黄金樹の麓から   作:シショ

36 / 51
第六章 動乱
第1節


 

 ざわつく教室を尻目に、エンリコは飛び出した顔のパーツをはめ込んでいく。その姿があまりに人形然としていたせいか、次第に教室は静まり返っていった。固唾を飲んで教壇を見つめる生徒たちに対し、エンリコは落ち着き払って教科書を取り出した。

 

「非常に残念ですが、今日の分のゴーレムが完成しないまま死んでしまったので座学としましょうか」

「は? いや……先生、死んだって」

「えぇ、ワタシの不始末ですからね。埋め合わせは必ずしますとも」

「そうじゃなくてっ……どうして、そんな」

 

 混乱したふうにピートが口走ったのは、この部屋の誰もが口にしようとしたことだった。その問いにエンリコはぴたりと動きを止めて、機械の脳を回し始める。

 

「『どうして』。実のところワタシも自分がどのように死んだのかは分かりません。ですが、」

 

 ぎょろぎょろと蠢く瞳がピートから外れて彷徨う。

 教師たる自分が、それも校内の至る所にゴーレムを張り巡らせて警戒を怠らない筈の自分が。いったい本体(オリジナル)はどこで、どのように死んだのか。エンリコにとってこれは久々の難題だった。

 

「いったい誰がそれを成しえたか。それには非常に興味があるのですよ」

 

 嗤う。

 それこそが、エンリコに望まれているのだ。

 

 

 

「号外! 号外だ! 『教師間での抗争か!? エンリコ先生殺害事件!』」

 

 相も変わらず新聞部が過激な号外を出している。一応受け取ったマリアが見ていると、内容のあまりの支離滅裂さにシェラに取り上げられてしまった。だが噂話に端を発するそれはエンリコ本人が肯定していることも相まって、ダリウス失踪から教師殺害事件、そして教師間での争いにまで論争が発展していく。

 

「これで二人目?」

「滅多なことを言うものではありませんわ、マリア」

「ダリウス先生がこの期に及んで出てこないなら、そうなるかもね」

「――お? 遅かったな、オリバー」

 

 そこでどこかに行っていたオリバーが戻って来る。ようやく全員で食卓を囲む段となったが、相変わらず周囲の話題はエンリコの失踪で持ち切りだ。自然、マリアたちの会話にもそれは入り込む。

 

「エンリコ先生の失踪、ありゃマジなのかね」

「偽装だって言いたいのか? 新聞部と大して変わらない発想だな」

「でもよ、ここまでやられて学校側から何にも無ぇなんてあり得るのか?」

 

 確かに学校側、正確には教師側だが、大規模な調査が入ったような話は聞かない。ダリウスはともかく、エンリコは魔道築学の権威でありキンバリーの管理を任されていたとも噂されている。そこまでの人物を喪って、あの校長が何もしないなんてことがあるのだろうか?

 マリアがシェラとリュディア厳選の夕食を頬張りながら首を傾げていると、友誼の間の一角が妙に騒がしくなった。見れば山盛りになった皿がテーブルの間を動いている。どうやら誰かが席を探しているようだが、不思議なことにその生徒を見た覚えが無い。

 

「……駄目かい? ならそっちは……」

 

 断られながら少しずつ近づいて来るその少年を視界にとらえると、マリアたちは目くばせし合った。迎え入れるか、断るか。無言のやり取りはわずかに憐憫が上回ったことで受け入れる方向で決着した。

 そこまで読み取ったマリアは、こんなことまで出来る仲になれたことにしみじみとした思いを抱いていた。

 

「君、ここで良ければ……」

「おぉっ、入れてくれるのかい? それならまずは自己紹介をしないとね!」

 

 大量の料理が乗った皿をテーブルに置いたその生徒は、ハネた白髪を直して真正面から向き直った。

 

「ぼくはユーリィ=レイク。今日転校してきたばかりの二年生さ。よろしくね!」

 

 好奇心でいっぱいに輝いた瞳がマリアたちに向けられる。内心胡散臭いやつだというのは誰もが思っていたが、それをおくびにも出さず受け入れた。

 

「君たちの間でいいかな?」

「こっちに来なよ」

「ずいぶん端だね!?」

 

 もっとも、マリアから明らかに遠ざけようとする動きはあったのだが。

 

