第1節
また一年が経った。去年の暮にも合同葬儀が行われたが、マリアたちの身内がそこに名を連ねることはなかった。
そして迎えるは入学式。新たな生徒を迎える場から、さらに後輩たちの成長を見る場へと変わっていく。
「はーい、皆さん! 式の会場はこっちですよーっ」
列の先頭に立ったアーシャが新入生を誘導していた。
いつも一緒に居るMr.トラヴァースも、トラブルの対応をしていたのを遠目で見かけている。
「ご機嫌だね、アーシャ」
「部活の方で何か研究許可が下りたらしいよ。昨日からあんな感じ」
「ふぅん」
マリアは工房に貯めこまれたアーシャのノートを思い出した。
週にニ・三冊ずつ増えていくノートは主にリュディアの手によって清書され、ラニの下に送られている。そこからカーリア城館、レアルカリア学院と流れていき、研究が進んでいるらしい。
注目すべきは後輩たちだけではない。カティが育てていたグリフォンは立派に大きくなり巡回に加わっているし、ガイは絶滅危惧種の復興に手を掛けている。
かく言うマリアはといえば、
「土、もっとあった方が良いかな」
「ひとまずこれでいいんじゃない? 黄金樹なんて育てたことないからわかんないけど」
マリアとリュディアが見上げた先には校舎の二階部分を超えるほど伸びた小黄金樹があった。
鉢植えでコツコツと種から育てていたのだが、モーガンを助けるため迷宮へ潜っていた時期に急成長を遂げたのだという。ガイによって知らされ、呆れ返ったダヴィドに頭を下げて、小黄金樹は庭園の端に移されることとなった。
「それにしても目立つね」
「うん。夜とか、大丈夫かな」
「……葉のそれぞれが魔力を帯びている……周囲の環境に、影響を及ぼしているようだ……」
「っ!?」
唐突に背後から声が聞こえてきて、マリアの肩がびくりと跳ねる。
リュディアに庇われながら振り向くと、ダヴィドがマリアを見下ろしていた。より正確にはマリアよりもさらに下。目線を追っていくと、植え替えたばかりだというのに根が石畳を押し上げている。
「これは……」
「……抑制剤の使用も、視野に入れるべきか……後日成長過程をまとめて提出しろ……」
低く掠れた声で呟いて、ダヴィドは踵を返す。
残された二人は顔を見合わせ、もう一度小黄金樹を見上げた。研究の一端とはいえ、大いなる意思に由来するものをこちら側に持ち込んだのは間違っていたのではないだろうか。
「あ、おかえり、マリア」
「お邪魔してるよ」
「……はぁ、どうも」
剣花団の共有工房に戻ったマリアとリュディアを出迎えたのは、カティとミリガンだった。
お菓子を片手に優雅なお茶を楽しむミリガンを視界から外し、ピートの下にリュディアをおいて厨房へ向かう。そこにはお茶の追加を用意するガイの姿があった。
「お、マリア。ダヴィド先生とは会えたか?」
「うん。もう少し様子を見るって」
「まぁ、あれ以上デカくなるとも限らないしな。これ、持ってってくれ」
「わかった。……ミリガン先輩はなんでいるの?」
「……なんでだろうな」
首を捻るついでに口にクッキーを放り込まれて、マリアは頬を膨らませたまま追加のお菓子を運んでいく。ガイの作るお菓子はその味以上に温かみを感じられて、お茶会に無くてはならないものとなっていた。
そこへちょうど戻って来たナナオが飛びつきかけて、オリバーに洗面所へ連行されていく。すぐに後ろからシェラが出てきて、ようやく全員が揃った。
「ナナオ君の入賞を祝して、乾杯!」
「なんで先輩が音頭取ってるんすか……?」
「もう去年のことでしょう。お祝いはとっくに済ませましたわ」
「なんだい君たち、ノリが悪いね」
不貞腐れたミリガンがカティにもたれ掛かりながら紅茶を呷る。
カティはそんな振る舞いに呆れながらも振り払うことはなく、この二年で培われた信頼が見て取れた。
「ですが祝うといえば、カティ、あなたがグリフォンに乗って巡回しているのを見ましたわ。育成は順調なようですわね」
「調教を受けているとはいえ、グリフォンが人を背に乗せるのは稀だと聞く。君の手腕だ、カティ」
「ありがと、二人とも。……でも、成果以上に問題が出てくるから、あんまり実感ないや」
肩を落として小さくため息を吐いたカティの膝の上には分厚い資料が積まれている。
最近のカティは資金繰りや方針などで、頭を悩ませていることが多かった。どうにかしたいとマリアが思っていても、結局はカティが自分で考えなければいけないことだ。そうシェラから諭されて、歯がゆい思いをしていた。
「研究とはいつだってそんなものだよ、カティ君。成果が出ていることを喜びたまえ」
