黄金樹の麓から   作:シショ

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第3節

 

 教員殺しも学生統括選挙も関係なく、事件は突然に起こった。

 きっかけはオリバーとロッシの決闘。剣術の授業の度に繰り返されるそれは、いつもの通りオリバーの勝利で終わるはずだった。

 

「はっ……?」

 

 ほんの小手調べでしかないはずの、開幕での打ち合い。しかしものの数合もしない内にロッシの剣がオリバーの手首を捉えた。斬りかかったロッシですら呆然とする中で、オリバーは落とされた杖剣を拾って言う。

 

「負けたよ、ロッシ」

「えっ……ボクと戦うんが嫌になってしもたん?」 

「そんなことはない。君の実力だよ」

 

 困惑しきりのロッシを置いて離れて行こうとするオリバーに、好奇の目が寄せられる。これまで全戦全勝だったロッシ相手に即敗北。そこまで弱っているのならとハイエナのように群がって来る生徒たちの前に、一人の偉丈夫が立ちはだかった。

 

「この機に……などと考えている雑魚は俺の前に並べ」

 

 オルブライトが杖剣の柄に手を掛けたまま周囲を睥睨すると、じりじりと近づいてきていた生徒たちはそそくさと自分の演習に戻っていった。不機嫌そうに鼻を鳴らしたオルブライトの横から現れたアンドリューズ、少し離れたところにいたコーンウォリスの主従も、オリバーを気にするように視線を送ってきている。

 そしていざこざの内に駆け寄ったマリアがオリバーに触れようとすると、するりと躱された。

 

「治療が必要なほどじゃない。すぐに戻るよ」

「でも、」

「大丈夫」

 

 そう言ってオリバーは少しためらい、マリアの頭に手を置く。くしゃくしゃと頭を撫でられて、マリアは渋々身を引いた。なぜだかずっと一緒にいたはずなのに、久しぶりに触れられた気がする。

 剣花団の仲間たちに囲まれて困ったように笑うオリバーに、誰もが一過性の不調だと思っていた。きっとオリバー自身もそうなることを願っていたと思う。

 

「次はキチっと調子戻してから頼むで。こんなんこっちの気ぃ悪いわ」

「……すまない」

 

 やるせないような、どこか怯えるような顔のオリバーに、ロッシは激励の意味も込めて肩を叩く。静かな自信に満ちた姿をよく知っているだけに、どうにも調子が狂う相手だった。

 

「……変だな」

 

 マリアが暇を持て余し始めたロッシを構いに行こうとすると、リュディアがぼそりと呟いた。見上げれば普段は髪で隠れている左目が妖しい光を帯びてオリバーを見据えている。

 

「どうしたの? やっぱり、どこか怪我をしてるとか」

「そっちはさっぱりなんだけど……オリバーの魔力が前と違う気がする」

 

 感覚的な話だからとリュディアはすぐに話を打ち切ったが、マリアにはそれがどうにも気になった。

 まるで日常が崩れるきっかけがひたひたと歩みを進めるように。

 

◆◆◆

 

 ある朝。

 マリアは不意に目が覚めた。

 

(なんだ、これ)

 

 校内に満ちる緊張感が別の色を帯びるようにマリアの全身に纏わりついていた。

 見ればまだシェラが眠っていて、外にはうっすらと夜の気配が残っている。音を立てないようにベッドから降りて、外へ。渡り廊下の先に見える空に何かが飛んでいる。

 

「マリア……あぁ、そんな所に」

「シェラ」

 

 じっとそれらに目を凝らしていると、ブランケットを羽織ったシェラが部屋から出てきた。まだ眠気が勝っているようではっきりとした意識は無いようだったが、いなくなったマリアを探しに来たようだ。

 シェラはマリアにもう一つブランケットを手渡すと、外に目を向けた。

 

「どうしたのです……あら」

 

 シェラの目は校舎の上を周回する魔獣とその背に乗る魔法使いたちの姿を捉えた。そしてそれが、キンバリーでの有事に校内を監視するために遣わされる魔獣であることを知っていた。

 

「何かあったようです。行きますわよ」

「――マリア!」

 

 とにかくこんな格好で外をうろつく訳にもいかない。

 シェラがマリアの手を引いて部屋に戻ろうとした時、廊下の先から制服に着替えたリュディアが現れた。リュディアは寝間着姿で廊下に立つ二人に目を丸くしたが、焦るような気配は薄れている。

 

「魔獣が飛んでたから、何かあったのかと思って」

「えぇ、そのはずです。マリアの着替えを手伝ってください」

「いいけど、いつもやってもらってるの?」

「……たまに」

 

