黄金樹の麓から   作:シショ

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第4節

 マリアとシェラは医務室に向かったものの、治療される様子に可愛げがないからと治して早々追い払われてしまった。そしてまだ授業は終わっていないというのに、シェラに連れられて空き教室を訪れていた。

 

「マリア」

 

 シェラは扉を背にして立ち、マリアに厳しい視線を向ける。それが何に起因するものなのか分からず不思議そうな顔をしていると、シェラは続けて問いかけた。

 

「なぜあのようなことをしたのです。あたくしはあの蚕にそれだけの価値があったとは到底思えませんわ」

「興味があったから」

「何にです?」

「生まれなおしを行うことと、その結果に。あの蚕にはなんの価値もない」

 

 ぐっ、とシェラの眉が寄った。そのままこちらに歩み寄り、怪我をした方の手に優しく触れて持ち上げる。

 

「その生まれなおしとやらは、そんなに大切な儀式なのですか」

 

 元通りに治った指を撫でられ、くすぐったさに手を引いてしまいそうになる。

 それよりも、シェラには生まれなおしが気にかかっているらしい。否、気にかかるというより怒っているのだろうか。その理由が分からなくて、掴まれた手でシェラの手を握り返しながら、マリアは思った通りに答えた。

 

「いや。咄嗟に思いついたから」

「思いつき、ということですの?」

「そう」

「…………はぁ」

 

 深々と溜め息をついたシェラは、マリアの手を離して細い体を抱き寄せた。びっくりして固まるマリアをよそにより強く抱き締める。

 

「これからはもう少し考えてから動くようにしなさい。あなたは良いかもしれませんが、周りがどれだけ心配すると思っているのです」

「……ん」

 

 おずおずとぎこちないながらも抱き返したマリアを腕の中に収めて時間たっぷり抱き合うと、シェラは体を離してマリアの手を引いた。無表情に自分を見つめるマリアは一体何を考えているのかと思ったが、それはこれから知っていけば良い。

 そうして笑顔でオリバーたちと合流しようとしたシェラは、まだ問題が残っていたことに気がついた。

 

◆◆◆

 

「マリアっ!」

 

 考え込んでしまったシェラを連れて暫く歩くと、反対側から駆け寄ってきたカティがマリアに飛びついた。その後ろから他の面々も喜色を浮かべてこちらに向かってくる。

 

「カティ?」

「指、大丈夫なの?」

「治してもらった」

 

 元の通りにくっついている指を見せるとカティはほっと息をついて、咄嗟に襟元を押さえた。そうしていると追い付いたオリバーが口を開こうとして、シェラとマリアの様子に溜め息一つで済ませてくれた。

 

「さあ、戻ろう。もうすぐ夕食だ」

「話したいことも色々あるし。ね、マリア」

「うん……何かあったか?」

 

 マリアの言葉にガイが頬を引き攣らせた。周りを見るとナナオ以外は同じような表情をしていて、唯一物憂げな表情のナナオとは目が合わなかった。

 

「…………マリア、さっき話したでしょう。まさか忘れたわけではないですわね?」

「あぁ、あれか。カティに渡したやつ」

「ぃひゃあっ!」

 

 突然声を上げたカティから距離を取ろうとしたが、背中に回されたシェラの手がそれを許してはくれなかった。仕方なくカティと向き合うと、散々苦労した末に服の中に隠していた銀色の塊を差し出してきた。

 

「この子、なんだけどね。先生に聞いても何にも言われなかったから、連れてきたんだ」

「ふむ」

「マリアはこの子をどうするの?」

 

 蚕モドキをどうするか。そういえばあの時は生まれ直しに夢中でそれを考えていなかった。カティに投げたものの迷惑だったなら仕方ない。雫の幼生は勿体なかったが、処分してしまおう。

 

「じゃあ、貸して」

「待て。何をする気だマリア」

「迷惑だったんだろう? 私の方で処分しておくから、」

「駄目っ!」

 