「……はい。ありがとうございます」
ミリガンの言葉にようやく眉間の皺を緩ませたカティは、オリバーが淹れた紅茶に口をつける。そこで全員の注目が集まっていることを察してか、慌てて口を開いた。
「ぴ、ピートも最近色々作ってるんじゃないの?」
「……ん?」
矛先を向けられたピートはお茶もクッキーも放り出して、リュディアと一緒になにか作っている。去年のモーガン専用車椅子を作ったあたりから、ピートとリュディアは二人で話すことが多くなった。時折大部屋の隅で二人がゴーレムを戦わせているのを見ることもある。
「ボクの方は面白い話は無いぞ」
「エンリコ先生から直接指導受けてんだろ? 十分凄いと思うけどな」
「直接って言ったって頻度はまちまちだし、ダメ出しを受けてばっかりだ」
「それも期待の裏返しだろう。君の努力が報われている証拠だよ、ピート」
「そ、うか……」
オリバーの言葉にじわりとピートの頬が赤く滲む。それをにやにやと眺めていたガイにゴーレムの余ったパーツが投げつけられて、二人の追いかけっこが始まった。
それ幸いとゴーレム作りを一旦おいて、リュディアがマリアの隣に戻って来た。そのままの流れでマリアを抱き上げようとして、シェラと視線が合う。二人に挟まれたマリアは両側からの圧力に耐えかねて、片手ずつ手を繋いだ。最近こんなことが多くて、少し困る。
「そのままでは食べづらいでしょう。さぁ、口を開けて」
「クッキーばっかりじゃ喉乾いちゃうよ。ほら、お茶も飲まないと」
訂正。少しというか、かなり困る。
世話をされるだけの存在にはなりたくないが、二人の行為を無下にするのも難しい。結局マリアは二人から与えられるままに紅茶とクッキーをお腹に入れた。
「いやはや、仲が良くて何より。こちらまで中てられてしまいそうだよ」
「……結局、先輩はどうしてここに?」
なぜか満足げに頷くミリガンへ、オリバーが切り出す。
何か忘れ物でもあったのか、とも思ったけれど、それならもっと前に取りに来ているはずだ。お返しとばかりにリュディアの口へクッキーを放り込みながら、マリアは二人の様子を伺った。
「お礼を言いに、さ。正確にはナナオ君に会いに来たんだ」
「ナナオに、というと箒リーグのことですか」
「話が早いね。彼女の活躍で前生徒会は少なからず支持を失った。これで多少楽になる」
箒リーグでのナナオの活躍は記憶に新しい。
個人戦ではアシュベリーに敗れ予選敗退となったナナオだったが、団体戦では前生徒会の筆頭候補、五年のパーシヴァル=ウォーレイに真正面からの打ち合いで競り勝っている。
ゴッドフレイ陣営の支持者と目されるナナオの活躍はミリガンをはじめとする候補者たちへの追い風となり、前生徒会派にとっては手痛い打撃となった。
「……あまり、ナナオを巻き込まないでいただきたいのですが」
「私も出来ればそうしたいが、ナナオ君は目立つからね。手綱はしっかり握っておくんだよ?」
にやりと笑うミリガンには思う所があるが、事実ナナオは政権争いに巻き込まれつつある。
ミリガンが剣花団から離れたとしても、ナナオはまた誰かに目を付けられるだろう。それよりは知らない間柄ではないミリガンのほうがまだマシだ。
「さて、私はここらで失礼するよ。決闘リーグも頑張ってくれたまえ」
◆◆◆
決闘リーグ。
キンバリー魔法学校で定期的に行われる魔法戦闘の腕比べ。
個人戦と団体戦のどちらかが採用されるが、通年選挙前は同学年間での個人戦が採用される傾向にある。当然どの陣営も、個人戦前提で作戦を立ててきた。しかし、
「学年を跨いでの団体戦?」
「下級生や上級生と当たる可能性があるってことか?」
「いや、かなり込み入ったルールになっているようだ」
オリバーが友誼の間の机に広げた一枚のルール表。それを覗き込んだマリアは、思った以上に複雑な工程に少し固まった。
二・三年、四・五年、六・七年に分かれる学年混合の団体戦。全員参加の予選、複数チームでの乱戦である本戦、決勝の三段階をそれぞれ三人ずつのチームで挑む。チーム内に下級生が二人以上いればハンデが与えられるようだ。
「決勝の内容が未公開って、なんでなんだろ」
「さぁな。少なくとも、単なるサプライズじゃないだろう」
カティとピートが難しい顔で黙りこくる。
それもそのはず、今回の決闘リーグでは賞品と賞金の大幅な上乗せがあったのだ。個人では難しいかもしれないが、団体戦ならばルール次第で二人にも勝ちの目が出てくる。となれば、優勝を狙わない理由はない。
「チーム戦かぁ。どうしようね、マリア」
