「で、何を隠してる?」
車椅子を組み上げる手を止めてピートがそう問いかけると、青を縁取る銀色がぱちりと瞬いた。
マリアも大概だが、リュディアも大概にぶい方だと思う。協力してほしいなんて言ってきたくせにほとんど作業が進まないとあれば、その原因を探ろうとするなんて当然だろうに。
「何って……どれのこと?」
違った。
隠し事が多すぎて心当たりが無いだけだ。
ピートは作業疲れで痛む眉間を押さえながら、離れたところでアーシャと話すマリアに目を向けた。
「オマエがそんなに心配してるのに、アイツ気づいていないのか?」
「マリアはもうやるって決めたから。あたしの勝手で邪魔できないよ」
「……ふぅん。ま、オマエが良いならいいけどな」
この二人の関係性は思った以上に歪で、けれど分かりやすい。
マリアもリュディアも互いを大切に思っていて、リュディアの方はそこに独占欲を抱いているだけ。それだけのはずなのに妙に入り組んで見えるのは、こちらに明かされていることが少ないせいだろうな、とピートは思った。
(揃いも揃って口下手なんだよ、オマエら)
口に出しはしない。
ピートにだって秘密はある。誰にだってあるだろう。聞いたところで分からないだろうというのも感じている。
だが、だからといってこのまま黙っている訳にはいかない。不意に一線を越えて関係がこじれてしまうよりも、洗いざらい吐きだした方がずっといい。
「……ん?」
「どうした?」
「ここ、大きさが違うね。図面間違えたかな」
「端材はもうないぞ」
「――どうかしました?」
いつの間にかすぐそばまで来ていたアーシャに、ピートの肩がびくりと震える。
作業が止まったことに気づいてかマリアも寄って来て、ピートはすっかり囲まれてしまった。
「ほら、ここ。図面と大きさが違うぞ」
「本当ですね。うーん……間違ってるのはパーツ側ですから、材料を取って来ますね」
「私も行く」
「ならあたしも」
「駄目です」
アーシャからの強い拒絶の言葉に、リュディアは思わず固まった。
当のアーシャも自分で発したはずのそれに驚いているようで、マリアがアーシャの袖を引くまで二人は見つめ合っていた。
「行かないの?」
「そ、うですね、姉さんは休んでいてください。ちょっとそこまで出るだけですから」
「でも、」
「テーブルのお菓子はご自由にどうぞ。行ってきます!」
尚も言い募ろうとしたリュディアを置いて、アーシャとマリアは工房を出て行った。
マリアがいるなら怪我とは無縁だろうし、アーシャなら想定外の出来事でも逃げ帰るくらいはして見せるだろう。単にこれは、一時とはいえリュディアがマリアの護衛という立ち位置を奪われたことに、いら立ちを感じているせいだった。
そんなリュディアを気にもせず、ピートはうんと伸びをしてソファでくつろぎ始める。そして、隣に座ろうとしたリュディアへ目を向けた。
「で、オマエは本当に納得してるのか?」
「何を?」
「モーガン先輩を助けるってやつ。マリアが何も言わないってことは、ボクたちじゃどうにもできないくらいの何かをやらかそうとしてるんだろ?」
一旦の休憩に入ったかと思えば先ほどの話を蒸し返すようなピートの言葉に、リュディアは眉をひそめる。マリアとアーシャが居なくなったのを見計らってそんな話を始めたのだろうが、最早何度言われても計画を止めることは出来ないのだ。
「納得はしてるよ。皆に手伝えることがないっていうのもそう」
「そうだろうな。異界の生物を宿主を傷つけずに取り出すなんて、ボクたちじゃ到底無理だ」
「何が言いたいの?」
投げやりなピートの態度に、今度こそ気分を害したようなリュディア。
しかしピートにはここで引くことが出来ない理由がある。もっとも、それは推論に推論を重ねた上の、嫌な予感と言っても変わりがない程度のものだ。
「それだけのことをなんのリスクも無しにやれるはずがない」
「……」
「言い出したのはマリアなんだろ? オマエもアーシャも無茶をやるタイプじゃない」
その理解には大いに異議を唱えたいところだったが、寸でのところで我慢する。アーシャがしっかり者に見えて無謀な挑戦を好むというのは、大っぴらに話すような美点ではない。
しかし次の言葉には黙っていられなかった。
「ま、オマエが良いならいい。それは変わらないよ。ただ、オマエはもう少し、マリアを大事にしてると思ってたんだけどな」
それは情報を引き出すための煽りだったのかもしれない。本音の一部だったことは確かだ。
けれど、リュディアには自分で思うほど余裕がなく、今の今まで胸の奥で押さえつけられていた思いが口を衝いて出る。
「……あたしだって」
それは一息に。
「あたしだって、マリアに苦しんでほしいわけじゃない! あんなに痛い思いをしてまで誰かを助けてほしいなんて、そんなこと」
「だったら」
止めてやるのが友人として正しい在り方だろう。
感情のままに言い返してやろうとして、ピートは息を飲んだ。硬い、硝子のような印象をもつリュディアの瞳が、感情のままに揺れている。
「でも、マリアは、マリアは」
死なないから、何度でも無茶をする。
そう口走りかけたリュディアだったが、強烈な痛みによってその思考は中断させられた。
「は、ぐ、うぅっ……!?」
「なっ……リュディア!」
心臓に爪を立てられたような鋭い痛みが胸の奥で起こっている。立っていられず床にうずくまったリュディアの背に手を置きながら、ピートはその体の奥に不自然な魔力の流れを見つけ出した。
(なんだこれ、魔法契約か?
