黄金樹の麓から   作:シショ

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第2節

 

「ひーまーでーすー」

「アーシャちゃんまだ言ってる……」

 

 友誼の間の隅で、アーシャは足をぶらぶらと揺らしながら不貞腐れていた。せっかく決闘リーグとかいう面白そうな祭りが行われるというのに、仲間たち──主にリタ──が大人しくしていてと釘を刺してきたのだ。

 そのくせ本人はディーンやテレサと組んで出場すると言うのだから、アーシャがピーター相手に愚痴を吐くのも仕方ない。

 

「そうですよね?」

「えっ、なに? 僕何か聞き逃した?」

「一緒に出ましょうって話です。ほら、もう一人誘って」

「僕じゃアーシャちゃんについていけないからなぁ……」

 

 去年の騒動以降鬱陶しいくらいに構い倒されて、体調はとっくに万全だ。

 数時間に及ぶ説得でピーターにはそれを納得してもらったので、あとやるべき事はチームメンバーの勧誘である。既に何人かには声を掛けているのだが、恐れ多いとか自分じゃ見合わないとか、よくわからない理由で断られている。

 

(わたしはお祭りを楽しみたいだけなんですけどねー)

 

 研究室をハシゴして集めた知識を実践するいい機会だ。

 他のメンバーが何をしようと関係はないし、むしろ好き勝手やってほしいとは伝えているのだが、色好い返事は得られていない。

 

「この際上級生でも良くないですか?」

「良くな……いやむしろアーシャちゃんはそっちの方がいいのかな」

「でしょう? そうと決まれば行きますよ!」

「──ここにいたんだ」

 

 横合いから唐突にかけられた言葉は、小さいながらもはっきりと届いた。アーシャとピーターが揃ってその声の方を向くと、リュディアを背後に控えさせたマリアが立っている。

 周りに一年生や二年生が多いせいで多少目立ってはいるが、アーシャとリュディアの関係を知っている者がほとんどであるため騒ぎは起きなかった。

 

「マリア先輩に姉さんまで。どうかしましたか?」

「アーシャ、もしよかったら、私たちと組んで決闘リーグに出ない?」

 

 その時アーシャの胸中に沸いたのは姉に任務の不遂行(サボり)が見つかった焦りではなく、決闘リーグに参加できることへの喜びだった。

 

「本当ですかっ!」

 

 アーシャは喜びのあまりマリアに飛びついて、上から降ってくる視線に背筋を凍らせた。目を見開いたマリアの顔から視線を上げると冷たい蒼の目とかち合う。

 アーシャはそっと二人から離れ、椅子に座りなおすと深々と頭を下げた。

 

「……調子に乗りました。すみません」

「私は別に、んむ」

「本当にね。あたしたちが来る前にもずいぶん盛り上がってたみたいだし」

 

 リュディアの言葉がアーシャをちくりと刺す。

 マリアは口元を押さえられてもがいていたが、するりと拘束から抜け出した。意気消沈したアーシャに対し、タイミングを見計らっていたのか、今度はピーターが立ち上がる。

 

「初めまして! アーシャちゃんのお姉さんとターニッシュ先輩ですよね?」

「そう。えっと、」

「ピーター=コーニッシュです! 家名が似ているので覚えてました」

「確かに。ピーターでいい?」

「はい!」

 

 にこにこと人懐っこい笑顔を浮かべて話しかけてくる後輩というのはこのキンバリーでも珍しいもので、マリアは無意識にさっきまで口元を押さえていたリュディアの手を取った。

 

「ピーターはアーシャと一緒に出ないの?」

「僕はサポートに集中します。そう考えるとやることが山積みですね」

「……わたしの方は要りませんよ、ピーター。そこも含めての楽しみですから」

 

 リュディアの注意が逸れた隙にアーシャが口を挟む。

 冷たい視線を撥ね退けるように勢いよく椅子から降りて、マリアの隣に立った。見上げると、委縮した気配は消えて期待に光る瞳が目に入る。

 

「僕も何か手伝いたいけど……それなら仕方ないか。でも応援はするからね」

「えぇ。それじゃ、わたしは行きますね」

「うん。あんまり無茶しちゃダメだよ」

 

 そこでようやく話がついたと見えて、快くアーシャを借り受けることができた。

 最後にマリアとリュディアに握手を求めて走り去っていったピーターを見送って、マリアたちは工房へ足を向ける。

 

 迷宮に差し掛かってしばらく歩いたところで、人影が近づいてきた。

 マリアたちは決闘リーグの直前に余計な諍いを呼び込まないよう通路の端へ寄ったが、人影はまっすぐにこちらへ向かってくる。

 

(マリア)

(待って、あの人)

 