「シェラは、誰かと組むの?」
マリアは、先ほどからずっと黙りこくっていたシェラの袖を引く。
しかしシェラはやんわりとマリアの手を解いて、口を開いた。
「ごめんなさい。言っておかなければならないことがあるんですの」
「……どうしたの?」
深刻な表情を浮かべるシェラに、卓上の会話が止まる。
心配そうな視線を向けられて、シェラは深呼吸を挟んでこう告げた。
「あたくしは剣花団の中ではチームを組めません」
「そりゃあ、どういうことだよ」
「この大会のルール考案に父が関わっているのです。娘のあたくしが普段懇意にしている仲間と組んで優勝しては、出来レースのような印象を与えかねません」
「ーーそうよ」
いきなり背後から声を掛けられて、マリアは隣にいたリュディアにぶつかってしまった。
支えられながらも振り返った先には、ステイシー=コーンウォリスとフェイ=ウィロックの主従が立っていた。授業で見かけることはあったけれど、こうして話をするのは久しぶりだ。
「ミシェーラは私たちと組むんだから。余計な口出ししないでよね」
「む? シェラとコーンウォリス殿は親戚なのでは?」
「! そ、それは……」
「こいつがミシェーラ様を避けてたから、交流は少ないだろうってさ」
「黙ってなさい、フェイ!」
ウィロックの言葉に、コーンウォリスがかみつく。
喧嘩するほど仲がいいというべきか。ウィロックを助けに三層まで来ていたことといい、思っていたよりも二人は気安い関係のようだった。
そんな様子を見ていると、マリアは唐突にシェラに抱きしめられた。しばらくそうしてから、シェラは席を立つ。
「行ってきます。あなたたちと組めないのは残念ですが」
「……うん」
「本戦で当たったら容赦しないからね」
「もちろん、あたくしもそのつもりですわ」
そう言ってシェラはテーブルを離れていった。
それを見送るとほぼ同時に、カティががたりと音を立てて立ち上がる。
「ピート、ガイ。わたしと一緒に出ない?」
「ボクも言おうと思ってたんだ。色々と試したいことがあるからな」
「やる気あんなぁ、お前ら。おれも一丁出てみっか」
マリアがぼんやりしている間にとんとん拍子で話が進み、また一つチームが完成した。
残されたのは四人。オリバーとマリアは困ったように目線を合わせる。マリアは出来ることならリュディアとチームを組みたいが、オリバーはナナオとの立ち合いを避けるために同じチームに入れたがるだろう。こうなると二人組が二つ出来てしまうのだ。
「……マリア、行こう」
「リュディア?」
「このまま見つめあってても埒が明かないよ」
するりとマリアの手を取ってリュディアは立ち上がる。
誰か誘うにしても、リュディアには当てがあるのだろうか。
「オマエ、今度は何をやらかすつもりだ?」
「ピート」
ピートもマリアと同じ疑問を抱いたのか、テーブルを離れようとするリュディアへ口を挟む。ピートはこの前の一件でリュディアに対し妙な先入観を持ってしまったらしく、棘のある質問を投げかけるようになっていた。
オリバーに諫められながらも、好奇心を含んだ目がリュディアに集中する。マリアもその答えが気になって、リュディアを見上げた。
「あー、そんなに見られても困るんだけど……アーシャを誘おうかなって」
苦い表情を浮かべたのが二人、よくわかっていないようなのが三人。
マリアはリュディアの考えに賛成だった。下手に他の同級生を誘うより、事情を知っているアーシャを入れたほうが連携も取りやすいだろう。規定の人数に満たないためハンデが適用されないかもしれないが、それくらいなら構わない。
「わかった。行ってみよう」
そう言ってマリアは椅子から降りた。
あれだけ優秀ならとっくに誰かに誘われていてもおかしくない。行動するなら早めのほうが良いだろう。しかしその前に、マリアは残った面々に向き直った。
「……皆と競うなんて、この先何回あるかもわからないから」
ぽつぽつと、言葉を紡ぐ。
今まで見守ってくれたオリバーとシェラ。共に成長してきたナナオにピート、ガイ、カティ。その輪の中から一度離れて、これまで培った力を試す時がきたのだ。頼ってばかりではなく、頼られるように。みんなの力になれるように。
「私の全力で戦うよ」
【小黄金樹】
キンバリー魔法学校の庭園に植えられた、黄金に輝く樹木
飛来した中で、最も大きく育った種
幻影の葉を降らせ、周囲に祝福を蒔く
同時に地中へ広く根を張り、土壌を侵食する
かつて狭間に聳えた巨樹の分け身であり
その在り様はマリカの子たるデミゴッドに近い
黄金は目覚めの時を待っている