黄金樹の麓から   作:シショ

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第2節

 

「やぁ、元気かい」

 

 そこへ現れたのは、片眼を髪で隠した女生徒、ミリガンであった。予想外の人物の登場に目を丸くするマリアたちのテーブルに近づいて来たミリガンは、空いた椅子を引っ張って来てカティの隣に座る。

 

「珍しいですね、友誼の間(こっち)に来るなんて」

「事情があってね。君たちは選挙に興味があるかな?」

「選挙?」

「これだ」

 

 そう言うとミリガンはさっき取り上げられた新聞をとって後ろのページを開いた。一面には及ばないものの大きな文字で書かれたそれは、

 

「『ゴッドフレイ統括後継者問題』?」

「そう、彼の卒業に伴って次期統括を選出しなければならないのさ」

 

 曰く、来年度に卒業するゴッドフレイの後釜がまだ決まっていないと言う。あれだけ影響力を持っていればその後を継ぐ者が見つからないというのも分かる話だが、それとミリガンに何の関係があるというのか。

 自身が選ばれるとは思っていないだろうから、裏から操れるような人物を推すように言ってくるのか。しかしそんなことをするためだけに姿を現したりはしないだろう。

 

「先輩は誰を推すんですか?」

「うん? いやいや、それよりも良い手段がある」

「まさか……いえ、いくらなんでもそれは」

 

 何となく、マリアにも分かってきた。あれは悪だくみをしている時の顔だ。

 つまりマリアの想像は悪い方向で当たっていたことになる。

 

「キンバリー初の人権派学生統括、なんてのも面白いと思わないかい?」

 

 にやりと笑ったミリガンはまさに蛇だった。生徒会とまだ見ぬ対抗勢力を出し抜いて、自分だけが利益を勝ち取ろうとする邪悪な蛇そのもの。ミリガンが一部の生徒から嫌われているのも分かるような、そんな一面を見た気がした。

 一方で剣花団にとって、主にカティにとって、ミリガンは世話になっている先輩である。

 

「応援、します」

「うんうん。カティ君ならそう言ってくれると思ったよ」

「……先輩、あんまりわたしの頭を見なくなりましたよね」

「開頭手術がお望みかな?」

 

 いつの間にか仲を深めていたカティとミリガンがじゃれあっているのを横目に、ピートがぼそりと呟いた。

 

「ボクもミリガン先輩に入れる。去年助けられた恩があるからな」

「その理屈で言うならおれもだな。他に誰が出るとかも知らねえけど」

「それなら、私も」

 

 マリアとピートを助けるために手を貸してくれたミリガンは、恩人と言っていいだろう。マリアへの仕打ちを聞いていたリュディアは苦い顔をしていたが、ミリガンへの投票を強いるつもりはない。しかし生徒会派でないミリガンを推すことは、生徒会に対する敵対行為と見なされないだろうか。

 

「しかし、単独では票を集められないのでは?」

「流石にそれは分かっているさ。私だって泡沫候補で終わる気はない、というか別に私が受からなくとも構わないんだ」

 

 意外な言葉にマリアが目を瞬かせると、ミリガンは背もたれに寄りかかって天井を見上げた。つられて視線を上げた先には周りの建材と比べても明らかに新しい天井と、彫刻のフチにある一度溶けてから固まったような痕が目に入る。

 

「現生徒会勢力が勝ってくれればいいさ。ゴッドフレイ統括が就任する前は色々大変だったから」

 

 もうこりごりだと言わんばかりの珍しい姿に、マリアはリュディアと顔を見合わせた。まだ若かったとはいえ、あのミリガンにここまで言わせる前生徒会は一体どれだけのことをやらかしたのか。

 案外、何もしていなかったという線もあり得るのかもしれない。今のキンバリーの秩序はゴッドフレイ陣営の尽力で作られているものだから。

 

「向こうの状況が悪ければ協力して、流れ次第では私が先頭に立つかもしれない。そのくらいの認識で構わない。もちろん応援はいつでも大歓迎だ」

 

 それじゃあ、とミリガンは立ち去って行った。その足で他のテーブルに向かうのを見送って、ふと周りを見渡すと、いつもより上級生の数が多い。彼らもミリガンと同じく投票者に向けて声を掛けているのだろう。

 その中に何となく殺伐とした気配を感じ取って、マリアはフォークに伸ばした手を止めた。ここの所起こっている以上と関係があるのかどうか。何かが動き出す予感がした。

 

◆◆◆

 

「テレサちゃん、テレサちゃーん……大丈夫?」

 

 どこかに消えていたかと思えばいつの間にか帰って来ていたテレサは、いつにも増してぼんやりとしていた。普段授業を受けている時も理解しているのか分からないような顔でいるが、ここまでこちらの呼びかけに反応しないことはない。

