黄金樹の麓から   作:シショ

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第4節

 

『Mr.リーベルトの居城が陥落! これで残すは三チームとなりました!』 

 

 完全に崩落した閃紋岩(ベルダイト)の塔を尻目に、オリバーが深く息を吐く。

 第一試合、古式(クラシカル)のゴーレム使いをリーダーとするリーベルト隊との戦いは、当初想定すらしていなかった籠城戦の攻略という形で決着した。

 厳しく、また経験の少ない戦いに、ナナオもユーリィも良くついてきてくれた。

 

「負傷は無いな?」

「うむ。初めの相手でなければここまで順調には進まなかったでござる」

「ゴーレム築城なんて初めて見たよ! 楽しかったー!」

 

 念のための確認に元気の良い返事が返ってくる。

 確かにナナオの言う通り、他のチームと戦って負傷した後であれば危なかっただろう。そう考えると、塔の建築という手段はいささか目立ちすぎたのかもしれない。

 

「周囲を警戒しつつ、中央の丘に戻る。油断するなよ」

「もっちろん!」

 

 リーベルトの牙城が崩れた今、戦術的に最も有効な土地は中央の高台だ。

 しかし、そんなことは相手側も百も承知だろう。一体どんな対策を講じてくるか、はたまた残りの二チームが同時に襲ってくるか。

 最悪の想定を胸に塔の立つ丘を駆け下りたオリバーたちの目の前に広がったのは、無残にも全身を切り裂かれて転がるミストラル隊の惨状であった。

 

「なっ……」

 

 決闘リーグでは過度な攻撃を防ぐために、一定の負傷ラインを超えた場合、自動的に気絶させられる処置が取られている。気絶(その)状態に陥った生徒への攻撃は禁止事項に指定される。

 その縛りの中でこれだけの傷を負わせるには、死なない程度の攻撃を何度も繰り返す他なく、それだけの実力差が二つのチームにあったと見ていい。

 

「あ、やっと来た~。待ちくたびれたんだけど~?」

 

 閃紋岩の陰から現れたのは、三人の男女。その先頭で薄ら笑いを張り付けて、リーダーのユルシュル=ヴァロワが声を掛けてきた。

 

「これは、君がやったんだな?」

「そうだよ~? 見ててバレバレの分身とか~やる気無くすよね~」

「ここまでする必要があったのか?」

 

 こんなに短い間の会話でも感じる違和感。

 それを形にするべく、オリバーは言葉を引き出そうとする。

 

「あるに決まってるよ~。君、家に入った虫を殺さないでおくタイプ~?」

「……わかった。話はここまでだ」

 

 こてりと首を傾げたヴァロワの、縦に並んだ瞳がオリバーを見据えた。

 そこに宿るのは憎しみ。オルブライトの、義務感から生じるそれではない。根源からオリバー達を否定せんとする、嫌悪の感情。

 

「もうお喋りは終わり~? つまんないな~」

 

 嘲りを含んだ言葉を投げかけながらも、ヴァロワは構えを取ろうともしない。

 後ろの二人が無表情に杖剣を抜いたことも含め、実力が測りにくい。そうやって気をそらしたのはほんの数瞬。ヴァロワの刃はオリバーの眼前にあった。

 

「ッ!?」

 

 ほとんど反射でその切っ先を弾こうとして、オリバーの剣は風が木の葉を揺らすように、何の手ごたえも無く受け流された。

 その隙を埋めるようにヴァロワの後方から呪文が飛んできて、ナナオとユーリィに撃ち落される。しかしオリバーの目は、大地をまるで氷上にいるかの如く滑るヴァロワに向いていた。

 

「その剣、その動き。……純粋(ピュア)クーツか」

「正解~。あっさり死んだらつまんないから~精々頑張ってね~?」

 

 

 

 純粋(ピュア)クーツ。

 それは、基幹三流派の中でクーツ流のみを極めた魔法使いの総称である。

 元来クーツ流とは、ラノフ流にもリゼット流にも受け継がれなかった、観念的な理論化の難しい技術の集合体。それ故クーツの剣士たちは他の流派の技と並行してクーツの剣を学ぶ。

 だが、それを感覚的に理解できるのであれば、理屈に依らないセンスが備わっているのならば。

 

「遅い遅い~! もっと速度を上げるけど~ついてこれる~?」

「無論!」

 

 ナナオが押されている。

 ユーリィも従者である二人の攻撃をぎりぎりで交わしているが、やられるのも時間の問題だろう。

 そんな中でオリバーはヴァロワの剣を見つめ続けていた。時折飛んでくる呪文を交わして、ただひたすらに自分の中に落とし込んでいく。

 

「鬱陶しいなぁ~。さっきから指示してるの~君だよね~!」

 

 膠着状態に耐えかねて、ヴァロワが一気にナナオを引き離す。

 そのままの動きでオリバーに斬りかかり、しかし傷を負ったのはヴァロワだった。

 

「……え?」

「やはりな。ナナオ!」

斬り断て(グラディオ)

「ユルシュル様!」

 

