黄金樹の麓から   作:シショ

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第3節

 

 その日は、雲一つない晴天だった。

 キンバリーの各所に配置されたゴーレムたちと、大会へ向けた熱気。

 誰もが勝ちを狙う決闘リーグ。その火蓋が切って落とされようとしていた。

 

『あ、あー、皆さん静粛に。本日実況を務めます──』

 

 解説席からテストがてら流される放送を聞き流しながら、マリアたちは最終確認を終わらせた。

 予選段階で持ち込みを許されたのは小型から中型のゴーレムが数体、補助的な魔法道具がいくつかと、初めから連れ歩くことを前提とした小型使い魔である。

 

「二人とも、昨日は眠れた?」

「うん」

「わたしは早く寝ようと思ったんですけど、色々考えちゃって」

「そんなことだろうと思った。寝ぐせついてるよ」

「えっ」

 

 マリアの櫛を貸して身支度を整えている内に、開幕の挨拶も佳境に入った。

 本戦出場の条件は先着順。校内に置かれたモノリスからゴールへの道筋を得て、時間内に走りきる。二年生が二人以上含まれるチームが先行し、少し間を空けてそれ以外のチームが追うかたちとなる。つまり、マリアたちの出番はまだ先だ。 

 

『──挨拶が長くなりましたね。では、決闘リーグ、開幕!!』

 

 その一声と共に、会場の外から何発もの花火が打ち上がる。

 腹の底まで響く轟音に追い越されまいと、二年生を中心としたチームが一斉に走り出した。それを各々の感覚で掴みながらも、マリアたちは合図を待ち続ける。

 そして、甲高い笛の音が響いた。その音を聞くや否や、マリアたちは一斉に飛び出した。モノリスとの間に立ちふさがるのは一頭の貪欲竜(ファフニール)、その幼体である。普段の学校生活ではほとんど目にしない個体だ。

 

「私が行く」

 

 金の鱗を持つ貪欲竜は、向かって来るマリアに向けて爪を振りかざす。

 まだ成熟しきっていないとはいえ、大型の魔法生物が繰り出す攻撃である。マリアは横っ飛びにその攻撃を回避して、大量の岩石を纏わせた杖剣で後頭部を殴りつけた。

 その間にモノリスへ走り寄ったアーシャが碑文を読み取る。最初の問題であるためか、難易度はかなり低い。

 

「次は図書館です!」

「へぇ、中も使うんだ。──マリア!」

覆いて隠せ(コーヴェル)

 

 一帯を黒く覆うほどの煙幕をぶちまけて、マリアはその場を離れる。

 後ろで見ていてくれたリュディアの隣に並んだマリアは、先導して走るアーシャの背中を見つめた。スキップするような軽い足取りに直しきれなかった寝ぐせが跳ねている。随分と楽しんでいるらしい。

 

「あそこかな?」

 

 走りながらリュディアが指した先には開け放たれた大窓と大きな旗を振る職員。

 そういえばこんなに殺伐とした場所なのに、窓を割ったという話を聞かないなとマリアは思った。実際のところキンバリーでの切った張ったは迷宮の中で行われているため、校舎が傷つくことがあまりないだけなのだが。

 

「あまり呪文を使わないように!」

「はぁい」

 

 現に、教員からは注意が飛んだ。

 勢いのまま廊下に飛び込んだマリアたちは、視線を周囲に巡らせて図書館へと駆け出す。その先で待っていたのは図書司書、イスコ=リーカネン。困ったような笑みを浮かべて、彼女はこちらを見ていた。

 

「私のことはお気になさらず。今日ばかりは多少暴れても見逃します」

「わかりました。では姉さんとマリア先輩はそこにいてください。すぐ戻ります!」

 

 イスコの言葉を聞くや否や、アーシャが本棚の奥に向かって駆け出していく。

 手伝えることがあればと思ったが、そういえばアーシャから何も聞いていなかった。出来ることは出口の確認と、一応は決闘リーグ運営側であろうイスコから話を聞くことぐらいだ。

