸い込まれるようにして消えていく。エンリコ本人が魔道技師だからかキンバリーとの技術レベルに差があるような気がしないでもないが、隠し事の一つや二つ程度あるものだろう。

 それよりも、扉の先に広がっていた光景がマリアの目を奪っていた。真正面の壁際に立つ巨大な人形(ヒトガタ)から複数のチューブが伸びている。大きな枠に支えられたそれは各部が丸みを帯びた形状で、女性体に近い形をしているような気がした。

 

「これは……ゴーレム、なのか?」

「質問ならいくらでもどうぞ。ここまで辿り着いたご褒美です」

 

 その言葉にピートがごくりと唾を飲む。眼鏡の奥の目はとっくに巨大ゴーレムに魅せられていた。

 

「……ゴーレムは、その大きさに限度があります。膨大な消費魔力に釣り合うだけの作業効率が見込めないから。こんなもの、一体何に、どうやって……」

「当然の疑問です、Mr.レストン。天を衝くほどの巨大なゴーレム。何でも身の回りを任せられる作業ゴーレム。魔法使いならば幼少期に誰もが夢見るものでしょう」

 

 そんなものがあったら便利だろうとマリアは思った。そしてそれらを見かけたことがないということが示す、その難易度も推し量れる。

 

「なぜそれらが実現できないのか。答えは単純、生体と比べて非常に燃費が悪いからです」

 

 すべてをゴーレムで賄えるのなら、亜人を使う必要はないだろう。そして危険度から受講人数が減っている魔道築学も、もっと人気が出ているはずだ。

 そうでない理由は、先が見えているからだ。大きさで勝負出来ないのであれば中身に工夫を凝らすしかない。だが、それすらも効率化がなされ、今となっては逆行工学(リバースエンジニアリング)に頼らざるをえないほどに行き詰っている。

 

「そこでワタシは発想を変えました。そも、ゴーレムの語源とはなんですか、Mr.レストン」

「『神が造りし魂の蔵』。ボクたちのゴーレム造りは神の真似事……まさか」

「おや、気づきましたか。イイですねェ、素晴らしい。さぁ、言ってみなさい」

 

 ピートの顔色が青褪める。険しい表情のオリバーに支えられながら、最悪(最高)の想像を口にした。

 

「……生きているのか、これは」

 

 ぞわりとマリアの全身が総毛立つ。通路に入った時から聞こえていたあの音。目の前の巨大な体。あれはまさか、鼓動(・・)だとでも言うのだろうか。あの狂老はついに命にまで手を出したのだと、

 

「ぅ、」

「マリア!?」

 

 突然胸の内から湧き出た吐き気と嫌悪感に口元を押さえてうずくまる。今までも命を扱う魔法使いは大勢いた。一年の頃に出会ったサルヴァドーリは自らの体で新たな生命を生み落とし、今も健在なバネッサはまるで玩具のように命を奪う。

 けれど、彼女たちは自然の域を出なかった。そういう生態で、そういう生き方を示しただけだ。だがエンリコは違う。自分の目的のためだけに都合の良い生命を造り出そうとしている。マリアの内に宿る黄金の残滓が、夜の律がそれを否定していた。

 

「ふ、ふぅ、ぅ……」

「マリア、マリア」

「姉さん、どいてください……うん、大丈夫そうです。続けてもらって構いません」

 

 マリアが背中に置かれた手から無遠慮に流れ込んでくる魔力に耐えていると、どうやら大丈夫ということになったらしい。アーシャはおろおろしているリュディアにマリアを抱えさせると、首元を寛げて口元に試験管をあてがった。

 口元から流れ落ちた雫がシャツに染み込んで消える間に、マリアはすっかり回復していた。これまでもこちらで気分が悪くなることはあったが、あそこまで強く現れるのは初めてだった。何かに影響を受けているなどと考えだすときりがないが、覚えておいた方がよさそうだ。

 