 部屋に連れ込まれたリュディアは気まずそうにするマリアの髪をとかしてやりながら、下着から何から準備するシェラを見る。それからついぞ、着替え途中のマリアとリュディアの視線が交わることはなかった。

 

 

 

 三人が駆け足で寮を出た先、友誼の間の前に人だかりが出来ていた。

 普段は滅多に使われない掲示板は早朝だというのに混雑していて、不用意に近づけばマリアなど踏みつぶされてしまいそうだ。しかしリュディアは二人が止める間もなく人混みの中へするりと入って行き、戻って来る。

 

「結局、何が?」

「授業で使ったグリフォンが死んだみたい」

 

 さらりと口にしたそれに、マリアとシェラは顔を見合わせた。

 グリフォンの管理はあのバネッサの担当だった筈だ。教師としての自覚はともかく、自らの領分が侵されることを黙って見ているとは思えない。

 そこまで行き着いて、マリアはハッと校舎に視線を向けた。

 

「カティのグリフォンはどうなったんだろう」

「そうですわ。本当なら今頃グリフォンの様子を見に行っているはず」 

「行ってみよう」

 

 幸いマリアが早くに起きたおかげで朝食まで余裕がある。三人は校舎に向けて走り出し――幾ばくかもしない内に足を止めた。

 

「これはっ……!」

 

 狭間の地で、キンバリーで。マリアは数え切れないほどの死地を駆け抜けた。それらと比する殺気が廊下の向こうから垂れ流されている。

 マリアはどうにか杖剣を抜こうとする手を止めた。魔法使いでもなく、人間でもない。ひとつの生き物としての本能に訴えかける、強烈な緊張が告げていた。

 

 敵対行為がそのまま死に繋がる(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「ッ!」

 

 辛うじて動くことが出来たリュディアがマリアとシェラを背に庇う。そして視線を向けた先、殺気の出どころには両腕を異形に変えたバネッサがいた。

 いつもの嘲笑でもなく、イラついたような顔でもない。まったくの無表情で、バネッサはリュディアの前を通り過ぎて行った。

 

「……っは、はぁっ」

「リュディア、大丈夫?」

「平気。それよりあの剣幕」

「えぇ、グリフォンが死んだと言うのは本当のようですわね」

 

 バネッサを見送って一息ついたところでマリアがハタと気づく。

 

「あっち、カティがいつも使ってる運動場……!」

 

 駆けだしたマリアを追いかけるようにして、三人はバネッサの後を追う。その最中にもじりじりと感じていた殺気は、ある時を境に消え失せた。

 カティが普段使っている運動場に足を踏み入れた時、バネッサはこちらに向かって歩いてきていた。その後ろには頽れたカティやマルコがいる。

 

「あ? なンもしちゃいねぇよ。さっさと行け」

「……」

 

 じっと見つめていたマリアが鬱陶しかったのか、バネッサは構うこともなく手を振った。

 足を止めたリュディアとシェラを置いてマリアはカティたちの下に駆け寄る。珍しくその隣にはミリガンとガイが立っていて、肝心のカティの腕の中には、怯えて縮こまった幼グリフォンがいた。

 

「……生きてる」

「それはどういうことだい? 上空の魔獣と何か関係が?」

 

 ミリガンの問いに何と答えようか、マリアは迷う。

 カティは毎日のようにここに来て、幼グリフォンとの交流を重ねてきた。時には成体や他の生徒が担当するものまで見に行っては引っ掻かれそうになることもあった。

 カティに伝えても良いものか。そんなマリアの逡巡にただならぬ気配を感じてか、カティは無意識に幼グリフォンを抱く力を強くしていた。

 

「カティ」

「リュディアと、シェラまで……なにか、あったの?」

「グリフォンが死んだ」

「――ぇ」

 

 はく、と動いた口から言葉が出てくることはなかった。

 バネッサの剣幕に、上空の魔獣たち。そしてマリアに対する信頼。嘘を吐くはずが無いという思い。

 

「そんなの、なんでっ」

「わからない。でも、あのバネッサ先生がみすみす死なせるわけがない」

 

 なんのフォローにもなってないことなんて分かっていたけれど。

 それでもカティに声を掛けずにはいられなかった。

 

「おかしいよ。確かにキンバリーは普通の場所じゃないけど、最近はずっと」

「落ち着きたまえ、カティ君。むやみに怖がらせたい訳じゃないだろう?」

「ぁ……ごめんね。怖かったね」

 

 腕の中の羽毛を撫でる内に、カティも落ち着いてきたようだ。

 駆け寄ったシェラにも宥められ、力強く立ち上がった。

 