 リュディアと揃って目を向ければ、イスコは不思議そうにこちらを見る。

 

「Ms.ムーングラムのお姉さんと、Ms.ターニッシュ、ですよね」

「私たちを知ってる?」

「校内の有名人というのもありますが、Ms.ムーングラムは常連ですから。……この呼び方だとこんがらがっちゃいますね」

「いえ、いつも妹がお世話になっています」

 

 表面上はにこやかな会話を始めたリュディアを置いて、マリアは図書室の中を歩き回る。天井まで積みあがった本棚にはぎっしりと本が詰まっていて、背表紙を見て回るだけで何日もかかってしまいそうだ。

 ふと、壁にかかった絵画が目に留まる。装飾の少ないキンバリーでも、比較的安全な図書室を飾るくらいはするのだろう。しかし、気を取られた要因はそこではない。

 

「黄金の、流星……」

 

 夜明けの直前、地平線から差す光に加えて、空に幾筋もの光が描かれている。

 この光景を以前どこかで見たような、

 

「その絵が気になります?」

 

 いつの間にかイスコが背後に立っていた。

 振り返ってみれば、そのさらに後ろでリュディアが剣の柄に手をかけている。

 

「ずっと昔の絵です。神を殺した直後とされていますが、私にはなんとも」

「それは」

 

 かつてこちらの世界を支配した神は、すべての種族が手を取り合ったことによってその権能と座を奪われた。流星が降ったのは神殺しの直後なのか、直前なのか。いずれにせよ、エルデンリングが砕かれた時期と重なる部分があるのだろう。

 それから少しして、アーシャが戻ってきた。その手には一冊の薄い本がある。

 

「これ、借りて行ってもいいですか? この先で必要みたいなので」

「Ms.ムーングラム以外であれば構いませんよ。リーグ中ですが一応蔵書の一つなので、貸し出し上限を超えてしまっては許可できませんから」

「……あっ」

 

 借りていたことを忘れていたのか焦ったような表情を浮かべるアーシャを余所に、リュディアが貸し出し手続きを済ませて本を受け取る。

 平謝りするアーシャの背中を押して、マリアたちは図書館を後にした。

 

 

 

 走る、走る。

 わき目も振らず、木々で隠された道を切り開きながら、まっすぐに走る。

 

「なんか問題多くないですか!? 校舎中走り回ることになるなんて!」

「口より足を動かす! 思ったより時間取られたな……マリア、大丈夫?」

「うん。あの木、どかすね」

 

 ぐん、と前に出たマリアが杖剣を振るうと、横に突き出していた枝が暴風で逸れる。

 そのまま走り抜けた先にはついにゴールが見えてきた。一体何人が予選を突破して、あと何人の枠が空いているのだろうか。そんなことを考える余裕も無く、マリアたちはゴールテープを切った。

 

『ターニッシュ隊、予選突破! 残り三組です!』

 

「思ったよりぎりぎりだ」

「本戦、何組だっけ?」

「さぁ……あー、疲れた。ちょっと休みましょう」

 

 額の汗をぬぐうアーシャの歩調に合わせて校舎に戻る。

 体力を使った後に熱狂冷めやらぬ校舎へ戻るのは、少し気が重かった。

 

◆◆◆

 

「本番はまだこれからだが、」

「今はひとまず、みんなの予選突破を祝して、乾杯!」

 

 かしゃん、とグラスが打ち鳴らされた。恒例となった談話室での祝勝会である。この場にいるのはシェラを除いた剣花団だけで、アーシャはまた別の場所にいるらしい。

 音頭を取ったカティは発泡リンゴ水(サイダー)を一息にあおると、ソファに沈み込んだ。

 

「それにしても、予選が直接戦う課題じゃなくてよかったぁ……」

「だよなぁ。もしそうだったらおれたち残れなかっただろうな」

 