 マリアは杖剣を抜きかけていた手を止め、手を引っ込めてしまったカティを見る。この短時間で愛着が湧いていたのだろうか。もしそうだとすれば、カティに世話を任せてしまっても良いだろう。

 ふと視線を感じて隣を見ると、白杖を握ったオリバーが困惑した表情でこちらを窺っていた。杖剣を戻して手を振ると、大きくため息をついて杖をしまった。

 

「いるならあげるけど」

「マリアはいいの?」

「三日も保たないと思うからいらない」

「…………そっか。じゃあ、わたしが預かるね」

「うん」

 

 話が一段落したタイミングで、誰かの腹が鳴った。一番心当たりのあるナナオはきょとんとした顔で、その後ろでガイが頭をかいていた。

 

「あー、なんだ。わりぃな」

「いや、皆疲れただろう。そろそろ夕食を食べに行こう」

 

◆◆◆

 

 毎度のごとくシェラに食材の名前と食べ方を教わりながら食事を済ませ、一塊になって校舎を出る。今日の授業について話したり元気のないナナオを励ましたりして歩いていると、ピートが何かに気づいたように足を止めた。

 

「どうしたんだ、ピート?」

「いや、」

 

 仲間たちが注目する中で鞄を漁っていたピートは、顔をしかめて校舎に足を向けた。

 

「……本を置き忘れた。オマエらは先に行ってろ」

 

 マリアはそのまま見送ろうとしたが、手を繋いでいたシェラが振り返ったので立ち止まった。その隣にはオリバーも並び、ピートに声を掛ける。

 

「二人でも行けると思うぞ、ピート」

「三人ならもっと心強いと思いますわよ?」

 

 突然の提案に面食らうピートに二人がさらに畳み掛けると、迷いながらも同行を許したらしい。するりと手を離されたマリアも一緒に行くと言おうとしたが、シェラに宥められる。

 

「治療には体力を使いますからマリアは先に戻っていなさい」

「まだ大丈夫だけど」

「自覚していなくとも、疲労は溜まっているものです」

「むぅ」

 

 結局マリアは三人が校舎に戻るのを見届けてから、残ったガイ、カティ、ナナオと共に歩き出した。

 ほそぼそと会話は続いていたが妙にナナオの口数が少ないと思って振り返ると、赤いスカートの裾が曲がり角に消えていくのが見えた。

 

「ん? マリア、ナナオはどうしたんだ?」

「……連れ戻してくる」

「えっ、ちょっと、マリア!」

 

 二人の静止の声も聞かずにマリアは走り出した。角を曲がってナナオを探すと、その姿はかなり離れた所にあった。呼吸を整えながら聖印を取り出し、遠ざかる背中を目指して全力で駆け出した。

 

◆◆◆

 

(あれは、)

 

 巨大な魔獣と骨の怪物。そしてそのさらに奥から、途方もない熱量がそれらを包み込む。ナナオとオリバーたちは怪物たちよりも手前にいるが、相当な熱を浴びることになるだろう。

 それを認識した瞬間にマリアは祈祷を発動する。右腕が鱗に覆われ、巨大な竜のそれとなってナナオたちを覆い隠す。マリアローブ越しにチリチリとした熱を感じながら、それに何とか耐えきった。

 

「ふー……」

「な、マリア!?」

「その腕は、」

 

 オリバーが驚きの声を上げ、シェラが腕の異様さに眉をひそめる中でマリアはただ前を見つめていた。骨は跡形もなくなっており、魔獣もすっかり炭化してしまっている。それをいとも容易く行った者がこの先にいるのだ。

 

「そこの一年生五人。現キンバリー学生統括アルヴィン・ゴッドフレイの名に懸けて、この先一切手は出させん」

 

 ゴッドフレイ。その名を聞いた瞬間に、マリアの全身に武者震いがおこる。エルデの地、最初の王。彼とは似ても似つかないが、その男が放つ重圧はマリアにかつての戦いを想起させるのに十分過ぎた。

 