「フム? まぁいいでしょう。どこまで話しましたかねェ」

「この巨体が生きていると。しかし……本当に?」

「Mr.ホーン、信じられないのも分かります。ワタシもこれを完成させるのに随分と年月を費やした。ですがこのキンバリーではそれが可能なのですよ」

 

 キンバリーの教員はただ生徒に教えるだけではなく、自らの研究を進めるための資金や設備を提供されてここにいる。そういう意味ではアーシャの言う『教授』も間違いではないのだ。外敵から横やりを入れられることもなく、相手が賛同してくれさえすれば他の教員の力を借りることも出来る。生体部品(リビング)ゴーレムは、キンバリーの叡智の結晶とも呼ぶべき代物なのだ。

 

「ですがただ生体であるというだけで解決できるのであれば、もっと早くに実用化されているはずです。この機構では、魔力の問題が全く解決していない」

「いかにも。魔力媒体の問題は我々魔道建築師の悩みの一つです。――Ms.ヒビヤ! 一般に用いられる魔力媒体とはなんでしょう!」

「知り申さぬ」

 

 きっぱりとした潔い答えに、さすがのエンリコも気勢を削がれたらしい。がくりと肩を落とした姿はどこか懐かしそうな気配を漂わせていた。

 

「この分野に興味が無いのは分かりますが、一般教養として覚えておきましょう」

「む、承知」

「では改めて、Mr.レストン!」

翡翠(ジェイド)蛋白石(オパール)紫水晶(アメジスト)の三種です」

 

 エンリコはピートの答えに満足気に頷いた。やはり答えてくれた方が教師冥利に尽きるらしい。

 だが今の答えを踏まえて巨大ゴーレムを見たところで、そのどれもが使われていないように見える。無論内蔵していると言われればそれまでだが、中身まで生体を再現しているのであれば隙間などほとんどないだろう。そんな状態でこの体躯を動かせるだけの魔力を得られるのだろうか。

 

「その通り。ですが今回の場合魔力槽としては使い物になりません。いずれも本体より大きくなってしまうのがオチでしょう。ではどうするか――開かれよ(パプンテイブス)

 

 呪文に合わせて壁が開いていく。

 その中にあるのは檻。そして今までどこに収まっていたのかというほどの人間と、亜人。恐怖に染まった何十もの瞳が一斉にこちらを向いた。

 

「た、助け」

「罪人ですよ」

「――ッ!?」

 

 檻を掴んで必死に助けを求める人間。それを見たナナオが飛び出そうとし、背後で電流が散った。

 飛びのいたナナオの視線の先で表情を浮かべないまま首を傾げるエンリコは、やがて得心がいったようにマリアを、そしてその上のリュディアを見た。

 

「今、散らしましたね?(・・・・・・・・)

 

 真っ向からエンリコの視線を受け止めたリュディアはやはりこちらも無表情で返す。けれど密着したままのマリアには心音が激しくなるのがわかって、エンリコからは見えないところでリュディアの手を握った。

 

「行き着く所は同じ、ということでしょうか。なかなか興味深い」

 

 しばらく見つめ合った二人だったが、檻の方が騒がしくなるとエンリコは視線を逸らしてそちらを向いた。

 

「Ms.ヒビヤ、今回は見逃しましょう。Ms.ムーングラムに感謝しなさい」

 

 落ち着き払った口調でそう告げ、エンリコは檻の中の人々に杖を向けた。今度こそナナオが止める間もなく、それは行われた。

 

「ぎ、あぁあああッ!!?!?」

「嫌だっ、いやぁああっ!!」

 

 男も女も、人間も亜人も。何一つ関係なく檻の中ですりつぶされていく。

 その様を見たナナオが再び刀に手をやるよりも早く、オリバーが腕を掴んで止めた。信じられないとばかりにオリバーを見たナナオは、苦々しい面持ちに手を下ろした。

 

「Ms.ヒビヤ。あなたは彼らをなんとなくで助けようとしましたね? それではいけません。魔法使いは倫理の外に生きるモノ。まともであることの、なんと下らないことか」

 

 悲鳴と肉が潰れる音を背後に、エンリコは滔々と語る。

 