 弱音とも取れる言葉を吐く二人を横目に、ピートがサンドイッチにかぶりつく。

 ごくりと飲み込んで呆れたような目で二人を見た。

 

「どうだか。ボクたちにまるきり勝ち目がないとは言えない」

「お、珍しい。もしかして新作に自信ある?」

「言うわけないだろ」

「うーん、手厳しい」

 

 リュディアとピートがじゃれ合う横で、マリアは盛り付けられた果物に手を伸ばす。

 シェラがコーンウォリスたちの方に行っている今、食事に関してはある程度マリアの好みに偏っていた。しかし席に着いたマリアの後ろから伸びた手が肉と野菜を盛り付ける。

 

「ありがとう?」

「もう少しバランスを考えたほうがいい。量が入らないなら尚更な」

「オリバー、拙者にも」

 

 ナナオの皿に山ほどの料理を盛り付けて、オリバーも席についた。

 そこへばたばたとせわしない足音が聞こえてくる。マリアがそちらを向くよりも早く、談話室に白い影が飛び込んできた。

 

「お待たせ! 遅くなっちゃってごめんね!」

 

 ユーリィが肩で息をしながらも新しい椅子を持って寄ってくる。

 オリバーが少し脇によって、そこに滑り込んだユーリィは、差し出されたサイダーを一息にあおった。

 

「ぷはー! いやぁ、楽しかったね!」

「楽しんでくれるのはいいが、()の方はどうなったんだ?」

「もちろんそっちも調査中。やっぱり本人に聞きたいよね」

「……謎?」

 

 オリバーが料理を盛り付けてやりながら言ったそれは聞き覚えの無いものだった。

 特に聞かせるつもりもなかったようで、オリバーも説明に迷うように眉をひそめる。しかし、ユーリィはそれを気にもせずに懐から手帳を取り出した。

 

「僕が追ってる謎があってね、その内の一つにリヴァーモア先輩が関わってきそうなんだ」

「リヴァーモア先輩って、危ないんじゃ」

「あぁ。だから俺もあまり無茶はさせないようにする、つもりだ」

「ふぅん」

 

 オリバーが大丈夫だと言うならそうなのだろう。

 しかしユーリィが好奇心の強い方だということは実感していたが、上級生相手に発揮されるとは思っていなかった。皆を巻き込むことがなければいいのだけれど。

 マリアの心配をよそに話題は予選を通過した十六チームの内二チーム、二年生たちに変わっていく。

 

「今回は二年生がかなり多く出場したらしいな」

「わたしたちも途中で会ったけど、もう少しで抜かされるところだったよ」

「あいつら強くなってるからな。おれもうかうかしてらんねぇ」

 

 しみじみとした風にガイは言うが、マリアはアーシャ以外の下級生とあまり関わりが無い。

 この機会に話すことが出来ればとも思ったが、どんな話をしていいか想像もできなかった。普段シェラやリュディアに話のきっかけを委ねているツケが回ってきたとも言える。

 しばし歓談に耽っていると壁に穴が開き、そこからガーランドの声が校内に響き渡った。

 

『本戦出場が決まったチームへの通達だ。試合の組み合わせが決定した。第一回戦はリーベルト隊、ヴァロワ隊、ミストラル隊、ホーン隊で行う。繰り返す──』

 

「……オリバーのところだ」

「いいねいいね! 知らない人がいっぱい!」

「これは楽しみにござるな!」 

 

 ユーリィとナナオが意気投合しているのを横目に、オリバーが渋い顔をしている。

 マリアの気遣うような視線に気が付いたのか、苦笑を浮かべた。

 

「どうかした?」

「いや……一回戦以外は少なからず身内と当たることになると思ってな」

「確かに。二回戦以降の組み合わせも出ないかな」

 