魔法契約。それは大きな商会や魔法使い同士での貴重な素材のやり取り、または実力が拮抗しており敵対すれば周囲に甚大な被害をもたらしかねない魔法使いたちを縛る目的で、数十年前まで使われていたものだ。
第三者の介入に対する脆弱性の問題であっという間に廃れていったものだが、今もなお呪いに近しい域まで練り上げられたそれが研究されていると聞く。
「聞こえるか? 一旦横になれ。時間が経てば効果は消えるはずだ」
「ん……」
クッションを引っ張って来て頭の下に敷き、リュディアをソファに寝かせる。
未だ改装途中らしく、寝室のようなものは一部屋だけで、明かりも見当たらない。ピートはさっきまでマリアたちが飲んでいた紅茶を適当なカップに注いで、リュディアの方に向き直った。
「おい、まだ起きるな」
「だいじょうぶ。マリアがもうすぐ戻って来るし」
「……アイツに知らせないのか」
「心配させちゃうから」
ムッとしたピートに、リュディアは乱れた服を直しながら笑った。
夜闇の中でも浮いて見えるほど白い顔に、血が通ったように見える。今にも泣きだしそうな、そんな顔だった。
「いいだろ、別に。遠慮し過ぎだ」
「……今日はずいぶん踏み込んでくるね」
薄く、感じられる程度の拒絶。普段なら引いてもおかしくないそれを、ピートはやすやすと踏み越えた。
「当たり前だろ。死にに行くような顔してるくせに」
目を見開いたリュディアに、何を今更とため息を吐く。
モーガンと何やら話したというあの日から、マリアはいつにも増してシェラにくっついていたし、リュディアもそれを止める風でもなく眺めていた。
あんなに露骨な態度に出ていたのだから、誰だって気づくに決まってる。当のマリアが不調を見せないから、聞かないでいただけなのだ。
「そんなに危ないなら止めればいい」
「だめだってば。あたしが、マリアの邪魔するなんて」
「それだ」
「……なにが?」
さっきから感じていた違和感。
苦しむ、痛い思いをする。そんなことをしてほしいわけじゃない。
そう言いながらも、リュディアはマリアが死んでしまうとはこれっぽっちも思っていない。単なる信頼ではなく、事実としてそれを知っているかのように。
「マリアの邪魔になるのが嫌なんだな?」
「それは」
「嫌われるとでも思ってるのか?」
その言葉にリュディアは分かりやすく動揺した。
この数分で理解できたが、リュディアも大概情緒が育ち切っていない。シェラがマリアに絵本を読んでやっているという話を聞いたことがあったが、リュディアにも必要だったのだろう。
マリアの姉のような位置に収まって、実の妹がいるはずのリュディアの心は、ともすればマリアよりもずっと幼いものなのだ。
「だって、マリアに見放されたら、どうしたらいいの?」
「多少口出しした程度でこじれるような仲じゃないだろ。戻ってきたら話してみればいい」
「…………うん」
◆◆◆
帰って来た二人が出迎えられ、アーシャが背負っていた袋から木材を取り出す間、ピートに招き寄せられたマリアは壁際で内緒話に興じていた。
「リュディアがオマエと話したいらしい」
「そうなの?」
「あぁ、こっちはアーシャと二人でやっておく。もう少しだから、時間は気にするなよ」
なんとなく、ピートに言いくるめられた気もしながら、マリアは改装途中だった寝室に入る。
ベッドに座ってうつむいていたリュディアは、マリアが入ってくるとハッと顔を上げた。決まりの悪そうなその様子は、錬金術の課題が残っていることを悟られたガイに少し似ている。
「……ピートから、聞いたよね」
「うん。話したい事って、なに?」
隣に座ったマリアに見上げられながら、リュディアは震える声で切り出した。
もうやめよう、マリアに苦しんでほしくない。
今ならまだ間に合う。モーガンも、きっと責めないはず。