「アタシはカルロス・ウィットロウ。よろしくね、可愛い子猫ちゃんたち」

 

 魔獣の影に隠れた者に杖剣を突きつけながら、もう一人がキスを投げる。さり気なくマリアがそれを避けると、その上級生はいたずらっぽく眉を上げた。

 

「罰則は後ほど通達する。貴様ら深みの住人は、このような浅層に用は無いだろう。自分たちの工房に戻れ」

 

 双方が捨て台詞を吐いて、迷宮の闇の中に消えていった。完全に気配が消えて少しすると、ゴッドフレイから発されていた重圧もかき消える。

 マリアが緊張していた体から力を抜いて制服の焦げ目を払っていると、上級生の二人がこちらに近づいて来た。

 

「さて、入学早々あの手合いに絡まれるとはな」

 

 近くで見ると、男はかの王とはちっとも似ていなかった。体格から髪色、攻撃方法に至るまで同じところが全く無い。これはもはや他人としてしまったほうが早いような気がしていた。

 

「我々の到着まで誰一人攫われずにいてくれたことに感謝する。奴らを追って深層に潜るのは面倒でな」

「いつもはこんなに浅いところを彷徨いてる連中じゃないのにね……ってあなた、ローブが焦げてるじゃない!」

「なんだと!?」

 

 ウィットロウの声にマリアのローブへと全員の視線が集まった。確かに肘から肩にかけて炙られはしたが、特に怪我は無い。しかしそんなことは知らないゴッドフレイは、面白いほど狼狽していた。

 

「こんな失敗は暫くしていなかったというのに……!」

「な、マリア、大丈夫なのですか!?」

「んふ……失礼。平気」

 

 先程の威厳ある態度とは打って変わって酷く焦る様子に思わず笑ってしまい、取り繕うようにローブをまくって見せる。マリアの細い腕は赤くなってすらおらず、ゴッドフレイはほっと胸を撫で下ろした。

 

「ぐぅ、すまない。新しい物はこちらで用意する。何か他に希望のものはあるか?出来る限り応えよう」

 

 ふむ、とマリアは少し考えて、先程から気になっていたことを直接聞こうと思い至った。

 

「ホーラ・ルーという名に聞き覚えはあるだろうか」

「ホーラ・ルー? ……いや、覚えがないな」

「そう」

 

 やはり無関係だったのだろうか。いや、ホーラ・ルーが狭間の地を訪れたのが何年前なのか詳しく分からない以上、まだ断定はできない。マリアは怪訝そうにするゴッドフレイに頭を下げて、そわそわしていたシェラの隣に戻った。

 

「では校舎の外まで送ろう。正式な交流は昼間の校舎でな」

 

 そう言ってゴッドフレイは先頭に立って歩き始めた。マリアたちがその後に続き、ウィットロウが殿を務める。少し歩いた辺りで正面扉に辿り着き、その向こうではガイとカティが待っていた。

 

「オリバー!」

「ナナオとマリアもいる! よかったぁ……」

 

 駆け寄ってきたカティがマリアとナナオをまとめて抱き締める。

 

「いきなり走って行っちゃうからびっくりしたよ……!」

「相すまぬ、カティ」

「ごめん」

 

 ぎゅうとより強くなる抱擁を甘んじて受けながら、マリアは扉の脇に佇んでいた人影に目を向けた。そこに立っていたのは、長く伸びた髪で左目を隠した女生徒だった。

 ミリガンと名乗った彼女が引率を引き受けると、ゴッドフレイたちはすぐさま迷宮へと戻っていった。まだ迷っている新入生がいるらしい。

 

「サルヴァドーリとリヴァーモアに絡まれるなんて、災難だったね君たち。疲れただろうし、今日のところは寮に戻ろうか」

 

 





【竜腕】

竜餐の祈祷の一つ

己が姿を竜となし、身を守る
長押ししている間は変化しつづける

竜の力は守りにも及ぶ
その鱗はあらゆる攻撃を跳ね返す
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