 もっとも、相性が悪いのか、アーシャが声を掛けようとするといなくなってしまう。逃がしてしまって落ち込むアーシャをピーターが励ますのは、最早日常になりつつあった。

 

「ほっとけよ、そんな奴」

「駄目だよ、ディーンくん。せっかく久しぶりに来てくれたんだから」

 

 その通り。アーシャは肉をよそいながら頷いた。

 最初期は必要最低限の授業に出席するだけしてすぐに消えていたが、最近はどうにか付き合ってくれるようになった……と思えばここ数日の失踪である。特にリタは楽しく食卓を囲みたいと思っているようだから、その思いはひとしおだろう。

 

「…………はっ」

「テレサちゃん!」

 

 まるで居眠りから目覚めたかのようにテレサの体が跳ねた。その間にリタへカップを渡してやれば、すぐさまテレサの前に置いて勧める。

 

「これは?」

「一口だけ! 一口だけでいいから!」

「……はぁ」

 

 納得していないような、飲めばいいんだろうとでも言いたげな顔で、テレサは紅茶を口に運ぶ。この後の展開が容易に想像できたアーシャはそっと体をずらした。

 

「ッ!?」

「わっ!?」

 

 小さな唇の上を滑って口内に滑り込んだそれ(・・)はすぐに外へ放り出されることになった。有り体に言えば、テレサは紅茶を吹き出した。

 鋲を口いっぱいに詰め込んだような衝撃に咳き込むテレサを尻目に、アーシャはディーンとハイタッチを交わす。テレサの真正面に居たピーターが少なくない被害を受けていたが、尊い犠牲というやつだろう。

 

「やっとかかりやがったな!」

「ディーンくん!?」

「苦労した甲斐がありましたねぇ」

「アーシャちゃんまで!??」

 

 怒りカブ(アンガーラディッシュ)のしぼり汁を濃縮して、テレサにも効果を発揮するように。

 そして強くなってしまった匂いを誤魔化すための紅茶選び。

 授業の合間を盗んで行った無駄な努力が実を結んだ瞬間だった。

 

「……何の、つもりです、あなたたち……死にたいんですか?」

 

 痛んだ喉から発されるいつもより低い声に、やり過ぎたかなとアーシャは思う。何しろアーシャはディーンに頼まれて作っただけで、実際なぜこんなことをしたのかも分からないのだ。これで話すきっかけが欲しかったとか言われたら、友人を二人も失う事態に発展するかもしれない。

 

「やっとこっちを見やがったな」

「ちょっとディーン、謝った方が」

「いいんだよ。アーシャ、巻き込んで悪かったな」

「いいえー、それほどでも」

 

 どん、と机に手をついたディーンが、テレサと真っ向から睨み合う。

 テレサからしてみれば、今まで弱すぎて眼中になかった鬱陶しいだけの羽虫が噛みついて来たようなもので、その瞳に宿る殺意を隠し切れそうにない。険悪な雰囲気を感じ取っと周囲が少しずつ離れていくのと同時に、二人は中庭に向けて歩き出した。

 

「アーシャちゃん、なんでこんなことしたのさ……目が痛いよ」

「実のところわたしもよく知らないんですよ。はい、目薬」

「嘘だぁ……」

 

 自分用に持ってきた目薬だったがあまり成分を強くしていなくてよかった。ぱちぱちと瞬きをするピーターの様子を伺いつつ、遂に向かい合ったディーンとテレサの間に立つ。

 

「わたしが審判、というのは公平性に欠けるでしょうね。どなたか――」

「俺がやるよ。そこの二人、準備はいいか?」

「……えぇ」

「ちっと待ってくれ、よっ」

 

 一人、野次馬の中から上級生が踏み出して二人に準備を促す。

 すらりと杖剣を抜いたテレサに対し、ディーンは硬い手甲で自らの鼻面を殴りつけた。あんまりにもあっさりと自傷に走ったものだからアーシャは止める間もなく唖然とするしかない。

 飛び散った鼻血に顔を青褪めさせるリタを気遣いながら、アーシャはディーンの幼馴染であるピーターに目を向ける。あんな奇行に走る理由を知っている者といえば、彼しかいない。

 

「あれは何です?」

「自分の血を見ると冷静になれるんだ。何よりも戦いを意識させるものだから」

「ふぅん。慣れた様子ですね、ピーター」

「あはは、ああなったらディーンは止まらないからね」

 

 しょうがないなぁとでも言いたげな笑みを漏らしながらも、ピーターは自信をもってディーンを見守る。思惑はともかくとして、それが覚悟の下で行われていると分かったから。

 ひりついた空気の中で、二人は杖剣を合わせる。不殺の(まじな)いを掛けて間合いを取り――

 

「始め!」

 

 歩法での様子見も、呪文での牽制もなく、二人はぶつかり合った。

 普段の授業と打って変わってどこかぎこちなく斬りつけるテレサに対し、ディーンは堅実に受けて返す。適当にあしらわれて終わりかと思えば、意外にも粘るものだ。

 