 岩場を豪快に切り崩し、オリバーたちは一時の撤退を決める。

 土煙が巻き上がる中、岩陰に隠れたオリバーは二人を振り返った。

 

「Ms.ヴァロワの剣は掴んだ。次は俺が相手をする」

「あれ見切れたの!? さすがオリバーくん!」

「見切ったわけではないが……兎も角、二人には邪魔が入らないようにMs.ヴァロワ以外の相手を頼みたい。行けるか?」

「うむ。こちらが終われば加勢を?」

「あぁ、足元を狙ってくれ。ユーリィは……ユーリィ?」

 

 土煙の向こうを警戒していたユーリィが訝しむように首を傾げる。

 それがやけに気になって声を掛けると、不思議そうにヴァロワたちが去った方向へ指を向ける。

 

「なんか、やけに静かじゃない?」

 

 返事をしようと振り返ったユーリィ。その、背後。

 荒れた地面を滑るように(・・・・・・・・・・・)して現れた従者の一人が、ユーリィの喉元を狙う。

 

「ユーリィ殿!」

「え、うわぁっ!?」

 

 なんとかナナオの割り込みが間に合ったが、それすら受け流して煙の中に消えて行った。

 あの動き。練度は高くとも、普通の魔法使いの範疇にいた先ほどまでとは比べ物にならない剣技。ユルシュル=ヴァロワの、純粋(ピュア)クーツ。

 

「あの人、さっきまでリゼット流だったのに!」

「来るぞ!」

 

 三人がさながら一つの生き物のように統制の取れ過ぎた動きでオリバーたちに迫る。

 背中合わせで凌いだそれは、純然たるクーツ流のそれだった。

 

「彼らに何をした、Ms.ヴァロワ!」

「何にも~? 元の形に~戻ってもらっただけ~」

 

 うつろな瞳、だらりと下がった腕。極めつけは鏡で映したような一糸乱れぬ動き。

 それにたどり着いたオリバーは、力の入った右手をリラックスさせようと深く息を吐く。

 

「……精神支配」

「そのとおり~。ヴァロワ隊は元から私一人~こいつらは使い魔でしかない~」

「貴殿はそれで良いのでござるか?」

「なにが~? 悪いことなんて一つもないよ~」

「……左様か」

 

 ナナオが刀を抜く。

 藤色の瞳がまっすぐにヴァロワを射抜いた。

 

「オリバー、ヴァロワ殿の相手、拙者が務めたくござる」

「わかった」

 

 オリバーが下がり、ナナオが前に出る。

 それに合わせてヴァロワも従者を動かして、オリバー達を囲むように動いた。

 土煙が治まった地面は大小様々な石が転がっていて、それでもヴァロワ隊の動きにはなんら支障がないようだ。遠くで小石が落ちる音がした。それが、始まりとなる。

 

「勢ィィッ!」

「無駄だってば~!」

 

 脳か、霊体か。それとも、そのどちらもか。

 精神支配の形にも様々あるが、即興でこの精度を維持するにはそれこそ胎児の時点から調整を加え続ける必要がある。無論双子であるが故にその精度は他人同士よりも高く保てるが、それでも双子それぞれが自我を持つことには変わりない。

 

「これが~本当の連携だよ~! 君たちのおままごととは~訳が違う~!」

 

 だから、自我を殺す。

 意識するよりも早く、体の延長よりも近くで、三つの体を操る。

 剣も呪文も思いのまま。だが、一人に委ねたからこそ綻びが生じる。

 

「要らない感傷を抱え込んで~私に勝つつもり~?」

「……見るに堪え申さぬ」

 

 ユルシュル=ヴァロワは、純粋(ピュア)クーツは強い。

 それが三人に増えればさらに強くなる。それは道理だ。

 だが、精神支配では本当の意味で彼女が増えることに繋がらない。従者二人の意思と信頼を踏みにじって、体が増えただけ。二つの脳から生まれるはずだった発想も、咄嗟の判断もない。ただ同じ動きをするだけの肉が三つ。

 

「支配と従属。それは確かに人の在り方の一つにござろう。しかし主君の目に己が映らねば、人は心から仕えきれぬ。傀儡を操るだけの主君は張りぼてにござる」

「……」

「貴殿は彼らの心をどこまで知っておられるか、何を想い、何を願ったか。それを答えることは出来申すか」

 

 ぐらりとヴァロワの体が揺れる。

 左右の二人も意識を取り戻しかけ、鞭で打たれたように体を跳ねさせた。

 ヴァロワの口元から、鮮血が滴り落ちる。閃紋岩の上に吐き出したのは三角形の肉塊。それはナナオへの返答だった。お前の問いには答えない。答える舌を、持たないと。

 

「俺とユーリィで他を受け持つ。君はMs.ヴァロワを斬れ」

「良いのでござるか?」

「俺では、彼女の心を解くことは出来ない。だが、君なら」

「……承知!」

 