「とにかく何があったか把握しないと」

「あぁ、バネッサ先生……は止めておくか。厩舎番にあたってみよう」

「わたしは先輩に話を聞いてみます」

 

 てきぱきと段取りを決めていく様子に、マリアは安堵する。

 この調子ならひとまず大丈夫そうだと視線を上げて、カティに抱き上げられたまま微動だにしないグリフォンと目が合った。そういえば、カティとグリフォンはいつのまにここまで仲を深めたのだろうか。

 幼体特有の大きな目がマリアを見ていた。

 

◆◆◆

 

 グリフォンの大量変死――と認められた事件――が起こっても、変わらず日常は続いていく。

 それは主に授業や課外活動であるが、マリアたちには今それ以上に重要とも言えるものがあった。それ(・・)をどうにかするべく、マリアたちは巨大樹(イルミンスール)を登っていた。

 

「大丈夫?」

「えぇ、鍛え直しましたから」

「ペース上げるよ」

「あっそれはちょっと」

「おれもだ。ちょっと待ってくれ」

 

 マリアとリュディア、それにアーシャの三人は、モーガンの治療の進めるべく今日も二層を訪れていた。そこまで日が空いていないというのに、アーシャの足取りは確かなものだ。それは一緒に登るガイやピートのほうが良く分かるのではないだろうか。

 そう、今回は剣花団にアーシャを加えた面子で登頂に臨んでいた。昨今のキンバリーの情勢を鑑みて、いっそ全員で行くことにしたのだ。

 

「随分と鍛えが入ってござるな!」

「えぇ。まだ一年生でしょうに、我々と比べても遜色ないレベルですわ」

 

 普段は一人二人の生徒を相手にしている魔鳥たちだったが、十人近い団体が相手ともなるとちょっかいをかけてくることはないようだ。そのおかげもあり順調に歩を進めたマリアたちの前に巨漢の魔法使いが現れた。

 

「お前たちか。今日は大所帯だな」

 

 モーガンからすれば、知らない顔を加えた下級生の集団である。

 個人主義のキンバリーでは珍しい光景に怪訝な顔をしたモーガンの前にシェラが歩み出た。

 

「初めまして、モーガン先輩。あたくしはミシェーラ=マクファーレン。あの二人はナナオ=ヒビヤとオリバー=ホーンです。校内が物騒ですので、付き添いで参りました」

「おお、お前がセオドール先生の秘蔵(ひぞ)っ子か。そちらの二人も良い目をしている」

 

 大枝の一つに陣取ったマリアたちは、荷物を背負ったまま円状に座り込んだ。埒外の大きさを誇る巨大樹(イルミンスール)の枝である。このまま焚火なんかを始めても、全焼することなんてないように思えた。

 

「それで、今度は何の用だ?」

 

 ガイ謹製の行動食を頬張りながらモーガンが尋ねる。

 今日の目的は二つ。一つはブルースワロウのエース、アシュベリーについて伝えること。これはモーガンから頼まれていたことだ。元キャッチャーとして、その存在が欠かせないと分かっているからこそ、聞いておきたいと言う。

 

「そうか、記録の更新はまだ遠いか」

「キャッチャーを欠く、というのは想像も出来ない状況にござる」

「だろうな。お前らのように仲睦まじいのもいれば、喧嘩ばかりのペアもいる。だがどちらも代えがきかんというのは変わらない」

 

 そう言ってモーガンは己の体を見下ろした。

 異界の炎に蝕まれた体。迷宮という魔力に満ちた場所であれば抑え込んでいられるが、ひとたび外に出れば魔力の薄い大気に向けて出て行こうとするだろう。その可能性を考えれば、このまま迷宮で燃え尽きて死ぬのが良いのではないか。そんな考えもよぎる。

 

「戻ってやりたいが、このざまではな。あいつも迷惑に思うだろう」

「それについて確かめたいことが。以前した話、覚えている?」

「この炎を取り除くとかいうアレか。お前たちを巻き込むつもりはないぞ」

「それだと勝手にやりますよ、この子」

 

 リュディアが呆れたようにマリアの背中に手を置く。失礼な、とマリアは思った。

 本当に嫌だと言うのならそんなことはしない。現に心配でたまらないにも関わらず、オリバーの診察に手を付けずにいる。

 

「……将来有望だな」

「それは、皮肉?」

「誉め言葉だ。半分はな。今の生徒会を知っているんだろう?」

 

 ゴッドフレイ達と比べられるのはなんだか面映ゆい。観念したのかモーガンはまっすぐにマリアを見つめた。それに応えるようにアーシャが視線を向けてきて、何が何だかという顔をしているシェラを置きざりに、マリアは立ち上がる。