元々成功するかなんてわからなかったんだから、途中で止めたっていいだろう。
段々と視線を合わせられなくなっていくリュディアに、マリアは手を伸ばしかけて。
一つ、秘密を明かすことにした。
「ねぇ、リュディア。ほんとはね」
そう言って、マリアが切り出ししたのは、なんてことはない。
思っているよりも痛くも苦しくもないという、リュディアにとって都合の良すぎる、慰めのようなものだった。
「もうほとんど思い出せないけど、狭間の地に流れ着いたばかりの頃は今よりずっと感覚が鈍くて、竜餐を教えてもらって普通になれたんだ」
何度も何度も死んで、生き返って、その度に小さくとも傷を負わせる。そうして手に入れた熱い竜の心臓はマリアに力をくれた。
けれど、竜に近づきながら得る感覚がまともであるはずもなく、肉の膜を隔てるようにしてそれも閉じ始めているのだと言う。
マリアは感触を確かめるようにリュディアの手を取った。リュディアはその小さな手に触れられて初めて、自分が呼吸を止めていたことに気が付いた。
「心配させてごめん。でも、私は助けてもらった分を返したい」
せめてヒトである内に。
竜と化して、すべてを忘れてしまわない内に。
「……わかった」
リュディアは、マリアの小さな体をきつく抱きしめた。
今まで苦しいだろうと遠慮していた分、思いっきり。自らの存在をマリアの体に刻み込まんばかりに抱いて、そのままベッドに押し倒した。
そしてぱちりと瞬いた黄金の瞳を越えて、小さな唇を無視して、耳元へ囁く。
「なんでもする。なんだって手伝う。だから、一緒に居させて」
「……どうしてそこまでしてくれるの? 私、リュディアになにもしてないのに」
純粋に、ただ不思議そうにマリアは尋ねる。
リュディアが身を起こしてマリアと目を合わせると、長い銀の髪がヴェールのように視界を区切った。その奥で色の違う二つの目がマリアを見つめている。
「マリアが好きなんだ」
「ぇ」
「マリアを独り占めしたいのに、もう取られちゃったから。あたしをマリアのものにして」
目を白黒させるマリアに、やっぱり伝わらないと内心肩を落とした。
その外見も、中身も、いつからか見えるようになった魂も。こんなにも美しく、脆いものになら、自分の全てを捧げたってかまわない。
ラニの器として生まれ、ムーングラムを継ぎ、アーシャの姉となり、マリアに仕える。言われるがままに生きてきたリュディアの初めての願い。
(こんなこと言っても、混乱させるだけだよなぁ)
今は伝えられただけでいい。
そうリュディアが引こうとしたとき、マリアがいきなり起き上がった。思いのほか勢いが強く、リュディアは軽いはずのマリアを受け止めきれずに押し倒される。
「なに……?」
「ごめん」
リュディアの上に乗っかる形になったマリアが口を開く。
「リュディアの言いたいことはあんまりわからない。けど、一つだけ」
「……うん」
「キンバリーでも、向こうに帰っても、これからずっと一緒にいてくれる?」
マリアから言い出したくせに不安そうなのが少しおかしかった。
リュディアはマリアを抱き寄せて、あらわになった額に口づけを落とす。胸がちくりと痛んだけれど、これくらいは許してもらおう。
「マリアが嫌だって言ったって、絶対離れないから」
「……一人の時間もほしいかも」
「だめ。絶対、だからね」
「はぁい」
ずっと一緒。なんて、子供じみた約束だけれど。
こんなに幸せでいられるなら、きっと。
【竜餐】
おぞましくも美しい、簒奪の儀式
竜心、ドラゴン・ハーティドの野蛮な業
竜を狩り、その心臓を捧げ喰らうことで
己が姿を竜となし、力を振るう
しかしひとたび竜餐に心奪われれば
あるいは竜に近づきすぎたならば
その者は内より竜に喰らいつくされる