◆◆◆

 

「……ははぁ、それはまた」

 

 結局第一層に増設された、キンバリー側に許可を取っていない違法建築工房にいたアーシャは呆れたような口振りで紅茶を含んだ。きらきらと壁際で輝く結晶が若干邪魔ではあるが、当初の予想よりかは安定している。リュディアの趣味で併設したキッチンも、どこから水を引いているのか分からないものの上手く動いていた。

 

「言動もだけど、タイミングが怪しい」

「そう。こんな時期に外から魔法使いを入れるなんて、密偵だって言ってるようなもの」

 

 アーシャと同じく紅茶を口に含んだリュディアはほんの少し感じた渋みに眉を顰めた。アーシャが何も言わないならマリアも気づかないだろうが、出来ることならマリアにはずっと美味しい紅茶を飲んでほしい。まだまだ修行が足りないと自戒した。

 しばらく休憩を挟んでから、本題に移る。今回集まったのは言うまでもない、モーガンの治療の目途を立てるためだった。

 

「それで『なんとかする』方法って、何?」

「私が狂い火を降ろして、先輩の体に憑いている精霊を焼く」

「……本気? ああいや、いいよ、言わなくて」

 

 マリアのまっすぐな瞳に思わず撤回したが、リュディアとしては到底容認できない話だった。狂い火で精霊を焼くというのは、可能なのだろう。それは学院の実験でも分かっていることだ。しかし、実験で使われたネズミは全身が燃え尽きて死んでしまった。いくらマリアが治癒に長けているとはいえ、内側からの発火など耐えられないのではないか。

 

「やけどくらいはするかもしれないけど、たぶん大丈夫」

「まだ心配だなぁ」

「いやでもそれって、モーガン先輩は焼けるのでは……?」

 

 恐る恐るアーシャが問いかける。何となく、姉はモーガンの心配をしていないような気がした。もちろんマリアの身の安全を第一に考えるというのはわかるし、姉の立場ではそちらの方が重要だろう。

 

「うん。だから予め引きはがしておかないといけないんだけど……」

 

 そしてマリアはどこまで行っても自分の心配をしない。

 数多の死を積み重ねて狭間の王となった彼女は自らの命さえも策に組み込み、代償を払うことに何の躊躇もない。そう思っていたのだが黄金の瞳には迷いがあった。

 

「私には出来ない。だから、二人の力を借りたい」

「いいよ。あたしも出来ないけど」

「ならわたしですね。霊の扱いに関しては自信があります」

「……うん。任せる」

 

 罪悪感なんて抱く必要もないのに、やっぱりどこまで行ってもマリアはお人好しだ。けれどそんな在り方がアーシャにもう少し付いて行ってみようと思わせる。好奇心と心配を同時に抱かせる稀有な人柄だった。

 

「それならもう一度モーガン先輩に会いたいですね。どんな状態か確認しないと」

「そもそも本人に話を通しておかないとね」

「……また今度、会いに行こう」

 

 アーシャだけが嫌な予感を抱えたままに、話は進んでいく。

 そしてその機会は思いの外早くに訪れた。

 

 

 

「ナナオ、ちょっといいか」

「んむ?」

 

 珍しく深刻な表情で切り出したガイに、マリアもフォークを置く。ガイは今日も顔に切り傷をつくっていて、また迷宮に潜っていたようだ。こうして無事でいる様子を見るに、大きな怪我はしなかったらしい。

 

「おれたち、二層の巨大樹(イルミンスール)に挑戦してるんだけどよ。こないだちっとヘマこいて、その時にブルースワロウでエースのキャッチャーをしてたっつう先輩に会ったんだ」

「クリフトン=モーガン先輩。ナナオ、聞いたことない?」

 

 エースのキャッチャー。それを聞いたナナオは目を見開き、きちんと口の中の肉を飲み込んで話し出す。

 

「ついこの間聞き申した。是非とも会わせたくござるが、何処に」

「迷宮だ。でも、あの人はあそこから出られなさそうなんだよな……」

「そうだ、マリア。この前言ってたのは目途がついたのか?」

 

 ピートが期待と不安の入り混じった目を向ける。

 それを受けてマリアとリュディアは顔を見合わせた。とっかかりは見つけた。あとはモーガン自身の同意を得て、アーシャの診断を待つのみだ。だが、それ次第では余計な希望を持たせることにも繋がりかねない。マリアは首を横に振って見せた。