「もっとも、かつては居ましたがねェ。魔道も倫理も己の心の前では関係ない。そう言って憚らない魔女が。――おっと、完成したようです」

 

 昔を懐かしむように半ば意識を内に向けていたエンリコが、肉塊の上に目を向ける。原型を留めない肉塊の中から一つ二つと燐光が立ち昇り、大きな塊となっていく。

 マリアには隣にいるアーシャが息を呑んだのが聞こえた。その後に呟いた言葉も。

 

幽霊(ゴースト)……死に生きるもの」

 

 その前半だけを耳聡く聞き取ったエンリコがニヤリと笑う。ただの幽霊(ゴースト)の枠から外れ、エンリコへの恨みを持った巨大な怨霊へと変わったそれは、肉体を求めて檻の外へと這い出てくる。そして目の前にはエンリコが用意したお誂え向きの肉体(ゴーレム)が一つ。

 まとまり切らない怨霊はゴーレムの体内へと侵入し、主導権を巡って争い合う。無秩序に動くゴーレムがもがき苦しんでいるように見えて、マリアは咄嗟に杖剣を握り締めた。

 

「魔法使いはその体積によらないエネルギーを持ち合わせています。そしてそれを貯蔵するのは霊体。引き出すのには才能と訓練が高い水準で必要ですが、霊体だけの存在にはそれも関係ありません」

 

 無事に統合を果たした霊たちは、諸悪の根源たるエンリコに向けて必死に手を伸ばす。けれど拘束具で縛られたゴーレムの腕は空を切り、どれだけ伸ばしても届くことは無い。

 

「とはいえ、実のところ魔力効率の問題は改善していません。これだけの人数を用意したとしても動かせるのは数時間かそこらです」

「……こんな……を」

「はい?」

「こんなものを、一体何に使うつもりだッ! あれだけの命を犠牲にしてッ」

 

 血を吐くように、心の底からの嫌悪をむき出しにして問いかけるオリバーを、エンリコは対照的に静かな瞳で見つめた。その奥には深い諦念が渦巻いている。

 

「――毎年、異端(グノーシス)との戦いで多くの魔法使いが命を落とします」

 

 突然語り始めたエンリコに、オリバーは戸惑う。ギシギシと動くゴーレムの駆動音だけが部屋を満たしていく。エンリコは天井の先、(ソラ)を見上げた。

 

「異端狩りの現場において、最悪は『神』が降り立った時です。魔法使いを湯水のように投入し、多くの犠牲をもって元の世界に押し返す。ワタシが経験したのはたった三度ですが、多くの友を喪いました」

 

 目を閉じる。

 故郷に妻と子を残してきた者。名家の長子。かつての教え子、先達。

 皆未来の世界を、自らの宝物を守るために戦い、散っていった。もう二度とあんなことが起きてはならない。ならばどうするか。どうすべきか。

 

「命には優先順位があります。ならば価値の低いものから使うべきでしょう?」

「それが、罪人と、亜人種……」

「えぇ、ですが、もっと良いものがあります」

 

 かつて『神』を呼び込み周囲に甚大な被害を齎しておきながら、異端であるという理由だけで罪を償うこともせず灼かれていった者たちを。あるいは魔法使いに下るならと自ら命を絶った者たちを。

 

異端(かれら)には自らの命を燃やして神と戦う責任があります。そうでしょう? ただ死んでいくだけの存在がこんなにも役に立つのですから!」

 

 自分に向かって手を伸ばし続けるゴーレムを、エンリコは嗤う。

 狂気に堕ちたその様を、理想を直視したピートは、声も無く立ち尽くした。

 

「さぁ、見学はここまでです。帰りをゴーレムに襲わせるような真似はしません。お帰りなさい」

「……行こう、ピート」

 

 ふらつくピートの肩を抱いてオリバーが踵を返した。マリアもリュディアとアーシャに支えられて歩き出す。唯一最後に残ったナナオは、今なお動き続けるゴーレムを一瞥するとオリバーの後に続いた。