 互いの顔が見える程度の距離まで近づいて、マリアにようやく相手の顔が見える。迷宮の闇に紛れる浅黒い肌に、腕や足を大胆に露出した改造制服。生徒会の七年生、レセディ=イングウェだ。

 

「ん……お前たちか。それに」

「初めまして。いつも姉がお世話になってます」

「ムーングラムの妹か、丁度いい。お前たち、選挙は誰に入れる?」

「……えっと」

 

 ずばりと切り出された言葉に、マリアは言葉を迷った。

 無論マリアとリュディアはゴッドフレイ派に入れることに決めている。そこは迷いようもない。アーシャはどうなのかわからないが、窮屈な前生徒会派の台頭を望むことはないだろう。

 

「あたしとマリアはゴッドフレイ派に。あんたは?」

「わたしはまだ決めてませんが……聞く限りだと現状維持がいいですよねぇ」

「停滞されても困りものだがな。ともかく三人ともこちら側ということで記録しておこう」

「……記録?」

 

 名簿のようなものに何事かを書き留めるレセディに、マリアは首を傾げる。

 生徒会が選挙に向けて準備をしてきたのは知っていた。忙しく駆け回っている集団を何度か見ていたし、前生徒会の派閥と小競り合いがあったというのも聞いた。しかしゴッドフレイに近しいメンバーまでもがこうして調査を行っているというのは初めてだ。

 

「今回の決闘リーグは前例にないことばかりだからな。戦力は多い方がいい」

「私たちが、戦力に」

「そうだ。不満か?」

「いいえ。あなたたちの力になれるのは、うれしい」

「……そうか」

 

 まっすぐに届いたその一言は、レセディにも少なからず思うところがあったようだ。

 二人を後ろから見ていたアーシャは、キンバリーではこんなコミュニケーションも珍しいのだと実感した。マリアは交渉事が下手そうだ、とも。

 

「ところで決闘リーグは誰と出るんだ? こんなところで油を売っていると、チームメンバーの当てがつかなくなるぞ」

「決闘リーグはこの三人で出るつもりですよ」

「ほう」

 

 レセディの鋭い目がアーシャに向けられた。それはどこか師匠の目に似て、自然と背筋が伸びる。

 アーシャの全身を無遠慮に眺めたレセディは、納得できるものがあったのか、一つ頷いてから去っていった。どうやらお眼鏡に叶うものがあったらしい。

 

「どなたです? さっきの方は」

「ゴッドフレイ統括の……なんて言うんだろ」

「腹心というか右腕というか。初期メンバーらしいね」

 

 三人はレセディが消えて行った方向に背を向けて再び歩き出した。

 二層へ続く大通りから、少し外れた細道。生徒会の統計でも行き止まりになっていることが多いとされる、第一層では珍しい放棄区画。そこに、マリアたちの工房がある。

 

「……あ」

「侵食が進んでる。結界張りなおさなきゃ」

「やっぱり定期的に見に来ないと駄目ですね」

 

 リュディアが見上げた先では、両開きの扉の片側が壁にめり込んでいる。

 幸い玄関口は無事だったが、このままでは何のために扉があるのかわからない。

 

「今のうちに直してしまいましょうか」

「そうだね。マリア、そこの壁崩してもらってもいい?」

「わかった」

 

 その後、壁を破壊したり水場を改造したりと大胆な模様替えを経て、マリアとアーシャはソファでくつろいでいた。リュディアがお茶の用意をすると言っていたので手伝おうとしたのだが、いつもなんだかんだと言って厨房に立ち入らせてくれないのである。

 リュディアがありもののお茶菓子と紅茶のカップを持ってきて、マリアたちはようやく一息つくことができた。さくりとクッキーを齧ってマリアが口を開く。

 

「私は、剣花団の皆と競い合いたいと思ってる」

「ふむん?」

「だから優勝よりも立ち合いを優先することがあるかもしれない。二人がやりたいことにも、協力できればいいけど」

 

 考え込むように伏せられたアーシャの瞳が、いたずらを思いついた子供のように輝く。

 

「立ち合いとやらの邪魔をしなければ、何をしても良いということですね?」

「ちょっとアーシャ」

「うん。私にできることならなんでも手伝う」

「本当ですか? わたし、やりたいことがいっぱいあるんです」

 

 そう言うと、アーシャは物置に駆け込んで行った。

 マリアは隣で半端に伸ばされたリュディアの手を取って、その顔をまっすぐに見つめる。

 飴玉のようなまるい黄金に射抜かれたリュディアは、呆れた風にため息を吐いた。

 

「アーシャが調子に乗っても知らないよ」

「今度は私が頼られたいから。リュディアは何かしたいことないの?」

「あたしは、べつに……」

 