「ディーンくん、あんなに戦えたんだ」

「……昔ね」

「それ以上にテレサの調子が悪いのもありますが。さっきの考え事でしょうか」

 

 それは対面するディーンが一番良く分かっていることだろう。

 まがりなりにもテレサとの立ち合いが成立していることに、ディーンは眉をひそめ、ぼそりと呟いた。

 

「マジで調子崩してんだな。流石にわかるぜ」

「……」

「何迷ってんだよ、そんなモンじゃねぇだろ、お前」

 

 いくら言葉を掛けても当のテレサは心ここにあらずといった具合で、いつものキレもない。ついさっき背筋を冷やしたはずの殺意も削がれて、テレサは完全に目的を見失ってしまったような顔をしていた。

 

「……おれはよ、お前にむかついてんだ。見下されんのはいい。お前より弱いおれが悪いんだ。だけどな、視界に入ってないってのは我慢ならねぇ」

 

 何を言い出すのかと訝しげにするテレサへと、この一年で溜まりにたまった鬱憤をぶつける。こんなことでテレサが乗ってくれるのなら、いくらでも聞かせてやる。

 

「おれだけじゃねぇ。お前に気ぃ遣ってるリタも、ピーターも。アーシャは……ちっと怪しいけどよ。あいつらの想いをなかったことにしやがる。おれはそいつが気に食わねぇんだ」

 

 これだけ言ってもテレサの心は動かない。

 それすらも気に食わないとばかりに斬りつけるもやはり心ここにあらずといったテレサに、業を煮やしたディーンは思わず口走る。

 

「なんだよ、そこまで思いつめるってこたぁ、あれか。大好きなあの先輩に嫌われでも――」

「――!」

 

 迷いだとか、困惑だとか。テレサの頭に会った余計なものは全て消え去った。

 ディーンの視界からテレサの姿が消えたと思った次の瞬間、鳩尾に強烈な蹴りが突き刺さる。そのまま倒れ込んだディーンの上に馬乗りになったテレサは、行き場のない怒りに任せて拳を振り上げた。

 

「出来んじゃねぇか、そんな顔も……がっ!」

 

 今にも泣きだしそうな、途方に暮れた子どもの顔がそこにあった。初めて見る顔に笑みを漏らしたディーンだったが、最初の蹴りと今の顎への一撃で意識が朦朧としている。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 

「おらぁッ!」

 

 あのテレサが、半ば無理やりとはいえ応えてくれたのだ。それに返すべくディーンも遠慮なしに殴りつける。そのまま二人は杖剣を放り出しての取っ組み合いを繰り広げ、審判役の上級生が止めに入る頃には二人ともボロボロになっていた。

 

「はい、終わり終わり! 女の子の方の勝ち!」

 

 泥だらけになって倒れ伏したディーンと、肩で息をしながらも苦い顔で立ち尽くすテレサ。終わってみれば下級生らしい泥仕合だったが、互いに心の内をさらけ出すことには意味があった。

 などと、外野で思うのは間違っているのだろうなと、アーシャは思った。曖昧ながらも今の仲間との間に一線を引くアーシャには出来ないことだ。

 

「ディーン!」

「ディーンくん!」

 

 倒れ込んだままのディーンを二人に任せ、アーシャはどこかへ行こうとするテレサの前に立ちふさがった。鬱陶しそうに杖剣へ手を掛けるテレサに何も持っていない両手を見せて口を開く。

 

「ディーンの思いは伝わりましたか?」

「……意図はわかります。ですがそれをあなたが言いますか。私なんかよりも、ずっと……」

 

 下から睨みつけられる。案外人を見ているものだ。

 けれど、こんなことを言われるのはわかっていた。もちろん、その答えも。

 

「どうせ、いつかいなくなるんです。そんな関係(もの)、あっても仕方ないでしょう」

「……」

「行かないんですか? それとも、一緒に医務室へ?」

 

 テレサは目を逸らすとアーシャとすれ違うように走り出した。渡し損ねた軟膏の瓶を手の中で遊ばせながら、アーシャは何食わぬ顔で未だに倒れ込むディーンの下に歩いて行く。

 

「テレサちゃんは?」

「行ってしまいました。ディーンの様子はどうです、ピーター」

「顎の骨が折れてるね。大きな怪我はそこだけかな」

「まぁ、一旦運びましょうか」

 

 あの言い方は、どちらとも取れるものだったけれど。

 意地悪をしてしまったなぁと、アーシャは思った。

 




【人工半霊】
究極の隠密として造られた
半死半生の調整体

その存在を限りなく死に近づけることで
他人からの認識を極端に薄れさせる

性質故に寿命が短く
性能故に用途が少ない
ただ殺すために生まれた、実験体の成れの果て
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