 エンリコが見せつけた現実は、マリアたちの心のあり様をほんの少しだけ歪めたかに思えた。

 

◆◆◆

 

 時間は少し戻り、マリアとリュディアが迷宮に出かけた頃。

 一旦作業に区切りをつけて談話室に戻って来たガイとカティは、隅の方で話し込む一年生たちの姿を捉えた。顔を見合わせた二人が近づいて行くと、いつもの面子の中から一人欠けている。その代わりに壁の近くに大きな竜の彫像が出来ていた。

 

「おう、何やってんだお前ら」

「グリーンウッド先輩!?」

「わたしもいるよ!」

「あ、アールト先輩まで!」

 

 振り返ったディーンの足元には泥を盛って出来たような山があり、それを囲んで話していたようだった。遠くから見ても大きかった竜の彫像は近寄るとガイよりも少し大きい程度だったが、それが魔法で作られたものだとわかった。

 

「実は硬化魔法が上手くいかなくて……」

「それで自主練か。どこで躓いてんだ?」

「えっと、」

 

 ガイとディーンが話し込む横で、彫像の足の間に腰かけていたテレサにカティとシェラが近寄っていく。隣でリタが興味を引こうとするのをどうでもよさそうに見ていたテレサだったが、さすがに上級生二人ともなれば関心を向けざるを得ないようだ。

 

「あなたは大丈夫? Ms.カルステ」

「何も。躓くような段階ではありませんから」

「もう出来るんだ! えらいえらい」

 

 先輩相手にも仏頂面を崩さないテレサに顔を青褪めさせていたリタだったが、自分の方にシェラが歩いて来ると

その表情を引きつらせた。

 

「Ms.アップルトンはどうですの?」

「わ、わたしですか?! その、授業では上手くいっていたんですけど」

「ふむ。であれば見せてくださいまし」

「ひえ……」

 

 無自覚なスパルタ教師と化したシェラを止めようかと悩んだカティは、目の前の彫像に目が行った。そう言えばこんなに立派なもの、談話室に置いてあったっけ?

 

「……これが気になりますか」

「! うんっ」

 

 まさかテレサから話しかけてもらえるとは思っておらず上ずった声で返すと、一つため息を吐いて座る位置を動かした。足の間にすっぽりとはまるような形から少しずれると足首の部分に巻かれたベルトが良く見える。しゃがんでそれを覗き込んだカティは驚いて声を上げそうになった。

 色も見た目も変えてあるけど、全部石なんだ。

 

「アーシャ=ムーングラム……これ、あの子が作ったの?」

「えぇ。こんなもの、何の役にも立ちませんよ」

「うーん、どうだろ。でもすごいね」

 

 外側だけでなく関節まで作り込まれていて、動力を与えたら今すぐにでも動き出しそうな見た目だった。ただ動いたからといってそれでどうするという訳でもなく、何の役に立つかは答えられそうにない。

 すると少し離れたところから歓声が聞こえてきた。振り向くとディーンが両手を上げて積み上がった石の上に立っている。

 

「よかった、成功したみたい」

「そうですか。別に興味はありません」

「……興味、ないの?」

「はい」

 

 きっぱりとした答えに、カティは友人の一人を思い浮かべた。しかしまだ一年生の、仲間意識も強くないだろう頃に見切りをつけてしまうのはもったいない。そう伝えようとした時、向こうからディーンがテレサに走り寄って来た。

 

「どうだテレサ! これで次は負けねぇからな!」

「はぁ」

「あの子は興味、あるみたいだけど」

「……鬱陶しいです」

 

 しかしそう言いながらも、テレサは初めて彼を一人の人間として認識した。

 それは小さくとも、確かな変化だった。

 




機械仕掛けの女神(デア・エクス・マキナ)
魔道建築者エンリコの最高傑作
ヒトとゴーレムの新たな可能性の一つ

抽出した霊体に魔力を蓄えさせることで
短期間ながら巨獣種に匹敵する膂力を発揮する

女神は完成の目を見ない
いつか戦乱の世に生まれるために
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