 

「そうか。いや、無理はするなよ」

「うん」

「……また何か企んでいますの?」

「……まだ、何も」

「マリア??」

 

 顔を寄せられて、瞳の奥を覗かれるように目を合わせる。最近シェラは圧があるというか、強引になってきたというか、校内の雰囲気にあてられて気を張り過ぎているような気がする。少しだけ肩を寄せてみるとシェラはため息を吐いて、マリアを抱きかかえるようにして座り直した。

 

「とにかく、ナナオはアシュベリー先輩にこのことを伝えてくれ。おれたちはもう一回モーガン先輩に会いに行ってみる」

「それがいいだろうが……肝心の探索は大丈夫なのか?」

 

 力強く今後の方針を示したガイは、しかしオリバーの一声で机に突っ伏した。日に焼けた首筋にもなにか引っかけたような痕が見える。

 

「……八合目まではなんとかな」

「二月中には行けるだろ」

「帰りもあるんだぞ、ピート」

「わかるわかる! あそこすっごく大変だよね!」

 

 唐突に入って来た声にマリアの肩が跳ねる。それでぴったりくっついていたシェラの手元が狂い飲み物がこぼれたのを見て、マリアは慌てて布巾を手に取った。

 

「Mr.レイク……会話に入る時は一声かけてからにしてくれないか」

「ユーリィでいいよ! でも僕も痛い目にあったばっかりでね、見てよこれ!」

 

 諫めようとするオリバーに対して、レイクは巻き付けた白いギプスごと腕を振る。

 基本的に怪我がすぐに治る魔法使いの体で、あそこまで大怪我を負うなんて、来たばかりなのに一体なにをやらかしたんだろうか。

 

「二層の魔鳥に千切られちゃったんだ。これが治るまで迷宮に行けないし、不便なんだよねー」

「……それ、治す?」

「マリア!?」

「えっ、いいの!?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 テーブルに乗り上げるようにして近づこうとするレイクをオリバーとリュディアが押し留めている間に、シェラがマリアを連れてガイの後ろに移動した。

 

何を考えているんですの!? 自分を安売りしてはいけないと教えたでしょう!

あのひと、私から見ても危なっかしいから

自覚しているなら、いえ、そうではなく。これからの活動に差し障ります!

一回だけ、って言えば

……分かりましたわ

 

 そろり、とガイの後ろから出たマリアは期待に目を輝かせるレイクの下に歩み寄った。心配そうな目に見守られながらギプスの上に手をかざし、患部の様子を確かめる。診たところ千切れたと言う割に腕はきちんと繋がっていたが、取れた部分と元々あった部分の両方から肉や骨を伸ばしてくっつけているようだ。

 これだと元より長くなるような気がして、マリアは右腕と比べながら適当な長さに合わせて治癒を施した。当のレイクにも腕に血が通ったのがわかったのか、腕を掲げて飛び跳ね、マリアの両手を握った。

 

「本っ当にありがとう! 今度面白そうなものがあったら一緒に見に行こう!」

「えっ?」

「はいはい治ったならよかったね離れてね」

「わ、リュディア?」

 

 興奮しきりのレイクがマリアをそのまま引っ張っていこうとすると、間に入って来たリュディアが手を解いてマリアを背に立った。話を遮られたレイクが気になって背中から顔を出そうとしたマリアだったが、すぐ隣にいたオリバーに止められる。

 

「そっか、お話中だったもんね。じゃあマリアちゃん、また今度!」

 

 マリアからは見えなかったがリュディアの表情に目を丸くしたレイクは礼を言うと談話室を飛び出して行った。あっという間に小さくなっていく背中を見送りながらあの分だとまた迷宮に潜るのだろうと考えていたマリアに、二つの手が伸ばされる。

 

「さ、夕食の続きですわ」

「いっぱい食べよう。最近チーズが好きでさ」

「うん」

 

 二人に挟まれて、席について。

 不思議な同級生が増えても、日常は変わらない。そう信じていたかった。




【キンバリー第三新聞部】
キンバリーが誇る負の伝統
創刊百三十年にもなる三流ゴシップ誌

しかし貯め込まれた資料には
賢人の秘を暴く鍵があるという
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。