 

「まずは調査だけ、だけど。協力してほしい」

「わかった……頼む」

 

 枝の先端に向けて歩き出そうとしたマリアを、しかし止める者があった。

 見上げた先には不安と心配を瞳に宿すシェラ。その後ろにいる皆も不審な目でマリアを見ている。肩に置かれた手が制服に皺をつくった。

 

「何を、するつもりですの」

「確かめたいことがあるから」

「あなたでいけない理由は」

「誰かに話したら、モーガン先輩はきっと殺されてしまう」

「ですが」

 

 尚も言いつのるシェラをぎこちなく抱きしめる。

 おずおずと腕を回すシェラにマリアはぽつぽつと自身の思いを伝えた。

 

「シェラがずっと心配してくれるのは、わかる」

「なら」

「でも、助けたいと思ったんだ。私は助けられてばかりだから」

 

 ブライブに、イジ―に、円卓の皆に。それから、メリナに。

 助けられて、援けられて、扶けられて。最後に生き残るのは、いつもマリアだけだった。

 だから今度は自分がそうなりたいと思う。マリアが誰かを助けたからって死んでいった彼らが生き返るなんてことは無いけれど、繋いでくれた命をそう(・・)使いたいと、願う。

 

「やっぱり、頑固ですわね」

「そうかな」

「えぇ。……あたくしに手伝えることはありませんの?」

「待っていてほしい。終わった後も、こうして」

「まったく、仕方ありませんわね」

 

 そっとシェラから離れたマリアが振り向くと、準備はあらかた終わっていた。

 大きな魔法陣の中心で杖を構えるリュディアと、制服の上からローブを纏ったアーシャ。延焼防止のためにくっつけられたシャボン玉を避けながら、マリアもモーガンの側に立つ。

 

「今回の実験の概要を説明します。まず姉さん」

「あたしが魔力塊を作って炎を誘い出すので、モーガン先輩は楽にしていてください」

「次にマリア先輩」

「私は炎の処理役。今回はほんの少ししか出番はないけど」

「ですね。最後にわたしがモーガン先輩から異界の炎を引きはがします。一応確認ですが、失敗したらどうしようも出来ないので逃げますね」

 

 おどけて見せるアーシャだったが、今回の策の要は彼女だ。

 肝心なところは任せきりで、そこだけはマリアには何もできない。それを不甲斐なく思う気持ちは、未知に目を輝かせるアーシャによって払拭された。というか、させられた。

 

「いきまーす……目覚めよ(サタスサルスム)

 

 アーシャのローブの内側から霊体が浮かび上がり、モーガンの体に纏わりつく。

 そしてリュディアが結晶の塊を造り出すのに合わせてマリアも聖印を握り締めた。

 モーガンの体は長い間異界の炎を抑え込み続けたせいで弱り切っている。それでも尚炎を封じていられるのは、魔素の濃い二層にいるからだ。

 であれば、モーガンが制御を緩めるだけで異界の炎は簡単に外へと漏れ出てくる。その矛先は新たな宿主としてふさわしいもの。魔力の塊である、結晶。

 

「マリアっ」

 

 全てを焼き溶かす炎。太古の混沌。

 外宇宙からもたらされた狂い火は、異界の炎すらも一呑みにしてしまった。

 明らかに体内の負担が減ったことへの驚きが、モーガンに力となって湧きあがる。そして同時に浸食されかかっていた霊体が自身の制御を取り戻していくのが感じられた。

 

「終わり! 終わりです!」

「ふぅ……ぅ」

 

 アーシャが準備してきた霊体が尽きた頃に終わりの声が掛かった。

 明確なラインを決めていなかったために多少無理をすることになってしまったが、眼球が焼けたくらいならリュディアが駆け寄って来るまでに治せる。

 辺りを見回しても火が燃え移ったような様子はなかった。ここまで見越して準備をしてくれたアーシャには頭が上がらない。

 

「調子はどうです?」

「すこぶる良い。一年とは思えんな」

「それはどうも。ただ完全に取り除けたわけではないので、外には出ないようお願いします」

 

 そうだ。まずは一歩目。

 恩返しにはまだ気が早いけれど、手の届くところまでそれは来ていた。

 




【霊体傷】
魔法使いにとって致命的な傷病
完治した例はごく少ない

霊体が欠け、魔力出力は通常の二十分の一に落ちる
また魔力を使う度に傷から激痛が走る

一度失われた霊体は、二度と元に戻すことが出来ない
灯火の樹を見る者以外には
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