 ぐるり、ぐるりとオリバーたちの周囲をヴァロワ隊の三人が回る。

 摩擦をまるで感じさせない動きと領域魔法、そして従者二人の魔法によって風の流れが変わる。

 二節呪文でも容易く出すことは出来ない、三人がかりでの収束呪文。閃紋岩の地形も相まって、巨大な竜巻が居座った。

 

「行けるか、ユーリィ」

「うん。あっちの動きも覚えてきたし、何よりこれ以上続けさせたくないからね」

「あぁ。──来るぞ!」

 

 風の奥に二つの影。

 よく見て取れば、それは従者の二人だった。一体、ヴァロワはどこへ。

 

「ナナオちゃん、後ろ!」

「む」

 

 ナナオの後ろ、ではなく。

 従者の一人、その背中に全く同じ姿勢のままヴァロワが隠れている。そこまで体格差がある訳でもない三人が無茶な隠れ身を成り立たせる、それも精神支配による芸当。

 

仕切りて阻め(クリペウス)

雷光疾りて(トニトウルス)

「ナナオ! 抜けて行ったぞ!」

 

 ユーリィが壁を立てた裏からオリバーが曲射で従者を狙う。

 それを横から迎撃させながら、跳び退ったナナオに向けてヴァロワが迫る。風に翻弄されるナナオと、風に乗って進むヴァロワ。勝ち筋を見出したヴァロワの前に、予想を超えた速度でナナオが降り立った。

 真上に向けた起風呪文に押されて大地へ舞い降りたナナオの刀は、未だ天を指したまま。そして滑り込むような突きごと、ナナオはヴァロワを、大上段から切り捨てた。

 

◆◆◆

 

 刻々と迫る試合開始の時。

 マリアは控室に準備されていた魔法チェスに手を出しかけて、やめた。

 盾になりそうなほど分厚いルールブックもさることながら、数か月前の定石が通用しないと首を捻るアーシャの様子に躊躇したのもある。

 

「……終わったみたいだね」

 

 弓の弦を確かめながら外に気を向けていたリュディアが顔を上げた。

 それと同時に監督役の上級生が部屋に来て、試合前に準備をしておけと告げる。ルールブックを枕代わりに寝転んでいたアーシャが体を起こして伸びをした。昨日は眠れなかったようだから休ませていたが、良い気分転換になったらしい。気力十分といった顔だ。

 

「楽しみですね。皆、どんな風に戦うんでしょう」

「なに、友達なんじゃないの?」

「弓なんか持ちだした姉さんが言うと説得力が違いますね」

「……どっちの意味で?」

 

 それには答えず、アーシャは鞄の中身を確かめ始める。

 今回魔法薬に関する規定は無いが、一吸いで死に至らしめるような強力なものは使えない。無論アーシャはお祭り大会でそんなものを使うつもりはないため、無用な検査ではあるのだが。

 

「ありがとね、マリア。矢なんてどこにも売ってなくてさ」

「うーん。ほんとに使うの?」

「もちろん。知った顔が結構いるからね」

「リュディアが良いならいいけど」

 

 決勝へ向けて余計な手札を晒すわけにはいかないとは言うが、魔法戦で弓を使うなど時代遅れも良いところだ。とんでもなく悪目立ちしそうな予感に、マリアは肩を落とした。

 そうこうする内に、試合開始が迫ってくる。監督役に案内されてたどり着いたのは小さな部屋。そこには穏やかな湖水地帯が描かれた絵画が飾られていた。

 

「時間になったらここに飛び込め。忘れ物しても投げてやんねぇから注意しろよ」

「はい」

「いい返事だ。さて……おし、行け!」

 

 使い魔を通してタイミングを計り、監督役の声に合わせて勢いよく絵画に跳ぶ。

 ほんの少しの酩酊感を覚えた次の瞬間には、マリアたちは湖に浮かぶ小さな島々の一つに立っていた。

 

『──聞こえるか、戦場(フィールド)の生徒たち。実況席のガーランドだ。今回の試合は二年生が多いため、特殊なルールを設けてある』

 

 上空のゴーレムから響く声にマリアたちは耳を傾ける。

 

『水場の多いフィールドだ。踏み立つ湖面(レイクウォーク)を修める三年生が有利だろう。よってその分のハンデとして、湖に棲む魔法生物は二年生を襲わない。これに留意して戦いを進めてくれ。以上だ』

 

 その言葉を最後に、放送が打ち切られる。

 リュディアとアーシャが持ち込んだゴーレムを起動させる合間に、マリアは制服に縫い付けたフードを被った。リュディアの比較的大きめな結晶ゴーレムが空へ舞い上がり、アーシャのゴーレムは水中を進んでいく。そして準備を終えたアーシャと共に、マリアは歩き出した。

 戦いの、始まりだ。

 




【浮動】
クーツの達人、ルアーナ=ぺデルツィーニの技
領域魔法に由来する歩法の発展形

靴底に床面と反発する属性を纏わせ
氷上を滑るような移動を実現する

ルアーナは晩年にこの技を編み出し、
氷面の踊り子(アイスダンサー)の異名を取った
彼女の生きた年月は、心すらも凍りつかせた
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