 マリア本人としてはいたく真面目なつもりなのだろうが、上目遣いでそんなことを言われても微笑ましい以外の感情は湧いてこない。

 その返答に不満げな声を漏らしたマリアは、そのままリュディアの膝に乗り上げた。

 

「優勝したら、賞金が出るよ」

「うーん」

「錬金術的に貴重な素材も付くんだって」

「それは誰でも欲しいでしょ」

「む……」

 

 つれない、というよりもマリアに付くことを当然のように思っている。

 勿論そんなふうに思ってくれること自体は嬉しいが、返せるものがあればとマリアは考えを巡らせた。そして、

 

「じゃあ、決闘リーグが終わったらガラテアに行こう」

「……二人で?」

「うん。この前はあんまりお店を見られなかったから」

 

 今思いつく限りの、自分にできる精一杯を。

 そんなマリアの言葉を聞くや否や、リュディアはマリアを抱きしめた。我ながら現金なものだと、独り言ちて。

 

「いいね。俄然、やる気が出てきた」

 

 異郷の魔法使いに、目にもの見せてやろう。

 

◆◆◆

 

 キンバリーに数ある空き教室の一角。

 普段は人っ子一人通らないその廊下に、剣戟の音が響き渡っていた。

 

「ハァッ、ハァッ……!」

「ッ、おらあっ!」

 

 リタとディーンの剣を軽々躱し、すれ違いざまに二撃。

 疲労困憊の二人はそれだけでたまらず床に転がった。

 

「くそ……勝てねぇ……」

「それどころか、全然通用しないよ……」

「当たり前でしょう。あなたたち相手に、私が後れを取るとでも?」

 

 呆れたように言って、テレサは杖剣を収める。

 決闘リーグに向けて稽古を付けてくれと頼まれたのは良いものの、こんな有様では当日までに求める水準へ達するかも怪しいものだ。

 何が何でも捕まえようとする姿勢に根負けしてしまったが、今からでも新しいチームを探したほうが良いものかと考えていると、教室の扉ががらりと開いた。

 

「みんなお疲れさま! ジュース買ってきたよ!」

 

 そんなことを言いながら入ってきたのはピーターだ。

 リタとディーンがよろめきながらもカップに向かって来るのを横目にテレサはある違和感を覚え、渋々口を開いた。

 

「テレサちゃん、二人はどう?」

「リーグのレベル次第ですが、使えるとは言えませんね。それよりも」

「うん?」

あれ(・・)はどうしたんですか?」

 

 テレサの問いかけにピーターが眉をひそめる。

 

「その呼び方は駄目だって言ったでしょ」

「伝わるならどうでもいいです。それで、どこに行ったんですか」

「……アーシャちゃんは、お姉さんと出るんだって」

「ピーターくん、それほんと!?」

 

 あれの名前を聞いた途端にすぐこれだと、テレサは二人から距離を取る。

 テレサはアーシャが嫌いだ。自分と同類の、他人をどうでもいい存在だと思える者が、平和ボケした彼らの仲間面をして内側に立っているのが気に障る。

 だが実力は認めるしかない。授業で見せている力だけでも勝てるかどうかは五分。隠形(手札)を切っても、どうせ逃げ切られてしまうだろう。

 

「無理しちゃだめって言ったのに」

「もう怪我は治ってたからね。僕のサポートもいらないって」

「……あいつも出るのかよ」

 

 リタとピーターの二人に加えて、かろうじて体力の回復したディーンも話に入ってくる。

 この三人の空気感はテレサにとって馴染みのないもので、この中に堂々と入っていけることだけはアーシャを尊敬しても良い。

 いっそ逃げ出してしまおうかと考えた途端に三人の目がこちらを向いた。目つきが少し怖い。

 

「もう一回だ、テレサ。今度こそぶっ倒す!」

「私も付き合ってほしいな、テレサちゃん。アーシャちゃんに追い付きたいんだ」

「予選で落ちたらホーン先輩に会えないかもよ?」

 

 余計なことを言うピーターに眉間の皺が深くなるのを感じながらテレサは杖剣を抜いた。

 口車に乗るようで気に食わないが、オリバー(憧れの人)に良いところを見せるためなら手間は惜しみたくない。その過程でアーシャに土を付けられるならば、尚良いだろう。

 壁際からの応援に足を動かされて、三人は剣を合わせた。




【侵食】
キンバリー魔法学校直下の迷宮で見られる現象

深夜、迷宮第一層は形を変え、時に教室をも飲み込む
その過程で新たな道や部屋が生成される
この変化に法則はない

無機物らしからぬ変容こそが、最奥の存在を証明する
もはや座には至れないとしても
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