 すぐに掲示板へ張り出されると言うから、アーシャを回収するついでに見に行っても良いだろう。

 一回戦へ向かうオリバーたちと一緒に席を立ったマリアとリュディアは、緊張した面持ちのカティに声を掛けてから外に向かった。

 案の定生徒が群がっていて、その内容を確認するのは難しい。しかし、漏れ聞こえてくる会話の内容からして、マリアたちに都合の良いものでもなさそうだ。

 

「見てこようか」

「……お願い」

 

 マリアはどうにか人混みの後ろから覗こうとしていたが、結局諦めてリュディアに任せた。

 壁際で待っていると、廊下の向こうから見覚えのある顔が歩いてくる。

 

「おっ、マリアちゃん。組み合わせ見に来たん?」

「そう。ロッシも?」

「ボクは暇つぶし。ブラついてたら旦那に追い出されてん」

 

 そう言いつつもロッシの目はぎらぎらとした光を帯びていた。

 掲示板にたかる生徒たちを眺めながら腰に提げた杖剣を叩いている姿は、獲物を狙う獣のようだ。それでいて殺気を感じるわけでもなく、アーシャとはまた違った形で決闘リーグを楽しんでいるのがわかる。

 

「……ちなみに聞くんやけど、この後ヒマ?」

「組み合わせ次第だけど、なんで?」

「ちょーっと決闘までは行かんくらいやけど、付き合うてほしいねん」

「もうすぐ試合が始まるけど」

「退屈してんねん。オリバーくんも最近忙しそうやし」

 

 わざとらしくため息を吐いたロッシに、どう対応したものかと迷う。

 掲示板の方に目を向けるも、まだリュディアは戻ってきそうになかった。マリアは迷いながらも杖剣の柄に手をかけて、ぴたりと動きを止める。

 

「ん? どしたん゛ッ!?」

 

 ロッシの背後に音も無く立った人影が首筋に手刀を叩きつけた。

 白目をむいたロッシが崩れ落ちるのとほぼ同時にリュディアが駆け寄ってくる。

 

「マリア! 変なことされなかった?」

「大丈夫だけど……ロッシは、その」

「世話を掛けたな。こいつは回収させてもらう」

 

 オルブライトはロッシのベルトを掴んで担ぎ上げるとそのまま去って行こうとして、足を止めた。

 振り返ったオルブライトと目が合う。大柄な体躯で見下ろしてくる黒い瞳には、強い感情の光が宿っていた。 

 

「お前たちには無用な心配だろうが、雑魚どもに負けてくれるなよ」

 

 言うだけ言って去って行く背中を見送って、リュディアの方に向き直る。

 

「それで、組み合わせはどうだった?」

「え? あぁ、あたしたちは第二試合だね。対戦相手なんだけど……」

「うん」

 

 リュディアが言い淀んだことに嫌な予感は覚えなかった。

 ただ、厳しいものになるとだけ。

 

「エイムズ隊は知らない所だからいいとして、後は、カティとアーシャの友達のところ」

「!」

 

 オリバーと話したこと。チーム分けに偏りがある。

 どこかで剣花団の仲間と戦うことになるとは思っていた。むしろそれを望んでいた。

 だが、こんなに早く相対することになるなんて、想像もしていなかった。

 

「アーシャは友達と戦うんだ」

「そうなるね。色々相談したいし、この辺に居るといいんだけど」

 

 リュディアが周囲を見渡すも、アーシャは見つからなかったようだ。

 そのまま手を引かれて歩き出すが、マリアの頭の中は次の試合のことでいっぱいだった。話したこともないエイムズ隊、カティとガイ、ピートのチーム。それに碌に話したことがないものの、ガイやカティが高く評価する後輩たち。

 

「マリア、楽しそうだね」

「……そうかも。ちょっと、楽しみ」

 

 もうすぐだ。

 もうすぐ、皆と戦える。

 




【絵画「黎明」】
放浪の画家の作品の一つ
「黎明」と題された絵画の記憶

その画家は、死して消えゆく時代の
最期の景色を描くという

今は、その絵に描かれた場所へ行くことは叶わず
画家の霊も消えてしまった
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